Volume 28, No.4 Pages 369 - 372
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第26回国際結晶学連合会議(IUCr 2023)報告
Conference Report: 26th Congress and General Assembly of the International Union of Crystallography (IUCr2023)
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 構造生物学推進室 Structural Biology Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
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1. はじめに
26th Congress and General Assembly of the International Union of Crystallography(IUCr2023)は8月22日から29日までオーストラリア、メルボルンのMelbourne Convention & Exhibition Centre(写真1)で開催された。国際結晶学連合IUCrのCongressは3年に1回の開催であり、前回2020年のプラハでの大会はCOVID-19の影響により翌2021年にハイブリッド形式で開催されており、実に6年ぶりにコロナ禍前のスタイルで開催された会議であった。
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写真1 会議が開催されたMelbourne Convention & Exhibition Centre。
連日最高気温が35度以上の猛暑の日本から、初春のオーストラリアへの移動で温度差を心配したが、存外気温の違いなど気にならないものであった。後述する初日の受賞講演に引き続き開催されたウェルカムレセプションではメルボルン動物園からコアラ、カンガルーをはじめとした動物たちも参加してオーストラリアらしい雰囲気で会議がスタートした(写真2)。
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写真2 ウェルカムレセプションにやってきたコアラ。メルボルン動物園の協力でカンガルーやワニなど多数の動物と触れ合うことができた。
2. 講演内容
会議はオーストラリアの先住民族の伝統にのっとったオープニングセレモニー(写真3)で幕を開けた。セレモニーに引き続き、Ewald prizeを受賞されたColumbia UniversityのWayne A Hendrickson氏による受賞講演が行われた。蛋白質結晶構造解析の歴史と、波長可変の放射光を用いて蛋白質結晶に導入した重原子の異常散乱効果を利用する多波長異常散乱法(MAD法)および単波長異常散乱法(SAD法)に至る位相問題解決の歴史に関してご自身の研究やその時々の背景を取り混ぜた講演であった。筆者が大学院生だった頃(20年以上前)に重原子誘導体の結晶を作成し、SPring-8でMAD法のための回折実験を試行錯誤しながら行っていた頃を思い出した。
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写真3 オープニングセレモニーではオーストラリア、ニュージーランドの伝統的な音楽と踊りが披露された。
ここから、筆者の専門である構造生物学に関する発表について紹介していくこととする。生体高分子の構造解析では長きにわたって主たる手法であった結晶構造解析だがクライオ電子顕微鏡(クライオ電顕)の発展により近年では成熟した一つの選択肢となった感がある。さらに近年はAlphaFold2というAIによる立体構造予測の登場により、従来の構造予測手法を凌駕する精度で蛋白質の立体構造を予測することができるようになった。このような背景で構造生物学における蛋白質結晶構造解析の意味合い、あるいはクライオ電顕やAlphaFold2との連携について模索するような発表が見られたことは今回の会議の一つの特長だったのではないだろうか。
LANLのThomas Terwilligar氏は基調講演においてAlphaFold2による予測構造を結晶構造解析にどのように利用していくかを述べていた。予測構造の信頼性が高い場合には結晶構造解析で得られる電子密度の弱い領域への分子モデルの構築に予測構造を用い、構造精密化を繰り返すことでより確からしい分子モデルを得ることができると主張していた。またAlphaFold2は作業仮説を立てるために非常に有力なツールであり、結晶構造解析による仮説評価と組み合わせることにより、構造生物学研究を加速するものであるとも述べていた。
