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Volume 26, No.4 Pages 377 - 378

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第25回国際結晶学会議(IUCr2021)報告
Report of IUCr2021 (25th Congress and General Assembly of the International Union of Crystallography)

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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1. はじめに
 3年ごとに開催されている国際結晶学会(IUCr2021: XXV Congress and General Assembly, International Union of Crystallography)であるが、COVID-19の影響で開催が延期され、2021年8月14日~21日の8日間にわたり実施された。本会議は、ハイブリッド開催で行われ、現地会場はチェコのプラハの中心部に位置するプラハ国際会議場(Prague Congress Centre)であり、現地での参加者(オンライン上から会場の様子を見る限り、多くはチェコの研究者と思われる)と世界各地からオンライン参加した多くの研究者により結晶学を中心とした議論が行われた。会議のプログラムは、基調講演で始まり、午前・午後のマイクロシンポジア、その後にポスター・セッション、そして1日の締めくくりの基調講演で構成されていた。会期全体を通して合計111のマイクロシンポジア(7つのスペシャルマイクロシンポジアのセッションを含む)が開かれ、8テーマのパラレル・セッション形式でCOVID-19以前と同じ規模で進められた。なお、本報告では、本会議がパラレルセッションであるため、筆者の専門に近い回折・散乱分野のみの報告になるが、ご容赦いただきたい。

 

 

2. Quantum Crystallography
 国際結晶学連合(IUCr)には、現在、22分野の委員会が設置されているが、前回のIUCr2017より、精密構造解析や電子密度解析が関係する委員会は、“Charge, Spin and Momentum Densities”から、“Quantum Crystallography”と名称が変更になった。この目的とするところは、これまで推進してきた実験技術、理論、計算の研究だけでなく、さらに原子、分子、凝縮系物質における電子の電荷、スピン、運動量密度を一貫して理解することである。本報告では、Quantum Crystallographyに関する講演を中心に報告させていただきたい。
 最初に、西オーストラリア大学のDylan Jayatilaka氏の基調講演、“Quantum Crystallography: Past, Present, and Future”について報告する。本講演では、今後、Quantum Crystallographyの発展の鍵となる考えとして、結晶学者がこれまで電子密度や電位、核密度やスピン密度として扱ってきた散乱密度の概念だけでなく、モデル量としての基礎的な波動関数との組み合わせである発想に立って検討した研究について発表した。つまり、実験から波動関数を抽出するための過去の試みをレビューすることによって、波動関数に基づく考え方を用いた回折実験から抽出できる情報量を相乗的に向上できることが示された。これには、既存の結晶構造のデータベース全体をより精度の高いものに再調整する機会も含まれている。また、量子化学者、電子・中性子回折、NMR結晶学の間で、将来的に同じ傘の下でつながって発展する機会についても指摘した。今後、このような取り組みは、マテリアルズ・インフォマティクスへの展開が期待される。
 次に、“Quantum crystallographic studies on intra/inter-molecular interactions”のマイクロシンポジアのセッションでオーフス大学のJacob Overgaard氏が講演した、“Using advanced X-ray and neutron diffraction techniques in single molecule magnets research”について報告する。本講演では、単一分子磁石(SMM)のX線回折による実験的な電子密度から、これまで知られていなかった電子構造の詳細及びそのメカニズムの解明について報告があった。一般的に、SMMは、外部磁場によっていったん磁化されると、誘導された磁気モーメントが再配向に抵抗するという特性を持っている。外場に対する磁気反応(帯磁率で定量化される)は、外場と分子の相対的な向きに応じて異なるが、この磁気異方性の理由は、軌道角運動量の存在にある。したがって、新規なSMMを開発するためには、電子キャリアが3d元素か4f元素かによって複合体の電子的な基底状態をどのように制御するかを理解する必要がある。4fベースのSMMでは、4fイオンの最も磁気的な価電子密度の形状に合わせて、相補的な配位子場を開発するというアプローチが広く行われている。そこで、X線回折による実験的な電子密度からDy系SMMの電子構造の詳細を明らかにし、そのメカニズムを解明した。また、3d系では、配位子の磁場が非常に強いため、CoIIの歪んだ四面体錯体では、磁気異方性が増強される。ここでは、高分解能の放射光X線回折(SR-XRD)と偏光中性子回折(PND)を組み合わせてSR-XRDから電子密度の多極子モデルを抽出し、PNDからは完全な帯磁率テンソルを抽出することにより、[CoX2tmtu2](X = Cl, Br, tmtu = tetramethylthiourea)の磁気異方性を定量化することに成功した。この実験結果は、第一原理計算によっても裏付けられていることを示した。
 最後に、“Quantum crystallography in materials science”のマイクロシンポジアのセッションでワルシャワ大学のMagdalena Woinska氏が講演した、“Towards accurate positions of hydrogen atoms bonded to heavy metal atoms”について報告する。
 最近、非球面の原子散乱因子を用いたHirshfeld Atom Refinement(HAR)により、標準的な分解能のX線回折データに基づいて、軽元素に結合した水素原子の位置を中性子実験の結果に非常に近い精度で特定できることが示された。これは、最も一般的な独立原子モデル(IAM)と比較して大幅に改善された。本講演では、第一遷移元素(Fe、Co、Cu、Ni)、第二遷移元素(Nb、Ru、Rh、Sb)、第三遷移元素(Os)の重金属に水素原子が結合した有機金属化合物の結晶のうち、対応する中性子構造が得られている約11個のX線構造をHARで精密化した結果が示された。精密化はOlex2を使用し、DiSCaMBライブラリで計算された原子非球面構造因子を適用して行われた。これは、半径8 Å以内にある周囲の分子の原子核を中心とした原子電荷と双極子のクラスターに埋め込まれた中心分子について計算された分子電子密度のHirshfeld分割に基づくもので、さらにNoSpherA2を使用して多極子展開を含まないHARによる精密化が行われた。中性子とX線の両方のデータセットについて精密化の検討を行った結果、典型元素-Hの結合長は、典型元素の電子数と相関があることが示された。

 

 

3. おわりに
 著者は、日本からオンラインで参加したが、土日を含む8日間の会期(盆休みの真っ只中!)であり、さらに7時間の時差があるため、日本で生活しているのに時間差生活を送らなければならず、聴講にはかなり苦労した。しかしながら、オンライン参加の良いところは、やはり高額な出張費を使わずに最新の情報を得られるところではないかと考える。国内学会の年会などに比べて参加料は高いが、現地に行かずとも基本的には得られる情報は同じである。一方、デメリットとしては、休憩時間や懇親会などの場面で、対面で話を聞きに行くなんてことはできないため、コラボレーションが生まれる機会は皆無である。ある意味、学術セミナーに参加しているのに等しく、研究を発展させるための懇親の場とはなりにくい。最近は、擬似的に複数の参加者が対話できるツールを使っている国内外の学会を見受けられるが、実際に会って話をするのとは程遠い。また、ロックダウンのため自宅から接続していた講演者は、インターネット環境が必ずしも良好でないため中断したり、場合によっては、キャンセルしたりする講演も複数あった。多くの読者もコロナ禍の中、国際学会へのオンラインでの参加を強いられていると推察するが、早く対面での議論が再開されることを願ってやまない。

 

 

 

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : ksugimoto@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794