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Volume 26, No.4 Pages 341 - 348

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

天体衝突を記録する結晶の生成過程の超高速その場計測
Ultrafast in-situ Measurement of Crystal Structure Transformation during Hypervelocity Collisions of Asteroids

奥地 拓生 OKUCHI Takuo

京都大学 複合原子力科学研究所 Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science, Kyoto University

Abstract
 今から46億年前に、誕生したばかりの太陽の周囲で小天体が衝突と合体を繰り返した結果として、地球型の惑星が形成された。これらの小天体では衝撃圧縮による鉱物の結晶構造の相転移が頻繁に起きていたと考えられ、その痕跡である高密度の構造が隕石に残されていた。我々はこの高密度構造の生成の過程を超高速のコマ送り動画の形で計測した。集光した高強度パルスレーザーの結晶への照射によって衝撃圧縮を引き起こし、その直後に同じ場所に集光したフェムト秒X線パルスによって結晶の原子配列の変化を計測した。この実験による衝撃圧縮の開始からわずか数ナノ秒の後に高密度構造が生成した。この速さは従来の見解を覆すものであった。小天体の衝突の際には短時間の圧縮は頻繁に起こるので、速い相転移の記録が隕石や小惑星サンプルリターン試料に残されている可能性は高い。それらを丁寧に探していけば、太陽系の衝突の歴史を具体的に描けるだろう。
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SACLA

 

1. はじめに
 46億年前に、誕生したばかりの太陽の周囲において、無数の小天体が衝突と合体を繰り返して成長した結果として、地球型の惑星や小惑星が形成されたと考えられている。このときに小天体の表層や内部では、天体相互の衝突が引き起こす衝撃圧縮現象によって、構成物質の密度上昇などの状態変化が起きていた可能性が非常に高い[1][1] P. Gillet and A. E. Goresy: Ann. Rev. Earth Planet. Sci. 41 (2013) 257-285.。しかし、このような太陽系初期の衝突の痕跡は、小天体が集まってつくられた最終形である地球の岩石には残されなかった。それは地球ができる過程で高い温度を経験して、痕跡がリセットされたことが理由である。一方で、地球を離れてみると状況は異なってくる。例えば、多くの小惑星には、昔の衝突でできたクレーターの地形がそのまま残存しており、そこにある物質には衝撃圧縮がもたらした状態変化が保存されている可能性がある。
 実際に、小惑星から飛来したと考えられる隕石の一部には、そこに含まれる結晶の構造が半永久的に高密度化したものがある。例えば、最も代表的な惑星物質の鉱物の一種であるカンラン石[α-(Mg,Fe)2SiO4]の一部が、リングウッダイト[γ-(Mg,Fe)2SiO4]という高密度の鉱物種に変化しているという物質観察の結果が、50年以上前から繰り返して報告されてきた[1,2][1] P. Gillet and A. E. Goresy: Ann. Rev. Earth Planet. Sci. 41 (2013) 257-285.
[2] R. A. Binns, R. J. Davis and S. J. B. Reed: Nature 221 (1969) 943-944.
。そのリングウッダイトの一部が、さらにポワリエライト[ε-(Mg,Fe)2SiO4]というこれまで報告例のなかった新しい鉱物種に相転移している場合があることを、私たちはごく最近になって発見した[3,4][3] N. Tomioka and T. Okuchi: Sci. Rep. 7 (2017) 17351.
[4] N. Tomioka, L. Bindi, T. Okuchi et al.: Commun. Earth Environ. 2 (2021) 16.
。これらの高密度の鉱物を含む隕石はいずれも外見が大きく変形しており、衝突が引き起こす衝撃圧縮現象との深い関わりが推察されてきた。
 自然界で起こる衝撃圧縮現象では、物質は時間とともに急激に増減する動的な高圧力環境を経験する。その際に生成したであろう鉱物種をもとに、圧力値や圧縮の継続時間を知りたいところなのだが、これは相転移の具体的な機構と速度論の情報がいる議論となり、一般的にはかなりの難題である。一方で、小天体の衝突合体によって成長し終わった後の地球や惑星の内部においては、ほとんど時間変化をしない静的な高圧力環境が生成する。よく知られているように、このような静的な環境で熱力学平衡条件に従って生成する高密度の鉱物種は、高い温度圧力値の再現性の下での合成と回収が可能であり、惑星内部の深さなどの環境条件とそこにある鉱物種との対応付けを正確に行うことができる[5,6][5] 大谷栄治:高圧力の科学と技術 3 (1994) 12-18.
[6] 赤荻正樹:高圧力の科学と技術 26 (2016) 167-177.

