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Volume 14, No.2 Pages 171 - 174

3. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTERS FROM SPring-8 USERS

SPring-8の一層の発展を期待して
Hoping for Further Development of SPring-8

菊田 惺志   Seisi Kikuta

初代会長 東京大学名誉教授    The first president   Professor Emeritus of the University of Tokyo

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 SPring-8は供用開始後、十年経過したが、私にとっては、供用開始前に利用者団体での活動が、次世代大型X線光源研究会(次世代研究会)で五年間(1988年5月〜1993年5月)、続いてそれが発展してできたSPring-8利用者懇談会(利用懇)で五年間(1993年5月〜1998年3月)、合わせて十年間あるので、つき合いは随分と長いことになる。この機会に各研究分野での将来展望とそれに基づく機器・設備の高度化・改修の方策をまとめるのは、SPring-8の一層の発展をめざす出発点としてきわめて重要である。

 

 

1. SPring-8の計画期、建設期における利用計画の立案作業

 同様な研究展望をまとめる作業は、SPring-8の計画期、建設期に何度もくり返してきた。ここで今回の‘リニューアル・改修期’に対する作業の参考のためにその一端を振り返ってみる。

 

1-1. 計画期における利用計画の立案とR&Dへの参加

 1989年9月に次世代研究会は原研・理研の大型放射光施設研究開発共同チーム(共同チーム)と共催で、8 GeVリングからの高輝度放射光を利用する研究課題とそれを実現するためのビームライン、光学系と測定系に関する開発するべき課題についての検討会を開いた。これには24の研究課題別サブグループ(SG)が参加した。研究課題別SGではまた、個別の研究会で各研究課題についての将来展望を行い、研究計画を立案するとともに、ビームラインと実験ステーションの概念設計を行った。それらをもとに1990年度と1991年度に各SGの研究計画書が個別の冊子の形で作られた。このような活動の成果をまとめてSPring-8利用研究計画書(英文と和文)が作成された。さらにSPring-8のデザインレポートとして、施設計画については共同チームがSPring-8 Project Part I: Facility Reportを作成し、利用計画については次世代研究会がPart II: Scientific Programをまとめた。これによりSPring-8利用研究の全体像が始めて明確になり、SPring-8計画の推進に重要な役割を果たした。

 共同チーム利用系の研究開発プログラムが1988年度から開始された。次世代研究会のSGは1990年度からそれに参加し、1993年度までの四年間放射光利用のための機器開発を行った。要素技術の光学系と検出系、および緊急性の高い個別研究課題に対して延べ26のSGが研究開発を行った。各年度末には研究成果がまとめられ、報告会が催された。また1989年度から1992年度までのSPring-8利用系R&D成果報告書が共同チームによって作成された。ここで得られた成果はビームライン・実験ステーションの建設に効果的に活用された。

 

1-2. 建設期における研究計画の精緻化と共用ビームライン建設への協力

 利用懇の発足後、次世代研究会でのSGがビームライン・実験ステーションの建設をめざす研究課題別SGとして実質的に引き継がれたが、SGの分離や新たな結成により1993年10月には数が33に増えた。各SGは放射光利用研究の目標を掲げ、研究の展望を行うとともに、それを実現するためのビームラインと実験ステーションの構想が練られた。それらの毎年の作業の積み重ねはSPring-8 Project-Scientific Programにまとめられている。共用ビームラインの建設に関して1993年11月に計画趣意書、続いて計画提案書がSGから提出され、1997年度までにビームライン検討委員会によって20本が選定された。建設が認められたビームラインの実験ステーションに対して、そのSG内に建設グループがつくられ、共同チームに協力して建設が進められた。

 

 

2. SPring-8をとりまく新鋭の放射光施設群

2-1. 諸外国での放射光施設の状況

 SPring-8をとりまく状況について見れば、SPring-8が建設された頃、X線領域の高輝度光源は、第三世代大型リングの建設で先行していたESRF、APSの二施設だけであったので、競争相手としては主としてこの二施設に注目すればよかった。

