Volume 29, No.4 Pages 308 - 311
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第21回日本加速器学会年会in山形 学会報告
Report of 21st Particle Accelerator Society of Japan in Yamagata
1. はじめに
日本加速器学会(PASJ)は日本の加速器関連の研究者が一同に会する学会組織で、毎年夏に各地で年会を行っています。一昨年までは新型コロナの影響でオンライン開催となっていましたが、昨年より現地開催に戻りました。今年会は、2024年7月31日から8月3日までの4日間の日程で行われました。これは2024年4月に一般社団法人化を果たした後初めての年会となります。今年の年会の参加人数は555名、企業展示56社、そして市民公開講座では約200名で、のべ700名以上の方々が参加されました。
会場は山形テルサというコンサートホール施設で、山形駅と隣接しておりアクセスは抜群です。外観・内装ともに非常に綺麗で、メインの口頭発表は大ホールで行われました。ポスター発表・企業展示はリハーサル室や会議室等で行われ、こちらも大盛況となりました。
山形県では開催1週間ほど前に豪雨災害に見舞われ、一時庄内地方で大雨特別警報が発令されるなど多大の被害を受けました。被災された方々にお見舞い申し上げます。今回の会場となった山形市は村山地方にあり、幸いにも大雨の大きな被害は免れ、学会も無事開催されることとなりました。
山形は実は日本でも有数のラーメン大国です。ラーメン屋さんが多いというより、蕎麦屋や居酒屋などいろんなお店でラーメンを出すので、あるのが当たり前という感覚のようです。お昼休憩では市街へ出て、駅周辺のお店で食べる方も多くおられました。この猛暑の中、山形発祥と言われる冷やしラーメン(図1)で体をクールダウンさせると最高でした。
図1 山形名物冷やしラーメン
2. 講演内容
さて、加速器学会の話に戻りましょう。合同セッションでは、「粒子線治療の現状と将来」(山形大医 岩井、以下敬称略)、「高次高調波によるアト秒レーザーの進展」(理研 緑川)、「ナノテラスにおける蓄積ビームモニターシステムのコミッショニング」(QST 上島)、「加速器質量分析法を用いた太陽活動研究」(武蔵美 宮原)という内容で行われました。ここでは粒子線治療と太陽活動について簡単に紹介します。
粒子線治療の話では、がんの粒子線治療は最近非常に進歩しており、ヨーロッパ、アメリカをはじめとして、日本でも多くの治療施設が建設されています(SPring-8サイトに近い兵庫県立粒子線医療センターでも陽子線・重粒子線による治療を行っています)。近年、有効性が確認された前立腺がんなどで保険適用となり、症例数もぐっと増えているといいます。さらに、照射中にオンラインで患者と患部の位置を検出して正常組織への影響を限りなく小さくするOnline ARTという技術や、粒子線から患部へのエネルギー移行(LET)をマルチイオン照射により制御する方法といった新技術の開発が進められていて、今後更に発展していくことが期待されています。
太陽活動については、11年周期で変動する黒点数と活動性が相関しており、黒点数が少ない時期は寒冷に、多く活発な時期は温暖な気候になるといいます。黒点数の観測は1600年から始まっていますが、それ以前の活動を知ることができる方法として、太陽活動由来の宇宙線によって生成される炭素14やベリリウム10といった放射性核種の分析による方法があります。こういった放射性核種は樹木の年輪や南極氷床などに年単位で保存されるため、その履歴が過去の太陽活動を反映しているというわけです。このサンプルの放射性核種の量を測定するため、山形大の加速器質量分析装置AMSを使用することで、これまでより1桁高い精度での測定が可能になりました。その結果、1年単位での放射性核種含有量の履歴の追跡が可能となり、マウンダー極小期(1700年頃)、シュペーラー極小期(1500年頃)、ウォルフ極小期(1300年頃)といった太陽活動が低下する時期の直前に11年周期の太陽活動の周期が変動することが明らかとなりました。これは太陽内部の対流層における「子午面循環」と呼ばれるメカニズムが関わっているのではないかと考えられ、長周期の太陽活動のメカニズムの解明に向けて研究が続けられています。
