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Volume 26, No.2 Pages 119 - 123

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

長期利用課題報告2
熱機関用超高速・マイクロスケール燃料噴霧のX線計測:新たなX線計測技法の構築による未解明の物理因子解析
X-ray Study of High-Speed Microscale Fuel Sprays for Modern Engines: Development of Advanced X-ray Measurement Techniques for the Analysis of Undiscovered Physical Properties

文 石洙 MOON Seoksu[1]、黄 魏迪 HUANG Weidi[2]、宋 明良 SOU Akira[3]、和田 好隆 WADA Yoshitaka[4]

[1]仁荷大学 機械工学科 Department of Mechanical Engineering, Inha University、[2](国)産業技術総合研究所 省エネルギー研究部門 Research Institute for Energy Conservation, National Institute of Advanced Industrial Science and Technology、[3]神戸大学 大学院海事科学研究科 Graduate School of Maritime Sciences, Kobe University、[4]マツダ(株) MBD革新部 MBD Innovation Dept., Mazda Motor Corporation

Abstract
 本研究グループは、エンジン数値解析の高度化による低炭素・グリーン社会の早期実現に貢献することを目指し、これまで未知の領域であったノズル近傍流動の可視化を可能とするX線位相コントラスト画像装置をSPring-8のBL40XUに構築し、超高速燃料噴霧基部の微粒化過程とダイナミクス構造を解析してきた。しかし、ノズル出口および近傍流動の現象解明とモデル化に重要な物理因子の中、まだ計測・解析できていないものも多く存在しており、その代表的な例として、ノズル内部キャビテーション・液体体積分率、ノズル内部の流れおよび乱流構造、ノズル内部流特性によるノズル出口流動の不安定性を上げられる。本長期利用課題では、ノズル内部流とノズル出口の初期流動に関わる上述の物理因子を解析できる新たな計測技法を構築し、その結果を用いてノズル内部と出口の流動特性を相関させることを研究の主な狙いとしている。本研究報告では、2年間で行った長期利用課題の成果をまとめて紹介する。
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SPring-8

 

1. はじめに
 熱機関は輸送用、発電等の多様な分野で利用されており、これらの高効率化およびクリーン化は地球温暖化の抑制と環境問題の解決に大きな効果をもたらす。しかしながら、燃料と周囲気体との混合や噴霧の発達といったエンジンの燃焼室内で生じる物理現象はそのメカニズムに未解明の部分が多く、燃焼制御技術の実用化や製品化に際しては実験的な試行錯誤が数多くなされており、それがエンジン開発の効率性と的確性を落とす主な原因であった。同時に、噴射された燃料の微粒化および混合気形成過程について運転時に想定される全ての条件を対象に実験的方法で製品開発を行うのは非効率的・非現実的であることから、これまで理論モデルに基づく数値計算が併用されてきた。しかし、燃料噴霧を対象とした数値計算には、ノズル出口流動の速度分布および乱流エネルギー、ノズル近傍流動の粒径分布やダイナミクス構造等の理解とモデル化が重要であるが、これまでのレーザ光学に基づく計測技法では、ノズル近傍の超高速・高密度領域の正確な情報を得ることが困難であった。また、ノズル出口や近傍の実験データの欠乏により理論噴霧モデルの妥当性の検証が十分ではなく、実験で得た巨視的噴霧形状に合わせて初期入力値とモデルの定数を任意に調整する、いわゆる合わせ込みが噴霧の数値解析において一般的に行われてきた。
 本研究グループは、ノズル近傍流動の現象解明によるエンジン数値解析の高度化、更には低炭素・グリーン社会の早期実現に貢献することを目指し、ノズル近傍流動の可視化を可能とするX線位相コントラスト画像装置をSPring-8のBL40XUに構築し研究を行ってきた。X線の高いエネルギー(短い波長)は、これまで未知の分野であったノズル近傍の高密度領域の解析を、X線の高いフラックスと短いパルス幅は超高速流動の可視化と解析をそれぞれ可能とする。ノズル近傍の流動分裂および微粒化過程の可視化には、Hモードの孤立電子バンチ(5 mA/bunch)からのナノ秒以下(100 ps程度)の時間幅と高い光強度を有するシングルパルスを用いた(図1参照)。撮られた画像に粒子探知および形状解析アルゴリズムを適用することで、初期粒径および粒子の形状を定量的に解析することが可能になった。噴霧ダイナミクス構造を解析するためには、165.2 nsの間隔を持つCモードの3つのX線パルスを受光して3重露光X線画像を取得した。3重露光された画像のある関心領域に自己相関解析を行うことで、165.2 nsの間に流動が移動した速度ベクトルを求めることが可能になった(図1参照)。以上の計測および解析技法はそれぞれが日本初、世界的にも実現した例が極めて少ないものである。

