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Volume 27, No.2 Pages 91 - 97

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告
高エネルギーX線2次元検出器を用いた高度物質構造科学研究
Materials Science Using High Energy X-Ray and Two Dimensional Detector

西堀 英治 NISHIBORI Eiji[1]、黒岩 芳弘 KUROIWA Yoshihiro[2]、Bo IVERSEN[3]、Jacob OVERGAARD[3]

[1]筑波大学 数理物質系 Faculty of Pure and Applied Sciences, University of Tsukuba、[2]広島大学 大学院先進理工系科学研究科 Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University、[3]オーフス大学 化学科 Department of Chemistry, Aarhus University

Abstract
 本長期利用課題は、これまでにパートナーユーザー(PU)としてSPring-8 BL02B1で単結晶構造解析、時分割実験、高圧実験を進めてきた研究グループが、2018年度から納入されたCdTe-PILATUS検出器と大型湾曲IPカメラの両者を効率的に利用し、構造研究の成果を上げつつ利用方法を各方面で高度化することを目的とした。利用研究としては、精密電子密度計測、時分割測定、高圧構造物性研究に加えて3次元差分二体分布関数測定を行うこととした。期間中、Heガスの供給に関する問題とコロナ禍により当初の計画とはかなり異なった形での課題実施となったが、得られた成果を中心に述べる。
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SPring-8

 

1. はじめに
 本長期利用課題は、これまでにパートナーユーザー(PU)としてSPring-8 BL02B1で単結晶構造解析、時分割実験、高圧実験を進めてきた研究グループが、2018年度から納入されたCdTe-PILATUS検出器と大型湾曲IPカメラの両者を効率的に利用し、構造研究の成果を上げつつ利用方法を各方面で高度化することを目的とした。APS、PETRA-IIIでの当該検出器の利用経験を有するデンマーク・オーフス大学のグループから海外での利用状況の情報も取り入れつつ高度利用を目指した。BL02B1での2次元検出器を利用した高エネルギー利用実験として、これまでPUで進めてきた、精密電子密度計測、時分割測定、高圧構造物性研究に加えて3次元差分二体分布関数(3DΔPDF)測定を行うことを目指した。後述するように、コロナ禍など当初は全く想定しなかった要因により当初の計画とは全く異なる形で課題を実施せざるを得なかった部分がある。ここでは、成果の中で、CdTe-PILATUS検出器を利用した電子密度解析のための測定・解析法の研究、時分割に向けた電場印可構造解析、3DΔPDFの利用研究について紹介する。これら以外にも、環境にやさしい元素からなる熱電変換材料の低温超格子構造[1][1] V. R. Hathwar, A. Nakamura, H. Kasai, K. Suekuni, H. I. Tanaka, T. Takabatake, B. B. Iversen and E. Nishibori: Crystal Growth & Design 19 (2019) 3979-3988.の成果も得られているが、この成果については、引用文献として示すにとどめる。

 

 

2. CdTe-PILATUS検出器の性能評価と電子密度解析におけるその効果的利用法
 本課題で最も重要で優先度が高かったのは、BL02B1に2018年に設置されたCdTe-PILATUS検出器の性能評価と利用法の確立である。Dectris社製のCdTeセンサーを使用した検出器は、世界的に見ても、課題が始まった当初は新しいものであった。この検出器は各素子がフォトンカウンティングを可能にし、ノイズフリーであることが特徴である。しかしながら、我々のグループメンバーの海外の他施設およびSPring-8での本課題までの研究では、精密な電子密度解析を行うことはできていなかった。このため、この検出器の性能を正確に把握することは重要な課題であった。
 ちょうど本課題が開始された2019年7月にドイツのゲッチンゲンで行われた第1回のInternational Charge Density Meeting(ICDM2019)に、筆者とオーフス大学のメンバー複数名が参加し、その時点での状況を報告した。この会議にDectris社の研究者がCdTe-PILATUS紹介の発表のために参加していたため、極めて活発な議論が会場で行われた。Dectris社側としても我々の利用状況を正確に把握し、問題があるならその問題を詳しく知りたいとのことであった。最終的には、本課題にDectris社の研究者をメンバーとして加え、SPring-8での実験に参加してもらった。その際の写真を図1に示す。2020年1月のマシンタイムである。この時点でDectris社の最新のCdTe検出器Eigerを持ち込み、我々が感じていた問題点が最新の検出器で解決可能かも含めて実験が行われた。なおこの後、持ち込まれたEiger検出器は、SPring-8の複数のビームラインで試行利用された。全く想定していなかったが本課題でSPring-8の複数のビームラインに最新検出器を試す機会を提供したことになった。

