Volume 27, No.1 Pages 6 - 10
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
希少な元素を使わずにアルミニウムと鉄で水素を蓄える
Hydrogen Storage by Earth-Abundant Aluminum and Iron
(国)量子科学技術研究開発機構 量子ビーム科学部門 Quantum Beam Science Research Directorate, National Institutes for Quantum Science and Technology
- Abstract
- エネルギー保障と地球温暖化の問題を同時に克服する切り札として水素エネルギーの利用が期待されているが、常温常圧で気体の水素は体積あたりのエネルギー密度が低いという課題があり、効率的な水素貯蔵技術の開発が求められている。筆者らは原子状固体で水素を蓄える水素吸蔵合金に着目し、従来の探索指針の枠を超えて高温高圧下での新規材料探索を進めてきた。最近、SPring-8の高輝度放射光X線を用いた高温高圧その場観察技術を使うことで、アルミニウムと鉄という低コスト金属の組み合わせからなる合金が水素化物を形成すること、および、得られた水素化物が熱力学的には水素を常圧付近でも吸蔵する可能性を有していることを見出したので報告する。
1. はじめに
水素は様々な一次エネルギーから変換可能であり、かつ、エネルギーを利用する際に二酸化炭素を排出しないという特長を有する。このためエネルギー保障と地球温暖化の問題を同時に克服する切り札となり得ると期待されている。一方で、水素は私達が生活している温度と圧力の条件では気体であるため、体積あたりのエネルギー密度が低い、すなわち嵩張るという問題がある。水素を効率良く蓄える方法の開発が水素利用社会実現に向けた課題の一つとなっている。
水素吸蔵合金は原子状水素を合金中に固体の状態で蓄えるため、体積水素密度が高いという特長がある。一方で、現在得られている水素吸蔵合金はレアメタルを含み合金自体も重いため、コスト高や重量水素密度が低いという課題も残されている。材料探索による課題解決が望まれる一方で、従来の水素吸蔵合金の探索指針“水素との親和性が高い金属と低い金属を組み合わせる”のもとでは、新規材料の実現が難しい状況であった。
筆者らは数万気圧の高圧水素の反応性が極めて高くなることを利用し、従来の水素吸蔵合金の探索指針に従わない、水素との親和性が低い金属のみから構成される合金の水素化物探索を進めている。最近、アルミニウム(Al)と鉄(Fe)という水素親和性が低い金属ながら、私達の身近に存在し低コストな金属から構成される合金が水素化物を形成することを見出した[1][1] H. Saitoh, T. Sato, M. Tanikami, K. Ikeda, A. Machida et al.: Mater. Des. 208 (2021) 109953.。さらに、得られた水素化物は常圧付近でも熱力学的に安定である可能性が示されたので、それらの結果について紹介する。
2. 実験
はじめに、高圧下で水素を吸蔵させる可能性を有するAl–Fe合金を常圧付近で作製した。AlとFeの小片をAl13Fe4の組成となるように秤量し、アーク炉を用いて溶解法により合金を作製した。得られた合金は実験室系の粉末X線回折装置と走査型電子顕微鏡エネルギー分散型X線分光装置により、既知のAl13Fe4合金であることを確認した。次に得られた合金のインゴットをめのう製の乳鉢と乳棒を使って粉砕し、粒径数十μm以下の合金粉末を作製した。得られた合金粉末を直径1 mm、高さ0.4 mmの円筒状に整形し、高温高圧実験の出発物質とした。高温高圧実験後の試料はSPring-8 BL22XUにおいて粉末X線回折測定を、J-PARC NOVAにおいて粉末中性子回折測定をそれぞれ行いリートベルト解析により構造精密化を行った。また、熱天秤-質量分析装置(TG-MS)を用いて加熱による水素放出プロファイルの測定を行った。
