Volume 27, No.3 Pages 197 - 206
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告2
はやぶさ2サンプルのX線CTを用いた初期分析:技術開発、分析手法評価と分析
Initial analysis of Hayabusa2 samples using X-ray tomography; development and evaluation of the analytical method and actual analysis
[1]立命館大学 総合科学技術研究機構 Research Organization of Science and Technology, Ritsumeikan University、[2](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室 Scattering and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[3]東北大学 高度教養教育・学生支援機構 Institute for Excellence in Higher Education, Tohoku University
- Abstract
- 本課題では、非破壊分析である複数のX線CT手法を、サンプルサイズを考慮して効率的に用いることにより、はやぶさ2サンプル粒子の初期分析とそれに先立つ準備を行い、当初想定した成果をあげることができた。これにより、小惑星リュウグウの物質は、観測から予想されていた炭素質コンドライトの中でもCIグループあるいはその類似物質であることが明らかとなった。また、水(正確にはCO2–H2O流体)が小惑星に存在することを初めて示すとともに、リュウグウ母天体の形成領域(太陽系外側の低温領域)を特定し、このような流体による水質変成プロセスの具体的なモデルを作業仮説として提唱した。さらに、最も重要な物理量のひとつである密度を、X線CTを用いて正確に求めることができた。本分析は、破壊分析に先駆けて実施され、その後の様々な分析が効率的に行われた。
1. はじめに
「はやぶさ2」計画は、「はやぶさ」計画に次ぐJAXAの小惑星探査計画で、探査機は2018年6月にC型小惑星リュウグウに到着、リモートセンシング観測とサンプル採取を行ったのち、2020年12月にC型小惑星リュウグウのサンプルを地球に持ち帰った[1][1] S. Tachibana et al.: Science 375 (2022) 1011-1016.。採取されたサンプルは多数の黒っぽい粒子(最大サイズ1 cm弱)からなり(図1)、その総量は5.4 gであった。
図1 はやぶさ2探査機が採取した小惑星リュウグウの粒子(左右はそれぞれ1回目、2回目に採取されたもの)
小惑星は表面反射スペクトル(構成物質を反映する)から、いくつかのタイプに分類されているが、C型小惑星は水や有機物を含む炭素質コンドライトあるいはそれに類似する物質からなると考えられてきた[2][2] K. Kitazato et al.: Science 364 (2019) 272-275.。このような鉱物、水、有機物はそれぞれ固体地球、海洋、生命の原材料とみなすことができ、はやぶさ2サンプルの分析により太陽系の起源と進化、生命の原材料物質の解明が期待される。
本長期利用課題では、このはやぶさ2サンプルの初期分析として、SPring-8の放射光を用いた種々のX線CT手法を組み合わせた統合的な非破壊3次元分析を行い、サンプルと既知の隕石(炭素質コンドライト)との関係を明らかにするともに、リュウグウの成因と進化、さらに小惑星表面の進化プロセスの理解を最終的に目指した。
はやぶさ2サンプルは数10 µm~10 mmの粒子で、これらの粒子はサブミクロンから100 µmあるいはそれ以上の粗粒な構成物からなることが予想された。このような多様なサンプルに対応した分析プロトコルを準備し、その特徴に合わせた効率的な分析を行うために、粒子サイズが数100 µmより大きな粒子の分析はBL20XUにおいて統合CT(マルチモード/マルチスケールCT)による分析を、数100 µmより小さな粒子の分析はBL47XUにおいて、分析ナノCT(DET-SIXM法[3][3] M. Matsumoto et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaax5078.)による分析を行うようにした。また、本番分析のための準備が重要であるとの認識のもと、2019A~2020Aにおいては、技術開発(大気遮断分析、迅速なデータ解析など)、模擬サンプル(炭素質コンドライト)を用いたリハーサル(隕石ライブラリの作成)、他のさまざまな分析手法との連携(非破壊分析、破壊分析)を行った。COVID-19パンデミックの影響により、利用期間が2021Aまで延長され、サンプル配分後の2021Aにおいてこれらの手法を適用したはやぶさ2サンプル分析を行った。
