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Volume 28, No.4 Pages 439 - 447

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

利用系活動報告
放射光利用研究基盤センター 分光推進室 動的分光イメージングチーム
Activity Reports – Spectroscopic Imaging Team, Spectroscopy Division

河村 直己 KAWAMURA Naomi

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室 Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 分光推進室・動的分光イメージングチームは、SPring-8ならびにSPring-8-IIで期待される高輝度放射光の特性を活用し、先鋭化するSPring-8の利用ニーズに応えることをミッションとしている。具体的には、X線吸収分光(XAFS)やX線発光分光(XES)などの分光計測法に、イメージングや時分割計測などの新たな要素技術を取り込むことで発展させている。本チームが運用するビームラインは、すべてアンジュレータを光源とするビームライン群(硬X線分光ビームラインBL37XU、BL39XU、および軟X線分光ビームラインBL25SU、BL27SU、ならびに理研ビームラインBL17SU、BL36XUの一部の共用枠)である。チームメンバーは、光源性能を活かした顕微分光測定手法の開発を進め、ユーザー支援、利用成果の創出や利用拡大を推進している。
 図1に本チームが担当するビームラインでの主な計測手法とカバーするX線エネルギー領域を模式的に表したものを示す。特定のエネルギー領域(テンダーX線領域)に少しギャップがあるものの、X線分光計測が0.2~113 keVといった非常に広エネルギー範囲に亘ってカバーされているのがわかる。また、最近は数年後に計画されているSPring-8-IIアップグレードに向け、各ビームラインの再編・改造・高度化の検討が進められている。本稿では、各ビームラインの概要と最近の整備状況について紹介する。

 

図1 動的分光イメージングチームが担当するビームラインでの主な計測手法とカバーするX線エネルギー領域を示した図。

 

 

2. 硬X線分光ビームライン(BL37XU、BL39XU、BL36XU)
 BL37XUおよびBL39XUは同じ標準型真空封止アンジュレータを光源とする硬X線ビームラインであるが、BL37XUは4.5~113 keV、BL39XUは4.9~37 keVのX線が利用可能なビームラインである。SPring-8建設当初は磁気散乱・吸収、蛍光分析、医学応用の3つの手法が相乗りする形でBL39XUを共有していたが[1][1] 伊藤正久、早川慎二郎、中井泉: SPring-8/SACLA利用者情報誌 1 (1996) 36-40.、2000年に蛍光分析および医学応用のグループがBL37XUを新設する形で分離・独立した[2][2] 後藤俊治、竹下邦和、早川慎二郎、石川哲也: SPring-8/SACLA利用者情報誌 6 (2001) 193-197.。また、2010年にはグリーン・ナノ放射光分析評価拠点の整備の一環として、BL37XUおよびBL39XU両ビームラインに光源から約80 mの位置に新設ハッチが建設され、集光光学系(Kirkpatrick-Baez(KB)ミラー)を設置することによって、100 nm集光ビームによるX線分光法の構築を実現した[3][3] 鈴木基寛、寺田靖子、大橋治彦、河村直己、水牧仁一朗、他: SPring-8/SACLA利用者情報誌 16 (2011) 201-209.。X線分光法としての手法は、BL37XUでは触媒や環境試料の化学状態分析が主体で、BL39XUは磁性材料などの磁性研究が主体であることから、利用するX線のエネルギー帯が異なる方向に進化してきた。蛍光分析では、可能な限り多くの元素に対する分析が必要であるため、比較的高いエネルギー(> 50 keV)での測定手法の開発が進められたのに対し、磁性分析では、主として磁性元素を対象とした分析が必要であるため、5d遷移金属のL-吸収端を上限とした比較的低いエネルギー(< 15 keV)での開発が進められた。その系譜は現在でも引き継がれており、特にBL37XUでは30 keV以上の高エネルギーX線の集光光学系の開発とそれを利用したXAFS計測が進められている。

 

