Volume 25, No.4 Pages 272 - 277
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
極紫外レーザー場におけるXe原子の多電子−イオンコインシデンス分光:非線形DCH状態生成過程の観測
Multielectron-Ion Coincidence Spectroscopy of Xe in EUV Laser Fields: Observation of Nonlinear Formation of Double-Core-Hole States
[1]名古屋大学 大学院理学研究科 Graduate School of Science, Nagoya University、[2]富山大学 教養教育院 Institute of Liberal Arts and Sciences, University of Toyama、[3]名古屋大学 物質科学国際研究センター Research Center for Materials Science, Nagoya University
- Abstract
- 極紫外域における超高速非線形原子過程の基礎的理解を目指し、磁気ボトル型光電子分光器を用いた多電子−イオンコインシデンス計測の導入を行った。理研SACLAの軟X線ビームライン(BL1)から得られる極紫外レーザー(91 eV、30 fs、1.6 × 1012 W/cm2)を用いてXe原子の非線形多重イオン化過程を調べたところ、Xe4+イオンと同時計測された電子スペクトルには、Xe 4d内殻二重空孔状態への2光子吸収とこれに引き続くオージェ電子ピークが見出された。Xe4+イオンの生成にはXe2+イオンの4d内殻イオン化を経由する経路が知られていたものの、多電子−イオンコインシデンス計測を用いることによって初めて、4d空孔状態の寿命と競合して生成する4d二重空孔状態がXeの非線形光学応答に大きく寄与していることが明らかとなった。
1. 背景
極紫外(EUV)やX線領域における物質の非線形光学応答は、高強度超短パルス自由電子レーザー(FEL)を用いた単一粒子の回折イメージングや極限状態の物質創生などの様々な応用における基礎をなす[1][1] C. Bostedt, S. Boutet, D. M. Fritz, Z. Huang, H. J. Lee et al.: Reviews of Modern Physics 88 (2016) 015007.。この波長域における非線形光学応答の基礎過程を明らかにするため、孤立系の原子分子を中心に多くの研究が進められ、典型的な非線形応答として多光子吸収に伴う多重イオン化を示すことがわかってきた[2,3][2] A. A. Sorokin, S. V. Bobashev, T. Feigl, K. Tiedtke, H. Wabnitz et al.: Physical Review Letters 99 (2007) 213002.
[3] M. Yabashi, H. Tanaka, T. Tanaka, H. Tomizawa, T. Togashi et al.: Journal of Physics B: Atomic, Molecular and Optical Physics 46 (2013) 164001.。
光学波長域における非線形応答とは異なり、極紫外やX線領域では価電子だけでなく内殻電子のイオン化や励起過程の寄与が顕著となる。内殻空孔状態の寿命はFELのパルス幅に比べて短く、非線形多光子吸収はオージェ崩壊過程と競合して進行するため、イオン化経路に応じて様々な価数のイオンおよび多数の電子が放出される[2,4,5][2] A. A. Sorokin, S. V. Bobashev, T. Feigl, K. Tiedtke, H. Wabnitz et al.: Physical Review Letters 99 (2007) 213002.
[4] H. Fukuzawa, S.-K. Son, K. Motomura, S. Mondal, K. Nagaya et al.: Physical Review Letters 110 (2013) 173005.
[5] B. Rudek, S.-K. Son, L. Foucar, S. W. Epp, B. Erk et al.: Nature Photonics 6 (2012) 858-865.。さらに、価電子軌道や内殻軌道に生成された空孔状態は後段の光吸収における共鳴準位となり、通常の線形吸収では現れない「隠れた」共鳴(hidden resonance)[6][6] E. P. Kanter, B. Krässig, Y. Li, A. M. March, P. Ho et al.: Physical Review Letters 107 (2011) 233001.により、イオン化経路が大きく影響を受けることもわかってきた。
光イオン化で放出された電子の運動エネルギーから中間状態や終状態を決定できる光電子分光法は、複数の経路が関与する多重イオン化機構を詳細に理解するための強力な手法となる[7][7] Y. Hikosaka, M. Fushitani, A. Matsuda, C.-M. Tseng, A. Hishikawa et al.: Physical Review Letters 105 (2010) 133001.。たとえば、極紫外域におけるHeの二重励起状態[8][8] A. Hishikawa, M. Fushitani, Y. Hikosaka, A. Matsuda, C.-N. Liu et al.: Physical Review Letters 107 (2011) 243003.やX線域における希ガス原子[9][9] L. Young, E. P. Kanter, B. Krässig, Y. Li, A. M. March et al.: Nature 466 (2010) 56-61.、N2OやC2H6などの多原子分子[10-12][10] N. Berrah, L. Fang, B. Murphy, T. Osipov, K. Ueda et al.: Proceedings of the National Academy of Sciences 108 (2011) 16912-16915.