Al13Fe4合金の高温高圧水素化実験には、キュービック型マルチアンビルプレスと呼ばれる高温高圧発生装置を用いた。装置の外観の写真を図1に示す。この装置は180トンの荷重を発生可能な油圧シリンダー、および、2個の金属金型、4個のくさび形のサイドブロック、6個のピラミッド形状のピストンから構成される。金属金型は45°の斜面を4個有しており、この斜面にサイドブロックをセットして、上から金型で圧縮する。サイドブロックの先端には上述ピストンが取り付けられており、くさびの動きにより4個のピストンが同期して装置の中心位置に向かって進行する。また、上下の金型にもピストンが取り付けられているため、最終的には6個のピストンが直交する3軸の方向から中心に向かって同期して進行する。このとき立方体の中心に穴を空けて試料をセットしたもの(以降、高圧セルと呼ぶ)を装置の中心位置にセットしておくと、立方体の6つの面がピストンで圧縮され、高圧セル中心の試料位置に超高圧を発生させることが可能となる。高圧セルの一辺の長さはピストンの長さの1.5倍程度に設定する。このようにすることでピストンによる加圧の際に、高圧セルの圧力媒体部分がピストンとピストンの隙間に挟み込まれ、ガスケットの役割を果たす。
図1 (a) 実験に用いた高温高圧発生装置の外観。(b) 金型の内部とサイドブロック。(c) 圧力発生の様子を表す模式図。
高圧セルの中には試料の他に加熱のためのヒーターや高温高圧下での水素化に必要な部材を組み込む必要がある。高圧セルの構成を示した模式図を図2に示す。立方体圧力媒体を圧縮するピストンは金属であるため、上下のピストンと高圧セル内の電極を通してヒーターに電流を流すことが可能である。ヒーターからのジュール熱により試料が加熱される。キュービック型マルチアンビルプレス自体の性能では2000°C以上の高温発生が可能であるが、金属水素化実験用のセルでは、使われるパーツの融点の制約から、おおよそ、10 GPa、1000°Cが圧力と温度の上限となる。
図2 高圧セルの構成を示す模式図。立方体形状の圧力媒体の一辺の長さが6 mmの時、試料はディスク形状で直径1.0 mm、高さ0.4 mmとなる。
ヒーターの内部には高温高圧下で水素を放出する内部水素源と水素を試料まわりに閉じ込めておくための水素封止カプセルがセットされる。高温高圧下での水素化実験で問題となるのが、水素をどのようにして試料位置に導入するか、および、散逸能が高い高温高圧水素をいかにして試料まわりに閉じ込めておくかである。これらの課題に対して1980年代に深井らは高温高圧下で水素を放出する水素化物を水素源として用い、NaClで作製したカプセルを水素封止に使用することで、高温高圧下での水素化実験を可能にした[2][2] Y. Fukai and N. Okuma: Jpn. J. Appl. Phys. 32 (1993) L1256.。この技術は高温高圧下での金属の水素化挙動の研究や新規水素化物の高温高圧合成に広く用いられており[3][3] 亀川厚則:高圧力の科学と技術 26 (2016) 225-231.、筆者らも同じ技術を利用して研究を行っている。
水素化のための工夫をもう少し詳しく説明する。本研究では内部水素源としてAlH3を使用している。この水素化物は熱力学的安定性が低いため、高圧をかけても到達可能な温度範囲で分解して水素を取り出すことができる(10 GPaにおいて650°C付近で分解)。加えて、水素放出反応がシンプルな一段の反応であるため、分解後に含まれている水素のほぼ全量が利用可能であること、および、水素放出後のアルミニウムがセル内に残存する酸素と反応して酸化アルミニウムを形成し、温度を下げても容易には逆反応が起きないため、内部水素源として非常に優れた特性を有していると言える。一方、合成には複雑なメタセシス反応を経なければならず、現在は市販されていないため、入手が困難というデメリットもある。最近ではアンモニアボレイン(NH3BH3)が使いやすい内部水素源として、国内外で利用されている。
水素封止カプセルはNaClで作製する。カプセルを直接圧縮成型するか、圧縮成型したブロックから切削加工により作製する。高温高圧の水素流体がなぜNaClのカプセルで封じ込められるのか、そのメカニズムは明らかになっていないが、48時間程度の高圧処理でも水素を封じ込められることを確認している。
水素封止カプセル中に内部水素源と試料のみをセットすると、水素放出後の内部水素源の残部と試料の意図しない反応が進行する可能性がある。これを防ぐために試料と内部水素源の間に窒化ホウ素(BN)で作製した薄いディスクを挿入する。高温高圧水素はBNを透過することができるが、その他の物質はBNを透過することができないため、試料と水素のみの反応が実現される。
試料の水素反応の様子は、SPring-8 BL14B1に設置された高温高圧粉末X線回折システムによりその場観察することができる。高輝度の放射光X線でも炭化タングステン製のピストンを透過させてX線回折測定を行うことはできない。上述のとおり、ピストンとピストンの隙間には圧力媒体が挟まれてガスケットの役割をしているので、このピストンとピストンの隙間にX線を照射し、試料にX線を当てて、反対側の隙間から出てくる回折X線を検出器で検出する。