 しかし、現在は状況が様変わりしている。第三世代中型リングとしてスイスのSLSが先陣をきり、フランスのSOLEIL、イギリスのDIAMOND、オーストラリアのASが稼動を始め、中国のSSRF、スペインのALBAも続くという目白押しの状態になりつつある。これらの施設では、X線領域の高輝度光源とともに最新鋭の機器を設置しているので、競合する手ごわい相手である。大型リングから得られる一個一個の光子の値段は中型リングのそれに比べて高いので、コスト・パーフォーマンスの観点からみて、それらと横並びではない、独自の利用の仕方が特に望まれることになった。

 さらに、ドイツで周長2.3 km大型リングPETRAの放射光への転用計画が走り出しており、PETRAIII(6 GeV)として近々稼働する予定であって、第三世代大型リングの仲間入りをする。ここで注目すべきは、高輝度化を追求していることと高エネルギーX線の利用に重点を置いていることである。高輝度化をさらに追求する点では、現在建設準備が進められているNSLSIIも際立っている。NSLSIIは周長791 mで、ESRFのそれに近い規模であるが、エネルギーは3 GeVと低い。ダンピング・ウィグラーを用い、0.55 nm・radのエミッタンスを得る仕様である。

 このように放射光科学の競争はこれまで以上に激化しつつあるので、SPring-8としては複眼的な見方・戦略的な取り組みが必要である。

 

2-2. 新世代放射光施設建設の動き

 世界的にXFEL(X-ray Free Electron Laser)の建設が進められ、数年後にはXFELの稼動が始まる。これによりコヒーレンスや超短パルスを生かす実験が新たに開拓されることになる。幸いなことに、SCSS(SPring-8 Compact SASE Source)のXFELがSPring-8キャンパスに実現するので、SPring-8と相補的に利用できる。

 またERL(Energy Recovery Linac)実現へ向けた動きも加速している。将来的には、図1の<光源加速器の発展>に示すように、放射光光源は円型と線型の加速器が併存し、それぞれの光源の特徴を生かした多彩な実験が展開され、放射光科学は一層広い研究分野をカバーするようになる。

 

 

図1 光源加速器の発展

 

 

3. SPring-8が独自性を発揮するための方策

 第三世代大型リングとして先行したESRFとAPSの将来へ向けた方策をみてみると、ESRFでは、今後十年間に放射光科学で抜群の展開を図るためにScience and Technology Programme 2008-2017(パープル・ブック、2007年9月)をまとめた。特に推進すべき研究分野として/ナノサイエンスとナノテクノロジー/ポンプ・プローブ法と時間分解サイエンス/極端条件下のサイエンス/構造・機能の生物学とソフトマター/X線イメージング/の五つを挙げ、それらを中心にESRF全体のアップグレードを287 Mユーロの資金で実施する計画である。ESRFがビームライン・実験ステーションの改修にかなり重点を置いているのに対して、APSでは、それとともに、加速器の大幅な高度化・改修も計画している。ビームライン・実験ステーションのリニューアル計画は2008年から五年間に実施される。これには20 nmよりも高空間分解能での顕微法・顕微分光法、極端条件下での動的応答の観測やバンチ・スライス法による時間分解実験の計画も含まれている。加速器の高度化・改修計画は2020年の実現をめざしており、多数の提案がある。大規模なものとして蓄積リングを組み込んだERLの建設が計画されており、そのためのR&Dを数年後から始めるとしている。これらのESRFとAPSのリニューアル・改修期における取り組み方は、SPring-8での計画立案によい参考になる。

 