2. 初期分析のための技術開発と分析手法評価
2-1. 大きな粒子の分析(BL20XUにおける統合CT)
大きな粒子の分析では、大きな視野サイズをもつCTでその物質科学的特徴(微細組織、構成鉱物)を取得することが重要である。BL20XUにおいて30 keVのX線を用いた統合CTシステムが整備されていたが、これを改良することにより、吸収CT(吸収像による高精細3D組織観察)、XRD-CT(X線回折(XRD)による鉱物相マップ)、DPC-CT(微分位相コントラスト(DPC)による軽元素相の可視化)の3つのモード分析を行えるようにした(図2)。これは多様な試料に対応可能で、単なる組織観察だけではなく、構成物質を特定することも可能となった。
図2 統合CTの概念図。共通のサンプルステージと3つのモード分析系を持っている(BL20XU第2ハッチに設置)。
吸収CTでは、4Kカメラを用いた広視野CT環境の再整備を行い、広視野(mmスケール)・高分解能(サブµmの画素サイズ)の3Dデータが取得可能となった(図3)。これにより、広視野とサブµm画素サイズでの局所マイクロCTを別々に行う必要がなくなり、データ取得時間の短縮だけでなく、データの質そのものが向上した。また、複数の手法で得られた情報を統合・可視化するための多数の画像処理ソフトウェアを開発し、試料中の分析領域の可視化を実現した。とくに、XRD-CTにおいて、鉱物相の同定、得られた鉱物マップとCT画像との合成が可能になり、特定の鉱物の組み合わせをもっている箇所を特定し(図4)、その位置を簡便に調べることが可能になった。さらに、統合CT環境におけるDPC-CTの整備を行い、全てのセットアップ切り替えを1ボタンでできるように自動化した(図5)。さらに、第1ハッチの高エネルギーナノCT装置においてもXRDのセットアップを組み込んだ。これにより、2 mm以下程度の試料に対しては、ナノCTと統合CT環境を組みあわせることが可能となった。
図3 (左)旧来の2Kカメラ(3.14 μm/画素)と(右)新たに導入した4Kカメラ(0.84 μm/画素)でのCT像(試料:Murchison隕石)
図4 X線回折パターンから抽出したXRD-CTイメージと吸収X線CT像への重ね合わせ。(試料:Murchison隕石)
図5 ユレーライト隕石中のダイヤモンド。吸収コントラストでは見えないものが、微分位相コントラストでは炭素物質中に無数の包有物が見える。(試料:Kenna隕石)
また、共通試料ホルダを用いた標準物質(鉱物、隕石など)を準備し、これらを直前に測定することで、X線吸収係数、X線回折などの較正を高精度で簡便に行うことができるようになった。
改良した統合CT環境を用いて20種類以上の炭素質コンドライト隕石を測定し、ライブラリを作成した。これらのデータを検索して比較することで、「はやぶさ2」帰還サンプルの分析をより効率よく行うことができるようになった。
本手法は、非破壊分析という特性のため、多くの破壊分析に先駆けて実施される。また、はやぶさ2サンプルは大気中の酸素や水蒸気との反応が予想されるため、計測中に大気中の汚染物を遮断するための大気遮断ホルダを開発した。それらを既設の大気遮断試料準備環境中で組み上げ(図6)、汚染評価や性能評価を行った[4][4] M. Uesugi et al.: Rev. Sci. Instrum. 91 (2020) 035107.。その結果、安全かつ清浄な環境で試料を封止することが可能となった。この大気遮断システムは、燃料電池などの嫌気試料の分析にも応用可能である。
図6 大気遮断ホルダと大気遮断試料準備環境(高純度グローブボックス)。
はやぶさ2サンプルには水、有機物が存在していることが予想された。これらの分布、形態、分子構造、同位体組成を調べるために、複数の分析手法(FE-SEM、XRF、中性子CT、FIB、TEM、STXM-NEXAFS、NanoSIMSなど)と連携するためのデータ解析手法、共通試料ホルダの整備を行った[5][5] M. Ito et al.: Nature Astron. https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5, 2022.。これにより、BL20XUの実験を最上流として、そのデータを元に、下流分析領域の可視化・共有、試料の効率的な加工・再配分・高精度破壊分析、データ統合・マルチスケール化などを行い、多角的な分析を実現することが可能となった。
2-2. 小さな粒子の分析(BL47XUにおける分析ナノCT)