 

図1 2020年1月にCdTe-Eiger検出器とともにSPring-8を訪れたDectris社の研究者

 

 

 高分解能な電子密度分布を得るためには、強度が非常に強い反射から非常に弱い反射までの全てのBragg反射の高い精度と確度を持った強度測定が不可欠となる。これを達成するために、以下の2点について検証した。1)測定可能な光の量に制限があるのか?あるとすれば上限はどこか?、2)非常に弱い強度の反射をどう測定するか?
 1)は、検出器のダイナミックレンジに関連する。カタログによる性能は100万photon毎秒まで線形の観測が可能で、それを超えても補正により計測が可能と記されている。実際のデータを使って単結晶X線回折データで検証したところ、線形領域を超えた強度の補正を行うことは現実的に不可能なことが分かった。理由は、単結晶X線回折の場合、回折は限られた角度範囲で瞬間的に起こるためである。これは、積分型検出器であるCCD検出器では後から係数をかけた補正が可能なこととは対照的である。これは、電気信号が起こってからどの時点でカウントに変換されるかに関係している。
 例えば、非常に強い強度が0.5°の幅で現れる場合を考える。この範囲を0.2°ごとのステップで測定したとする。この領域内で瞬間的に検出器のピクセルに入る光の量は非常に大きくなる。検出器内では1枚のフレームにおいてピクセル当たりの平均強度を用いた補正が行われる。大強度の入った時間が瞬間的な場合、この補正によって強度は著しく低い値に補正される。このことにより、強度の強い反射の強度は極端に弱められる。この様子を図2に示す。入射X線強度を12%に弱めた場合と100%の場合の強度の比率を示している。緑の枠内の部分を見ると分かるように、入射X線を12%に弱めた場合の回折強度が、100%の場合より強度が強くなるに従い強くなっている。強度が増加するに伴いその強度の減衰は消衰効果が起こったようになる。これを避けるために、0.01°ステップ、0.01秒以下の露光時間での強い強度の反射の測定などを試みたが、完全に排除する方法はないというのが結論である。

 

図2 入射X線強度を12%に弱めた場合と100%の場合の強度の比率

 

 

 結局のところ、この問題の解決法はアッテネータを用いて入射X線強度を下げることになる。Dectris社の研究者のアドバイスもありステップを細かくして大量のフレームに分割する方法も試みたが、データ転送や試料の回転速度の精度など他の技術的な問題が生じ現実的ではないことが分かった。
 2)の問題については、一般的なソフトウェアに搭載される積分強度の抽出のアルゴリズムを複数検証した。問題となるのはバックグラウンドの取り扱いである。大強度の問題から典型的な測定は0.1°ステップの1秒以下の露光時間のため、バックグラウンドのカウントは非常に低く0であることもしばしば見られる。Box sumやProfile Fittingに基づく最適平面決定など複数のアルゴリズムを検討した結果、1982年にHowardにより提案された複数のフレームの平均を用いるrecurrence methodが最適であることが分かった。この方法は、複数のフレームを使うため係数統計に有意性がある。この方法では、Profile Fittingに基づく最適平面決定が弱い反射の強度を過小評価する欠点を補正できることが分かった。
 以上述べてきたように、強い強度、弱い強度の反射両者を適切に取り扱って電子密度分布解析での性能をイメージングプレートデータと比較した。図3にその結果を示す。赤がマイナス、青がプラスの多極子モデルからの残差を示している。単純な分子性物質であり、ほぼ多極子モデルからの差分がゼロになることが期待される物質である。CdTe-PILATUSのデータはほぼ残差が見られず、IP検出器以上の電子密度解析の性能を示していることが分かる。以上のように、CdTe-PILATUSの電子密度計測での利用法を確立した。なお、この成果については原著論文として発表し、論文登録済みである[2][2] L. Krause, K. Tolborg, T. B. E. Grønbech, K. Sugimoto, B. B. Iversen and J. Overgaard: Journal of Applied Crystallography 53 (2020) 635-649.