 以上をまとめると、動的な高圧力によって生成した鉱物種からその生成環境の情報を読み取ることは、静的な高圧力による鉱物種の場合とは全く異なる課題といえる。先程最新の隕石物質研究の一例として示したポワリエライトは、静的な高圧力実験では未だに合成されていないが、太陽系の誕生史においてはそれが実際に出現していた。つまり地球形成以前の太陽系における動的な圧力現象は、実験による再現が未だに及ばない物質科学のフロンティアの一つということができる。もし地上で行う衝撃圧縮実験によって、圧力の値と時間変化を制御しつつ、リングウッダイト、ポワリエライトを例とする高密度鉱物種を再現性良くつくりわけることができれば、初期太陽系における衝突の速度(圧力と相関)や衝突天体の大きさ(圧縮継続時間と相関)を具体的に知ることが可能になる。このような情報が太陽系の誕生と進化の歴史の理解に及ぼす意義は極めて大きい。
 動的な高圧力によって高密度鉱物をつくりわけるためには、相転移の機構と速度定数の決定ができるように、あらゆる格子ダイナミクスよりも速い時間分解プローブを導入する必要がある。この要請に対してSACLAのフェムト秒X線パルスが適切な役割を果たすことができるであろう。本稿では以上の着想のもとに、高強度レーザーとSACLAを組み合わせた実験によって、カンラン石からリングウッダイトが生成する過程を世界で初めて計測した結果を紹介する[7][7] T. Okuchi, Y. Seto, N. Tomioka et al.: Nat. Commun. 12 (2021) 4305.

 

 

2. 実験
 図1に実験の概念図を示す。集光したレーザーパルスの照射により、精密にタイミングを制御した衝撃圧縮状態を物質中に発生させることができる。この技術を利用して、SACLAオンサイトに設置した高強度レーザーシステムにより、60~100万気圧程度の圧力を合成カンラン石結晶の内部に発生させた。波長532 nm、半値全幅(FWHM)3.3 ± 0.2 nsの可視光レーザーパルスを約250 μmのビームサイズに集光して、オンターゲットで約2 × 1012 W/cm2のパワー密度を得た。このレーザーパルスをアブレーター(ポリプロピレンフィルム)と、50 μm厚さの合成カンラン石単結晶[α-Mg2SiO4]を貼り合わせた実験ターゲットに照射した。アブレーターがレーザーパルスを吸収することで衝撃波が発生して、それがカンラン石へと伝播すると、そのMg、Si、O原子からなる格子が波の伝播方向(a軸に平行に設定)に圧縮される。このときに自然界における衝突現象と同様に、衝撃波自身の性質によって波頭での急速な圧力の上昇が引き起こされる。衝撃波の進行方向に垂直な面における圧力の空間分布は、可視光レーザーパルスの形状をほぼ反映する。そのために圧縮される空間のスケールは自然界での衝突よりもはるかに小さくなってしまうが、その中央部の等圧力部分にプローブのXFELパルスの位置を正確に合わせることができれば、プローブが通過する部分の格子配列の時間変化を空間的に切り出して計測することは充分に可能である。

 

