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Volume 27, No.2 Pages 177 - 182

4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

利用系活動報告
放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 物質分析・解析チーム
Activity Reports – Materials Characterization Team, Industrial Application and Partnership Division

本間 徹生 HONMA Tetsuo、渡辺 剛 WATANABE Takeshi、大渕 博宣 OFUCHI Hironori、安野 聡 YASUNO Satoshi

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 産業利用・産学連携推進室、物質分析・解析チームは、産業利用・産学連携ユーザーの利用促進および利用支援をミッションとしている。本チームが活動を行っているビームラインおよび分析手法はBL14B2(XAFS)およびBL46XU(HAXPES)であり、分光技術を担当している。主に産業界ユーザーの利便性の向上を目的とした自動化などによる高能率化および実用材料の動作環境下における電子状態・局所構造解析を行うためのその場測定の環境整備などを行っている。また、解析に役立つ標準試料などのデータベース構築に取り組んでいる。本稿では、自動化、その場測定環境整備、データベース構築などに関する活動状況について報告する。

 

 

2. XAFS測定自動化/BL14B2
 BL14B2では広範な産業界ニーズへ応えるために、高能率でXAFS測定を実施することが求められている。我々はこれまでに、この目標を達成するために多くの技術開発に取り組んできた。本節では、この開発の主要素である自動試料交換装置について紹介する。
 BL14B2に設置されている自動試料交換装置「HummingBird」の概略写真を図1示す[1][1] K. Osaka et al.: AIP Conf. Proc. 1741 (2016) 030003.。HummingBirdは、初代の自動試料交換装置「Sample Catcher」[2][2] T. Honma et al.: AIP Conf. Proc. 1234 (2010) 13-16.の後継機として、2019年度より稼働を開始している2代目の自動試料交換装置である。HummingBirdの装置構成は、大別すると、①試料装填部および②試料搬送部に分けられる。①試料装填部では試料ホルダーラックに、市販スライドマウントなどに固定された試料およびホルダーを並べる。HummingBirdでは、一度に装填できる試料ホルダー数は120個となっている。このためユーザーは、ハッチの入退出なしで多くの試料を短時間でXAFS測定することが可能となっている。一方、②試料搬送部は、試料を保持する試料保持部、試料の回転を行う回転ステージ、4台のリニアステージによる並進動作機構で構成されている。これら機構を組み合わせることでHummingBirdは、迅速に試料ホルダーを所定のX線照射位置まで運搬・保持することが可能となっている。
 HummingBirdを用いてXAFS測定を行う場合、ユーザーは図2に示すExcelシートに測定条件を記入し、さらにExcelシートを計測プログラムに読み込ませることで連続測定を開始することができる。
 BL14B2では本節で紹介した自動試料交換装置だけでなく、自動光学調整、自動XAFS測定データ変換プログラムが整備されている[2-4][2] T. Honma et al.: AIP Conf. Proc. 1234 (2010) 13-16.
[3] T. Honma et al.: SPring-8SACLA Annual Report FY2009 (2010) 60-62.
[4] T. Honma et al.: SPring-8SACLA Annual Report FY2010 (2011) 62-64.
。これらの開発の結果、BL14B2ではXAFS測定経験が少ない産業界のユーザーでも、高能率でXAFS測定が実施できる環境が整備されている。

 

図1 自動試料交換装置HummingBird。

 

図2 HummingBirdでXAFS測定を行う際の測定条件を記入するExcelシート。

 

 