 

図3 (a) IP、および、(b) CdTe-PILATUSで求めたルブレンの残差電子密度

 

 

3. ペロブスカイト型誘電体材料の電場印加下での構造計測
 ペロブスカイト型強誘電体(ABO3)について、プロトタイプ構造(立方晶)に静電場を印加した場合、Aサイトに鉛を含む場合と含まない場合で原子変位パターンにソフトモード由来の異なる特徴的なパターンが現れることを見出した[3][3] S. Kim, S. Noda, T. Abe, Y. Yokoi, Y. Nakahira, C. Moriyoshi and Y. Kuroiwa: Japanese Journal of Applied Physics 59 (2020) SPPA05.。また、新規に合成した擬立方晶非鉛材料が優れた強誘電性・圧電性を示す仕組みを明らかにした[4][4] Y. Kuroiwa, S. Kim, I. Fujii, S. Ueno, Y. Nakahira, C. Moriyoshi, Y. Sato and S. Wada: Communications Materials 1 (2020) 71.。ここでは鉛イオンの有無によるペロブスカイト型酸化物の立方晶での電場誘起構造について紹介する。
 BaTiO3(BT)と、Pb(Mg1/3Nb2/3)-30%PbTiO3(PMN-PT)のプロトタイプ構造(立方晶)において、結晶軸方向に電場を印加した状態で単結晶構造解析を行った(図4)。電場誘起相転移しない温度・電場範囲で実験を行った。ともに、電歪効果により誘起構造(正方晶)に変化した。一般に、誘電体結晶に電場を印加すると、陽イオンは負電極側に、陰イオンは正電極側にわずかに変位し、イオン分極を生じる。BTの場合、この予想通りのイオン変位パターンが観測された。しかし、PMN-PTでは、Bサイトの陽イオンと酸素イオンが同じ方向に変位した。PMN-PTで観測された特異なイオン変位パターンは、Pb-O間の共有結合形成により、酸素八面体全体が電場とは逆向きに変位するためである。鉛を含む材料に優れた強誘電性・圧電性を示すものが多いのは、鉛2価イオンと酸素イオンが共有結合を形成するためであり、鉛イオンの元来の特異な電子状態に起因することを明らかにした。

 

図4 BTとPMN-0.3PTの電子密度分布と結晶構造

 

 

4. 3DΔPDFによるPbTeの局所構造
 PILATUS検出器と50 KeVのX線を使って、質の高いPbTeの散漫散乱を測定し、フォノンのソフト化と局所双極子について解析した[5][5] K. A. U. Holm, N. Roth, C. M. Zeuthen, K. Tolborg, A. A. Feidenhans'l and B. B. Iversen: Physical Review B 102 (2020) 024112.。PbTeは単純なNaCl型構造を持つ有名な熱電変換材料であるが、その構造から予測されるよりはるかに低い熱伝導度を持つ。PbTeの散漫散乱を30−622 Kの広い温度範囲でこれまでにない質の高いデータ測定を行い、光学フォノンのソフトモードと局所双極子形成を温度の関数として解析した。図5(a)の左半分に例として室温で測定した散漫散乱データのHK0面を示す。強い散漫散乱の線が観測されている。これは面内の原子の動きの強い相関を意味する。強い線の間に逆位相の変位を示す2次の弱い線も観測されている。原子の動きの相関はYellソフトウェアを用いて解析された。解析結果のモデルによる散漫散乱が図5(a)の右半分に示されている。

 

図5 (a) 室温のPbTeのHK0面の散漫散乱の測定(左)、計算値(右)、(b) PdTeの3DΔPDFの測定値、温度の違いを図の上下、左右で示している。

 

 

 図5(b)は、測定した散漫散乱のフーリエ変換により求めた3次元の差分二体相関関数(3DΔPDF)の温度変化を示す。これは、平均結晶構造から局所構造の差分を示す。それは、動きの相関を直接含んでいる。
 モデル計算によるデータへの当てはめは変位相関パラメータのデータからの抽出を可能にする。結晶軸に沿った縦方向の変位の相関を図6に示す。相関はスムーズに減少せず、階段状の減少を示す。これは、強い逆位相の変位によるゾーンセンターの光学フォノンのソフト化を示す。このような逆位相変位は奇数次の近接原子間で負、偶数次の近接原子間で正の相関を与え、その結果が階段状の減衰となる。もし、ソフト光学モードがなければ、スムーズな減衰が予測され、それは、同じ構造を持つKClの結果で図6の左側に示されている。

 

図6 KClとPbTeの相関パラメータ

 

 

 同位相と逆位相変位の相対比の温度変化を見るために、相関の第一近接、第二近接の比を図7の左に示す。比が小さいとき逆位相の比率が同位相より大きい。図のように、比率は低温で低い。これは光学フォノンのソフト化の直接の兆しである。局所双極子の絶対量を調べるために、逆位相変位の絶対量を見積もった。図7の右に動的双極子の量を示す。過去の報告にあるように、動的双極子は温度に伴い増加していることが分かる。

 

図7 逆位相変位の相関(左)と、動的双極子形成(右)

 

 