企画セッションでは、「大電流蓄積リング真空システムの技術的課題 ―KEKB加速器での経験―」(KEK 末次)と「放射光加速器のグリーン化―SPring-8/SACLA加速器コンプレックスにおける取り組みと展望―」(理研 田中)の2つが行われました。「グリーン化」というキーワードは環境問題や資源問題、また情勢不安が叫ばれる中、性能重視で大電力を使用する加速器・高エネルギー実験等でも無視できなくなりつつあります。これまでのグリーン化の成果として、SPring-8リングへのビーム入射を既存の線形加速器・シンクロトロンからSACLAにするという困難な技術開発の結果、電力消費量の削減に成功したことが発表されました。また、SPring-8-IIやSACLAの今後のアップグレードへ向けて、偏向磁石の永久磁石化、電子ビームエネルギーの引き下げ、真空チェンバーのコンパクト化、線形加速器へのXバンド(11.4 GHz)の導入等によりグリーン化への道を進めているとのことでした。
口頭発表セッションでは、電子ビームによる水質浄化(東北大RARiS Anjali Bhagwan)のお話が印象的でした。最近ニュースでも話題になっている、自然界で分解されない汚染物質PFAS(有機フッ素化合物の一種)を除去する取り組みです。エネルギー~5 MeV(飛程~2 cm)程度の電子ビームを水に入射すると、水分子が電離するのですが、この電離によって生成されたOHラジカルなどが水中の汚染物質を効率的に分解する仕組みになっています。ここでは小型の超伝導線形加速器を使用して5 MeV、10 mAの電子ビームを水に照射してPFAS等汚染物質を分解・浄化する計画となっています。熱電子銃、650 MHzのバンチャー空洞、1.3 GHzのブースター空洞、1.3 GHzの加速空洞、集束ソレノイドまで数値計算を行ってビームライン構造のシミュレーションと設計を行い、その成果が発表されました。
NanoTerasu関連の各コンポーネントの開発成果や近況報告の発表(図2)もQSTの方々(安積・保坂・上島・小原・菅)により行われました。今年4月よりユーザー運転を無事開始していますが、ユーザータイムの合間を縫ってマシンスタディを行っており、「400 mA運転」の達成を目指して加速器調整を行っているとのことです。
図2 NanoTerasu発表(QST 上島)
次に、ポスターセッションの中からいくつか紹介したいと思います。
まずはXバンド用のRFダミーロードの開発(理研 安留)に関して紹介します(年会賞)。理研放射光センターでは、SACLA電子ビームのバンチ長測定のためのXバンドデフレクタの開発を行っていますが、その一環としてXバンド用大電力ダミーロードの開発を進めています。渦巻き型の導波管をステンレス(SUS)で作製し、さらに内部表面を2 μm程度の粗さにすることで表面抵抗を大きくして、効率的にRF電力を減衰させる構造です。コンパクトなサイズで構造が簡単なことから、コストを抑えられ、かつ故障リスクも低いため、将来SACLAで使用するために開発が行われています。現在は試作段階ですが、シミュレーションで予想していた減衰性能が確かめられ、今後実機を製作する予定となっています。
もう一つ個人的に面白いと感じた発表を紹介します。小型野生動物(ネズミ)によるケーブル被害とその対策(KEK/J-PARC 山田)についての発表です。J-PARCの加速器制御ネットワークで使用している光ファイバーネットワークにおいて、回線が数日掛けて順次途絶した事象が発生しました。当初は電線管の破損が疑われましたが、結局ネズミがケーブルをかじったことによる損傷と判明しました。対策として、ネズミの侵入経路と疑われる電力ケーブルの貫通部を防鼠性パテ(唐辛子入り)で塞ぎ、さらにネズミ忌避剤(唐辛子入り)を散布することで、それ以降ネズミによるケーブル被害は起こっていないとのことです。SPring-8も自然豊かな地域にあり、野生動物が多く生息していますので、そういう事例もあるのかと参考になりました。ところで、私はケーブルを食べたことはないのですが、美味しいのでしょうか。話によるとケーブルをかじった後のカスはほとんど落ちていなかったらしいです。本当に食べたのかな?
