Volume 28, No.3 Pages 280 - 281
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
2019年度指定パートナーユーザー事後評価報告 – 3 –
Post-Project Review of Partner Users Designated in FY2019 -3-
パートナーユーザー制度は、SPring-8の共同利用ビームラインの更なる高度化および優れた成果の創出を推進するために、2014A期から2021A期まで運用され、パートナーユーザー(以下「PU」という)は、公募・審査を経て指定されました。
PUの事後評価は、PU審査委員会において、あらかじめ提出されたPU活動終了報告書に基づいたPUによる発表と質疑応答により行われました。事後評価の着目点は、PUとしての(1)目標達成度、(2)活動成果(装置整備・高度化への協力、科学技術的価値および波及効果、ユーザー開拓および支援、情報発信)です。今回は、2019年度指定のPU4名(指定期間:2019年4月1日から2021年7月31日まで)について、事後評価(2022年6月21日および29日開催)を行いました。
なお、2019A期に採択された4名のうち、2名の評価結果は2022秋号に、もう1名の評価結果は2023冬号に掲載されています。
以下にPU審査委員会がとりまとめた評価結果等を示します。研究内容については本誌の「最近の研究から」にPUによる紹介記事を掲載しています。
1. 池永 英司(名古屋大学)
(1)実施内容
研究テーマ:固液界面現象解明のための液体電子状態探索と大気圧溶液セル開発の高度化
高度化:化学反応状態解析のための実環境下反応セル開発によるHAXPES測定技術の高度化
利用研究支援:当該装置を用いた利用実験の支援
(2)ビームライン:BL47XU
(3)評価コメント
本研究課題は、大気圧湿潤環境下の試料に対する電子状態観測を可能とする硬X線光電子分光(HAXPES)測定技術を高度化し、化学反応中の固液界面とその近傍の液相における電子状態変化の“その場”観測を行うことを目的とした課題である。そのために、(1)光電子透過窓材の高導電化、(2)パルス電圧印加可能な機構開発、(3)温度制御可能な機構開発、(4)時分割計測開発の要素技術の開発、(5)高真空状態復旧時間の緩和システムの開発と、開発された技術を用いて3つの利用研究を計画した。
技術目標については、(4)を除く4つの技術目標を達成した。これを通して、世界的にもユニークな大気圧湿潤環境下の試料に対する電子状態観測を安定的に可能にしたことは評価できる。加えて、光電子透過窓材の厚さを10 nmまで薄くできることを見出した点は、本測定技術の適用可能性を広げた重要な進歩と言える。
高度化した実験技術を利用して、(1)NaCl溶液中に分散する金ナノ粒子分散機構の解明、(2)糖類高分子トレハロース水溶液における特異的水素結合の電子状態観測、(3)鉄鋼材料の多種溶液反応における酸化状態分析の3つの実験を行った。それぞれの利用研究において興味深いデータが出始めており、(2)ではトレハロースの高い生体物質保護作用を説明する仮説の検証にもつながるなど、実験手法の有用性を示した。
ユーザー開拓に関しては企業との共同研究1件を進めた。また、PU課題内でのユーザー支援が実施された。他のPU課題に比べ格段に優れているとは言えないが、測定技術の難しさを考えると、これらのユーザーへの支援は十分になされたものと推測される。装置の高度化をもとに、今後ユーザー開拓が進むことを期待したい。
PU成果として論文発表はなくその他の情報発信も少ない。技術開発に多くの時間を費やしたためと考えられるが、情報発信としては十分とは言えない。データが出始めている利用研究の結果が速やかに論文化されることを期待する。
結論として、固液界面現象解明のための液相電子状態観測の可能なユニークな計測システムを構築したことは評価される。今後、利用研究結果を論文化することにより本実験技術を広く知らしめるとともに、PU課題で高度化された装置に対するユーザー開拓および支援を実施し、関連他分野へ装置利用を拡大していただきたい。