Volume 27, No.4 Pages 425 - 429
4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
利用系活動報告
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 粉末回折・全散乱チーム
Activity Reports – Powder Diffraction and Total Scattering Team, Diffraction and Scattering Division
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
粉末回折・全散乱チームでは、7~115 keVの高エネルギー領域のX線を利用して、粉末X線回折・全散乱を主な測定手法とし、広範な研究分野のユーザーに、試料の短~中・長距離におけるX線構造解析技術や、超高温高圧の極限環境を含む外場を変数としたオペランド測定技術を提供し、また、これらの技術開発を推進している。
本チームは結晶性物質の精密構造解析を担当するビームライン(BL02B2)、液体・非晶質物質の構造解析を担当するビームライン(BL04B2、BL08W)、超高圧・高温環境下でのX線回折測定を行うビームライン(BL04B1、BL10XU)を擁し、更にアンジュレーター光源の高輝度・高フラックス性を活かした、高分解能粉末回折プラットフォーム(BL13XU、第3ハッチ)を新たに整備している。ユーザー利用支援の他に、チーム全体としてX線回折・散乱測定に重要な光学系(分光器・ミラー・屈折レンズ等)の開発やCdTe-2次元検出器、Ge-SSDなどの検出器の利用開発、解析法の開発なども担当する。また、超高圧発生装置や高温・低温装置、ガス雰囲気炉などの試料環境装置、オートサンプルチェンジャーの開発など多岐にわたる業務を担当している。以下、各ビームラインについて詳しく述べる。
表1 各ビームラインの諸元
2. BL02B2、BL13XU
粉末結晶構造解析BL02B2の実験ハッチには、自動その場粉末回折装置が設置されており、検出器として1次元半導体検出器(MYTHEN)が2θ軸に多連装で配置されている。低温・高温N2吹付装置は常設されており、試料温度は90 Kから1100 Kまでの広い範囲で変更可能である(Heガスの場合は30 Kまで冷却可)。また、上記、回折装置とサンプルチェンジャーを組み合わせることにより、最大50試料の自動測定が可能である。更に、クライオスタットを利用することで5 Kまでの低温実験や、電気炉を利用することで1473 Kまでの高温環境も整備されており、様々なガス雰囲気下や持込装置による多種多様なnon-ambient条件下での粉末回折実験が行われている。
ここでは、最近の開発をいくつか列挙する。
(1)2次元フラットパネル検出器の整備(2019年):高エネルギーX線を用いたin-situ計測環境の拡充および2次元回折像と1次元回折パターン(ゴニオメーターによる角度スキャン)の同時計測による予備実験の高効率化を目的として導入された。この整備によりガス・溶媒蒸気雰囲気下などのin-situ実験[1][1] S. Kawaguchi et al.: J. Synchrotron Rad. 27 (2020) 616-624.だけでなく、2次元検出器を活用した多種多様なin-situ計測が展開されている。また、既存のイメージングプレートを用いたデバイリングの確認等の予備的な計測は不要となり、ビームタイムの有効活用に繋がっている。
(2)自動機器切替システムの開発(2020年):in-situ実験の増加に伴う、大型機器(サンプルチェンジャーや汎用1軸ゴニオステージ)の切替作業を高効率化するために整備した。本開発により、全自動測定とin-situ計測用の切替がPC上の操作一つで誰でも簡単に実行可能となった。
(3)小型高温ステージの導入(2021年):高温領域の計測環境を拡充するために、Linkam製のTS-1500を導入した。本装置では、従来のキャピラリ試料は用いず、粉体またはペレットを、新たに開発したサファイア製平板試料上にマウントすることで、簡単に~1500°C程度までの高温実験が可能となっている。また、ガス雰囲気と組み合わせた計測も展開されつつある。
その他、オフラインの機器として理化学研究所の協力のもと開発を行った自動粉末充填装置により、従来手作業で行っていたキャピラリへの粉末試料の充填作業が自動化されている。人の手で充填するよりも、再現よく、また大幅な実験準備効率化が図られており、現在、装置の試験運用を行っている。上記(1)-(3)や詳細は、SPring-8/SACLA年報および参考文献[2][2] 河口 彰吾、日本放射光学会誌 35 (2022) 127.にも記載しているのでそちらをご参照願いたい。