2.1. 分光分析ビームラインBL37XU
 分光分析ビームラインBL37XUは、3つの実験ハッチで構成されているが、主としてXAFSや蛍光X線分析などの分光計測に、X線顕微法を組み込んだ分光イメージング計測が行われている[4][4] K. Nitta, H. Suga and O. Sekizawa: Rad. Phys. Chem. 211 (2023) 111028.。この手法では、X線顕微法に対してX線エネルギーを掃引する必要があるため、集光光学系は基本的に色収差のないミラーが利用される。一方で、より高い空間分解能を目指す場合にはゾーンプレートによる結像型方式を採用することもあり、その場合にはX線エネルギーの変化に合わせて、ゾーンプレートの位置を適切な集光位置に調整する方法を取っている。これらの顕微分光測定では、空間的な元素分布を可視化するだけでなく、価数や結合状態、配位数といった化学状態および電子状態に関する情報も同時に取得することができるため、化学系を中心とした基礎研究から産業応用への利用がなされている。特に最近では、2次元像だけでなく、Computed tomography(CT)手法を組み込んだ3次元像の再構成にも取り組んでおり[5][5] Y. Kimura, A. Tomura, M. Fakkao, T. Nakamura, N. Ishiguro, et al.: J. Phys. Chem. Lett. 11 (2020) 3629-3636.、より実環境や実材料での利用拡大が期待されている。表1に、BL37XUで利用可能な顕微分光計測法についてまとめたものを示す。これらの手法を、ユーザーのニーズに合わせて選択するだけでなく、計測の高効率化や高分解能化を目指した開発も進められている。

 

表1 BL37XUで利用可能な顕微分光計測法。
Type of microscopy Energy(keV) Spatial resolution Field of view 3D measurement
Scanning 4.5 – 55 100 nm μm~mm Long time
Full-field Projection 4.5 – 113 1 μm mm2 Possible
Imaging 6 – 15 50 nm ~μm Possible
Coherent
diffraction
CDI 5 – 10 10 nm μm2 Long time
Ptychography 5 – 10 20 nm mm2 Long time

 

 実験ハッチ1では、主として全視野型顕微分光計測装置が設置されており、投影型および結像型分光イメージングが可能である(図2)。投影型イメージングでは、空間分解能は1 μm程度ではあるが、4.5~113 keVの広いエネルギー範囲で計測可能であることが特長といえる。本手法の高感度・高効率測定の実現には、特に高エネルギー領域での検出器の高感度化と高空間分解能化が今後の課題といえる。一方、結像型イメージングでは、コンデンサーゾーンプレート(CZP)と対物フレネルゾーンプレート(FZP)によって、6~15 keVのエネルギー範囲において空間分解能50 nmを達成している。本手法では、空間分解能の高い測定が可能であるが、現状では利用可能なエネルギー領域が限られており、したがって測定対象が制限される。高エネルギー領域で回折効率の高いゾーンプレートと検出器の開発が課題であろう。

 

図2 BL37XU実験ハッチ1における結像型分光イメージングのセットアップ。

 

 

 実験ハッチ2では、多目的回折計が設置されており、主としてX線反射率測定が行われている。また、下流側にフリースペースを設けており、持ち込み装置に対する対応を行っている。ただし、このフリースペースへの持ち込みは、原則、BL37XUの光源性能を活かす実験装置に限定している。
 実験ハッチ3は、アンジュレータ光源から76 mの位置にKBミラーが設置されており、主として100 nm集光ミラーによる走査型顕微分光計測が利用可能である(図3)。このビームラインの特長の一つとして、4.5~55 keVの広エネルギー領域に亘って100 nm集光ビームを色収差なしに提供できることが挙げられ、これが分光イメージング計測を実現できる要素となっている。蛍光X線による走査型の利点は、測定対象となる試料形態の制限が少ないことが挙げられよう。全視野型では、測定対象がX線の透過可能な試料に制限されるのに対し、走査型では実環境・実材料に近い試料での計測が可能となる。一方で、試料位置を動かす必要があるため、多くの計測時間が必要となる問題がある。この問題を少しでも改善するために、BL37XUでは、蛍光X線検出器として7素子シリコンドリフト検出器(SDD)や高エネルギーX線対応のGe半導体検出器(SSD)と併せて高速デジタル・シグナル・プロセッサ(DSP)の導入による検出効率の向上に加え、連続的に試料位置を移動させて計測するon-the-flyスキャンが開発され[6][6] 新田清文、寺田靖子: SPring-8/SACLA Annual Report FY2016 (2017) 70.、データ処理速度の向上とステージ待機時間の縮小に伴う計測時間の大幅な縮小を実現している。

 

図3 BL37XU実験ハッチ3に設置されているKB集光ミラーによる走査型分光イメージングのセットアップ。

 

 