図1 SACLA BL3で行った衝撃圧縮実験の概念図。可視光レーザーパルスを30 μmの厚さのアブレーターに照射する。その場で発生した衝撃波が50 μm厚さのカンラン石(α)へと伝播して、単結晶のa軸に沿って内部を通過しつつ結晶格子を圧縮する。併せてレーザーと反対側からXFELパルスを入射させて格子からの回折パターンを計測する。XFELの遅延時間を変えながら同様の計測を繰り返してコマ送り動画を記録する。XFELは50 μm/sin 15°~200 μm(g = 200反射を ω = 15°で計測した場合)の距離だけ非圧縮のカンラン石の内部を通過した後に、アブレーターとの界面付近に到達して圧縮中の構造をプローブする。通過距離200 μmはX線の減衰長と同程度なので、目的の場所の情報を得ることができる。この実験によって、カンラン石の酸素六方最密充填格子がせん断変形(shearing)を起こし、リングウッダイト(γ)の酸素立方最密充填格子とへ転移する過程を観察した。Okuchi et al.[7][7] T. Okuchi, Y. Seto, N. Tomioka et al.: Nat. Commun. 12 (2021) 4305.の原図の一部を改変。

 

 

 このようにして可視光レーザーパルスで試料を圧縮しつつ、XFELパルスを空間的および時間的に重ね合わせて照射することで、圧縮の場において変化しつつある格子配列からのX線回折画像を計測した。実験ごとにレーザーパルスのタイミングに対するXFELパルスのタイミングを少しずつずらしていくことで、配列の変化をコマ送りの動画の形で記録した。XFELパルスは配列の変化の速度よりも充分に短いために、各コマがにじむことはなく、変化を正確に追うことができた。XFELパルスの光子のエネルギーは9.99 keV(波長1.24 Å)、光子のエネルギーの幅はΔE/E~0.5%、シングルパルスごとのエネルギーは0.2~0.4 mJ、パルスのFWHMは約10フェムト秒であった。XFELパルスはKirkpatrick–Baezミラーを使用して垂直方向に約15 μmにまで集光した上で、水平方向にもレーザーパルスの直径よりも小さい幅(200 μm)に切り出すか、または改めて空間幅を狭める(20~30 μm)ために集光した。この手順により衝撃波構造の中央部からの情報を選択的に計測した。結晶が圧縮されている方位と、XFELパルスの入射の方向をいずれも考慮した上で、観察の対象とする反射(g = 200または300)の形状が精密に検出されるように、単結晶を設置する方位を細かく制御した(図1)。例えば特定のXFELパルス遅延時間tにおいて圧縮されている格子に対する回折条件を満たす結果を得るために、同じtにおいて傾斜角ωを少しずつずらして複数回の実験を行った。レーザーパルスの照射ごとにターゲットが破壊されるので、同じ形態のターゲットを数多く用意しておき、各実験の後には速やかに交換をしながらωを振った計測を積み重ねた。この手順により、以後に示す回折画像においては、目的となる反射が明確に捉えられている。異なるtおよび単結晶の設置の方位(図1)の結果も同様に実験を繰り返して取得した。

 

 

3. 結果
 コマ送りのX線回折画像の解析により、カンラン石が高密度構造へと相転移する過程の時定数を捉えた結果を図2に示す。図2(a)はカンラン石の酸素層の間隔を示す反射(g = 200)の形状の詳細な時間変化を高空間分解能のMPCCD検出器(素子サイズ50 × 50 μm2、検出面積51.2 × 51.2 mm2[8][8] T. Kameshima, S. Ono, T. Kudo et al.: Rev. Sci. Instrum. 85 (2014) 033110.によって記録した結果である。可視光レーザーパルスの照射がt = 0 nsで開始され、発生した衝撃波はt = 4 nsでカンラン石に到達した。横軸の回折角2θの位置は、ブラッグの条件2d sinθ = λによって隣接する酸素層間の距離d200と対応付けられる。衝撃波の到達後のカンラン石のd200は初期値のd2001atm = 2.378 Åから圧縮された上で、EとPの記号で記された2つの反射に分裂した。これらはカンラン石を通過中の弾性波(E)と塑性波(P)によって圧縮された領域を起源としており、それぞれの圧縮の程度が互いに異なることは過去の研究でも示されている[9,10][9] Y. Syono, T. Goto, J. Sato et al.: J. Geophys. Res.: Solid Earth 86 (1981) 6181-6186.
[10] J. P. Wett and T. J. Ahrens: J. Geophys. Res.: Solid Earth 88 (1983) 9500-9512.