X線回折・散乱ビームラインBL13XUの第3ハッチにおいて、2022年に新規高分解能粉末回折装置が設置された(図1)。2022A期に順調に装置の立ち上げが行われ、2022B期より供用を開始する予定である。利用可能なエネルギーは16~70 keV程度であり、高エネルギーX線を利用した高いQ領域の測定から、ミリ秒レベルの時間分解能および高い角度分解能を有する粉末回折パターンを計測することが可能となっている。なお、BL02B2で利用可能な試料環境は、BL13XUの装置においても同等のものが整備されており、試料周りのステージにも高い互換性がある。また、特徴として、高エネルギーX線(E ≧ 25 keV)を利用した粉末回折計測は、BL02B2においては数分以上の積算時間を要していたが、BL13XUでは挿入光源の高輝度X線と高エネルギーX線用の6連装の2次元CdTe検出器が利用可能であり、数秒の積算時間で構造解析可能なデータが取得可能となっている。また、試料-検出器間の距離も可変であるため、BL02B2より約2倍程度、角度分解能を向上した計測も可能である。これらの計測は、100試料搭載可能なサンプルチェンジャーと連動することにより自動計測が可能である。更に、自動機器切替システムも搭載されており、1辺600 mm程度、耐荷重300 kg程度まで持込装置を自動大型定盤ステージ(θ、XYZ軸)に搭載可能であり、その定盤ステージを回折計側に自動で挿入する機構を有している。この機構により広い試料空間を利用した様々なin-situ/operando X線回折実験が可能となるようにデザインされている。なお、BL13XUの紹介や詳細は、2022年に別号で掲載されている利用者情報誌[3][3] SPring-8/SACLA利用者情報誌 27 (3) (2022) 274-279.をご参照頂きたい。
図1 新たにBL13XUの実験ハッチ3に設置された高分解能粉末回折装置の写真。
3. BL04B1
BL04B1は偏向電磁石を光源とする放射光を実験ハッチ(区分上は光学ハッチ)にそのまま導入しており、幅広いエネルギー範囲を持つ高フラックス白色X線をそのまま利用可能である。また、小型のSi(111)二結晶分光器も備えており、30~62 keVの単色X線を利用した角度分散型のX線回折測定やX線ラジオグラフィー観察も可能である。BL04B1には2つの実験ハッチが直列に設置され、それぞれ最大荷重1500トンの大型プレスを有している。上流側には、SPEED-1500川井型高圧発生装置(DIA型プレス、光学ハッチ2)、下流側にはSPEED-Mk.II川井型高圧発生装置(D-DIA型プレス、光学ハッチ3)が設置されており、SPEED-Mk.IIではより高精度な均等加圧が可能であり、焼結ダイヤモンドアンビルを使用した100万気圧以上の高圧実験が可能である。
これらの高圧プレスはどちらも6個のアンビルを使って立方体試料空間を等方的に圧縮する機能を備えたDIA型装置であるが、2010年度には新たに上下のアンビルを独立に駆動させて偏差応力場を作り出すD-DIA型変形装置をSPEED-Mk.IIに導入し、高圧下での応力・歪み状態の制御を可能にした。更に2011年度には、大型X線CCD検出器(200 mm口径)を設置し、応力変化に伴うデバイリングの歪み量を時分割で測定を行うシステムを構築した(図2)。本ビームラインの主研究対象である地球マントルは数千度に達する高温状態となるため、鉱物の結晶生成や応力変化は非常に速く進行する。このような数秒~数分単位のX線回折パターンの変化を連続的に追跡するため、入射スリットの改造や、メカニカルシャッターの設置を行い、X線CCD検出器から発信されるTTL信号と同期することで、高圧高温下での高速時分割測定を可能にしている。
図2 BL04B1に設置の高圧発生装置及び大型CCD検出器。
4. BL04B2、BL08W
BL04B2は一枚振り分光結晶による60 keV以上の高エネルギー光が利用でき、またBL08Wは、ウィグラー光源による100 keV以上の高フラックス・高エネルギーX線を用いた全散乱測定、およびその測定データを用いた二体分布関数(Pair distribution function、PDF)解析が多く実施されている。PDF解析は、ブラッグ回折の有無を問わず、回折データをフーリエ変換することにより、ある原子から距離r(Å)だけ離れた位置に存在する原子の数を確認できるため、液体・非晶質物質の構造研究によく利用される。PDF解析の実空間分解能は、測定逆(Q)空間領域により決定するため、わずかな散乱角度で広いQ空間領域をカバーできる60 keV以上の高エネルギーX線利用が好まれる。SPring-8の高エネルギーX線がもたらす高実空間分解能PDF解析により、多くの非晶質材料の構造解析について優れた成果が発信されてきている[4-6][4] T. Matsunaga, J. Akola, S. Kohara, T. Honma, K. Kobayashi et al.: Nat. Mat. 10 (2011) 129-134.