2.2. 磁性材料ビームラインBL39XU
 磁性材料ビームラインBL39XUは、2つの実験ハッチで構成されており、上流側の実験ハッチ1では、主として複合極限環境X線分光計測およびX線発光分光計測、下流の実験ハッチ2では、100 nmビームを利用したナノX線分光計測が行われている。このビームラインの最大の特長は、厚さ0.1~4.7 mmのダイヤモンド移相子によって、円偏光を4.9~23 keVで生成できることであり、この円偏光を利用してX線磁気円二色性(XMCD)による磁性研究が行われている。
 実験ハッチ1における複合極限環境X線分光計測装置では、強磁場・低温・高圧環境下でのX線分光計測が可能である。強磁場発生装置には、電磁石と超伝導磁石が装備されているが、それぞれ最大3.5 T、7 Tの強磁場印加が可能である。高圧発生装置は、主としてダイヤモンド・アンビル・セル(DAC)を利用しており、室温では最大200 GPa程度、低温環境下では最大40 GPa程度の圧力印加が可能となっている。複合計測環境として構築可能な低温環境(試料温度)は、超伝導磁石に直付のVTI(Variable Temperature Insert)の利用で2 Kまで、ヘリウムフロー型冷凍機とパルスチューブ型冷凍機でそれぞれ8 K、3 Kまで冷却可能となっている。このような複合極限環境を、ユーザーのニーズに合わせてKBミラーによる集光光学系と組み合わせたり、装置の設計、配置の最適化、ならびに調整を行ったりしている。複合極限環境下測定は、最近ではXMCD計測に留まらず従来型のXAFS計測も推進され、強相関電子系物理分野での利用[7, 8][7] N. Kawamura, N. Ishimatsu and H. Maruyama: J. Synchrotron Rad. 16 (2009) 730-736.
[8] K. Matsubayashi, T. Hirayama, T. Yamashita, S. Ohara, N. Kawamura, et al.: Phys. Rev. Lett. 114 (2015) 086401.
から高性能磁石材料やスピントロニクス材料の研究[9][9] N. Kikuchi, K. Sato, S. Kikuchi, S. Okamoto, T. Shimatsu, et al.: J. Appl. Phys. 126 (2019) 083908.へ展開されている。
 実験ハッチ1におけるX線発光分光(XES)計測装置では、X線吸収過程で発生する蛍光X線をアナライザー結晶によって0.5~1 eV程度の高エネルギー分解能で分光計測することができる。BL39XUのXES装置の最大の特長は、アナライザー結晶を複数枚(最大15枚)搭載することで、高感度でXES計測が可能となることである(図4)[10][10] N. Kawamura: SPring-8/SACLA Research Frontiers 2020 (2021) 114-115.。また、XESを利用した高エネルギー分解能蛍光検出(HERFD)-XAFS計測[11][11] K. Hämäläinen, D. P. Siddons, J. B. Hastings and L. E. Berman: Phys. Rev. Lett. 67 (1991) 2850-2853.が可能であることから、従来型XAFSの寿命幅の影響を抑制した高エネルギー分解能XAFS計測を高感度で実現可能となる。特に、高感度HERFD-XAFS計測は、複数元素から構成される物質のうち、これまで蛍光X線の重畳によって半導体検出器SSDやSDDによる蛍光法によるXAFS計測が困難であったものにも適用可能という利点がある[12][12] R. Konagaya, N. Kawamura, A. Yamaguchi and Y. Takahashi: Chem. Lett. 50 (2021) 1570-1572.。最近は、本装置の利用が大幅に増加しており、対象とする蛍光X線に応じてより適切なアナライザー結晶を選択し、その光学系の最適化を行っている。

 

図4 BL39XU実験ハッチ1に設置されている高感度型XES計測装置の外観図(上)と、実際の装置の写真(下)。

 

 