 

図2 (a) カンラン石のg = 200反射のX線回折画像の時間変化。数字はナノ秒(ns)を単位としたレーザーパルス照射開始からのXFELの遅延時間tを示す。E、P、Dの記号は、弾性波、塑性波および相転移波による圧縮領域に由来する反射をそれぞれ示す。この3つの領域の全てにおいて、カンラン石のa軸方向(画像右方向)に平行に酸素の積層面(図1を参照)が圧縮されていた。なおこれらの実験では、カンラン石を通過後の衝撃波の到達がわかるように、多結晶Al2O3の薄板をターゲットの背面にさらに張り付けている。オレンジ色の指数がついた3つの反射の帯はこのAl2O3由来のデバイリングである。(b) d値を横軸として(a)を積分したX線回折パターン。d値は右方向に減少する。衝撃波はt = 4 nsでカンラン石に到達した。この時点の塑性波領域のd200Pは初期値d2001atmの94 ± 1%であり、その値は静的圧縮実験における60~100 GPaでの値に対応する[20,21][20] D. Andrault, M. A. Bouhifd, J. P. Itié et al.: Phys. Chem. Minerals 22 (1995) 99-107.
[21] G. J. Finkelstein, P. K. Dera, S. Jahn et al.: Am. Mineral. 99 (1994) 35-43.
t = 6 nsにおいて圧縮された領域の体積が増加して、EおよびPのピークが急速に強くなった(縦軸を1/4にダウンスケール)。t = 7 nsにおいて高密度構造が成長を開始した。t = 9 nsにおいてオレンジ色で示すAl2O3反射が圧縮され始め、この時点で衝撃波がカンラン石を横断したことが示された。Okuchi et al.[7][7] T. Okuchi, Y. Seto, N. Tomioka et al.: Nat. Commun. 12 (2021) 4305.の原図の一部を改変。

 

 

 図2(b)は、d = λ/2sinθを横軸とした一次元回折パターンである。衝撃波はその伝播とともに必ず減衰する。この減衰を反映して、t = 4 ns以降の弾性波領域と塑性波領域の酸素層間距離d200Ed200Pは、いずれも時間とともに膨張(増加)した。その一方で、t ≥ 7 nsにおいて、Dの記号で記した相転移波を起源とする高密度構造領域からの反射が、Eよりも圧縮(減少)した側に突然現れて急成長した。Dの回折角がカンラン石の塑性波領域よりも短い酸素層間距離に対応することから、その出現はカンラン石(α、空間群Pbnm)よりも高密度の構造の生成を意味する(図1)。図2の結果のみからこの高密度構造の原子配置を特定することは不可能であるが、それは高密度の(Mg,Fe)2SiO4として自然界での存在が確認されている鉱物種である、ワズレアイト(β、空間群Imma)、リングウッダイト(γ、空間群Fd3m)、ポワリエライト(ε、空間群Pmma)のいずれかの構造を持つ可能性が最も高い。これらの構造は、いずれも酸素イオンの近似的な立方最密格子(ccp)の隙間に陽イオンが配置されたもので、互いに良く似ている(図3)。隕石ではこの3種全ての存在が確認され、地球内部ではワズレアイトとリングウッダイトの二種の存在が確実とされている。繰り返しになるが、衝撃圧縮実験でつくった構造がこの3種のどれかをさらに突き止めることは、太陽系の物質進化史の解読のためにはとても重要である。