筆者(JASRI 斗米)もポスターにて、SPring-8-IIへ向けたベル型加速空洞の高次モードの影響の検討について発表を行いました。SPring-8-IIではエネルギーを6 GeVに下げ、ビーム電流を200 mAに引き上げる計画です。その際ビームが誘起する空洞の高次モードのうち、TM011モードと呼ばれる900 MHz付近の高次モードが不安定性を生じさせてしまい、蓄積できるビーム電流を制限してしまう問題があります。私はこの問題の解決のため、空洞に2つあるチューナーを通常の運転位置からずらすと、ビームが感じる高次モードの影響度合い(シャントインピーダンス)を下げることができることを見出しました。これによって問題を回避できないかというところをシミュレーションとビームスタディで確認しているところです。
企業展示ブースでは50社以上が参加し、RF機器、磁石、真空、計測、制御といった、様々な加速器技術に欠かせない製品の紹介を行っていました。SACLA関連ですと、機械学習を使用したサイラトロンの異常検知と寿命予測(理研/中央電子 共同開発)の技術が実用化できる段階となってきていて、企業ブースと口頭発表(図3)が行われていました。企業ブーススタンプラリーも行われまして、任意の3社のスタンプを集めると学会の開催委員より山形のお米「つや姫」または「雪若丸」(いずれも2合分)を数量限定で頂けました。私は雪若丸を頂いたので、後日炊いてみたのですが、シャッキリとした食感で美味しいお米でした。その食感を活かして炒飯であるとか酢飯にするとより楽しめるのではないかと思います。是非山形に来られた際はお米もチェックしてみてください。
図3 サイラトロン異常検知の発表(中央電子 佐藤)
市民公開講座「病院で活躍する加速器~病気を見つけて治す令和のスーパードクター~」と題して、山形大医学部の鹿戸・小藤より講演が行われました。私は残念ながら参加できなかったのですが、講演開始前に様子を見たところ、学会関係者だけでなく、幅広い年代の一般参加者の方も来場していただき、盛況なようでした。
最終日は山形大の重粒子線医療施設の見学・・・・・・のはずだったのですが、私が学会参加に申し込んだ時点で既に枠が埋まってしまっていて、残念ながら参加できませんでした。教訓として次回は早めに参加登録して見学会に参加したいと思います。
3. 学会賞
今年会では、技術貢献賞2つと特別功労賞1つの計3つの賞が授与されました。1つめは、技術貢献賞「J-PARC RCS設計ビームパワー1MWでの、ビームロスの最小化とビーム品質の大幅改善」(JAEA Saha Pranab Kumar)で、J-PARCにおける性能向上の業績が評価されました。2つめは、技術貢献賞「機械学習法の導入によるX線自由電子レーザー性能の高度化」(JASRI/理研 岩井・前坂)で、SACLAの運転に機械学習を導入し、ビーム性能の向上や加速器調整での活用の業績が評価されました(図4)。最後に特別功労賞「安定性と信頼性に優れた固体高周波増幅器の開発と製造」(株式会社アールアンドケー 小花)で、長年加速器の根幹を支えてきた技術である高周波増幅器の製造技術が評価されました。
図4 技術貢献賞(JASRI/理研 岩井・前坂)
4. 懇親会
懇親会は、コロナ明け初めてということで盛大に行われまして、数えておりませんが100名以上の参加者が集まりました(図5)。普段あまりお話する機会のない他機関の研究者とも同席してお話することができ大変有意義な懇親会となりました。和洋中様々な料理と飲み物が振る舞われ、東北地方のソウルフード「芋煮」(醤油味)やお蕎麦のコーナーもありました。ちなみに山形の芋煮は味噌地域と醤油地域に分かれるようで、度々論争の種になるそうです。花笠まつりは会期と被っておらず参加できなかったのですが、懇親会にて山形大学の花笠サークル「四面楚歌」による花笠踊りがあり、参加した気分となりました。
図5 懇親会の様子
5. おわりに
最後となりましたが、加速器学会に当たり、無事開催できたことを関係者の皆様に感謝申し上げます。加速器学会はあまり放射光ユーザーの研究者とは縁がないと思われるかも知れませんが、加速器学会においても加速器そのものを扱う発表だけでなく、加速器を使用するユーザー側としての発表もありました。放射光ユーザーの方も加速器学会に参加して発表を積極的に行っていただくことで、放射光ユーザーとしての意見を反映した技術開発に繋げていくことができるかと思いますので、もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、来年の年会(初の東京開催予定)に是非参加してみてはいかがでしょうか。
(公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
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