Volume 27, No.1 Pages 15 - 19
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第62回高圧討論会
Report on the 62nd High Pressure Conference of Japan
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. 高圧討論会、現地開催に至る経緯
日本高圧力学会が主催する第62回高圧討論会が、2021年10月18日(月)~20日(水)に兵庫県姫路市の「アクリエひめじ」を会場とする現地対面形式にて開催された[1][1] https://highpressure.jp/new/62forum/。筆者は実行委員長として本討論会を運営する立場であったが、本稿を研究会報告として掲載させていただく。
2020年初頭以来、新型コロナウイルス感染症については何度も感染拡大ピークや変異株の発生を繰り返し、2年余りを経過した現在においても、収束に向けて未だ見通しを立てることが困難な状況にある。当初は人々の間の接触を絶つ以外に対策を見出せない状況で、学会関連は中止、またはオンライン開催に追い込まれてきた。遠隔での間接的体験のみが続く状況は、特に研究者を志す若い世代や学生への悪影響は甚大であったかと想像される。実行委員会としては、以前のような対面形式の学会・討論会がこれを打開するための重要な転機になると考え、現地開催実現に向けて尽力してきた。
筆者が今回の高圧討論会の現地実行委員長に指名されたのは2019年秋である。新型コロナウイルスの影もない時期であり、よもやこういった難しい状況に陥るとは想像できなかった。2021年夏、当時最悪の第5波感染ピークが発生する一方、東京2020オリンピックが多大な制約を受けつつも無事開催され、感染防止対策指針がかなり明確となって何よりワクチン接種が急拡大して能動的対策・克服への道筋が見え始めた。現地実行委員会としては時間をかけて状況を慎重に見守ってきた中、ついに現地開催を決断するに至った。
昨年度は全面オンライン形式であったが、今回は現地対面講演をメインとして、オンライン機能を付属させるハイブリッド形式で開催された。総参加者321名のうち約7割の225名が現地参加を選択して会場に参集した。また、会場にはブースを設営して企業・団体の広告展示を行った。感染拡大防止策が施される中、静かな雰囲気ではあるものの熱心な議論が展開され、現地参加者には心なしか対面再会の喜びが感じられる討論会となった。講演総数は227件(口頭発表123件、ポスター発表104件)であった。特に当地ということで、SPring-8とSACLAの利用を主旨とするJASRI−SPRUC−高圧力学会の共同開催による3件のシンポジウムが併催された。
なお、懇親会については中止された。
図1 JR姫路駅中央口(北)に掲げられた案内板
2. 高圧討論会について
本高圧討論会を主催する日本高圧力学会は、高圧力の発生からその利用まで広範な研究対象を網羅し、高圧力を利用した物質合成を始めとする材料科学やそれらの機能・機構解明を行う物性物理学に加え、化学、地球惑星科学、生命科学、食品化学、衝撃圧縮科学等、超高圧力に関連するあらゆる学問分野での発展に寄与してきた。とりわけ近年、基礎科学的研究から“新物質合成”の応用研究への進展は目覚ましく、超高圧力に加えて超高温や極低温等の試料環境制御技術を駆使した超伝導物質、超硬材料、超耐熱材料等の合成と特性評価が進んでいる。
高圧討論会の参加者は、自身の研究対象に関連する学会(日本化学会、日本物理学会、応用物理学会、日本地球惑星連合、生命科学や食品関連等多数)に所属しながら、本討論会において高圧力をキーワードに、自身の専門性とは異なる観点から議論を行っている。高圧討論会は、圧力効果の観点から新奇物質合成や新機能探索を始め、材料や生命関連物質の構造物性や機能、そして圧力発生技術、圧力下物性測定技術についての議論や意見交換、問題解決に重きを置いているところに特色がある。また例年、本討論会における学生会員の参加者の割合は、30%強と若手の活躍が顕著であることも強調しておきたい。