小さな粒子の分析では、ナノスケールの分解能をもつ3次元CT像の取得が可能である。BL47XUには7~15 keVで高空間分解能(画素サイズ:40~100 nm)を有するナノCT(図7)および走査-結像型X線CT(SIXM)[6][6] A. Takeuchi, K. Uesugi and Y. Suzuki: J. Synchrotron Rad. 20 (2013) 793–800.(図8)が整備されている。ナノCTでは、FeのK吸収端(7.11 keV)を挟む2つのエネルギー(7, 7.35 keV)での吸収コントラストCTの撮影により、多くの鉱物相の同定が可能である(DET:Dual-Energy Tomography)[7][7] A. Tsuchiyama et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 116 (2013) 5-16.。一方、SIXMで取得される位相CT像は密度コントラストに対応するため、吸収CTでは困難な軽元素物質(水や有機物)の識別が可能で、DET法とSIXMを組み合わせることにより、様々な鉱物や有機物(や水)が識別できる(DET-SIXM法)[3][3] M. Matsumoto et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaax5078.(図9)。即ち、小さな粒子では、~100 nmスケールの高分解能で、様々な鉱物相や水・有機物の3次元分布を得ることが可能である。この分析型ナノCTともいえる手法は7~8 keVという低X線エネルギーでのみ可能であり、X線が透過できない大きな粒子に用いることはできない。
図7 結像型吸収CT法[7][7] A. Tsuchiyama et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 116 (2013) 5-16.の模式図。
図8 走査-結像X線CT法[4][4] M. Uesugi et al.: Rev. Sci. Instrum. 91 (2020) 035107.の模式図。
図9 DET-SIXM法[3][3] M. Matsumoto et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaax5078.。(左)LAC(7kev)は7 keVでの吸収像(原子番号Zにほぼ対応するコントラスト)、LAC(7.35 keV)は7.35 keVでの吸収像(Fe濃度にほぼ対応するコントラスト)、RID(8 keV)は位相CT像(密度に対応するコントラスト)で、これらにそれぞれB、R、Gの色を当てはめて合成することにより、RGB-CT像が得られる。RGB-CT像において様々な鉱物や有機物は異なる色で表される。(右)7, 7.35 keV吸収像における線吸収係数(LAC)および8 keV位相像におけるRIDの3次元ヒストグラムを、様々な鉱物のもつ7, 7.35 keV LAC値、8 keV RID値と比較することにより、定量的に鉱物の同定を行うことができる。(試料:Murchison隕石)
本課題では、このDET-SIXM法を改良するとともに、撮影条件(フォーカシング、撮影時間、プロジェクション数など)の最適化や、標準物質を用いた吸収像コントラストを与える線吸収係数(LAC: linear attenuation coefficient)および位相像コントラストを与える屈折率減分(RID:refraction index decrement、RID = 1−屈折率)の較正法を確立し、定量性の高い鉱物相同定手法を確立した。また、ImageJ、pythonおよびコマンドライン上で実行する自作のソフトウェア(http://www-bl20.spring8.or.jp/slice/)を用いて、取得CT像のレジストレーション・3Dヒストグラムによる鉱物相同定・特定相3次元分布の可視化・粒子3次元外形の抽出などの手法を確立し、粒子の体積、表面積、3軸長、空隙率や密度などのサンプルの様々な物理的特徴や鉱物のモード組成(含有率)が求められるようになった。さらに、LAC値−RID値の3次元ヒストグラムにおけるピーク位置(図9右の赤や青の点)を求めることにより、ナノCTの空間分解能以下の微細鉱物の集合体である炭素質コンドライトのマトリクスの性質(密度、Fe/Mg比など)を求める手法を開発した。
以上のように、RGB-CT像および3Dヒストグラムの解析により、重要な情報を有する特定の鉱物や有機物の識別とその3次元位置情報が得られ、その情報をもとに、集束イオンビーム(FIB)法でTEM試料を作製して、詳細なTEM分析[3,8-10][3] M. Matsumoto et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaax5078.
[8] A. Tsuchiyama et al.: Sci. Adv. 7 (2021) eabg9707.