X線回折は白色X線とエネルギー分解能を有するゲルマニウム半導体検出器を組み合わせたエネルギー分散法により測定する。通常のX線回折は単色のX線を入射光として、試料からの回折X線の強度と回折角の関係からブラッグの式を使って結晶構造の情報を得る。これに対し、エネルギー分散法では回折角を固定し、回折X線のエネルギーと強度の関係から結晶構造の情報を得る。エネルギー分散法は、回折角を固定して測定できるため、入射線側と回折線側の最低2点のX線透過パスがあればX線回折が測定可能となる。従って、高温高圧実験のような幾何学が大きく制限されている実験との相性が良い。
以上に説明したシステムを用いることで、高温高圧下での試料の水素化反応の様子を粉末X線回折法にてその場観察することが可能となる。これにより、試料が水素化する温度圧力条件を迅速に決定できるだけでなく、反応過程を調べたり、水素放出温度圧力条件を決定することで新規水素化物の熱力学的安定性を評価したりすることが可能となる。
3. 結果と考察
Al13Fe4合金を9 GPa、750°Cで水素化した時の放射光その場観察の結果を図3に示す。出発物質は室温での9 GPaまでの加圧では構造変化しなかった。9 GPaで加熱を開始すると600°C付近で内部水素源のAlH3から水素が放出され、それとほぼ同時にX線回折プロファイルの変化が観察された。750°Cに到達した後も変化は継続し、約5分経過後に出発物質からの回折線が消失した。ここで現れているピークは後で述べる新規水素化物であるAl3FeH4の単位格子で全て指数付けすることが可能で、9 GPa、750°Cの圧力温度条件でAl13Fe4合金が水素化できることが明らかになった。水素化した試料は9 GPaで温度を室温まで下げ、その後常圧まで減圧したところ、水素放出することなく常温常圧下に取り出すことが可能であった。
図3 Al13Fe4合金を9 GPa、750°Cで水素化した時の放射光その場観察結果。四角で示したピークはAl3FeH4からのブラッグピーク。
常温常圧下に取り出した試料を常圧下で加熱して水素が放出されるかを確認した。TG-MSによる水素放出プロファイルの測定を行ったところ、約150°Cから水素の放出が観察された。水素放出に伴う重量減少量から水素化物中の重量水素密度を算出したところ2.9 wt.%と算出された。この値は、典型的な吸蔵合金であるLaNi5やTiと同程度の値である。なお、水素放出温度が150°Cと若干高い値を示したが、これは熱力学的な分解温度ではなく、速度論的な影響を受けているものと考えられる。すなわち、適切な触媒などを用いると水素放出温度は下がる可能性が高い。
放射光その場観察により得られたAl3FeH4の生成反応の平衡曲線を図4に示す。この図から2点重要なことが分かる。1つ目は高圧で得られた分解温度の外挿から常圧付近での分解温度を予測すると室温付近となり、Al3FeH4は常温常圧近傍でも熱力学的に安定である可能性を有していることである。言い換えると、熱力学的にはAl3FeH4を得るために高圧は必ずしも必要ないということである。しかし、現実にはAl3FeH4を得るためには現時点で7 GPa以上の高圧が必要である。これは、Al合金表面に普遍的に存在する化学的に安定な自然酸化膜が、水素と合金内部の反応を阻害しているためと考えられる。酸化膜の影響を抑えることで水素化圧力の低減が可能になると期待できるため、現在研究を進めている最中である。
図4 Al3FeH4とAlH3の生成反応の平衡曲線。三角は放射光その場観察でAl3FeH4の分解が確認された温度圧力条件。
2つ目はAlとFeの組み合わせからなる水素化物であるにもかかわらず、Al、および、Fe単体の水素化物よりも高い熱力学的安定性を示していることである。Fe単体は数GPa領域で金属原子と水素原子のモル数の比(H/M)が1に近い水素化物を形成するが、それらは熱力学的に不安定で常温常圧下に回収することはできない。また。Al単体はAlH3という本研究で内部水素源として用いている水素化物を形成するが、内部水素源として用いていることからも明らかな通りAlH3が分解して水素を放出したのちにAl3FeH4が生成するため、Al3FeH4の熱力学的安定性は明らかにAlH3より増加している。従来の探索指針に基づく水素化物では構成元素単体の水素化物のちょうど中間的な熱力学的安定性が実現され、それゆえに水素放出温度などの調整が可能となっていた訳であるが、Al3FeH4は従来型の水素化物とは異なる安定化機構が働いている可能性がある。そこで、Al3FeH4の安定化機構を調べるために、水素位置も含めた結晶構造の決定を試みた。