 

図3 (Mg,Fe)2SiO4の高密度結晶構造。ここに示した3種類の構造は、いずれも自然界における存在が確認されている。(a) 各構造をつくる基本単位。(b) リングウッダイトの構造(スピネル型、密度差 +10%)。(c) ワズレアイトの構造(スピネロイド型、密度差 +8%)。(d) ポワリエライトの構造(スピネロイド型、密度差 +2%)。密度差はカンラン石との比較[4][4] N. Tomioka, L. Bindi, T. Okuchi et al.: Commun. Earth Environ. 2 (2021) 16.。各構造間では基本単位(緑矢印)の上向きと下向きの配列の周期が異なる。全構造が酸素の近似的な立方最密充填格子を持つが、密度差の違いが大きいことなどから、それぞれが出現する条件は大きく異なると考えられる。各構造の詳細は文献[3,4][3] N. Tomioka and T. Okuchi: Sci. Rep. 7 (2017) 17351.
[4] N. Tomioka, L. Bindi, T. Okuchi et al.: Commun. Earth Environ. 2 (2021) 16.
を参照のこと。Tomioka and Okuchi[3][3] N. Tomioka and T. Okuchi: Sci. Rep. 7 (2017) 17351.の原図の一部を改変。

 

 

 図2(b)において、Dの反射の強度はt = 6 nsから8 nsのわずか2 nsの間に大きく成長した。複酸化物であるカンラン石の高密度構造が生成するためには、二種の陽イオンと酸素イオンの全てを並び替える必要があるが、この短い時間スケールでそのような現象が観察された事実は過去にはない。隕石の鉱物組織の観察により、カンラン石の高密度構造の生成の際には、原子拡散を伴う過程による結晶成長機構が、秒程度の時間をかけて進展すると考えられてきた[11-13][11] P. Beck, P. Gillet, A. E. Goresy et al.: Nature 435 (2005) 1071-1074.
[12] E. Ohtani, Y. Kimura, M. Kimura et al.: Earth Planet. Sci. Lett. 227 (2004) 505-515.
[13] M. Chen, A. E. Goresy and P. Gillet: Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 101 (2004) 15033-15037.
。一方で、構成原子が連携してわずかに変位することにより、カンラン石の構造全体がもっと短時間でせん断変形を起こす相転移機構が理論的に提案されていた[14,15][14] M. Madon and J. P. Poirier: Phys. Earth Planet Inter. 33 (1983) 31-44.
[15] J. P. Poirier: in High Pressure Research in Geophysics (eds S. Akimoto & M. H. Manghnani) (Springer Netherlands, 1982) 361-371.
。この原子拡散を必要としない機構がもし実際に駆動されたならば、短時間のうちに高密度の構造が生成するであろう。カンラン石が酸素の近似的な六方最密格子(hcp)を持つことに対して、高密度構造の全ては立方最密格子を持つ。そのためにせん断変形機構では、酸素層が方位を保ちつつ、ナノ秒の間に層間がずれる過程が必要になる(図1)。従って、ずれる過程の前後において、酸素層がつくる反射の方位はそのまま維持されなければならない。相転移の素早さに加えて、この方位の保存が図2(a)に示すように実験で確認されたことから、せん断変形機構が実際に駆動されたと考えることが合理的である。
 せん断変形で生成したと考えられる高密度構造の種類を特定するためには、酸素層の変形挙動のさらなる解析が必要である。そのために大面積(204 × 153 mm2)のX線フラットパネル検出器を用いて、広域の回折画像を取得し、その時間変化を調べた。カンラン石の空間群は消滅則によってg = 300の反射が強度を持たないが、結晶構造が変化して空間群が変わればそれが強度を持ち得るので、この反射には特に注目した。t = 4 nsにおいてωを振って観察した結果では、圧縮されたカンラン石のg = 300は全く強度を示さなかった。一方で、t = 8 ns以降においてはこの反射が明確に現れ、その強度が時間とともに大きく増加した(図4)。図2bのDの反射の強度も同様のタイミングで大きく増加していることから、図2の高密度構造はg = 300の反射が強度を持つ空間群に属した上で、適切な格子定数も持つ必要がある。図3に示した高密度構造の候補のなかで、ワズレアイトとリングウッダイトがこれらの条件を満たし、ポワリエライトは満たさない。さらに、さきに述べたカンラン石のせん断変形機構に関する理論によれば、リングウッダイトまたはポワリエライトへの相転移は、酸素層間をすべり面とする変形によって進むことができるが、ワズレアイトへの相転移はそれだけでは困難である。ワズレアイトの生成のためには、まずポワリエライトが生成した上で、酸素層に平行ではないすべり面がもう一度変形する必要がある。以上をまとめると、g = 300の反射を示す高密度構造は、一方向のせん断変形で生成したリングウッダイトか、またはポワリエライトを経由した二方向のせん断変形で生成したワズレアイトでなければならない。