本討論会の一般講演は、後述する7つの学術分野をパラレル4会場で口頭発表が行われる。口頭発表では、他の学会の一般的な講演時間よりも長い20分/件が配分され、十分な説明と深い議論への配慮がなされている。さらに異分野横断的で、より自由で時間制限の少ないポスター発表形態を設けることで、活発でキメ細かい議論を促す配慮もなされている。
3. オンサイト・オンライン併催
(1)会場と感染防止対策
本討論会においては、公益社団法人日本青年会議所が提案するカンファレンス開催ガイドラインに基づいて、対面での現地開催実現に必要な感染防止計画を策定した。事前に兵庫県新型コロナウイルス感染症対策本部に相談を行い、同感染防止対策が適切であり、ガイドラインを逸脱することがないとの判断をいただいた。HP上に今回の新型コロナウイルス感染予防対策を掲示して現地参加者への周知と徹底した協力を依頼し、可能な限り低リスクでの討論会実施に努めた。
現地会場「アクリエひめじ」では、参加人数の2倍以上の定員を想定した会場が確保された。HP上には、兵庫県新型コロナウイルス感染症対策本部への提出書類一覧、チェックリスト、事前相談票、会場レイアウトと各種対策等が掲載されているので、ご興味ある方はご参照いただきたい[2][2] https://highpressure.jp/new/62forum/covid19.html。
(2)口頭発表、対面とオンライン配信
今回の口頭発表は、定例通りに4会場でのパラレルセッション形式で行われた。「アクリエひめじ」会場には基本的にWi-Fi接続設備が整備されておらず、実行委員会側から4G回線を利用したポケット型Wi-Fiアクセスポイントと光回線を引き込んでブロードバンドルータに接続するアクセスポイントの、2系統の通信網をレンタルにより配備した。
ポケット型Wi-Fiは口頭発表や広告展示対応専用に、200端末が接続可能な光回線アクセスポイントはポスター発表用とした。いずれのWi-Fi設備も数百を超えるような端末の同時アクセスを抱えるには非力であり、ご自身の講演時以外での会場内Zoom接続利用はご遠慮いただいた。Zoomに関しては、300名まで参加できるミーティングをホスト可能なBusinessプランを10ライセンス契約し利用した。
各会場には音響用ウェブキャスティングミキサーと会場投影用スクリーンに接続されたホストPCが設営され、外部へのオンライン配信が行われた。同ミキサーには発表者と会場用のマイクが集結され、ホストPCと会場音響システムに音声が供給されていた。発表者は各自PCから同Zoomに参加し、画面共有しながら講演を行った。
発表者自身のPCはミュート状態として実際の音声はホストPCに接続するマイクから拾われた。すなわちオンライン上の参加者は、発表者PCからの講演資料を見ながらホストPCからの音声を聴講していたことになる。外付けカメラが接続されたPCが会場全体の様子をZoomに配信することで、オンライン上の聴衆は会場風景と雰囲気を感じることができるよう工夫されていた。現地参加の座長はご自身のPCで会場からZoom参加する形であった。
オンライン参加者からの口頭発表や質疑コメントは通常のZoom会議そのままであった。口頭発表は4G回線で賄われていたため、通信の品質に不安があったが、大方問題なく行われた。むしろスペックの低いPCにより発表が行われた際にトラブルが多かったように思われた。
図2 小ホールでの口頭発表風景
(3)現地ポスター発表とオンライン対応
昨年度の高圧討論会では、Zoomのブレイクアウトルーム機能(BORと略)を用いて、ポスター発表が行われたが、やはりポスター会場での幅広い議論の場を再現することは困難であり、今回は従来通りの対面でのポスター掲示・発表を敢行した。感染防止策として発表者聴講者を合わせてポスター前に集うのは3名以内とされたが、随分な盛況を呈しておりこれを守ることは難しそうであった。
事前に全発表者のポスターデータがDrop Boxに提出・集約され公開されており、Slackも併用して、発表者と参加者間で討論会以前・以降の議論や情報共有やコミュニケーションの機会を増やすことも配慮されていた。さらにオンライン参加者への対応として、昨年と同じく各発表者にBORを設定して質疑応答や議論可能なシステムが構築されていた。しかしながらやはり、現地参加の発表者は対面での説明・議論に集中しがちであり、BORに対応できた発表者は10名程度に限られ、それと同じくオンラインでのポスター講演聴講者も少なかった様子であった。