Duke UniversityのChristopher Williams氏はAlphaFold2による予測構造の評価ツールbarbed_wire_analysisを開発し、構造解析スイートであるPhenixに実装したことを紹介していた。この評価ツールを使うと、pLDDT(predicted Local Distance Difference Test)の値が70以下の予測信頼性が低いモデルから立体構造を有している部分を抽出(全く立体構造としての要素を持たない領域を排除)することができ、このような部分の構造は分子置換法やクライオ電顕のモデル構築に十分に利用することができるものであるという報告がされた。AlphaFold2を積極的に結晶構造解析に利用していくためにはこのような評価ツールも必要になるはずである。
今回の会議では自動測定を主とした放射光ビームラインにおける実験の自動化やリモート実験の開発にとどまらず、これらを利用した研究についてのセッションが数多く組まれていた。蛋白質の立体構造を利用した創薬、いわゆるStructure-Based Drug Design(SBDD)はこれまでも広く用いられてきた。現在では主として放射光ビームラインにおける自動測定システムの開発により実験効率が向上したことにより、1日あたり数百データセットを取得することが可能になっている。このような自動測定システムと組み合わせ、数百種類の化合物から構成されるライブラリー、特に分子量300程度の比較的小さな分子(フラグメントと呼ばれる)を蛋白質の結晶に導入し、結晶中の蛋白質に結合する分子を探索することで新たな薬剤を開発する出発点になる化合物を見出す、Crystallographic Fragment Screening(CFS)という手法の開発が進んでいる。このようにして得られた蛋白質とフラグメントの複合体の立体構造情報、特に相互作用様式に関する情報をもとにして化合物の構造展開をすることで新たな薬剤を開発する手法がFragment-Based Drug Design(FBDD)と呼ばれ、構造生物学を利用した創薬研究に取り入れられている。このような背景を反映してか会議ではCFSおよびSBDDにフォーカスしたセッションが多数開催された。
Swiss Light SourceのMay Sharpe氏からはSLS FFCS(Fast Fragments and Compounds Screening) platformについて報告があった。FFCSにおいては試料調製からデータ測定、自動データ処理、自動構造解析で得られるデータを一元的に管理するLIMSを開発してCFSを行っているとのことであった(Heidiという名だそうだ)。また化合物の蛋白質結晶への導入にはアコースティック分注装置ECHOと、結晶凍結を効率的に行うために結晶化プレート中の結晶の状況を記録したデータベースを参照して結晶のあるプレート上のウェルへプレートを移動するXYステージと実体顕微鏡を組み合わせたShifterと呼ばれる装置を利用して効率よく結晶試料を準備することができるとのことだった。
Australian SynchrotronのRachel Williamson氏からコミッショニング中の3本目の生体高分子用のビームラインとなるMX3を利用したFBDDのためのシステム構築について発表があった。MX3でも自動測定が導入され1サンプルあたり3.5分で測定可能であり、結晶試料の準備にはECHOとShifterを導入しているということだった。構造解析のパイプラインとしてAutoRickshowを使っており、5分間で100の分子置換の解を得ることができるなどデータ取得から構造解析までの効率化が進んでいた。
MAX IVのTobias Krojer氏はMAX IVのCFSプラットフォームであるFragMAXについて発表があった。FragMAXはルンド大学と連携して試料調製を実施しており、データ収集をMAX IVで行っていた。BioMAXでの自動測定は1日あたり400データセットを取得することが可能であるとのこと。またMicroMAXを使って常温で結晶化プレート中の結晶にX線を照射してデータを収集することにより、結晶凍結過程を省略することを目指した開発が紹介された。FragMAXでもSLSと同様にLIMSを開発して使用していた。
Helmholtz-Zentrum BerlinのTatjana Barthel氏からはBESSY IIにおけるCFSについて報告があった。試料調製では化合物導入にアコースティック分注装置を利用しており、測定は自動測定で行っていた。分子置換のパイプラインを構築しており自動構造解析が可能である。LIMSはMAX IVのシステムを導入しているとのことだった。BESSY IIのCFSの特色は解析した構造からの化合物の構造展開について医薬品化学の研究チームと共同研究体制を構築し、単に化合物複合体の構造解析をするのにとどまらず新たな化合物のデザインまでを一貫して行える体制になっていることであった。どちらかというと製薬企業よりも学術機関の研究者のニーズに応えることを志向しているようであった。
放射光ビームラインを用いたCFSの先駆けであるDiamond Light SourceからはDaren Fearon氏がCFSプラットフォームであるXChemを用いてパンデミック初期に実施されたSARS-CoV-2の蛋白質を標的としたCFSの成果がポスターで報告されていた。本会議に先駆けて実施されたCFSに関するサテライトワークショップではFearon氏より同じライブラリセットを使ってクライオ条件でデータ収集を行った時とVMXiにて常温でデータ測定を行った時に得られるヒット化合物が両者で完全に一致しないことがわかってきたとの報告もあった。