3-1. 既存設備の一層効果的な活用とビームライン・実験ステーションの高度化・改修計画の立案

 SPring-8の今後は、まさに顕著な成果を刈り取る収穫期と位置づけられる。これまでに開発してきた機器と解析手法を駆使して、成果の最大化を図る努力が求められる。

 設備を有効に活用するという観点からみれば、未着工ビームラインの問題がある。現在49本のビームラインが稼働しており、最近4本のビームラインの建設が決まったが、まだ30 m長直線部2本を含めて、8本が手付かずで残っている。特に長直線部はSPring-8の際立った特徴のひとつとして造られたものであって、その利用の具体化が待たれる。

 ‘SPring-8ならでは’の特徴ある研究を生み出すには、SPring-8がもっている設備の特長を積極的に活用することが肝要である。そのひとつとして、8 GeVの電子エネルギーは世界最高であるので、高エネルギーX線の積極的利用が挙げられる。高エネルギーX線の利用は徐々に増えているが、今後高エネルギーX線対応の装置面での高度化や拡充が必要であろう。

 高輝度化によりつくられるナノ・ビームの利用へ向けては、各種のイメージングの高空間分解能化、これまでの限界を超えた極微小領域・極微量の分析、多重の環境条件、特に極端条件(圧力、温度、磁場、電場など)のもとでの観測などをはじめ、多彩な実験の展開が期待される。

 これまでのSPring-8での研究成果をみると、物質の構造解析・構造評価では静的な解析はかなり成熟してきているようである。それに比べて、ダイナミックスの研究や機能の解析は、まだ発展途上にある。特に短パルス光を利用した構造変化の時間発展の観測は、これからもっと重点を置くべき課題であろう。パルス幅から40 psぐらいの時間分解の実験はできるようになっているが、将来的にバンチ・スライス法を導入すれば、1 psを切るパルス幅のビームが利用可能になり、時分割実験の守備範囲は格段に拡大する。

 

3-2. 加速器の高度化・改修計画の立案

 SPring-8の蓄積リングは高度化作業の結果、低エミッタンス化、高安定化が図られ、さらにトップアップ運転に移行するなど、当初計画されたビーム性能は十分に達成されている。従来の枠を超えた野心的な利用研究を実施するには加速器の性能向上が求められるが、それにはいろいろな選択肢が想定される。つぎに提案のいくつかを挙げる。その優先順位を決めるには十分な議論が必要である。

 

(1)低エミッタンス化 

 SPring-8のエミッタンスは3.4 nm・radであるが、電子エネルギーを8 GeVから4 GeVに下げる低エネルギー運転ではエミッタンスを0.85 nm・radと小さくできる。また、長直線部にダンピング・ウィグラーを設置して、エミッタンスをさらに小さくする案もある。

 長直線部のアンジュレーターの前後に四次元位相空間の形状を変換できる機器を設置し、回折限界に近い垂直エミッタンスを水平エミッタンスに振り向けて丸いビームをつくるという提案もある。

 

(2)短パルス光の生成

 長直線部を利用し、アンジュレーターの前後に二台ずつの超伝導RFディフレクターを配置して、傾斜したバンチからの放射光の中心付近だけを切り出すバンチ・スライス法によれば、サブピコ秒の短パルス光が得られる。

 

(3)SCSSのXFELとの組み合わせ

 XFELのリニアックからの電子ビームを蓄積リングに入射すると、数百回転の間はリニアックでのビーム特性が保たれるので、その間に限られるが、高輝度、極短パルスの放射光が利用できる。

 またXFELの極短パルスと蓄積リングの短パルスを組み合わせた実験を行うというような、他の施設ではできない魅力的な計画もある。

 

 利用懇として研究分野ごとの将来展望をまとめる作業を実施するのは、供用開始後初めてであり、この冊子はSPring-8の今後の展開を図るうえでの一里塚と位置付けられる。これを基礎としてさらに肉づけし、全体計画を策定していく必要がある。これにより高性能な機器の導入や光源の仕様の大幅なグレードアップができれば、物質科学・生命科学の飛躍的発展をもたらすSPring-8発の顕著な成果が期待できる。

 その計画の実現には、かなりの資金を要するので、計画の必要性を関係方面に広く理解してもらう努力も求められる。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794