3. XAFS標準試料データベース/BL14B2
 XAFS標準試料データベースは、BL14B2にて測定した標準試料のXAFSスペクトルデータを収集し、系統的に整理し提供するデータベースである。XAFSスペクトルを解析する際、結晶構造が既知である標準試料のXAFSスペクトルを比較・参照することで構造が未知である試料のXAFSスペクトルを解析することがよく行われている。しかしながら、全てのユーザーが解析に適切な標準試料を準備できるとは限らない。加えて、標準試料の調製や測定に時間がかかるため、限られたビームタイム内でこれらの作業を行うことが時間的な手間となることが多い。
 本データベースには、SPring-8産業利用・産学連携推進室ホームページ内にあるBL14B2 XAFS標準試料データベース(BENTEN[5,6][5] T. Matsumoto et al.: AIP Conf. Proc. 2054 (2019) 060076.
[6] 実験データ転送システムBENTEN(https://benten.spring8.or.jp/)
版)のWebサイト[7][7] BL14B2 XAFS標準試料データベース[BENTEN版](http://support.spring8.or.jp/xafs/standardDB_02/standardDB.html)から接続することができる(図3)。このWebサイトには本データベースの利用方法や登録試料、注意事項についての情報が記載されている。本データベースを利用するにはSPring-8 User Informationのアカウント(ユーザカード番号)が必要であったが、2022年1月から個人のメールアドレスを所有している人なら誰でも利用できるようになった(図4)[8][8] BENTEN Guest Login(https://benten.spring8.or.jp/guest_login/)。ユーザーカード番号またはメールアドレスにて正常にログインが行われると、メールアドレス認証(二要素認証)に関する画面(図5)が表示されるので、メール送信ボタンを押すことによりメールアドレスにBENTEN認証に関するメールが送信される。送られたメール内容に従ってBENTEN利用の承認手続きを進めることで本データベースを利用できるようになる。

 

図3 BL14B2 XAFS標準試料データベースWebサイト。

 

図4 メールアドレスでのログイン画面。

 

図5 メールアドレス認証(二要素認証)に関する画面。

 

 

 本データベースに登録されている標準試料はいずれも市販品で、純度や組成などの情報が入手可能な試薬を用いている。これまでに36元素、720試料、1604スペクトルのXAFSスペクトルデータが収録されている(図6、2022年2月1日現在)。また、標準試料を測定する際に図7のような配置にて参照試料を同時に測定したスペクトルデータの登録を2022年1月より開始した。参照試料には大気中で安定な金属箔や酸化物を使用した。例えば、Pb端ではPb箔、Eu端ではEu2O3を参照試料として測定に用いている。これにより、参照試料のスペクトルを比較することで、各標準試料、測定日、測定施設などの違いに対するスペクトルのエネルギー軸のずれを補正することができる。ただし、一般的に測定日や測定施設の違いによってエネルギー分解能が異なるため、スペクトル形状に違いが生じる。
 本データベースは前述のように未知試料のXAFSスペクトルを解析する際の比較・参照データとして活用する以外に、XAFS測定の事前検討、他施設のデータとの比較に用いることができる。また、機械学習を含む情報処理技術を用いて材料開発を行うマテリアルズ・インフォマティクスへの活用が期待される。

 

図6 データベースに登録されている元素(2022年2月1日現在)。

 

図7 標準試料および参照試料、検出器の配置。

 

 

4. 反応性ガス供給排気装置および試料調製環境整備/BL14B2
 排ガス処理触媒などの環境触媒や有機合成反応に使われる工業触媒における反応過程をその場測定するためには、反応性ガスを安全に供給し、かつ環境基準を満たすように処理し蓄積リング棟外の大気中に排気する設備が必要である。BL14B2では反応性ガス雰囲気下におけるその場XAFS測定を行うための環境整備を行ってきた。
 反応性ガスを利用するための設備として反応性ガス供給排気装置(図8)を整備した[2][2] T. Honma et al.: AIP Conf. Proc. 1234 (2010) 13-16.。この装置は、可燃性ガスを爆発下限界濃度以下にするためのガス希釈処理装置、および毒性ガスを許容濃度以下に処理する除害装置を備え、水素、メタンなどの可燃性ガス、酸素などの支燃性ガスだけではなく、一酸化炭素、アンモニア、硫化水素、一酸化窒素などの毒性ガスも利用可能である。また、各種ガスを混合して流すためのガス混合装置、高温下で測定を行うためのin-situセル、反応後のガス成分を分析するためのガス分析装置なども整備している。ビームラインにおいて水素、酸素、一酸化炭素、一酸化窒素、窒素およびヘリウムガスボンベを所有しているので、これらのガスを利用したXAFS測定を行う場合、測定試料のみ持参するだけで反応性ガス雰囲気下その場XAFS測定が可能となっている。これら設備の詳細については、産業利用・産学連携推進室のホームページ(ガス供給排気装置関連)[9][9] ガス供給排気装置関連(https://support.spring8.or.jp/xafs/in-situ_02/gas_system.html)において紹介している。反応性ガス供給排気装置は、主な用途として装置の導入当初に予定していた排ガス処理触媒のみならず燃料電池の電極材料、二酸化炭素からメタノールを合成する触媒、脱石油化学を志向した有機合成触媒など、世界規模で重要な課題となっている環境・エネルギー問題を解決するための多様な技術の開発に利用されている。