 

図4 カンラン石のg = 300反射およびその周辺部のX線回折画像の時間変化。(a) 左右方向をa軸、上下方向をb軸の方向に向けて取得した画像。g = 300反射は白線で囲まれた部分に出現した。右側にその領域の強度分布を拡大して示した。(b) 左右方向をa軸、上下方向をc軸の方向に向けて取得した画像。白線と右側の図の意味は上記と同じ。(a),(b)とも左側の系列の図の領域に2θが28°~70°またはd値が2.55 Åから1.08 Åの範囲が含まれており、そこには回折条件を満たす複数の反射が出現した。図1に示したXFEL入射方向、カンラン石方位、検出器配置をもとに、IPAnalyzer[22][22] https://github.com/seto77/IPanalyzer/を用いて角度校正を行い、ReciPro[23,24][23] https://github.com/seto77/ReciPro/
[24] Y. Seto and M. Ohtsuka: J. Appl. Cryst. under review.
を用いて回折条件の確認と反射の指数付けを行った。g = 300を除く反射の全てが元の方位のままのカンラン石の構造を起源とすることを確認しており、酸素層の方位が異なる反射の出現は確認されなかった。Okuchi et al.[7][7] T. Okuchi, Y. Seto, N. Tomioka et al.: Nat. Commun. 12 (2021) 4305.の原図の一部を改変。

 

 

 可能性をさらに絞るために、g = 300の反射の形状が円形ではなく、カンラン石のc軸の方向に沿って引き延ばされた形状を示すことに注目した(図4)。このように伸長した反射の形状は、伸長の方向に沿った結晶面の間隔が不均一であることを表す。リングウッダイトの生成の際には、酸素積層はカンラン石のc軸に沿って変形する必要がある[14][14] M. Madon and J. P. Poirier: Phys. Earth Planet Inter. 33 (1983) 31-44.。一方で、ポワリエライト経由のワズレアイトの生成の際には、酸素積層は最初にカンラン石のb軸に沿って変形する必要がある[14][14] M. Madon and J. P. Poirier: Phys. Earth Planet Inter. 33 (1983) 31-44.。観察されたせん断変形の方位から、g = 300の反射を示す高密度構造はリングウッダイトであると結論付けることが合理的である。

 

 