[9] T. Noguchi et al.: Polar Sci. 29 (2021) 100727.
[10] M. Matsumoto et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 323 (2022) 220-241.(図10)やその他の破壊詳細分析(SIMS、STXMなど)が効率よく行えるようになった(例えば、鉱物中の液体包有物の探査[8][8] A. Tsuchiyama et al.: Sci. Adv. 7 (2021) eabg9707.)。また、パリ・サクレ大学における赤外線-CTとのコラボレーション(とくに有機物に関して)も行った[11][11] Z. Dionnet et al.: Meteor. Planet. Sci. 55 (2020) 1645-1664.。
図10 DET-SIXM測定を行った試料のTEM分析。(A)TEM像に対応するRGB-CT像。(B)TEM像により、RGB-CT像では未同定であった鉱物が同定され、また有機物の存在が確認された(試料:Murchison隕石)
一方、CT-FIB共通のサンプルホルダ開発とサンプル保持法の改良を行い、微小サンプルの安全なハンドリング・最小限の汚染・CT撮影の最適化・CT分析後のFIB法による破壊分析用サンプル加工の最適化を行った。
また、DET-SIXM法ではX線が十分に透過しない大きなサンプル(>100 µm)のための高エネルギー(10~15 keV)を用いた広視野吸収CT撮影装置と超高空間分解能(~10 nm)局所吸収CT撮影が可能な光学系をもつ装置の整備を行い、これらが共通の試料ステージを用いて撮影できるようにした。
以上の手法を用いて、はやぶさ2サンプル模擬物質である異なる化学的グループに属する炭素質コンドライト(CM、CI、C-ungrouped)のリハーサル分析を行った。これにより隕石の化学的グループ間での差異を明らかにし、はやぶさ2サンプルと炭素質コンドライトとの非破壊CT分析による比較が可能となった。また、隕石の加熱物の測定を行い、はやぶさ2サンプルで予想される加熱変成の影響を評価した(図11)。
図11 加熱したCM炭素質コンドライト(Murchison隕石)粒子のDET-SIXM解析。(A)RGB-CT像の一例。7, 7.35 keV LAC値のヒストグラムにおける、(B)加熱温度および(C)加熱時間によるマトリクスの変化。
さらに、この手法を始原的な炭素質コンドライト隕石に適応し、始原的炭素質コンドライト(Acfer094隕石)中に氷の化石としての超多孔質岩相を発見[3][3] M. Matsumoto et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaax5078.、CM炭素質コンドライト(Sutter's Mill隕石)中に初めてCO2に富む液体の水を発見する(図12)ことにより、この隕石の母天体が木星の外側で形成されたというダイナミックな太陽系形成理論の証拠を得[8][8] A. Tsuchiyama et al.: Sci. Adv. 7 (2021) eabg9707.、南極で新しく発見された最も水質変成度の小さい始原的なCM炭素質コンドライト(Asuka12169隕石)のマトリクスや3次元的特徴を明らかにし[9][9] T. Noguchi et al.: Polar Sci. 29 (2021) 100727.、またAcfer094隕石中の宇宙シンプレクタイトと呼ばれる酸素同位体的に太陽系で最も始原的な物質の3次元構造から、その成因を解明した[10][10] M. Matsumoto et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 323 (2022) 220-241.。
図12 CM炭素質コンドライト(Sutter's Mill隕石)中のCO2に富む液体包有物。(A)ナノCT測定により方解石(CaCO3)結晶中に見出されたナノ包有物。(B)ナノ包有物のTEM像。極低温での電子線回折を行うことにより、矢印の包有物にCO2に富む液体を発見した。
3. はやぶさ2サンプル分析とその成果
3-1. 大きな粒子の分析(BL20XUにおける統合CT)
2021Aでは、24粒子(長径サイズ:1.8~8.4 mm)が配分された。全粒子について30 keVで吸収CT撮影(0.84 μm/画素)を行い、その中の4粒子のXRD-CT、2粒子のDPC-CTを行った[5,12][5] M. Ito et al.: Nature Astron. https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5, 2022.
