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Volume 27, No.3 Pages 282 - 285

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

SACLAにおけるリモート実験システムの開発
System Development for Remote Experiments at SACLA

宮西 宏併 MIYANISHI Kohei[1]、本村 幸治 MOTOMURA Koji[1]、籔内 俊毅 YABUUCHI Toshinori[2]、城地 保昌 JOTI Yasumasa[2]

[1](国)理化学研究所 放射光科学研究センター RIKEN SPring-8 Center、[2](公財)高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室/(国)理化学研究所 放射光科学研究センター XFEL Utilization Division, JASRI / RIKEN SPring-8 Center

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SACLA

 

1. はじめに
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大は、社会に大きな影響を及ぼした。SACLAにおける研究活動も例外ではなく、2020年4月に第1回目の緊急事態宣言が発出されたことを受け、2020A期のユーザー利用課題はその多くが秋以降に延期の上で実施された。その後も海外からの入国には厳しい制限が課されたため、海外研究機関に所属するユーザーがSACLAに来所して実験することは、ごく限られた場合を除いて困難な状況が続いた。結果的に、2020年度と2021年度の海外ユーザーによる実験の多くはキャンセルされるか、もしくは国内の共同実験者らが実験実務の大部分を担う形で実施された。
 SACLAの利用研究課題については、従来から海外ユーザーの占める割合が比較的高く、それらのユーザーの来所が困難な状況が継続することは、SACLAにおける研究活動に大きな影響を与える。加えて、業務のオンライン化、働き方の多様化が急速に浸透している昨今、ユーザーが来所可能な場合であっても、実験に関わる全てのメンバーが一斉に来所しないと実験できない従来の実施形態が今後も必ずしも最適とは限らない。このような状況において、SACLAでの研究活動を維持し、発展させていくための一つの方策として、「リモート実験」の実現が要望されるに至った。ここで言うリモート実験とは、SPring-8/SACLAサイト外などの任意の場所からSACLAビームラインに配置された実験機器を遠隔操作して実施する実験を意味する。
 このような背景のもと、SACLAでは2020年度後半からリモート実験システムの開発に着手した。その際、ユーザーグループのうち少なくとも一部は来所し、この来所ユーザーとその他のリモートユーザーが共同して実験を実施する「ハイブリッドリモート実験」の形態を基本形とした。ただし、来所ユーザーがおらず、リモートユーザーのみで実施する「完全リモート実験」の可能性も選択肢の一つとしては想定している。
 数度の所内の試験を経て開発されたシステムは、2021B期から試験的な運用が開始され、これまでにいくつかのSACLA利用研究課題がリモート実験として実施されている。本稿では、今回開発したリモート実験システムの詳細とその運用について報告する。

 

 

2. SACLAのリモート実験システムに求められる要件
 従来のSACLAの実験形態では、ビームラインに配置された標準的な実験機器の操作は、実験ホールに設置された専用端末から行われる。実験ホール以外の任意の場所から実験機器を遠隔操作し、リモート実験を行う為のシステムには、以下に挙げる仕組みが最低限必要となる。
  ・現場作業者の安全を担保する仕組み
  ・遠隔地から実験機器へアクセスする仕組み
 実験ホールの外から実験機器を操作する場合、特に視覚、聴覚等に頼った感覚的な情報の取得が、従来の操作時に比べて著しく制限される。例えば実験ハッチ内の機器を操作する場合、従来であれば機器の近くに人が居るかどうか確認し操作の可否を判断することは容易である。しかし、遠隔操作の場合を考えると、その判断に必要な情報を得ることは容易ではない。そのため、リモート実験では現場作業者の安全に関わる機器の操作を必要に応じてシステムで制限する必要がある。
 一方で、放射線安全については、リモート実験においても従来通りのビームラインの安全インターロックシステムによって担保できる。すなわち、関係するハッチの閉鎖が確認され、安全インターロックシステムの安全条件が満たされない限り、XFELをハッチ内に導入することはできない。
 今回開発したリモート実験システムでは、この安全インターロックシステムの条件を、実験機器の操作可否条件としても利用することとした。XFELが導入できる条件が整っている時に限って機器の遠隔操作を許可するシステムとすることで、現場作業者の安全を脅かすような機器操作が行われないことを担保する。この一貫した基準により、リモート実験全体の安全を担保することができる。ただし、実験によっては光学レーザーや特殊な装置に関する安全対策が追加で整備されていることがある。リモートシステムには、必要に応じてこれらの安全対策に対応できることが求められる。
 このように、リモート実験では安全を担保するために機器の操作に一定の制限が課されることになる。その一方で、安全に関わらない機能はできるだけ制限せず、従来と同様の作業性を維持することが望ましい。例えば、実験で利用されている検出器の画像表示等の機能は、遠隔地からであっても可能な限り表示性能が劣化しないことが求められる。また、実際のユーザー実験ではすべての機器操作を遠隔で行うとは限らない。ハイブリッドリモートの形態では、実験ホールにいる現場ユーザーとリモート実験ユーザーが協力して実験を遂行することになる。それ以外の場合でも、施設側の調整作業と遠隔ユーザーの作業などのために、現場と遠隔のスムーズな連携の実現は欠かせないと考えられる。
 以上のように、リモート実験システムの開発においては、遠隔地からSACLAへアクセスして実験実務を遠隔で高水準に実現できること、かつ、そのために現場(実験ホール内)のシステムと高いレベルで連携できることが重要な要素となる。同時に、これらが適切なセキュリティを持って実現されることが求められる。