 30−622 Kの広い温度範囲で測定された極めて高品質なデータは、PbTeの低温における光学フォノンモードのソフト化と、高温における局所双極子形成を明らかにした。これは同じ結晶構造を持ち逆位相相関が顕著に見られなかったKClと対照的である。PbTeにおける強い逆位相相関と光学モードのソフト化の相関は、Pbの不対電子と関連付けられ得る。
 これらの結果は、BL02B1の新しいPILATUS検出器は3次元の完全な散漫散乱を非常に高い精度で測定でき、それは3DΔPDFに十分利用可能であることを示している。他の3DΔPDFの研究と比較して、BL02B1のデータの質は十分に高い。これは、50 KeVの安定したX線と2θ軸に取り付けられたPILATUS検出器が広い範囲の散乱ベクトル空間をカバーできることによると考えられる。

 

 

5. マキシマムエントロピー法による電子密度解析と3DΔPDFによるInTeの1次元ディスオーダー構造の発見
 同様の3DΔPDFと検出器の効率的利用法を用いた研究としてInTeの研究[6][6] J. Zhang, N. Roth, K. Tolborg, S. Takahashi, L. Song, M. Bondesgaard, E. Nishibori and B. B. Iversen: Nature Communications 12 (2021) 6709.について述べる。この研究は、後述する筑波大学-オーフス大学のコロナ禍の状況でのDXなどを駆使した共同研究によって得られたものである。
 原子が無秩序に配列したディスオーダー構造や欠陥は通常、電子やフォノンなど準粒子の散乱の中心として働き、物質の輸送特性に影響を及ぼす。ディスオーダー構造は特にフォノンを散乱し、低い熱伝導率を生じさせることから、遮熱コーティングや熱電(TE)エネルギー変換などの研究にとって重要である。熱を電気に直接変換する熱電技術においては、熱伝導率を減らすことが、性能指数zT = α2σT/κ(αはSeebeck計数、σは電気伝導率、Tは絶対温度、κは熱伝導率)を向上させるための基本的な戦略となっている。一般に、ディスオーダー構造が見られるのは、構成元素が多い複雑な結晶構造の場合が多く、単純な結晶構造ではほとんど見られていなかった。
 最近、SnSe、Tl3VSe4、BaTiSなど多くの単純な結晶構造を持つ無機結晶固体がアモルファスやガラス極限に近いかそれよりも低い、非常に低い熱伝導率を示すことが発見され、注目を集めている。また、最新の理論は、ディスオーダーを考慮することで、こうした低くて温度依存性が弱い熱伝導をモデル化することに成功した。しかし、単純な結晶固体のディスオーダー構造を実験で測定することは難しく、ディスオーダー構造を有する証拠の報告はほとんどなかった。
 本研究では、構造が単純なTlSe型の熱電変換材料InTeにおける構造ディスオーダーを調べるために、BL02B1で測定した温度変化単結晶X線回折データをマキシマムエントロピー法と3DΔPDFにより解析した。
 解析の結果から、図8に示すようにInが占めるサイトの一部が欠損していることを発見した。また、一部が欠損したInサイトの周りに2つのInが部分占有するサイトが観測され、これらのInサイトが結晶のc軸に沿った1次元的なディスオーダーをしたInの鎖を形成することが分かった。

 

図8 観測されたディスオーダー構造。マゼンタの半円とともに示されている球は占有率約90%のサイト、その上下の小さい白色の球は占有率約2%のサイトを示す。

 

 

 この1次元構造の温度による変化を調べたところ、高温では、ディスオーダーサイトを占めていたIn原子が結晶内を拡散する静的-動的転移を起こし、結晶構造のc軸が動的になったInの拡散経路となることが観測された。第一原理分子動力学シミュレーションから、この拡散経路の形成は、c軸に沿ってIn1+イオンが移動しても物質全体のエネルギー変化が小さいことに起因することも分かった。
 更に理論計算による考察から、発見されたディスオーダー構造の1次元鎖と静的-動的相転移は他の多くのTlSe型化合物の一般的な特徴であることが分かった。また、3DΔPDFによる単結晶散漫X線散乱の解析から、静的-動的転移は、鎖の中で原子が規則正しく配列している割合と関係することも解明された。
 これまでの研究で実験証拠なしに広く言及されていたディスオーダー構造が、本研究により実験的に観測された。このことは、多くの単純な構造で低い熱伝導度を持つ熱電変換材料を理解するための証拠を提供し、TlSe型熱電変換材料の理論モデルの開発に重要な貢献をすると考えられる。SPring-8を用いた高精度な単結晶X線回折データの電子密度解析、散漫散乱解析による研究は、実験的証拠がなかったディスオーダー構造を検出し、物質特性の本質的な理解に貢献していくことが期待される。