 実験ハッチ2には、BL37XUと同様に光源から76 mの位置に設置されたKBミラー集光装置によって100 nm集光ビームが利用可能であり、主として円偏光を利用した走査型XMCD計測が行われている。100 nm集光ビームを形成するためにワークディスタンスが86 mmしかないが、この空間に電磁石を設置することで、最大2.4 Tの印加磁場下でのナノXMCD計測が可能であることが特長となっている[13][13] M. Suzuki, H. Yumoto, T. Koyama, H. Yamazaki, T. Takeuchi, et al.: Synchrotron Rad. News 33 (2020) 4-11.。電磁石による発熱の影響があるため、安定した100 nm円偏光X線を提供するために、実験の数日前からセットアップを行い、実験ハッチ内温度の安定化を図っている。最近では、磁石材料の磁区構造の3次元可視化を目指した磁気CT計測の開発が進められ、その際には、別の小型電磁石の利用によって最大1 Tの磁場下でのXMCD-CT計測が可能となっている[14][14] M. Suzuki, K.–J. Kim, S. Kim, H. Yoshikawa, T. Tono, et al.: Appl. Phys. Express 11 (2018) 036601.。磁気イメージングや元素マッピングの高効率計測の実現のために、ロックインアンプによるon-the-fly計測の開発や多素子蛍光X線検出器の導入を進めている。
 BL39XUは、2023年7月よりSPring-8-IIに向けてビームラインのアップグレードが先行して行われている。光学系は二結晶分光器以外の高次光除去ミラーの刷新、2枚移相子による可変偏光装置の導入が行われる。また、SPring-8-IIでは、光源サイズの縮小に伴う集光ビームの縮小が期待され、マイクロ/ナノビーム計測に対するビーム位置や試料位置の安定化は不可欠である。集光ミラーや実験装置の頻繁な搬入出は、計測系の不安定要素の一因となるため、本アップグレードでは主要な実験装置の常設とそれに最適な集光装置の常設を実現する。具体的には、現在のBL39XUの主力装置であるXES装置専用の実験ハッチが現在の実験ハッチ1と実験ハッチ2の間に建設され(図5)、各実験ハッチに専用の集光装置を常設、併せて多様な手法を各実験ハッチにおいて棲み分けることによって利便性の向上を図る。ビームライン・アップグレード後の再開は2024年7月を予定している。

 

図5 BL39XUに建設中のXES計測専用の実験ハッチ。現在の実験ハッチ1と実験ハッチ2の間に建設され、図4で示されているXES計測装置が移設される。

 

 

2.3. 理研 物質科学IIビームラインBL36XU
 BL36XUは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)プロジェクトによって2012年に建設されたビームラインである。テーパー型アンジュレータを光源とし、小型Siチャンネルカット結晶を利用することで、時間分解能20~100 msでスペクトル計測を実現する高速XAFS(QXAFS)測定が可能なビームラインである[15][15] 宇留賀朋哉、関澤央輝、唯美津木、横山利彦、岩澤庸裕: SPring-8/SACLA利用者情報誌 18 (2013) 14-17.。KBミラーなどの集光光学系も整備されており、投影型/走査型/結像型XAFSイメージング計測、XAFS/XRD同時計測、XES計測なども可能であるが、本チームでは共用枠(最大10%)としてのQXAFS装置に限定して、ユーザー利用のサポートを行っている。

 

 

3. 軟X線分光ビームライン(BL25SU、BL27SU、BL17SU)
 BL25SU、BL27SU、およびBL17SUは主として軟X線分光計測を目的としたビームライン群であるが、各ビームラインの利用目的に適したアンジュレータ光源を導入している。BL25SUとBL27SUは、SPring-8建設初期から運用されているビームラインであり、高エネルギーリングでもいかに軟X線の利用が重要であったかを意味している。BL25SUは物理系主体の固体の電子状態の研究に、BL27SUは化学系主体の光化学反応や原子・分子に関する研究に利用されてきた。その中で、BL25SUは元素戦略に基づいた材料開発の一環(文部科学省・元素戦略プロジェクト)として磁性材料研究拠点に位置付けされ、2013年にビームラインステーションの大幅な改造が行われた[16][16] 中村哲也、小谷佳範、髙田昌樹、仙波泰徳、大橋治彦、他: SPring-8/SACLA利用者情報誌 19 (2014) 102-105.。また、BL17SUは2022年夏期にBL25SUとBL27SUの両方の特性を取り込むようなヘリカル8アンジュレータを導入し、水平・垂直直線偏光、および円偏光を光源から発生することが可能となっている[17][17] T. Tanaka and H. Kitamura: Nucl. Instr. Meth. A 659 (2011) 537-542.。また、BL17SUは理研ビームラインであるため、利用できる装置を限定した上で、そのビームタイムの一部(最大20%)を共用として供している。

 