リートベルト解析により水素位置も含めた結晶構造を決定するためには重水素(D)化物の合成が不可欠である。そこで内部水素源をアルミニウム重水素化物(AlD3)に置き換え、合成温度圧力条件の若干の再最適化を行うことでAl3FeD4を得た。得られた重水素化物についてSPring-8 BL22XUにおいて粉末X線回折を、J-PARC NOVAにおいて粉末中性子回折測定を行い、得られたデータについてリートベルト解析により構造精密化を行った。得られた結晶構造を図5に示す。
図5 Al3FeH4の結晶構造の模式図。Feのまわりに6個の水素サイトが存在し1/3の部分占有となっている。
Feまわりの重水素(標記の簡略化のため以下では単純に水素と記述)について見てみる。Feまわりには6個の水素サイトが存在し八面体を形成している。この形状とFe–H間の結合距離は、Mg2FeH6やLi4FeH6などの錯体水素化物中の[FeH6]4−錯イオンと類似していることが分かった。一方、錯体水素化物中のFeまわりの水素はそのサイトを完全に占有しているが、Al3FeH4中のFeまわりの水素サイトは占有率が1/3であった。また錯体水素化物中の錯イオンは正八面体であるのに対し、Al3FeH4中の水素サイト位置は正八面体から歪んでいる。ここで形成しているFe–Hの構造ユニットはLaMg2Niの水素化過程で現れる、水素錯体構成途中の中間体と類似したもの[4][4] T. Sato, K. Ikeda, M. Matsuo, K. Miwa, T. Otomo et al.: Int. J. Hydrogen Energy 42 (2017) 22449-22453.と考えている。
Feの価数状態や、実際にFeとH間に共有結合が形成されているのかの実験的な解明は、今後の課題となっている。放射光を利用した分光学的な手法で化学状態の解明を行い、Al3FeH4の安定化メカニズムについても明らかにしていきたいと考えている。
4. まとめ
本稿ではアルミニウムと鉄という、最も身近な金属2種を組み合わせた合金を使って水素を蓄えるという研究の成果を紹介した。本文中でも説明した通り、合金に水素を取り込ませるためには、現在は数万気圧以上の超高圧が必要であるが、材料が持つ性質からは、常圧付近で水素を取り込む可能性があると考えられ、より低い圧力での水素吸蔵を目指して研究開発を進めている最中である。新しい水素化物が実現しやすい高圧下で新材料を探して、有用な材料についてはより低い圧力での水素化を目指す、という方針で新しい水素貯蔵材料の実現を目指した研究を進めている。また、私達が研究している水素化物は、従来の水素科学の定石では「水素化物を形成しない」と考えられる物質群であり、その安定化機構も従来の水素化物の分類には該当しない、特殊なものとなっている。このようにして得られる水素化物の中には、従来知られていなかったような性質や機能性を有するものが含まれることも期待できる。水素吸蔵、および、新規機能性探索を目的としてアルミニウム合金を中心とした、難水素化金属合金の水素化物探索研究をさらに加速していきたいと考えている。その際に、高温高圧下での材料の結晶構造の変化をその場観察できる高温高圧放射光X線回折技術が非常に重要となる。
謝辞
本成果は、科研費新学術領域研究“ハイドロジェノミクス”(JP18H05513、JP18H05518)、東北大学金属材料研究所における共同研究(19K0049、20K0022、202012-RDKGE-0066)のもとで実施して得られたものです。放射光その場観察実験はSPring-8 BL14B1において実施されました(2016A3652、2018A3651、2018B3651、2019A3651、2019B3651、2020A3651)。
参考文献
[1] H. Saitoh, T. Sato, M. Tanikami, K. Ikeda, A. Machida et al.: Mater. Des. 208 (2021) 109953.
[2] Y. Fukai and N. Okuma: Jpn. J. Appl. Phys. 32 (1993) L1256.
[3] 亀川厚則:高圧力の科学と技術 26 (2016) 225-231.
[4] T. Sato, K. Ikeda, M. Matsuo, K. Miwa, T. Otomo et al.: Int. J. Hydrogen Energy 42 (2017) 22449-22453.
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