 

 

3. SACLAで開発されたリモート実験システム
 SACLAの実験ホールには、それぞれの実験ステーション毎にOpcon01、Opcon02という実験機器を操作するための専用端末が設置されており、従来からユーザー実験に広く利用されている。今回、リモート実験のシステムを開発するにあたって新規の専用端末Opcon03を用意し、遠隔操作はこのOpcon03を通じてのみ許可されるようにした。これは前節で述べた安全担保のための遠隔操作の制限を集中的かつ簡便に実現すると同時に、従来通りの現場作業で使用されるOpcon01/02の環境を維持するためである。
 SACLAで利用されている標準的な実験機器のうち、操作の際に安全への配慮が必要となるものにはステッピングモーター付き自動ステージなどがある。これらの機器の操作はMADOCA[1][1] 古川行人他:SPring-8利用者情報 19 (2014) 392-395.の通信で制御されているため、その操作の可否はMADOCA-ACL(アクセス制御リスト)の設定により一括で制御することができる。そこで、XFEL導入可否の条件を参照してOpcon03のMADOCA-ACLを動的に変更する仕組みを導入することで、安全担保のための遠隔操作の許可や制限を自動で切り替え可能なシステムとした(図1)。

 

図1 SACLAリモート実験システムの概略

 

 

 開発したリモート実験システムでは、遠隔地からOpcon03への接続には、SACLA用に準備されたブラウザベースのリモートデスクトップサービスGuacamole[2][2] Apache Guacamole (https://guacamole.apache.org/)経由でリモートデスクトッププロトコル(RDP)を用いる。実際の機器操作はGuacamole上のGUIの操作で行う(図2)。ここで、ユーザーはただ一つのGUIアプリケーション(SACLA Launcher)とこのLauncher上で指定されている他の実験アプリケーションのみが起動できるようLinux Gnomeデスクトップの設定がなされている。同様に、右クリック等の操作やターミナルの起動も不可としている。これらの制限により、遠隔操作で行えることと行えないことを施設側で明確に選択できるようにしている。

 

図2 Guacamole経由での遠隔操作画面の例

 

 

 なお、実際に遠隔操作を有効化するには、SACLAに来所しているユーザーやビームライン研究員等の許可判断を必要とする。すなわち、Opcon03からの操作権限(操作許可、操作制限)は、そのOpcon03が設置されているステーションのOpcon01/02上で動作している遠隔制御アプリケーションからのみ指定できる(図3)。このアプリケーションは、遠隔操作許可(リモート)状態と遠隔操作制限(ローカル)状態の切り替え指示に加え、前述のXFEL導入の可否やレーザーインターロック等の状態といった必要な監視を行い、Opcon03の動作モード、すなわちMADOCA-ACLの設定変更を自動的に行う。また、現在の状態の表示、動作ログの表示とファイルへの出力も担当する。

 

図3 遠隔制御アプリケーションの表示例

 

 