 

図8 反応性ガス供給排気装置。

 

 

 また、ユーザーが触媒試料などの前処理や有機合成反応を行うにあたって化学薬品を使用する際、およびXAFS測定用試料の調製を行う際に、安全かつ効率的に操作が行えるようにするための設備をBL14B2測定準備室に整備した。その設備は、用途に応じて酸・アルカリ用と有機溶剤用の2基のヒュームフード、実験台、ステンレス製流し台、グローブボックスで構成される。ヒュームフードは、試料処理に用いる塩酸などの酸、水酸化ナトリウムなどのアルカリおよびトルエンなどの有機溶媒を内部で安全に使用し、ヒュームフード内のガスをスクラバーで処理後、蓄積リング棟外の大気中に安全に排気する機能を持つ。実験台およびステンレス製流し台は、安全かつ効率的にXAFSなど測定用試料の調製や試料調製に使用した乳鉢などの洗浄に使用する。グローブボックスは、Arなどの不活性ガス(99.999%以上)を還元銅触媒とモレキュラーシーブによって酸素および水分を除去精製しグローブボックス内を循環させることによって、グローブボックス内の酸素および水分値を1 ppm以下にする機能を有している。図9にBL14B2測定準備室内に設置されたグローブボックス、ヒュームフード、実験台の写真を示す。このような試料調製環境整備によって、これまでほとんど利用されたことがなかった金属錯体触媒の反応溶液中の構造解析が容易に実施できるようになっている。

 

図9 BL14B2測定準備室内に設置されたグローブボックス、ヒュームフードおよび実験台。

 

 

5. 硬X線光電子分光法(HAXPES)/BL46XU
 BL46XUにはScienta Omicron製のR4000L1-10 kVを光電子エネルギー分析器として備えるHAXPES装置が設置されている[10][10] S. Yasuno et al.: AIP Conf. Proc. 1741 (2016) 030020.。試料深部における非破壊結合状態分析の特徴を活かし、これまでに産業界を中心として二次電池、半導体、触媒、金属など広範な研究分野での利用が進んでいる。
 一方で、HAXPESは基礎的なデータや公表された測定事例が少なくデータの解釈(ケミカルシフト、組成定量)に必要なデータベースが確立されていない課題があり、更なる普及拡大の妨げとなっている。このため、我々はHAXPESの実用的な分析手法としての定着化とユーザーの利便性向上を目的としたデータベース開発に関する取り組みを行ってきた。これまでに、ケミカルシフトの参考となるスペクトルデータについて金属を中心とした32元素300スペクトル程度を収集し、2020年よりSPring-8実験データ転送システムBENTEN[5,6][5] T. Matsumoto et al.: AIP Conf. Proc. 2054 (2019) 060076.
[6] 実験データ転送システムBENTEN(https://benten.spring8.or.jp/)
を用いたWeb上でのデータ公開を開始している(図10)。その他、組成定量の際に必要となる相関感度係数について、Wagnerらが軟X線光電子分光法で提唱している化合物を使った相対感度係数の評価方法[11][11] C. D. Wagner et al.: Surf. Interface Anal. 3 (1981) 211-225をもとにした検討を行ってきた。具体的にはO 1sを基準にした実測の相対感度係数(O 1sピーク強度に対する各元素の内核励起ピーク強度)の結合エネルギー依存性を評価し、光イオン化断面積と光電子の非弾性平均自由行程の理論計算値から見積もった相対感度係数との比較から同手法の妥当性を実証した。図11には、励起エネルギー7.94 keVで測定した2p3/2ピークの実測値と理論計算値の相対感度係数を比較した結果を示す。おおむね傾向の良い一致が見られており、O 1sを使った取得方法の適用が妥当であることが示されている。その後、励起エネルギー依存性および内核励起ピーク依存性の検討を進め、これまでに各元素の1s、2p、3d、4f軌道における各励起X線エネルギー(5.95、7.94、9.92 keV)の相対感度係数のテーブルデータを公開し、ユーザーでの利用も進んでいる[12,13][12] S. Yasuno et al.: Surf. Interface Anal. 50 (2018) 1191-1194.
[13] S. Yasuno et al.: Surf. Interface Anal. 52 (2020) 869-874.