 

図1 X線噴霧計測の実験装置および解析項目

 

 

 しかし、ノズル出口および近傍流動の現象解明とモデル化に重要な物理因子の中、まだ計測・解析できていないものも多く存在する。特に噴霧の形成を支配する根元になるノズル内部流特性とそれにより変化するノズル出口流動の特性に関する理解が不十分であり、それらに関わる代表的な物理因子としては、「①ノズル内部キャビテーション・液体体積分率」、「②ノズル内部の流れおよび乱流構造」、「③ノズル内部流特性によるノズル出口流動の不安定性」を上げられる(図2参照)。今回の長期利用課題では、ノズル内部流とノズル出口の初期流動に関わる物理因子を解析できる新たな計測技法を構築し、その結果を用いてノズル内部と出口の流動特性を相関させることを研究の主な狙いとした。それら物理因子の情報は、次世代燃料噴射インジェクタの開発とエンジン数値解析の高度化に活用性が高く、次世代エンジンの高効率化およびクリーン化に大きく貢献できると期待される。

 

図2 長期利用課題で注目する物理因子

 

 

2. X線噴霧可視化装置
 図1に、本研究グループにてSPring-8のBL40XUに立ち上げたX線位相コントラスト画像装置の概略図を示す[1,2][1] S. Moon et al.: Exp. Therm. Fluid Sci. 68 (2015) 68-81.
[2] J. Jeon and S. Moon: Fuel 211 (2018) 572-581.
。X線からの熱負荷による実験装置の損傷を防ぐため、X線シャッターを用いて熱負荷を減少させた。X線が流動を通過した後、位相コントラストされたX線画像をシンチレータ(LuAg:Ce)により535 nmの可視光に変換し、傾き角45度のミラーに反射させ、高速度カメラを用いて撮影した。燃料に対するX線の屈折率が1に近いため、液体噴霧からカメラまでの距離を十分持たないと鮮明な干渉パターンが現れないため、シンチレータとカメラは液体流動から最適化された距離(35 cm程度)に設置した。液体噴霧に入射する前と通過後のX線強度を極力損失しないように噴射容器の窓にはX線通過率が95%以上のカプトン(kapton)膜を付着して実験を行った。

 

 

3. 主な研究成果
3-1. ノズル内部キャビテーション・液体体積分率
 図3に、図2の①に関わるノズル内部のキャビテーションを可視化した結果の一例を示す[3][3] R. Prasetya et al.: Atomization and Sprays 29 (2019) 123-141.。BL40XUのX線源と形状を単純化したアクリル製ノズルを用いて様々な噴射条件に対するノズル内部キャビテーションの初生と完全発達した構造が鮮明に可視化できている。その後、計測技法を更に発展させ、キャビテーション内の気相体積分率(void fraction)まで解析できる技法を構築した。液体体積分率を計測するためには、対象液体に10ミクロンの大きさを持つトレーサ粒子(中空ガラスビード)を混入させ、キャビテーション領域におけるトレーサ粒子の濃度を解析することで液体体積分率分布を算出することに成功した(図4A参照)[4][4] 西原等:第27回微粒化シンポジウム講演論文集 (2018).