[12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.。全ての測定は図6に示した大気遮断ホルダを用いて行った。
サンプル中の最大粒子(C0002粒子)は、重量は94.1 mg、3軸長は8.4 mm × 4.3 mm × 3.2 mmである。この粒子の光学顕微鏡写真と吸収CT像の一例を図13に示す(この粒子は3Dプリンターを用いて拡大したレプリカが作られ、多くの博物館や自然科学館での展示が行われている)。吸収CT像では、様々なサイズの鉱物粒子(pyrrhotite、magnetite、dolomite、breunnerite、apatiteなど)が、細粒物質からなるマトリクス中に存在している。マトリクスは主として含水層状ケイ酸塩鉱物であるserpentineとsaponiteからなるが、輝度の異なる、すなわち化学組成や密度の異なる不均質な領域が多数存在し、クラックが発達している[12][12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.。このような鉱物相はXRD-CTで同定されている(表1)。同様の鉱物の組み合わせと組織は、他の全ての粒子にも見られ、今回見出された特徴は小惑星リュウグウのサンプルが炭素質コンドライトの中でもCIと呼ばれるグループあるいはその類似物質であることを示している。また、含水層状ケイ酸塩の存在は、水が結晶中の水酸基や水分子として小惑星に存在することを初めて示したものである。これらの成果は、他の多くの分析手法によっても確認されている[5,12-16][5] M. Ito et al.: Nature Astron. https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5, 2022.
[12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.
[13] T. Yokoyama et al.: Science (2022) abn7850.
[14] E. Nakamura et al.: Proc. Jpn. Acad. Ser. B 98 (2022) 227-282.
[15] T. Noguchi et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1747.
[16] A. Tsuchiyama et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1858.。
図13 最大粒子C0002。(A)光学顕微鏡像。(B)吸収CT像。不均質なマトリクス中に、様々な鉱物粒子が存在している。小さな明るい粒子はpyrrhotiteやmagnetite。
表1 XRD-CT、DET-SIXMによりリュウグウ粒子に認められた鉱物
物質の密度は最も重要な物理量のひとつであり、物質の構成物質の指標となるだけでなく、様々な力学的プロセス(重力集積、衝突など)や物理化学的プロセス(熱変成)にとっての基本量である。今回は、吸収CT像から粒子の体積が正確に求められ、重量は精密電子天秤によって容易に測定できるので、これより粒子のバルク密度が求められる。0.84~94.1 mgの重量を持つ10粒子の密度の範囲は1.65~1.93 g/cm3で、その平均は1.79±0.08 g/cm3である。一方、対応するCI(Orgueil隕石)のバルク密度は1.58、1.91 g/cm3という2つの異なる値が報告されている[17][17] A. R. Hildebrand et al.: Meteor. Planet. Sci. 41 (2006) 407-431.。隕石のバルク密度測定には通常細粒のビーズを用いたアルキメデス法(ビーズ法)が用いられるが、今回のような小さな粒子に用いることは困難で、高分解能を持つCTで体積を求める手法は、とくにはやぶさ2サンプルのような力学的に弱い小さい試料での正確な密度測定には、最適であると考えられる。なお、今回はやぶさ2サンプルとCI隕石を比較してわかった重要なことの一つは、後にも述べるようにCI隕石は地上で大気中の水蒸気との反応により、一部の含水ケイ酸塩が膨潤し、さらに新たに硫酸塩鉱物が生成していることである。例えば、硫酸塩鉱物の生成はすでにあったクラックを押し広げ、バルク密度は低くなることが予想される。上述のOrgueil隕石の密度のバラツキは、隕石の不均一性というよりは、このような地上風化に起因しているのかもしれない。今回決められた密度は、地上風化を受ける前のCIあるいは類似物質の密度ということになる。
全ての粒子には多かれ少なかれクラックが存在し、これらのサンプルが生成後に受けた履歴を表している。一部の粒子は扁平な形状を持ち、その内部には無数のクラックが外形に平行に走っており(図14)、リュウグウ(母天体?)表面で衝突を受けた時の圧縮変形により形成されたものと考えられる。一方、多くのクラックは、CT像で明るさの異なる領域や結晶粒子外形に沿って走っており(図13)、リュウグウ母天体表面での衝突、小惑星の加熱冷却サイクルによる熱衝撃あるいは水質変成後の乾燥に伴う収縮によってできたものと思われる。
図14 衝突の痕跡を持つ粒子(C0055)。(A)吸収CT像。(B)粒子の鳥瞰図。
配分された粒子は、統合CTによる撮影後、その3次元情報をもとに切断され、その後の様々な分析が効率的に行われ、様々な成果が得られている[5,12,16][5] M. Ito et al.: Nature Astron. https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5, 2022.