 

 

6. おわりに
 本課題の実施中には、コロナウイルス感染症対策に伴うユーザー利用の停止など、課題申請・採択時に予想されていなかった状況への対応を強いられた。本課題では、それらにできる限り対応し、課題の実施に影響が出ないように努めた。大きな案件は、2019年3月に担当者よりアナウンスされたヘリウム(He)ガスの規制に伴う、70 K以下の低温実験の中止と、2020年4月から6月末のコロナウイルス感染症対策に伴うユーザー利用の停止、2020年4月から現在(2021年6月)まで続いている外国人ユーザーの入国制限である。本課題では、主に、代表者のグループが中心となり上述した状況にできる限り柔軟に対応してきた。その対応策を中心に経緯についてここで述べる。
 採択された2019Aの課題開始直前の2019年3月、ビームライン担当者からヘリウム吹付低温実験の中止に関する連絡が届いた。本課題の中で電子密度観測の研究は、原則25 Kでのデータ測定を計画しており、研究実施を阻止されかねない重大な影響が懸念された。その後の調査で、Heガスは日本国内の地区ごとに確保分が設定されており、代表者が所属するつくば地区で確保できれば、それを購入してSPring-8に送れることが分かった。2021年まで4回にわたり、のべ約30本のHeガスボンベをSPring-8に送り、2020年1月以降は25 Kの低温実験をほぼ予定通りに進めることができた。この体制の継続は現在も続いており、電子密度観測の研究ができる体制を整えている。
 2020年4月から現在(2021年6月)まで続いている外国人ユーザーの入国制限への対応は、すぐに代表者がオーフス大学のグループと協議し、当面の間は、オーフス大学から筑波大学にサンプルを送り、筑波大学グループで代わりに測定することで対応した。最初は、1期のみの予定であったが、結局1年以上の期間、この体制を継続した。税関での確認による試料受領の遅れなどを避け、マシンタイムを効果的に利用するための手順を筑波大学とオーフス大学の両者で構築した。この期間にオーフス大学で構築が進められていた、CdTe-PILATUS測定最適化用ソフトウェアの筑波大学への提供や3DΔPDF測定の方法や検討事項が筑波大学グループに伝えられ、筑波大学グループの実験技術の向上と、筑波大学グループにおける散漫散乱の新しいテーマの発案へとつながった。

 

 

 

参考文献
[1] V. R. Hathwar, A. Nakamura, H. Kasai, K. Suekuni, H. I. Tanaka, T. Takabatake, B. B. Iversen and E. Nishibori: Crystal Growth & Design 19 (2019) 3979-3988.
[2] L. Krause, K. Tolborg, T. B. E. Grønbech, K. Sugimoto, B. B. Iversen and J. Overgaard: Journal of Applied Crystallography 53 (2020) 635-649.
[3] S. Kim, S. Noda, T. Abe, Y. Yokoi, Y. Nakahira, C. Moriyoshi and Y. Kuroiwa: Japanese Journal of Applied Physics 59 (2020) SPPA05.
[4] Y. Kuroiwa, S. Kim, I. Fujii, S. Ueno, Y. Nakahira, C. Moriyoshi, Y. Sato and S. Wada: Communications Materials 1 (2020) 71.
[5] K. A. U. Holm, N. Roth, C. M. Zeuthen, K. Tolborg, A. A. Feidenhans'l and B. B. Iversen: Physical Review B 102 (2020) 024112.
[6] J. Zhang, N. Roth, K. Tolborg, S. Takahashi, L. Song, M. Bondesgaard, E. Nishibori and B. B. Iversen: Nature Communications 12 (2021) 6709.

 

 

 

西堀 英治 NISHIBORI Eiji
筑波大学 数理物質系
〒305-8571 茨城県つくば市天王台1-1-1
TEL : 029-853-6118
e-mail : nishibori.eiji.ga@u.tsukuba.ac.jp

 

黒岩 芳弘 KUROIWA Yoshihiro
広島大学 大学院先進理工系科学研究科
〒739-8526 広島県東広島市鏡山一丁目3番1号
TEL : 082-424-7397
e-mail : kuroiwa@hiroshima-u.ac.jp

 

Bo IVERSEN
Department of Chemistry, Aarhus University
Langelandsgade 140, 8000 Aarhus C, Denmark
TEL : +4527782887
e-mail : bo@chem.au.dk

 

Jacob OVERGAARD
Department of Chemistry, Aarhus University
Langelandsgade 140, 8000 Aarhus C, Denmark
TEL : +4525881826
e-mail : jacobo@chem.au.dk

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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