DESYのSebastian Günther氏からはPETRA III P09を使用した新たなCFS用ビームラインHiPhaXによる常温でのハイスループットスクリーニングに関する報告があった。HiPhaXでは固定ターゲットを用いたSerial Synchrotron Crystallographyが可能であり、微小結晶をターゲット上で化合物にソーキングしてSSX測定することで標的蛋白質と化合物の複合体の構造解析が可能であり、また常温で回折実験を行うことで凍結結晶からの測定では得られなかった化合物複合体の立体構造が得られたことが報告されていた。
このようにCFSプラットフォームはヨーロッパやオーストラリアの放射光施設で整備されてきている。筆者らもSPring-8で整備を進めている同様な化合物スクリーニングのためのプラットフォームについてポスターで発表した。発表があった各施設では試料調製から自動測定、自動構造解析まで一貫したパイプラインとして整備が進められており、実験情報を一元管理するLIMSが導入されている。また試料調製においては化合物導入にアコースティック分注装置を結晶凍結にShifterを用いている施設が多く、自動構造解析ではPanDDA(Pan-Dataset Density Analysis)を組み込んだシステムが標準になっている。今後の放射光施設の生体高分子解析ビームラインでは試料調製から構造解析まで一貫して実施できる利用環境を整備することが重要であることを改めて感じた。このようなスクリーニング可能な放射光施設では自動測定システムが導入されており、多くの場合Unattended data collection(UDC)が可能である。Diamond Light SourceのRalf Fraig氏はI04に実装された自動測定システムを紹介していた。スループットの点ではこのシステムが1結晶3分を切っており最速ではないだろうか。SLSのKate Smith氏もSLSの自動測定システムについて報告していた。またリモート測定システムの導入も進んでおり、Canadian Light SourceのMichael Fodje氏からは生体高分子解析ビームラインでは95%のユーザー実験がリモート測定であることが紹介されていた。質疑応答では年間を通してほとんどユーザーが来所しないとなるといかにしてユーザーとのコミュニケーションを取っていくのか?という議論がなされた。これについては毎年1週間、2-30人の参加者に旅費を補助して実施するスクール(実験責任者も参加可能)でユーザーとのコミュニケーションを取っているとのことだった。私たちが運用しているBL45XUでも同じことが起きており、現在は100%のユーザー実験がUDCである。新規ユーザーとのコミュニケーションをどのように取っていくかなど参考になる点もあった。リモート測定やUDCの利用が広がっているがその際の試料の輸送も話題に上ることが多かった。前述したように凍結した結晶のみならず常温下での測定を行うケースも増えてきている。凍結結晶の場合はドライシッパーを用いて安全に輸送することが可能だが、常温の場合は多くの場合、結晶化プレートを輸送することになる。Australian SynchrotronのEleanor Campbell氏はMX3におけるIn-tray screeningをUDCまたはリモート測定で実施するための結晶化プレート輸送用容器の開発を紹介していた。蓄熱剤を利用して20度程度で温度を保ち数枚の結晶化プレートを輸送できるというものであった。頭の高さから床面に落としてもプレート中の結晶化ドロップは飛散しないことを示すビデオも紹介されて会場は大いに沸いたが、今後プレート中での常温測定の自動化、リモート化が進むと輸送の問題は切実になってくるものと思われ、真剣に取り組む必要がありそうである。
3. おわりに
会議最終日前日の夜はMelbourne Museumにおいて“Night at the Museum”と冠してCongress celebration partyが行われた。Melbourne Museumは世界遺産であるRoyal Exhibition Buildingに隣接した博物館である。博物館の広大なエントランスホールにステージを設置しての立食形式のパーティーであり、博物館の展示も見て回れるというものであった。メルボルンの文化、歴史に触れることもでき、学会に集まった参加者と交流を深めるには良い会場であった。パーティーの後半にはステージ上でライブも開催され、老若問わずリズムに乗りながら、次回2026年のカルガリーでのIUCr congressでの再会を期しつつメルボルン最後の夜は更けていった。
オーストラリアというヨーロッパからも北米からも地理的に遠い場所での開催、かつCOVID-19の影響もあって心配されたが、久々の対面での学会で会議での議論に加えて会場内外での交流も活発に行われていた。コロナ禍で人的交流が乏しかった時期に海外の放射光施設は着実に開発を進めていたことを痛感するとともに、私たちが進めている研究開発の方向性を再点検する良いきっかけにもなり有意義な会議であった。
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