[12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.
[16] A. Tsuchiyama et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1858.。また、一部の大きな粒子では、等しいサイズで作られた3Dプリンタの出力から雌型を作り、その雌型に実物の粒子を設置して、希望する方向での粒子切断が行われた。
3-2. 小さな粒子の分析(BL47XUにおける分析ナノCT)
2021Aでは、48粒子(長径サイズ:約15~170 μm)が配分された。ナノCT撮影により、これらは主としてマトリクスから成る粒子(33粒子)(図15A)、単一の鉱物からなる粒子(pyrrhotite:5粒子(図15B)、dolomite:2粒子、breunnerite:4粒子(図15C)、Na,Mgリン酸塩:1粒子)、ユニークな粒子(2粒子)、人工物(ガラス)(1粒子)からなることがわかった[16][16] A. Tsuchiyama et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1858.。このうちの大きなpyrrhotite4粒子はX線が透過する7 keVでの吸収像のみを撮影、その他の粒子はDET-SIXM法による撮影を行った(7 keV吸収像:47.4 nm/画素、7.35 keV吸収像:51.1 nm/画素、8 keV位相像:111.1(~222.1) × 111.1(~222.1) × 109.2 nm/画素)。また、6粒子については、関心領域の局所吸収CT撮影(17.7 nm/画素)を行った。
図15 リュウグウ粒子のナノCT像。(A)主としてマトリクスからなる粒子(RGB-CT像:C0103-FC007)。(B)pyrrhotite粒子(7 keV吸収CT像:C0002-FC012)。(C)breunnerite粒子(RGB-CT像:A0067-FC003)。
主としてマトリクスから成る粒子は、含水層状ケイ酸塩鉱物(sepentineおよびsaponite:これらはDET-SIXM法では区別できない)からなるマトリクス中に、pyrrhotite、dolomite、apatiteなどの様々な鉱物粒子が存在している(図15A)。これらの鉱物は、図9に示したように、RGB-CT像により色の違いによって認識されるとともに、LAC-RIDの3次元ヒストグラムにおいて、既存の鉱物と比較することにより、定量的に識別される。また、数μm以下のIOM(不溶性有機物)と呼ばれる有機物粒子や、クラックが認められる。これらの鉱物組み合わせとその組織は、リュウグウサンプルがCIあるいはその類似物質であることと一致している。
LAC-RID3次元ヒストグラムのピーク(図9右の赤や青の丸)から、マトリクスの平均密度(1.8±0.3 g/cm3)と含水層状ケイ酸塩鉱物のMg/(Mg+Fe)比(0.83±0.04)を求めることができる。リュウグウ物質のもう一つの候補と考えられたCMはこれより高密度でFeに富み、リュウグウ粒子のものとは明らかに異なる。一方、CIもやや高密度でFeに富みリュウグウ粒子とやや異なるが、これはCIが地上風化を受けたためかもしれない。加熱したCI粒子はCIよりも高密度で、リュウグウ粒子には含水層状ケイ酸塩鉱物の脱水の痕跡もないことから、リュウグウ粒子は少なくとも500°C以上の大きな加熱は受けていないこともわかった。
ナノCTにより、多くの鉱物粒子は、別種の鉱物の包有物や、空隙さらに空隙ではない低密度の包有物を含んでいることがわかった。大きなpyrrhotite結晶中の包有物について、流体が凍るような極低温で包有物の断面を出してTOF-SIMSにより分析を行ったところ、H2OだけでなくCO2に起因する信号が得られ、CO2–H2O流体(または液体)の包有物であるとがわかった[12][12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.。これは、小惑星におけるH2Oを含む流体の最初の発見であり、CO2も含むことから、リュウグウの母天体が木星の外側の低温領域で形成されたことがわかった。
太陽系外側の低温領域では、石の成分(主として非晶質ケイ酸塩)と氷が集まって、微惑星と呼ばれる小天体が作られたと考えられる[3,8][3] M. Matsumoto et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaax5078.