[5] B. Li, S. I. Kawaguchi, S. Kawaguchi, K. Ohara et al.: Nature 567 (2019) 506-510.
[6] Z. J. Zhang, K. Ohara, H. Yamada et al.: Nat. Commun. 13 (2022) 1499.。
BL04B2は、1999年度にGe半導体ポイント型検出器を用いたPDF解析専用装置が開発され[7][7] S. Kohara, K. Suzuya et al.: Nucl. Instr. And Meth. A 467-468 (2001) 1030.、2013年度にはポイント型検出器3台を16°間隔で設置するシステムを採用し、測定時間は当時半分以下に短縮された。更に、2017年度からは、CdTe半導体検出器4台とGe半導体検出器3台を8°間隔で設置したシステムへアップグレードし、更に測定時間の短縮化を図っている。現状は回折計の2θを9°程度動かす測定によって7個の検出器のデータが全て重なり、2θ = 0.3~57°(61.4 keVの場合、Q = 0.15~28Å-1)の広い範囲のX線全散乱・構造因子を2時間弱で得ることができるようになっている[8][8] K. Ohara, Y. Onodera, S. Kohara et al.: J. Phys.: Condens. Matter 33 (2021) 383001.。
最近は、BL04B2に高温炉と全自動アライメントシステムを組み合わせた新しいサンプルチェンジャーが設置された(図3)。従来のサンプルチェンジャーは最大10個までしか搭載できず、更に室温での操作は手動でのアライメントに限られていたが、この新型サンプルチェンジャーは最大21個まで搭載可能である。温度依存性(室温~1200°C)の測定自動化も同装置で可能であるため、このシステムにより、温度の異なる最大21個の試料の全X線散乱測定を自動的に行うことができるようになった[9][9] H. Yamada, K. Nakada, M. Takemoto, K. Ohara: J. Synchrotron Rad. 29 (2022) 549-554.。
図3 BL04B2に設置された全自動サンプルチェンジャーX線全散乱測定システム。
BL08Wは、フラットパネル検出器を用いた時分割PDF解析装置が開発され、2018年度よりユーザー運用が開始されている(図4)。本装置は検出器位置をビーム方向、および鉛直方向に稼動できるように設計されている。カメラ長は20 cmから80 cmまで変更可能であり、例えばカメラ長を20 cmとすれば、Qmax > 40Å-1の高実空間分解能データを取得でき、非晶質材料の最近接結合に関する精密な構造解析が可能となる。一方で、80 cmとした場合、Qmax = 20Å-1程度となるが小角領域のデータ及び角度分解能について、精度を上げることが可能となる(dQ = 0.01Å-1程度となる)。こちらは比較的大きな構造を有する非晶質材料、例えばイオン液体やナノ粒子などのPDF解析に有効な測定モードと言える。ユーザーが観察・解析したい現象に合わせて、適宜変更可能である。なお本装置にてシリカ(SiO2)ガラスを15秒測定すれば、BL04B2のポイント型検出器7連装装置2時間(7,200秒)積算と同等の統計精度のPDF解析が可能である[10][10] K. Ohara, H. Yamada, N. Tsuji et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1627-1633.。
図4 BL08Wのフラットパネル検出器を用いたX線全散乱測定システム。
5. BL10XU
BL10XUはダイヤモンドアンビルセル(DAC)に封入された微小試料をターゲットとして、複合屈折レンズと多段階集光系をはじめとした測定基盤整備がなされている。実験ハッチ内にはクライオスタット(7~300 K)と、レーザー加熱システム(1500~6000 K)が整備されており、低温/高温かつ高圧下における複合極限環境におけるX線回折測定が可能である。本ビームラインでは、SPring-8のX線光源の特徴である高エネルギー・高強度という特性と、更に物性測定やラマン分光測定と組み合わせることで物質材料科学分野から地球/惑星科学分野まで多岐に渡る研究が行われている。BL10XUの近年の開発理念として、従来通り複雑な試料環境の更なる高度化を図るのみでなく、ユーザーフレンドリー化の促進の共存を掲げている。以下に、2020年以降の主な開発をご紹介する。