[11] L. J. Frasinski, V. Zhaunerchyk, M. Mucke, R. J. Squibb, M. Siano et al.: Physical Review Letters 111 (2013) 073002.
[12] M. Mucke, V. Zhaunerchyk, L. J. Frasinski, R. J. Squibb, M. Siano et al.: New Journal of Physics 17 (2015) 073002.の内殻二重空孔(double core hole: DCH)状態が関与した非線形イオン化現象が光電子分光法を用いることによって新たに見出されている。また最近では、共分散を利用した計測手法(covariance mapping)によって、多電子放出における電子相関からイオン化経路を特定する試みが行われている[11,12][11] L. J. Frasinski, V. Zhaunerchyk, M. Mucke, R. J. Squibb, M. Siano et al.: Physical Review Letters 111 (2013) 073002.
[12] M. Mucke, V. Zhaunerchyk, L. J. Frasinski, R. J. Squibb, M. Siano et al.: New Journal of Physics 17 (2015) 073002.。一方、非線形応答に由来する電子信号は、線形吸収に起因する光電子やオージェ電子とスペクトル上で重なって計測されることも多く、様々なオージェ過程が起きる重元素原子などでは、多光子過程に由来する微弱な電子を分離して捉えることは容易ではない。
極紫外やX線領域における非線形吸収過程では一般に高次過程になるほど価数の高いイオンが生成する。このことは、イオンの価数を「標識」として電子信号を分別することで、幅広い1光子過程の信号に埋もれている微弱な非線形信号を取り出せることを意味する(図1)。そこで、筆者らは最近、磁気ボトル型光電子分光器にイオン捕集機構を組込み、多光子吸収により生成した電子だけではなく、同時に生成するイオンも測定する、多電子−イオンコインシデンス計測法の導入を行った[13][13] M. Fushitani, Y. Sasaki, A. Matsuda, H. Fujise, Y. Kawabe et al.: Physical Review Letters 124 (2020) 193201.。本稿では、この多電子−イオンコインシデンス計測法をXe原子の極紫外非線形イオン化過程に応用した研究成果について紹介する。
図1 多電子−イオンコインシデンス計測で得られる電子スペクトルの概念図
2. 実験
実験はX線自由電子レーザー施設SACLAで行った[14][14] S. Owada, M. Fushitani, A. Matsuda, H. Fujise, Y. Sasaki et al.: Journal of Synchrotron Radiation 27 (2020) 1362-1365.。軟X線ビームライン(BL1)から放出される高強度なレーザー光(~90 eV)をXe原子に照射し、この光吸収で生じた電子およびイオンを独自に開発した磁気ボトル型電子・イオン分光装置を用いて検出した。
図2に実験で使用した多電子−イオンコインシデンス装置の概略図を示す。光吸収により放出される多数の電子を高効率に検出するため、電子捕集には磁気ボトル型の光電子分光器を用いた[7,15][7] Y. Hikosaka, M. Fushitani, A. Matsuda, C.-M. Tseng, A. Hishikawa et al.: Physical Review Letters 105 (2010) 133001.
[15] 伏谷瑞穂、彦坂泰正、菱川明栄:日本物理学会誌 68 (2013) 794-801.。この装置の特徴は不均一磁場による磁気ミラー効果により、どの方向に放出された電子も検出器方向へ誘導し、全立体角にわたって電子を捕集できる点にある。相互作用領域で発生した電子は円錐形永久磁石が生成する不均一磁場とソレノイドコイルによる均一磁場によって飛行管側へと導かれ、飛行管末端に設置されたMCP(Micro-Channel Plate)検出器で検出される。
図2 磁気ボトル型電子−イオン分光装置の概略図
本実験では、電子と同時に生成したイオンを測定するため、リペラおよび引出電極で構成されるイオン捕集機構を磁気ボトル型光電子分光器に新たに導入した。それぞれの電極にパルス電圧を印加することで生成イオンを飛行管側へと引き込み、電子測定と同じMCP検出器で検出した。電圧印加のタイミングは光照射から約2 μs後であり、この時間内に電子はMCP検出器に到達するため、電子スペクトルへの影響はほぼない。MCP検出器で生じた荷電粒子の電気信号は波高選別の後、NIM(Nuclear Instrumentation Module)信号としてコンピューターに取り込んだ。