[8] A. Tsuchiyama et al.: Sci. Adv. 7 (2021) eabg9707.。氷はやがて融け、石の成分と反応して、水質変成が起こる。このようにしてできた小天体(リュウグウの母天体)が衝突で破壊され、その一部が再集積したものがリュウグウである。リュウグウサンプルに見られる鉱物のほとんどは、水質変成時にCO2–H2O流体から析出したものである。
ナノCTからは3次元組織(鉱物の3次元分布)での異なる鉱物種の包有関係や、鉱物粒子の結晶3次元外形がわかる。全てのpyrrhotite粒子は6角板状の外形(図16A)を持つのに対して、magnetiteは球晶状、木苺状(図16B)、プラケット状、棒状、自形等粒状など多様な結晶形態を持つ。また、dolomiteやbreunneriteは扁平な菱面体(図16C)、apatiteは6角柱状の結晶外形を示す。
図16 ナノCTにより得られた鉱物の3次元外形(鳥瞰図)。(A)pyrrhotite(A3_MPF_X009)。(B)木苺状magnetiteを表面に持つ粒子(A3_MPF_X005)。(C)breunnerite(A0067-FC003)。
鉱物の包有関係からは、以下のようなリュウグウが受けた水質変成プロセスのモデルを提唱できる:(1)FeやFeSのナノ粒子を含む非晶質ケイ酸塩微粒子の流体への溶解、(2)生成された溶液(流体)からの含水層状ケイ酸塩とmagnetiteの析出、(3)pyrrhotiteの析出(溶解と再析出)、(4)apatiteの析出、(5)dolomiteやbreunneriteの析出。非晶質ケイ酸塩は反応性が高いため、高過飽和度溶液が生成され、最初に不規則形状を持つ球晶状、木苺状、プラケット状などのmagnetiteが析出し、やがて溶液の過飽和度が下がり規則的な形状をもった結晶が析出したと考えられる。
ナノCTからはまた、粒子の3次元外形や微細表面構造の情報も得られる。はやぶさ計画によってS型小惑星イトカワから採取された粒子の表面は、破断面の他に平坦で丸い面を持っており、それぞれ小惑星表面での衝突による破壊と粒子流動による機械的な摩耗に対応していると考えられた[18][18] A. Tsuchiyama et al.: Science 333 (2011) 1125-1128.。リュウグウ粒子にも平坦な曲面が存在するが、イトカワ粒子のように明確な破断面と摩耗面という区別ができない[18][18] A. Tsuchiyama et al.: Science 333 (2011) 1125-1128.。これは、イトカワ粒子は強度の高い熱変成を受けた普通コンドライトであるのに対して、リュウグウ粒子は主に含水層状ケイ酸塩(粘土鉱物)からなる強度の弱い物質のためと考えられる。なお、多くのリュウグウ粒子表面には、微隕石の衝突によって生成された微小クレーターや、融けたメルトの小滴がガラスとして存在している[18][18] A. Tsuchiyama et al.: Science 333 (2011) 1125-1128.。
4. 成果のまとめと意義、今後の課題
本課題では、サンプル粒子のサイズを考慮した最適なX線CTの手法(>~100 μm粒子:BL20XUでの統合CT、<~100 μm粒子:BL47XUでの分析ナノCT)を用いて、はやぶさ2計画により小惑星リュウグウから採取されたサンプル粒子の初期分析を行った。また、初期分析に先立って、分析技術の開発や手法評価とリハーサル分析を行い、これを初期分析に適用することにより、大きな成果をあげることができた。
本課題により、小惑星リュウグウの物質は、表面反射スペクトル観測から予想されていた炭素質コンドライト[2][2] K. Kitazato et al.: Science 364 (2019) 272-275.の中でもCIと呼ばれるグループあるいはその類似物質であることがわかった[5,12,15,16][5] M. Ito et al.: Nature Astron. https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5, 2022.
[12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.
[15] T. Noguchi et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1747.