日本高圧力学会からは討論会において優秀なポスター発表をした学生会員に対して、現地及びオンライン参加の全登録者を対象とする投票の下、ポスター賞が学生発表者5名に授与された。今回は同賞にエントリーされた学生諸氏がアピールする機会として、まとめて2分間のショートプレゼンテーションのセッションが設けられていた。
図3 ポスター会場発表風景
(4)広告展示とオンライン接続
主に企業からの参加を期待する広告展示については、HPと参加登録者に公開されるWeb要旨集への掲載、及び現地会場での9社3団体が参加したブース設営による対面式応対が行われた。ブース展示を選択された企業・団体の皆様に対しては、Zoom-BORを設定してオンライン参加者との応対や各企業本社・支社との接続による複数懇談が可能な環境が整備されていた。
加えて各口頭発表会場において、休憩時間を利用したスライドループ上映による各社の宣伝も行われた。また、感染防止対策による展示アピール機会の制約に対して少しでも広告機会を確保するため、各社・団体ロゴを印刷したチラシと不織布マスクのセットが作成され現地参加者に配布されていた。
4. 分野別講演内容の紹介
(1)高圧装置・技術
最近の超高圧力環境下或いは低温や磁場等の複合環境下で、検出器系の発展に裏付けられた先端的技術要素を取り入れたその場物性計測の進展に関する報告が数多く見られた。圧力媒体や圧力スケールに対する継続的進展も報告された。
(2)固体物性
後述するシンポジウムの一つでもテーマとなった超高圧力下での水素と水素化合物に関する研究が大きな比重を占めた。数々の実験的アプローチの他、理論研究からの物性現象解釈や超伝導物質の探索等に関する進展が報告された。その他鉄系超伝導体、カルコゲナイト半導体系や層状錯体系等に関する伝導性・磁性の圧力応答等に関する研究報告が行われた。
(3)材料科学・固体反応
高圧プレスを用いた材料合成に加えて、高圧電気化学処理、超巨大歪み等の合成・プロセス研究の進展が報告されていた。また、ダイヤモンドアンビルセルを利用したレーザー加熱による新奇材料合成研究の目覚ましい増加が見られた。超硬材料や機能性材料、エネルギー材料、鉱物を対象とする研究報告が数多く行われた。
(4)流体物性・流体反応・溶液
高圧流体の構造解析・相転移や物性、反応機構や圧力応答等、学術的或いは工学的応用範囲の幅広い分野での研究報告が行われていた。報告数は少なかったが他分野・会場でも同テーマが展開されており、プログラム構成次第で大きな分野に発展していたはずである。
(5)生物・食品
タンパク質や脂質、酵素等に関する高圧下でのX線結晶構造解析や圧力応答解析等に関する数多くの研究報告が行われていた。実際の生体試料(心筋細胞)に対して超高圧研究が展開されたことにも注目が集まった。食品の高圧処理に関する研究も活発に議論され順調に推移していた。
(6)地球科学
高圧力条件下にある地殻から地球内核に至る幅広い空間領域での固体地球科学テーマに関して、それぞれ学術的・計測技術的に先端的で興味深い研究発表が展開されていた。個人的印象で申し訳ないが、SPring-8のような新しい施設の出現や学術変革研究等、多くの研究者が集い注力するテーマの出現が望まれる。
(7)衝撃圧縮
火薬銃や軽ガス銃による平面衝撃圧縮法を用いた合金やセラミックス材料の研究報告が行われた。一方、数年前までは手法開発が中心であったレーザー衝撃圧縮法の応用展開が目覚ましく、隕石衝突をテーマとする研究や新奇材料合成研究が報告された。特にこのテーマに関して集中的に議論を行うため、後述するシンポジウムが開催されていた。
(8)日本高圧力学会受賞講演、学会総会、若手の会
長年、衝撃圧縮技術及び計測手法開発と高圧研究に携わって来られた、熊本大学産業マテリアル研究所の真下茂教授に対して高圧力学会賞が授与された。討論会の2日目には真下教授による「衝撃圧縮を用いた弾−塑性転移、高圧相転移、状態方程式の研究」というタイトルで学会賞受賞講演があった。その他、功労賞とポスター賞の表彰式が行われた。総会においては執行部からの学会活動報告の他、会誌等の紙媒体廃止案が説明された。夕刻からの「若手の会」では前述のポスター賞受賞者からの5分間の“口頭発表”の他、海外からのオンライン発表を含めた“諸先輩”からのキャリア形成に関する講演があった。
5. 先端シンポジウムの併催
(1)第66回SPring-8先端利用技術WS/シンポ1
「高圧科学と水素」