3.1. 軟X線固体分光ビームラインBL25SU
 BL25SUはツインヘリカルアンジュレータを光源としており、キッカー電磁石を利用することで、円偏光のヘリシティを最大10 Hzで切り替えることが可能なビームラインである。2013年のビームラインの改修によって、エネルギー分解能を重視したAブランチと光子フラックスを重視したBブランチの設置が行われた。前者では主として高分解能角度分解光電子分光(ARPES)、分光型光電子・低エネルギー電子顕微鏡(SPELEEM)、および光電子回折ホログラフィー測定が行われており、後者では主として軟X線磁気円二色性(MCD)装置と走査型軟X線MCD顕微鏡が整備されている[18][18] 中村哲也、室隆桂之、大河内拓雄、小谷佳範、辻成希、他: SPring-8/SACLA利用成果集 Section C 3 (2015) 186-200.。設置されている装置の特徴から、本ビームラインでは主として物理系および材料系を中心とした研究が行われている。
 AブランチのARPES装置では、Wolter型集光ミラーによって縦0.4 μm、横4 μm程度の集光を実現することで、斜入射条件による高感度ARPES測定が可能となっている(図6)[19][19] Y. Senba, H. Kishimoto, Y. Takeo, H. Yumoto, T. Koyama, et al.: J. Synchrotron Rad. 27 (2020) 1103-1107.。また、マイクロビームを利用することで、微小試料での測定や高分解能ARPES測定を実現可能とする平坦で良質な試料の劈開面を選択しやすくなっている。一方、ARPESの運動量空間マッピングにはエネルギー掃引が必要となるが、試料空間マッピング測定と併せて、その自動測定プログラムの構築が行われ、ユーザーの利便性が格段に向上した。

 

図6 BL25SU Aブランチに設置されているARPES装置。上流側にWolter集光ミラーが設置されており、マイクロビームが利用可能となっている。

 

 

 光電子顕微鏡(PEEM)は、X線照射位置から放出される光電子を静電レンズによって光電子像を拡大して取得する手法であるが、これを低エネルギー電子顕微鏡に組み込んだ装置がSPELEEMである[20][20] 郭方准、小林啓介、木下豊彦: 表面科学 26 (2005) 460-467.。視野は2~100 μmであり、PEEM測定での空間分解能は20 nm程度を達成している。また、イメージングモード、回折モード、分散モードを切り替えながら測定することができるだけでなく、放射光(円偏光軟X線)、電子線、水銀ランプの3種類の光源を目的に応じて選択可能となっている。これらをうまく組み合わせて利用することで、表面成長過程、相転移、吸着拡散、化学反応など、ナノサイエンスを軸とした基礎研究から応用研究に亘る幅広い利用に展開されている。本装置は非常に高い性能・機能を有しているが、老朽化が顕著であるため、今後はビームライン再編計画と併せて後継機の検討を進める必要がある。
 また、光電子回折装置には、阻止電場型アナライザー(RFA)が導入されており、高いエネルギー分解能(E/ΔE = 1,000)でかつ大きな光電子取り込み角(±49°)で高効率・高分解能の光電子ホログラフィー測定が可能であり、化学状態を分離した局所構造解析に利用されている[21][21] T. Muro, T. Ohkochi, Y. Kato, Y. Izumi, S. Fukami, et al.: Rev. Sci. Instrum. 88 (2017) 123106.
 Bブランチの軟X線MCD装置は、電磁石によって最大1.9 Tの磁場が発生可能となっており、また温度制御が10~670 Kで可能なクライオスタットが整備されている(図7)。MCDは円偏光ヘリシティの切替に伴う信号強度の差分を検出する手法であるため、キッカー電磁石によって0.1~10 Hzでの円偏光ヘリシティ切替による測定を行うが、全電子収量(TEY)法、部分蛍光収量(PFY)法、および透過法という多彩な信号検出モードを、試料形態に合わせて選択することができる[18][18] 中村哲也、室隆桂之、大河内拓雄、小谷佳範、辻成希、他: SPring-8/SACLA利用成果集 Section C 3 (2015) 186-200.。また、その下流位置に設置されている走査型軟X線MCD顕微鏡装置は、FZPによる100 nm集光ビームを用いた走査型XAS/MCDイメージングを行うことができる。本装置の特長は、透過法だけでなくTFY法での利用が可能で、最大磁場が超伝導磁石によって8 T印加可能であることから、他施設と比較してもユニークな装置であるといえる[22][22] Y. Kotani, Y. Senba, K. Toyoki, D. Billington, H. Okazaki, et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1444-1449.。しかしながら、本装置は2022年度をもって東北放射光施設NanoTerasuへ移管され、現在はSPring-8-IIアップグレードを見据えた後継機の製作を開始している状況である。