DACの実験を行う上で、加圧・減圧作業は避けて通れない。従来は、実験ハッチ外設置のギアボックスやネジにより手動で作業を行うユーザーが多く、加・減圧のたびにハッチへ出入りする必要があった。DACの自動加圧を可能とする方法の一つがメンブレン駆動式DACの利用である。メンブレン駆動式DACとは、DACのピストン側にメンブレン(金属製の風船のようなもの)を取り付け、ガス圧をかけてメンブレンを膨らませることで、ピストンを駆動し試料を加圧するタイプのDACである。BL10XUでも昇圧のため1系統ガス圧力制御システムを有しているが、以下の問題があった。(1)従来のガス圧力制御システムにはPCからの遠隔操作機能がなく、昇圧時にはハッチ入口付近に設置した装置まで移動し、直接操作する必要があった。(2)DACのピストン-シリンダ間の抵抗により、メンブレンからのガスリークのみで減圧を制御することが困難であるため、特に冷凍機を用いた実験において減圧時の相平衡関係を正確に調べることが困難であった。
このような実験上の困難を解決するために、2021年度、2系統ガス圧制御システムの開発を行った。ガスボンベからのガスは、装置内のガス圧力調整器と流量計を介して目標圧力(最大18 MPa)まで減圧され、指定された流量値でハッチ内に供給される。更に本装置はガス圧を印加するためのガスラインを2系統備えている。本装置と、新たに開発したダブルメンブレン駆動DAC(シリンダ側をメンブレンで押し戻すことで減圧制御が可能なDAC)を組み合わせることで、加圧実験のみでなく、精密な減圧制御実験も可能となった。本装置はBL10XUの主制御システムを介し、リモート操作はもちろんのこと、その他装置と簡単に同期可能で。今後、本装置を用いた圧力フィードバック制御機能を確立し、加減圧実験の自動化を目指す。
更に本装置は、TTL信号による各電磁弁の開閉機構を備えており、急速な加減圧実験も可能である。近年、地球の水・アミノ酸の起源を探るため、隕石衝突のような温度・圧力を急激に変化させながらの実験ニーズが高まっている。また、超高速構造変化の可視化は、新奇材料合成分野においても重要である。我々は2020年度に高速検出器Lambda 750k(X-spectrum、DESY)とレーザー加熱システムに対し、統一制御および外部トリガ制御を可能とするサブミリ秒XRD測定システムを構築した。今回、更に新規ガス圧制御システムをサブミリ秒XRD測定システムに組み込み、高速加減圧中のその場構造変化可視化を実現した。図5は、DACを用いた高圧実験において圧力マーカーとして広く用いられているAuとNaClを用いた高速圧縮実験の結果である。解析結果から、100 GPa/s以上の高速圧縮実験が可能であることが示された。本装置は2022Bより共用開始予定である。
図5 AuとNaClの急速圧縮実験の試験結果
(a)Lambda 750kで連続1 kHzで収集したXRD2次元画像。(b)AuとNaClの時間分解データ。(c)Auの状態方程式から求めた試料圧力の時間依存性。
参考文献
[1] S. Kawaguchi et al.: J. Synchrotron Rad. 27 (2020) 616-624.
[2] 河口 彰吾、日本放射光学会誌 35 (2022) 127.
[3] SPring-8/SACLA利用者情報誌 27 (3) (2022) 274-279.
[4] T. Matsunaga, J. Akola, S. Kohara, T. Honma, K. Kobayashi et al.: Nat. Mat. 10 (2011) 129-134.
[5] B. Li, S. I. Kawaguchi, S. Kawaguchi, K. Ohara et al.: Nature 567 (2019) 506-510.
[6] Z. J. Zhang, K. Ohara, H. Yamada et al.: Nat. Commun. 13 (2022) 1499.
[7] S. Kohara, K. Suzuya et al.: Nucl. Instr. And Meth. A 467-468 (2001) 1030.
[8] K. Ohara, Y. Onodera, S. Kohara et al.: J. Phys.: Condens. Matter 33 (2021) 383001.
[9] H. Yamada, K. Nakada, M. Takemoto, K. Ohara: J. Synchrotron Rad. 29 (2022) 549-554.
[10] K. Ohara, H. Yamada, N. Tsuji et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1627-1633.
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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