4. 議論
 リングウッダイトの衝撃圧縮による生成を確認でき、さらにその生成の速度を決定できたことは、太陽系の衝突史の読解の役に立つ。カンラン石の高密度構造への相転移は、天体衝突(動的圧縮)と地球深部(静的圧縮)の両方の環境で常に起きている現象である。天然および合成の相転移後の試料の観察によって、核形成と成長[11-13,16,17][11] P. Beck, P. Gillet, A. E. Goresy et al.: Nature 435 (2005) 1071-1074.
[12] E. Ohtani, Y. Kimura, M. Kimura et al.: Earth Planet. Sci. Lett. 227 (2004) 505-515.
[13] M. Chen, A. E. Goresy and P. Gillet: Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 101 (2004) 15033-15037.
[16] J. N. Boland and L. G. Liu: Nature 303 (1983) 233-235.
[17] P. C. Burnley: Am. Mineral. 80 (1995) 1293-1301.
、およびマルテンサイト的なせん断変形、の二種の相転移機構が提唱されてきた[14-17][14] M. Madon and J. P. Poirier: Phys. Earth Planet Inter. 33 (1983) 31-44.
[15] J. P. Poirier: in High Pressure Research in Geophysics (eds S. Akimoto & M. H. Manghnani) (Springer Netherlands, 1982) 361-371.
[16] J. N. Boland and L. G. Liu: Nature 303 (1983) 233-235.
[17] P. C. Burnley: Am. Mineral. 80 (1995) 1293-1301.
。前者の機構では、ある程度の高温での原子のランダムな拡散を通じて、カンラン石の粒界や欠陥に高密度構造が核形成した後に結晶が成長する。そのために生成する結晶の方位はカンラン石の方位に拘束されない。静的な高温高圧条件での実験の結果をもとに、この過程によるリングウッダイトの生成は熱力学的に安定な圧力(≤ 25 GPa)の下で進むと考えられてきた。この圧力に対応する衝突速度である約2 km/sにおいて[1,18][1] P. Gillet and A. E. Goresy: Ann. Rev. Earth Planet. Sci. 41 (2013) 257-285.
[18] F. Zhang and T. Sekine: Geochim. Cosmochim. Acta 71 (2007) 4125-4133.
、キロメートルサイズの天体が互いに衝突した際に、秒のタイムスケールで継続する圧縮が引き起こされる。圧縮の継続時間がこのくらいまで長ければ、高密度鉱物の結晶粒径はマイクロメートル以上に達し得るので、それが光学顕微鏡による早い時代の発見[2][2] R. A. Binns, R. J. Davis and S. J. B. Reed: Nature 221 (1969) 943-944.に繋がったと考えることもできる。
 一方で、後者の機構では、粒界とは関係のない結晶粒の内部において、特定の方位を示す板状のリングウッダイトが生成するであろう。条件が許せば、後者の機構は粒界で起こる前者の機構と同時並行で進展する。前者の機構の進展に必要な圧縮継続時間が得られない場合や、それに必要な温度に系が達していない場合には、時間や温度についての制約条件のない後者の機構だけが進展する可能性がある。特に、サイズの小さい天体が引き起こす短時間の圧縮においては、そのような状況が卓越し得る。この機構でカンラン石の結晶粒全体が構造相転移を起こすと、その巨視的な外形の全体もせん断変形しなければならない。しかしカンラン石は相転移の前に小天体中で既に圧縮され、周囲の粒子に形状を拘束されているので、結晶の形状の大きな変形は困難である。つまりこの機構が進展した場合には、カンラン石の体積の限定された一部分が相転移するが、その割合の決定の要因は圧力値や圧縮継続時間だけではなく、かなり複雑である。この機構の働きをさらに知るための手掛かりとして、カンラン石を模した酸化物系を静的に圧縮してから回収した試料の中に、板状またはレンズ状のナノメートルスケールの高密度構造が部分的に生成した結果を示すことができる[16,17][16] J. N. Boland and L. G. Liu: Nature 303 (1983) 233-235.
[17] P. C. Burnley: Am. Mineral. 80 (1995) 1293-1301.
。そこでは生成した構造の方位関係が保存されていることから、せん断変形による構造相転移機構が駆動した可能性が提唱されていた。
 せん断変形による高密度構造の生成は、原子拡散が生じにくい非高温の条件、かつ熱力学的に安定な条件を大きく超えた圧縮が起きた場(高過剰圧下)において、特に効率的に進行すると考えられてきた。実際に、今回の実験によってリングウッダイトが生成した圧力条件である60~100 GPaは、熱力学的な条件である25 GPaよりもはるかに大きな値であった。天体衝突時においても同様の現象が起きたとすれば、ナノメートルスケールの板状で方位関係が保存されたリングウッダイトは、熱力学的な条件よりも高い圧力、つまり速い衝突速度によって最も効率良く生成するであろう。また今回の実験では、リングウッダイトからの反射は衝撃圧力の減少段階においてのみ大きく成長した(図2、4)。その理由は、圧縮のピークにおいてはすべり面に垂直な応力が負荷されて動かない状態になり、この応力が減少した段階ですべり面が動けるようになったためと考えられる。つまり、せん断変形によるリングウッダイトの生成のためには過剰な圧縮が必要であるが、一方で、それが継続した時間の長さは条件にはならない。
 以上をまとめると、せん断変形機構によるリングウッダイト生成は、衝突速度が閾値を超えていれば、圧縮の継続時間が短いメートルサイズ以下の小天体の衝突においても効率良く進行する。この推察から、ナノスケールの板状の高密度鉱物が、初期の太陽系から現在に至るまでの間に衝突を経験した多様な物質中[1][1] P. Gillet and A. E. Goresy: Ann. Rev. Earth Planet. Sci. 41 (2013) 257-285.に幅広く凍結されている可能性が示唆される。微小な板状のリングウッダイトが生成しやすい60~100 GPaの圧力値は、5~7 km/sの衝突速度に対応しており[1,18][1] P. Gillet and A. E. Goresy: Ann. Rev. Earth Planet. Sci. 41 (2013) 257-285.
[18] F. Zhang and T. Sekine: Geochim. Cosmochim. Acta 71 (2007) 4125-4133.
、これは現在の小惑星帯で観測されている最も一般的な相対速度である[19][19] W. F. Bottke Jr., M. C. Nolan, R. Greenberg et al.: Icarus 107 (1994) 255-268.。つまりナノスケールの衝突の記録は、それを細かく丁寧に探せば、これまでは強い衝撃を受けていないとされてきた隕石や小惑星サンプルリターン物質中に普遍的に見つかるかもしれない。例えば、小惑星の表層を覆う砂礫状のレゴリスは小天体の衝突によって生成したと考えられてきたが、それが本当かどうか、さらにそれが典型的な速度の衝突であったかどうかを、速度に対して感度のある高密度鉱物の生成によって確かめられる可能性がある。このような視点で多種多様な惑星物質の観察を進めることで、衝突の歴史と衝突速度の記録を広く抽出できれば、初期から現在に至る太陽系の物質進化の歴史の理解が大きく変わるかもしれない。