4. SACLAにおける初めてのリモート実験
 前節で述べたシステムを用いたユーザー実験が、2021B期から試験的に行われている。ここでは、それらの初期のリモート実験の概要を紹介する。
 なお、SACLAでは、リモート実験システムの開発と並行して、実験基盤側の改良にも取り組んだ。その際、他の実験基盤に先行して2つのハイパワーレーザー実験基盤[3,4][3] Y. Inubushi et. al.: Appl. Sci. 10 (2020) 2224.
[4] T. Yabuuchi et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 585-594.
、特にBL2 EH6におけるハイパワーフェムト秒レーザー実験基盤[4][4] T. Yabuuchi et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 585-594.でのリモート実験システムの整備を進めた。これは、当該実験基盤での現場作業に占める施設側の分担が従来から大きく、比較的リモート実験を実現しやすいと考えられたためである。
 このような流れもあり、SACLAでの初めてのリモート実験は2021B期の後半にEH6にて行われた。実験責任者を含む海外ユーザーの多くは入国制限のために来所できず、数名のみが来所するハイブリッドリモートの形態での実験となった。実験装置のセットアップやXFELおよび光学レーザーの調整作業などは従来と同様に施設スタッフが行った。主に試料準備作業とユーザー持ち込み機器の設置・調整作業といった現場作業を来所ユーザーが担当し、計測器の精密調整やビームライン機器の制御、データ取得操作を海外のユーザーがリモート実験システムを用いて行った。データ解析もSACLA High Performance Computing(HPC)システム[5][5] http://xfel.riken.jp/users/bml09.htmlを利用してリモートで行われた。このHPCを利用したデータ解析は、従来通りの実験形態でもリモートで実施可能である。リモートユーザーと来所ユーザーおよび施設スタッフとのコミュニケーションにはオンライン会議ツールおよびチャットツールが利用された。初めてのリモート実験ということもあり、リモートシステムの接続が予期せず切断されるなどのトラブルはあったものの、実験は総じて順調に行われた。なお、この接続安定性に関する課題については、本実験後に対処済みである。
 以下はSACLAにおける初めてのリモート実験を行った所感である。
 リモートシステムを用いた実験機器の操作は、画面更新にわずかな遅延が発生することを除けば、Opcon01/02から操作するのとほぼ同様の操作性であった。そのため、ビームタイム中の実験ユーザー作業の大部分が専用端末からの実験機器の操作となるような実験であれば、他に実施の手段がない場合には完全リモート実験の実施も技術的には可能であると考えられる。反対に、完全リモート実験に向かないものとしては、オンサイトでの試料調整が必要な場合やユーザー持ち込み機器が利用される場合、また、現場での試行錯誤が要求される可能性の高い挑戦的な実験などが考えられる。しかし、これらのような場合であっても、ハイブリッドリモートの形態で一部作業をリモートユーザーに分担できれば、来所ユーザーの負担が軽減され、効率的な実験実施が期待できる。
 当然ながら、リモート実験では実際の現場を見ながらの対面の議論ができないため、適切なコミュニケーション手段の確保が従来以上に重要である。今回開発されたリモートシステムを最大限に活用するためにも、実験参加者と施設スタッフの間で事前に十分協議されていることが望ましい。

 

 

5. 今後の展開とシステムの利用にあたって
 本稿で紹介したSACLAにおけるリモート実験システムは、ハイパワーフェムト秒レーザー実験基盤で2021B期に試験運用を開始した後、SACLAの他の実験基盤への展開を進めている。2022年7月現在、海外ユーザーの来所も比較的容易になりつつあるが、今後も来所できない場合が依然として想定される。今回開発したリモート実験システムは、SACLAでの研究活動を維持し、発展させていくための重要な手段の一つとなると期待される。
 なお、リモート実験が実施できるかどうかは実験に使用する装置や条件によって異なり、少なくとも現状ではリモート実験に対応できない場合や新たなシステム開発が必要な場合がある。SACLA利用研究課題をリモートで実施することを希望される場合は、SPring-8/SACLAのリモート実験申請用のウェブサイト[6][6] https://dncom.spring8.or.jp/service/remote-apl/index.htmlに掲載されている「SPring-8/SACLA遠隔接続ガイドライン」を参照した上で、十分事前に担当研究員へ相談いただきたい。

 

 

 

参考文献
[1] 古川行人他:SPring-8利用者情報 19 (2014) 392-395.
[2] Apache Guacamole (https://guacamole.apache.org/)
[3] Y. Inubushi et. al.: Appl. Sci. 10 (2020) 2224.
[4] T. Yabuuchi et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 585-594.
[5] http://xfel.riken.jp/users/bml09.html
[6] https://dncom.spring8.or.jp/service/remote-apl/index.html

 

 

 

宮西 宏併 MIYANISHI Kohei
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext 9751
e-mail : miyanishi@spring8.or.jp

 

本村 幸治 MOTOMURA Koji
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext 9729
e-mail : motomura@spring8.or.jp

 

籔内 俊毅 YABUUCHI Toshinori
(公財)高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext 7885
e-mail : tyabuuchi@spring8.or.jp

 

城地 保昌 JOTI Yasumasa
(公財)高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext 3363
e-mail : joti@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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