10月18日(月)13時10分~19時10分まで開催され、多様な分野の水素関連先端研究に関する14件の講演が行われた。高圧下の水素関連研究の多くは放射光と中性子が利用されており、これら手法を利用した先端的な研究成果に関する講演が行われ、その有効性が改めて示された。
水素材料科学、惑星科学、核融合関係材料に関わる3名の招待講演者からは、それぞれ普段聴くことが少ない研究を紹介していただいた。物質中の水素の存在状態等に関する質疑により得られた知見は、今後の研究発展に寄与するものと期待される。
参加者はオンライン44名、現地約30名であった。
(2)第67回SPring-8先端利用技術WS/シンポ2
「パワーレーザー/XFEL利用研究の最新動向」
同19日(火)13時10分~16時50分まで開催され、SACLA及びEuropean XFELの関連ビームライン担当者やSACLA利用者によって、パワーレーザーとXFELを組み合わせた研究における最近の成果と各施設の将来計画に関する10件の講演が行われた。超高圧物性や衝突物理、天体衝突や系外惑星内部を再現する地球惑星科学応用と、XFEL利用の新しい診断技術の研究を交えた幅広い討論が行われた。
参加者はオンライン31名、現地約30名であった。
(3)第68回SPring-8先端利用技術WS/シンポ3
「放射光X線を用いた高圧科学の現在」
同20日(水)13時10分~16時50分まで開催され、SPring-8で高圧科学を推進する放射光ユーザーから最新の研究成果8件が講演された。また欧州放射光施設(ESRF-EBS)から2件、それぞれの高圧ビームライン責任者からの高度化の現状についてオンラインで講演された。高圧科学に放射光が不可欠であることを参加者間で再認識すると同時に、今後のレベルアップには高圧発生技術、放射光光源、計測技術の相互の発展が必要であることを示すシンポジウムとなった。
参加者はオンライン37名、現地約24名であった。
6. まとめと謝辞
今回の高圧討論会では、参加者の選択肢として対面とオンラインの併用の講演体制で実施されたが、結果的には現地参加者が7割程度を占める結果となった。やはり対面での学会活動が重要視され、その開催が期待されていることが実感された。一方、感染防止対策の面だけではなく、オンライン形式を併用させることは、環境や個人の都合によって現地での参加ができない方、遠方・海外からの参加希望の方々に対して、多くの利便性が叶えられたように思う。今後の討論会・学会のあり方として、今回のような併用開催は持続されるべき形態なのかも知れない。
高圧討論会開催に当たって、SPring-8サイト内スタッフで構成された現地実行委員、プログラム委員の皆様、日本高圧力学会幹事及び事務局の皆様、当日運営を支えていただいたアルバイト学生の皆さんとご対応くださった教官の皆様に感謝させていただく。JASRI利用推進部からの物的・人的支援なくして、本会は成立しなかったことも付け加えておく。実行委員長として、平時ではなかったオンライン発表併設準備と感染防止対策のため、各位の多大な労力とご負担に申し訳なく思う。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構の片山芳則氏にはプログラム委員長をお願いした。JASRIの肥後祐司氏は会計管理と姫路市コンベンションビューロー及びJASRI利用推進部との協力、平尾直久氏は現地会場設営全般、福井宏之氏と丹下慶範氏はオンライン環境構築発案と整備全般、河口沙織氏は広告及び感染防止対策、量研機構の町田晃彦氏は企業広告展示とシンポジウム幹事としてご尽力いただいた。
最後に「アクリエひめじ」会場設備管理をいただいた株式会社コンベンションリンケージ、本討論会運営を支援していただいた公益社団法人姫路観光コンベンションビューローの皆様にお礼を申し上げます。また、本討論会を助成いただいた公益財団法人村田学術振興財団に感謝いたします。
参考文献
[1] https://highpressure.jp/new/62forum/
[2] https://highpressure.jp/new/62forum/covid19.html
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0838
e-mail : ohishi@spring8.or.jp