 

 

謝辞
 SACLA利用研究課題(2019B8032、2019A8036、2018B8039、2018A8033、2018A8036、2017B8051、2017B8080、2016B8083、2016B8084、2016A8065)の実施において多大なご協力を頂いた、神戸大学の瀬戸雄介博士、海洋研究開発機構の富岡尚敬博士、大阪大学の松岡健之博士および尾崎典雅博士、理化学研究所の宮西宏併博士、高輝度光科学研究センターの籔内俊毅博士に感謝します。本研究の一部は科研費(21H04519、20K20947、20H01965)の助成を受けて行われました。

 

 

 

参考文献
[1] P. Gillet and A. E. Goresy: Ann. Rev. Earth Planet. Sci. 41 (2013) 257-285.
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[18] F. Zhang and T. Sekine: Geochim. Cosmochim. Acta 71 (2007) 4125-4133.
[19] W. F. Bottke Jr., M. C. Nolan, R. Greenberg et al.: Icarus 107 (1994) 255-268.
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[22] https://github.com/seto77/IPanalyzer/
[23] https://github.com/seto77/ReciPro/
[24] Y. Seto and M. Ohtsuka: J. Appl. Cryst. under review.

 

 

 

奥地 拓生 OKUCHI Takuo
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〒590-0494 大阪府泉南郡熊取町朝代西2丁目
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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