[16] A. Tsuchiyama et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1858.。CIは太陽系の平均組成を持ち最も始原的な隕石であるが、リュウグウサンプルはCIのように地上風化を受ける以前のより始原的な物質である。また、含水層状ケイ酸塩の存在により、水が結晶中の水酸基や水分子として小惑星に存在することが初めて示された[5,12,15,16][5] M. Ito et al.: Nature Astron. https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5, 2022.
[12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.
[15] T. Noguchi et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1747.
[16] A. Tsuchiyama et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1858.。
上記の成果は、他の分析手法によっても確認されているが[13,14][13] T. Yokoyama et al.: Science (2022) abn7850.
[14] E. Nakamura et al.: Proc. Jpn. Acad. Ser. B 98 (2022) 227-282.、本課題におけるCO2–H2O流体包有物の発見[12][12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.は、ナノCTで初めて可能となったものであり、リュウグウ母天体の形成領域(太陽系外側の低温領域)を特定することができ、近年のダイナミックな太陽系形成モデルの確証ともなった。また、3次元組織の解析により、リュウグウ母天体での水質変成の具体的なモデルを提唱することができた。なお、このモデルは作業仮説であり、今後の検証が必要である。
一方、CT像から粒子の体積を正確に求めることができ、リュウグウ粒子のような低強度の小さな粒子でもバルク密度を正確に決めることができた(1.79±0.08 g/cm3)。物質の密度は最も重要な物理量のひとつであり、リュウグウだけでなくCI隕石母天体の成因と進化を考える上で基本的なものである。
本手法は、非破壊分析という特性のため、多くの破壊分析に先駆けて実施され、分析フロー下流での様々な分析が効率的に行われた[5,12,16][5] M. Ito et al.: Nature Astron. https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5, 2022.
[12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.
[16] A. Tsuchiyama et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1858.。
はやぶさ2サンプルは2022年5月で初期分析を終えた。本課題は2021Aで終了したが、その後の2021B、2022Aでも初期分析を続け、また初期分析以降の公募分析フェーズでのさらなる分析も計画している。本課題での成果は、現時点では1編の論文が国際誌に受理され、多くの論文がレビュー中あるいは投稿準備中となっている。この中には、本稿で書ききれなかった多くの成果も含まれており、今後の分析も含めて、さらなる成果が期待できる。
参考文献
[1] S. Tachibana et al.: Science 375 (2022) 1011-1016.
[2] K. Kitazato et al.: Science 364 (2019) 272-275.
[3] M. Matsumoto et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaax5078.
[4] M. Uesugi et al.: Rev. Sci. Instrum. 91 (2020) 035107.
[5] M. Ito et al.: Nature Astron. https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5, 2022.
[6] A. Takeuchi, K. Uesugi and Y. Suzuki: J. Synchrotron Rad. 20 (2013) 793–800.
[7] A. Tsuchiyama et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 116 (2013) 5-16.
[8] A. Tsuchiyama et al.: Sci. Adv. 7 (2021) eabg9707.
[9] T. Noguchi et al.: Polar Sci. 29 (2021) 100727.
[10] M. Matsumoto et al.: Geochim. Cosmochim. Acta 323 (2022) 220-241.
[11] Z. Dionnet et al.: Meteor. Planet. Sci. 55 (2020) 1645-1664.
[12] T. Nakamura et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1753.
[13] T. Yokoyama et al.: Science (2022) abn7850.
[14] E. Nakamura et al.: Proc. Jpn. Acad. Ser. B 98 (2022) 227-282.
[15] T. Noguchi et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1747.
[16] A. Tsuchiyama et al.: 53rd Lunar Planet. Sci. Conf. (2022) pdf.1858.
[17] A. R. Hildebrand et al.: Meteor. Planet. Sci. 41 (2006) 407-431.
[18] A. Tsuchiyama et al.: Science 333 (2011) 1125-1128.
※用語解説
・炭素質コンドライトは、コンドリュールと呼ばれる球状粒子を含む始原的な隕石のうち、無機化合物や有機物の形で炭素を含むものである。
炭素質コンドライトはその元素組成や酸素同位体組成によりCI、CM、CV、CO、CH、CR、CKなどの化学グループに分類される。炭素質を表すCの次の文字はそのグループを代表する隕石の名前から取られている(例えば、CMはMighei隕石、CIはIvuna隕石)。
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