 

図7 BL25SU Bブランチに設置されている電磁石軟X線MCD測定装置。ヘリウムフロー型冷凍機およびその駆動機構が利用可能である。また、SDDによるPFY測定も可能となっている。

 

 

3.2. 軟X線光化学ビームラインBL27SU
 BL27SUは、8の字アンジュレータ光源性能を活かし、水平・垂直直線偏光の選択とともに、異なるエネルギー領域で利用可能な2つのブランチを有している。一つは、2.1 keV以上の高エネルギー領域の軟X線が利用可能なBブランチ、もう一つは2.2 keV以下の軟X線が利用可能なCブランチである。このビームラインの特長は、SPring-8の軟X線ビームラインの中でも、差動排気や真空窓を使用することで、試料環境として大気圧(ヘリウム)から高真空条件まで利用可能なことである[23, 24][23] Y. Tamenori: J. Synchrotron Rad. 17 (2010) 243-249.
[24] Y. Tamenori, J. Synchrotron Rad. 20 (2013) 419-425.
。その結果、軟X線分光ビームラインとしては珍しく、実環境条件での物質・材料に含まれる軽元素の化学状態や電子状態の分析が可能となっており、希薄試料、大気圧環境下、循環型溶液セルを用いた液体試料などを対象とする、地球惑星・環境化学、有機化学、触媒化学、電気化学など、幅広い分野で利用されている。
 Bブランチでは、Si(111)チャンネルカット結晶分光器を利用することで、2.1~3.3 keVの単色軟X線が利用可能となっている。ここでは、主としてSDDを利用したPFY法による希薄試料の軟X線XAFS測定、軽元素の蛍光X線(XRF)分析および元素分布マッピング、ならびに2枚の非球面鏡による15 μm集光ビームを用いた走査型軟X線顕微分光測定が可能となっている(図8)。また、テンダーX線領域の高いコヒーレントフラックスを利用したタイコグラフィ分光測定の開発も行われており、空間分解能50 nmを達成している[25][25] M. Abe, F. Kaneko, N. Ishiguro, T. Kudo, T. Matsumoto, et al.: J. Synchrotron Rad. 28 (2021) 1610-1615.。この手法開発は、NanoTerasuなどの極低エミッタンス光源において威力を発揮するものと期待される。

 

図8 BL27SU Bブランチに設置されている軟X線XAFS測定装置の外観。試料位置の上流側には、大気圧環境下での測定を実現するための差動排気システムが設置されている。

 

 

 Cブランチでは、3種類の不等間隔刻線回折格子を用いた回折格子型分光器によって、0.17~2.2 keVの軟X線が利用可能である。3つの実験ステーションC1、C2、およびC3がタンデムに配置されているが、最上流のC1ステーションでは、比較的大きなビームサイズ(> 200 μm)での汎用型軟X線XAFS測定(図9)[26][26] Y. Tamenori, M. Morita, and T. Nakamura: J. Synchrotron Rad. 18 (2011) 747-752.、C2ステーションでは軟X線XRF分析(主に、深さ分解吸収分光法[27][27] 鶴田一樹、為則雄祐: SPring-8/SACLA利用成果集 Section A 10 (2022) 127-131.)が行われている。また、最下流のC3ステーションでは、円筒鏡によって集光された縦15 μm程度のビームが利用可能である。水平方向はスリットで切り出すことで30 μm程度のビームが利用可能となっている。ここでは、主として差動排気を利用した大気圧環境下軟X線XAFS[24][24] Y. Tamenori, J. Synchrotron Rad. 20 (2013) 419-425.、走査型軟X線顕微鏡(SXM)による軽元素の顕微分光XAFS、ならびに軟X線発光分光装置による価電子帯の電子状態観測が行われている。それぞれの装置は、それぞれの手法を利用する際に配置され調整されている。ユーザーニーズへの対応や測定のスループット向上を目指し、結像光学系によるイメージング開発も進められている[28][28] K. Nitta, H. Suga, K. Yamazoe and O. Sekizawa: SPring-8/SACLA Annual Report FY2021 (2022) 56-57.。また、走査型イメージングについては、ビームライン老朽化を含め集光光学系に課題が残されており、今後は実験装置の常設化と併せ、試料への放射線ダメージの問題を検討した上での集光光学系の選定・導入が課題となっている。