 

図3 ノズル内部流キャビテーションの初生と完全発達した構造の可視化結果

 

図4 ノズル内部流の液体体積分率および流速分布解析結果(υ:流速平均値、u′、v′:流速変動値)

 

 

3-2. ノズル内部の流れおよび乱流構造
 図2の②については、①と同じトレーサ粒子を用いてノズル内部流の粒子映像速度解析(PIV:particle image velocimetry)を行った。可視光を用いたこれまでの研究では、透明拡大ノズルを用いてノズル内部流の速度分布を計測したが、キャビテーション内の液体流速分布やそれによって生じる乱流構造を計測した研究例はない。それは、キャビテーション気泡が多く存在する領域においては、可視光の屈折が大きく影画像による流動構造の可視化が困難であることに起因する。今回の長期利用課題では、X線画像を用いてキャビテーション領域におけるトレーサの動きを追跡することで、キャビテーション内の液体流速分布と乱流構造を定量化することに成功した(図4B参照)。2019A期までは比較的に速度が速い主流領域における流速や乱流構造の解析が難しかったが、2019B期でビームの明るさを向上させ、またHモードの孤立バンチ(100 ps)を用いた可視化を行うことで、主流内のトレーサの動きを可視化することまで成功した。

 

3-3. ノズル出口流動の不安定性
 図2の③については、流速のショット間変動値を計測し流動の乱れ強度を算出した研究実績がある[5][5] S. Moon et al.: Fuel 133 (2014) 299-309.。しかし、流体力学で定義される乱れ強度(乱流エネルギー)は、ショット間の変動値ではなく時間変動値であるため、理論モデルと比較するためには、流速の時系列変動に基づいた解析を行う必要がある[5][5] S. Moon et al.: Fuel 133 (2014) 299-309.。ノズル内部の乱流やキャビテーションによって生じる流動の変動は最大MHz単位の周期を持っているとの予測結果があり、それの計測のためには非常に高い撮影速度が要求される。これまでの本グループの研究では、蓄積リングの電子バンチ繰り返し周波数(最小209 kHz)に合わせた高速撮影を行ってきたが、それでは流速の時系列変動を評価することが難しかった。今回の長期利用課題では、出口流速の時系列変化を定量解析し、それを内部流特性と相関させることを目標とし、1 MHz以上の撮影速度を持つノズル出口・近傍流動の計測に取り組んだ。Cモードの3つの連続パルスを用い(図1参照)、高性能の高速度カメラを投入することで、1.2 MHzの撮影速度に対するノズル出口流動の3重露光画像を取得することに成功した。最初には空間解像度の制約により、1.2 MHz撮影速度における流速の時系列変化を定量化することができなかったが、より高い画像倍率を持つ可視化装置を構築することで、流速の時系列変化を定量化し局所的な乱れ強度分布を解析することが可能になった(図5参照)。

 

図5 ノズル出口流動の乱れ強度解析結果(U:流速平均値、U′:流速変動値、τ:乱流強度)

 

 

4. おわりに
 本長期利用課題(2018A0145~2019B0145)では、ノズル内部流とノズル出口の初期流動に関わるこれまで計測できなかった様々な物理因子の新たな計測技法を構築した。本長期利用課題にて構築した計測技法は、高圧燃料噴射における未知の物理因子の解明を可能にし、かつエンジン数値解析の高度化による次世代エンジン開発の効率性向上およびモデルベースエンジン制御に大きく貢献できると期待している。

 

 

 

参考文献
[1] S. Moon et al.: Exp. Therm. Fluid Sci. 68 (2015) 68-81.
[2] J. Jeon and S. Moon: Fuel 211 (2018) 572-581.
[3] R. Prasetya et al.: Atomization and Sprays 29 (2019) 123-141.
[4] 西原等:第27回微粒化シンポジウム講演論文集 (2018).
[5] S. Moon et al.: Fuel 133 (2014) 299-309.

 

 

 

文 石洙 MOON Seoksu
仁荷大学 機械工学科
100 Inha-ro, Michuhol-gu, Incheon 22212, South Korea
TEL : +82-32-860-7378
e-mail : ss.moon@inha.ac.kr

 

黄 魏迪 HUANG Weidi
(国)産業技術総合研究所 省エネルギー研究部門
e-mail : wd.huang@aist.go.jp

 

宋 明良 SOU Akira
神戸大学 大学院海事科学研究科
e-mail : sou@maritime.kobe-u.ac.jp

 

和田 好隆 WADA Yoshitaka
マツダ(株) MBD革新部
e-mail : wada.yos@mazda.co.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794