 

図10 HAXPESスペクトルデータベースの例。

 

図11 各元素の2p3/2ピークにおける相対感度係数の実測値と理論計算値の比較結果。

 

 その他、多層膜構造など実際のデバイスに近い構造におけるバンドアライメントの定量的評価を可能とすることを目的として、HAXPES装置をベースにバンドギャップ光励起による表面光起電力(SPV; Surface photo-voltage)を応用した電子状態評価技術を開発した[14][14] 安野聡:SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2021) 22-28.。図12に本装置の外観写真を示す。SiやSiCの多層構造における半導体デバイスのバンドアライメントの評価の他、波長依存性を応用したバンドギャップ評価、光が誘起する材料の劣化現象などを観測することに成功した。本評価技術が半導体材料の評価に限定されず、光が関係する広範な材料、現象へ応用展開できることを見出した。

 

図12 BL46XUに設置されるバンドギャップ光励起HAXPES装置。

 

 

6. 今後の展開
 現在SPring-8ではビームライン再編、利用制度改革が進められている。XAFSではBL01B1とBL14B2、HAXPESではBL09XUとBL46XUの一体運用が検討されている。BL14B2(XAFS)とBL46XU(HAXPES)において、課題申請における審査分野がこれまでは産業利用のみであったが、産業利用以外の分野からの申請が、2022A期からBL46XUで可能となっている。また、2022B期からBL14B2においても可能となる。今後の計画として、BL14B2ではXAFS分析の更なる高能率化を目指し、試料調製、反応性ガス供給排気装置などの自動化を軸とした技術開発を予定している。BL46XUでは近年の共用HAXPES全体における高い競争率の緩和を目指した自動計測HAXPES装置によるハイスループット化と環境制御HAXPES装置による非真空下測定技術の2つの技術開発を軸としたビームラインの改造を予定している。

 

 

 

参考文献
[1] K. Osaka et al.: AIP Conf. Proc. 1741 (2016) 030003.
[2] T. Honma et al.: AIP Conf. Proc. 1234 (2010) 13-16.
[3] T. Honma et al.: SPring-8SACLA Annual Report FY2009 (2010) 60-62.
[4] T. Honma et al.: SPring-8SACLA Annual Report FY2010 (2011) 62-64.
[5] T. Matsumoto et al.: AIP Conf. Proc. 2054 (2019) 060076.
[6] 実験データ転送システムBENTEN(https://benten.spring8.or.jp/
[7] BL14B2 XAFS標準試料データベース[BENTEN版](http://support.spring8.or.jp/xafs/standardDB_02/standardDB.html
[8] BENTEN Guest Login(https://benten.spring8.or.jp/guest_login/
[9] ガス供給排気装置関連(https://support.spring8.or.jp/xafs/in-situ_02/gas_system.html
[10] S. Yasuno et al.: AIP Conf. Proc. 1741 (2016) 030020.
[11] C. D. Wagner et al.: Surf. Interface Anal. 3 (1981) 211-225
[12] S. Yasuno et al.: Surf. Interface Anal. 50 (2018) 1191-1194.
[13] S. Yasuno et al.: Surf. Interface Anal. 52 (2020) 869-874.
[14] 安野聡:SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2021) 22-28.

 

 

 

本間 徹生 HONMA Tetsuo
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0924
e-mail : honma@spring8.or.jp

 

渡辺 剛 WATANABE Takeshi
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放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室
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大渕 博宣 OFUCHI Hironori
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安野 聡 YASUNO Satoshi
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放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室
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