 

図9 BL27SU Cブランチに設置されている汎用型軟X線XAFS測定装置の外観。

 

 

3.3. 理研 物質科学IIIビームラインBL17SU
 BL17SUは、ヘリカル8アンジュレータを光源とする軟X線ビームランで、不等間隔刻線平面回折格子分光器によって、水平偏光および左右円偏光を0.23~2.15 keV、垂直偏光を0.14~2.15 keVで利用可能である。エネルギー分解はE/ΔE > 8,000~10,000、ビームサイズは試料位置で水平30 μm、垂直10 μmとなっている。また、ビームラインは2つのブランチ(AおよびB)から構成されており、本チームでは共用枠(最大20%)のユーザー利用に対し、Aブランチの走査型軟X線蛍光顕微鏡とBブランチの静電レンズ型光電子顕微鏡(PEEM)装置に限定して、ユーザー利用のサポートを行っている。

 

 

4. 今後の展開
 SPring-8の供用開始からすでに26年が経過し、加速器やビームラインの老朽化が進行している。個々のビームラインに関しては、様々なプロジェクト研究の参入や理化学研究所による高性能化案件によって装置や手法は進化している。一方で、分光やイメージング、回折の各手法の複合化による高度計測手法の多角化が進められており、同じチームや推進室内だけでなく、他の推進室との連携も重要になってきている。もちろん、他放射光施設の動向も注視する必要があろう。
 他方で、SPring-8-IIアップグレード計画が具現化する中、現在、ビームライン側ではその光源性能を最大限に活かすための再編・改造・高度化が着々と進められている。本チームの管轄するビームラインでは、その先陣を切ってBL39XUのアップグレードが今まさに進行しており、光学系の整備と最適化、および複雑化した装置・手法の整理や再編が進められている。ユーザーからのニーズは時代とともに変化しているため、そのニーズに対応しつつ未来を見据えたアップグレードが必要となっている。軟X線から硬X線領域に亘るエネルギー領域での分光手法の高度化を進めるだけでなく、必要とされるその他の回折やイメージング手法をうまく取り込むことで、社会ニーズに求められる課題解決に向けた放射光利用が可能となるだろう。
 現在、分光推進室・動的分光イメージングチーム管轄のビームラインに求められている高度化は、ナノからミリに亘るマルチスケールな計測手法の確立、および時間軸の強化である。前者は、測定技術の面だけでなく解析技術の面においても、散乱・イメージング推進室の顕微・動的画像計測チームとの連携は欠かせない。後者は、XFEL(SACLA)光源との棲み分けが必要であり、対象は高繰り返し計測が可能な系やマイクロ秒からナノ秒オーダーの分光計測が主体となるであろう。分光イメージング計測では、エネルギー軸の掃引が必要であるため、これらの高度化を推進するには様々な開発が必要となってくる。これはアンジュレータ光源のビームラインでは、今後、必要不可欠なものとなるだろう。その先駆的なビームラインの候補であるBL37XUのアップグレードの議論を進めていくのが喫緊の課題である。軟X線ビームライン群についても、装置の再配置と併せて高度化を推進し、光源・光学系を含めたアップグレードについての検討を進めていく必要がある。
 また、近い将来、これらの分光計測の自動化や遠隔実験が必要不可欠になると思われる。ビームライン・アップグレードに伴う計測装置の高度化や計測のスループット向上の実現で、限定されたビームタイムの中で最大限の成果を創出することが求められる。加えて、高度計測においてヒューマン・エラーによるトラブルを最小限に抑える上でも、自動化は必要不可欠なものとなるだろう。人的資源の確保が難しい昨今で、光学系や実験装置の調整の自動化などスタッフの省力化を実現し、研究開発に費やす時間を確保することも計測手法の先鋭化にとっては重要なことである。さらには、昨今のコロナ禍といったパンデミック再来の可能性を考慮し、遠隔実験の実現とそれを安全・安心で実施するための仕組みづくりも今後の課題といえる。
 本稿を執筆するにあたり、動的分光イメージングチームのメンバーから有用な情報を提供いただきました。ここに感謝申し上げます。

 

 

 

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河村 直己 KAWAMURA Naomi
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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