Volume 27, No.4 Pages 387 - 388
4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
2019年度指定パートナーユーザー事後評価報告 – 1 –
Post-Project Review of Partner Users Designated in FY2019 -1-
パートナーユーザー制度は、SPring-8の共同利用ビームラインの更なる高度化および優れた成果の創出を推進するために、2014A期から2021A期まで運用され、パートナーユーザー(以下「PU」という)は、公募・審査を経て指定されました。
PUの事後評価は、PU審査委員会において、あらかじめ提出されたPU活動終了報告書に基づいたPUによる発表と質疑応答により行われました。事後評価の着目点は、PUとしての(1)目標達成度、(2)活動成果(装置整備・高度化への協力、科学技術的価値および波及効果、ユーザー開拓および支援、情報発信)です。今回は、2019年度指定のPU4名(指定期間:2019年4月1日から2021年7月31日まで)について、事後評価(2022年6月21日及び29日開催)を行いました。
なお、上記4名のうち、2名の評価結果は次号以降に掲載する予定です。
以下にPU審査委員会がとりまとめた評価結果等を示します。研究内容については本誌の「最近の研究から」にPUによる紹介記事を掲載しています。
1. 森吉 千佳子(広島大学)
(1)実施内容
研究テーマ:外場変化物質科学研究を実現する高エネルギーX線多目的一次元回折
高度化:外場変化物質科学研究を実現する高エネルギー粉末X線回折の多角化
利用研究支援:当該装置を用いた利用実験の支援
(2)ビームライン:BL02B2
(3)評価コメント
BL02B2は、粉末結晶構造解析を行うことを目的としたビームラインであり、近年は、外場による構造変化のin-situあるいはオペランドでの計測の要望が増加している。これに対応するため、施設側では、汎用計測と外場下先端計測の自動切替機構とともに、従来の湾曲イメージングプレートや一次元半導体検出器に加えて、高エネルギーX線に対応した二次元フラットパネル検出器を導入する高度化を行った。
本PU課題では、導入された二次元検出器によって得られるデータの自動処理システムや、デバイリングの均一性の可視化など、ユーザーの利便性を大きく向上させるソフトウェアを構築し、高度化を支援した。また、自動切替機構に対応した外場下構造解析システムを整備した。本PU課題の利用研究の中では、そのシステムを利用して、ガス吸着による構造変化のサブミリ秒時間分解能での追跡、水熱合成のその場観察、メカノケミカル反応のその場観察などのオペランド計測を行うなどして、計16報の論文成果につなげた。さらに、期間中、のべ34件の利用者支援を行い、支援課題からも計28報の論文が公表されている。
本PU課題の期間中、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きるなどの不可抗力もあり当初計画が達成できなかった部分はあるものの、本PU課題は、ビームラインの高度化やユーザーの支援を通じた施設への貢献度は高く、PUの役割を十分に果たしたと認められる。
2. 澤 博(名古屋大学)
(1)実施内容
研究テーマ:オペランド計測を含めた精密電子密度解析による軌道物理の研究
高度化:オペランド計測を目指した精密電子密度解析の高性能化
利用研究支援:当該装置を用いた利用実験の支援
(2)ビームライン:BL02B1
(3)評価コメント
本PU課題は、従来のイメージングプレートに代わって導入された高エネルギーX線対応の二次元検出器であるCdTeピラタス検出器を活用することにより、高精度かつハイスループットな単結晶構造解析基盤を確立することを目的としたものである。ピラタス検出器は、イメージングプレートに比べ、強度データの読み出し時間の大幅な短縮や、高いS/N比など、測定の高度化および高精度化に有用な利点を有していることが期待され、これによって可能になる超精密電子密度解析に基づく軌道物理の研究とそのオペランド計測への展開が計画されていた。
ビームライン高度化では、ピラタス検出器について、アテネータやバンチモードに依存する数え落とし補正、サーバーの安定性、素子の不感領域の補完などの検証に多大な努力が振り向けられたことは評価されるが、系統的な動作検証には至っておらず、検出器の使い方の検討としては道半ばである。本研究で遭遇している問題点は当該検出器を使う他の実験でも知られており、本来はこの種の検出器の専門家と組んで進めることが適切であったと思われる。当初計画に掲げられていたAIの援用を含む測定自動化の推進、大量かつ高品質な回折データの解析ソフトウェアの整備などにはほぼ着手されていない。
このように本課題においては、検出器の問題の洗い出しとその解決方法の検討にほとんどの期間が消費され、結果として利用研究への展開は限定的にしか実施されなかった。しかしながら、遷移金属の原子軌道の状態や、分子性結晶における微小な電荷移動量の観測などに成功しており、いくつかのインパクトのある成果が出始めている。利用者支援に関しては、開発された計測技術を一般ユーザーが利用できる段階には達していないことや、測定試料の問題から、新規ユーザー開拓には至っておらず、十分に実施されたとは評価できない。
以上のように、本PU課題においては、CdTeピラタス検出器の特性の検証に多くの時間が費やされ、同検出器を用いる精密測定についていくつかの有用な知見を得るとともに、これを用いて精密構造解析が可能であることを示した意義は認められるものの、ユーザー開拓、ユーザー支援にまでは至らなかった点は残念である。施設側との連携がもっととれていれば、当初の目標達成に近付いたのではないかと考えられる。検出器の検証結果を適切にまとめ、今後に活かしていくことを期待する。