Volume 26, No.4 Pages 450 - 451
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
核共鳴散乱を利用した実験のBL35XU移転によるアップグレードとコミッショニング
Upgrade of Nuclear Resonant Scattering by the Move to BL35XU and its Commissioning
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室 Precision Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
核共鳴散乱を利用した共同利用実験はビームライン再構築の先陣を切って、2021年春にBL09XUからBL35XUに移転した。2021Aにはコミッショニングが行われ、2021Bからは共同利用を開始している。移転に伴い、フラックスの増強、幅広いエネルギー領域での集光、高分解能モノクロメータ出射エネルギーの安定化による実質的な分解能の向上、核種や測定手法の切替時間の短縮などのアップグレードが実現したのでここに報告する。
2. 光源・光学系
核共鳴散乱のほとんどすべての実験はシグナル強度が十分ではなく、試料への入射フラックスの増強はデータ精度の向上や測定条件・測定試料の増加に直結する。BL35XUの光源の最大の特徴は20 mmの短周期アンジュレータである。32 mmのSPring-8標準アンジュレータに比べて、57Feの14.4 keVを含め核共鳴散乱で利用される多くの核種のエネルギーにおいて、2倍以上の強度をもつ[1][1] Calculated by using SPECTRA (http://cheiron2014.spring8.or.jp/SPECTRA/SPECTRA%20Home.htm)。光学ハッチには液体窒素冷却のビームラインモノクロメータの下流に高分解能モノクロメータのための定盤、さらに下流には円筒面湾曲型ミラーが設置されている。定盤には核種やエネルギー分解能の迅速な切替が可能なように、6つのゴニオメータがモータ退避が可能な形で置かれている。現在、57Fe(3つの分解能)、151Eu、119Sn、161Dy用の高分解能モノクロメータおよび61Niや174Ybなどの高エネルギー核種用のSi220チャンネルカットが常設されている。また149Smの利用も可能である。表1に分光後に得られたPINフォトダイオードで測定されたフラックスを示す。ほとんどの分解能、核種で移転前に比べ2倍以上のフラックスが実現している。
表1 BL35XUで測定された各種高分解能モノクロメータ後のフラックスおよびBL09XUとの比較
Nuclei | Energy[keV] (Resolution) |
Flux [× 1010 ph/s] |
Factor [BL35/BL09] |
57Fe | 14.4(6 meV) | 16 | 2.1 |
14.4(3.5 meV) | 5.3 | 1.9 | |
14.4(2.5 meV) | 3.3 | 2.4 | |
14.4(0.8 meV) | 0.56 | 2.1 | |
151Eu | 21.5(1.2 meV) | 1.5 | 3.2 |
119Sn | 23.9(1.5 meV) | 0.38 | 3.4 |
61Ni | 67.4(~0.35 eV) | 7.4 | 2.3 |
Ptをコーティングした円筒面湾曲型ミラーにより幅広いエネルギーでの集光が可能となっている。161Dyの共鳴エネルギー25.7 keVまでは焦点距離3 m、実験ハッチ1の上流壁からは1.5 mの位置に集光され、約50 μmのビームサイズとなる。61Niなどの高エネルギー核種においては実験ハッチ2で集光ビームが得られる。
実験ハッチ1最下流には主にタンパク質の核共鳴非弾性散乱で利用される0.8 meVの分解能を持つ57Fe用モノクロメータが設置されている。高分解能モノクロメータからの出射エネルギーは光学素子の温度やメカニカルな微小回転に敏感であるため、実験ハッチ1および光学ハッチの高分解能モノクロメータ定盤は恒温の空気を送り出す空調機で精密空調されている。図1に実験ハッチ1の約半日の温度変化と0.8 meV高分解能モノクロメータからの出射エネルギーの変化を示すが、変動は±0.1 meVに収まっており、精度の高い測定が可能となっている。
図1 実験ハッチ1の温度とハッチ下流の高分解能モノクロメータからの出射エネルギーの時間変化
3. 核共鳴散乱を利用した各種分光装置
BL35XUでは核共鳴散乱を利用した異なる3つの手法、1)放射光メスバウア分光(時間領域ならびにエネルギー領域)、2)核共鳴非弾性散乱、3)時間干渉を利用した準弾性散乱実験がサポートされている。エネルギー領域メスバウア分光に利用されるアナライザは実験ハッチ1に、核共鳴非弾性散乱用のクライオスタットならびに準弾性散乱回折計は実験ハッチ2に常設されて、手法の切替時間を短くするとともに装置の信頼性を高めている。各分光装置のコミッショニングにおいてはユーザーもJASRI外来研究員としてテスト実験に参加いただき、ミラーからの集光ビームを用いたDACによる高圧下での57Fe時間領域メスバウア分光、超伝導マグネットを使った高エネルギー核種174Ybでのエネルギー領域メスバウア分光、準弾性散乱実験などが行われた。いずれも増大したフラックスにより、より高精度なデータ取得やより短時間な測定が実現している。
4. まとめ
核共鳴散乱の共同利用実験のBL09XUからBL35XUへの移転ならびにコミッショニングを行った。新たなビームラインでの実験であるため細かなトラブルはあったものの、全体としては順調に実施された。予想されたフラックスの増大が実現し、今後ユーザー実験でのデータ精度の向上や測定時間の短縮につながると期待される。ただし、14.4 keVより低いエネルギーや29 keVから43 keVのエネルギーは利用できないため、169Tm、83Kr、229Th、40K、125Te、121Sbなどの実験にはBL19LXUなどの他のビームラインを利用することとなる。その場合でもJASRIスタッフのサポートは受けられるのでBL35XU核共鳴散乱の担当者にご相談いただきたい。
謝辞
上に述べた移転やコミッショニングは理研の大坂研究員、理研エンジニアリングチームを始めとする理研スタッフおよびJASRI光源基盤部門、JASRI技術支援チームを始めとするJASRIスタッフ、核共鳴散乱研究会を中心とするユーザーグループの方々のアイデアや協力を得て実現された。この場を借りてお礼申し上げたい。
参考文献
[1] Calculated by using SPECTRA (http://cheiron2014.spring8.or.jp/SPECTRA/SPECTRA%20Home.htm)
(公財)高輝度光科学研究センター
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〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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