試料ガス導入前の真空チャンバー内の圧力は~1 × 10−8 Paであり、ガス導入後は~5 × 10−8 Paであった。偽のコインシデンス事象を全体の20%以下に抑えるため、FEL強度を調節し、イベントレートが0.25 event/pulseとなる条件で測定を行った。残存する偶然事象の寄与は共分散法[11][11] L. J. Frasinski, V. Zhaunerchyk, M. Mucke, R. J. Squibb, M. Siano et al.: Physical Review Letters 111 (2013) 073002.を用いて除去した。
3. 結果と考察
図3(a)にEUV-FEL光(91 eV、30 fs、60 Hz、1.6 × 1012 W/cm2)をXeガスに照射した際の飛行時間スペクトルを示す。光電子の信号(2 μsまでの領域)および4価までのXeイオン(11−22 μs領域)が同一のスペクトル上に観測されている。それぞれのイオン収量比は、Y(Xe+) : Y(Xe2+) : Y(Xe3+) : Y(Xe4+) = 0.11 : 1 : 0.37 : 0.04であり、先行研究における結果をほぼ再現している[2][2] A. A. Sorokin, S. V. Bobashev, T. Feigl, K. Tiedtke, H. Wabnitz et al.: Physical Review Letters 99 (2007) 213002.。図3(b)に示したエネルギー準位図から、Xe+、Xe2+およびXe3+イオンは1光子吸収で生成し得るのに対して、Xe4+へのイオン化には少なくとも2光子の吸収が必要であることがわかる。Xe4+イオン収量の光強度依存性を調べたところ2次の依存性を示すことが見出され、Xe4+イオンの主生成経路が2光子過程によることがわかった。エネルギー図から、2光子過程には、(i)1光子吸収で生じたXe2+(5p−2)、あるいはXe3+(5p−3)からの光イオン化に伴う段階的なイオン化経路と、(ii)Xe+ 4d−1内殻空孔状態からのイオン化によるXe2+ 4d−2 DCH状態を経由する経路が考えられる(図3(b))。
図3 (a) EUV-FEL光(91 eV、30 fs、1.6 × 1012 W/cm2)照射によるXeの飛行時間スペクトル、(b) Xeのエネルギー準位図。Pは光イオン化、Aはオージェ緩和による電子放出を表す。文献[13]より許可を得て転載。
図4(a)に全電子スペクトルを示す。21.3および23.3 eVに見られるピークはXe 4d内殻準位(4d3/2、4d5/2)の1光子イオン化で生じた光電子信号(P1)であり、8−20 eV(A1’)および28−35 eV(A1)の領域に観測された鋭いピークはXe+(4d−1)からXe2+に緩和する際に生じるN4,5OOオージェ電子に帰属される[16][16] T. X. Carroll, J. D. Bozek, E. Kukk, V. Myrseth, L. J. Saethre et al.: Journal of Electron Spectroscopy and Related Phenomena 125 (2002) 127-132.。1光子過程で生じるXe2+と同時に計測した電子スペクトル(図4(b))にはこの4d光電子およびオージェ電子の特徴的な分布が観測される。Xe3+はXe+(4d−1)からダブルオージェ過程(Ad)により2電子を放出して生成する[17][17] F. Penent, J. Palaudoux, P. Lablanquie, L. Andric, R. Feifel et al.: Physical Review Letters 95 (2005) 083002.。Xe3+の生成では、N4,5OOオージェ過程の寄与はないため、Xe3+と同時に計測した電子スペクトルにはN4,5OOオージェ電子ピークは観測されない(図4(c))。2光子吸収によって生成するXe4+イオンと同時計測して得られた電子スペクトル(図4(d))には、4d光電子信号(P1)が明瞭に見出されている。このことは、Xe4+イオンの生成過程においても、Xe 4d内殻電子のイオン化が最初に引き起こされていることを示している。また強度は小さいものの、スペクトルにはXe2+イオンの生成を意味するN4,5OOオージェ電子信号が観測されていることから、Xe4+イオンの生成過程においてXe2+イオンを経由する経路があることが見て取れる。一方、図4(d)のスペクトルには、N4,5OOオージェ電子だけでは説明できない幅広い電子信号が26−38 eVの領域に見出された。この電子エネルギーはXeの内殻二重空孔状態Xe2+(4d−2)とその緩和先であるXe3+(4d−15p−2)状態とのエネルギー差[18][18] V. Jonauskas, L. Partanen, S. Kucas, R. Karazija, M. Huttula et al.: Journal of Physics B: Atomic, Molecular and Optical Physics 36 (2003) 4403-4416.と良く一致しており、この電子信号はXe2+ 4d−2 DCH状態を経由するXe4+イオンの生成経路があることを示唆している。
図4 (a) 全電子スペクトルおよび、(b) Xe2+、(c) Xe3+、(d) Xe4+と同時計測した電子スペクトル。
多重イオン化過程の詳細を明らかにするため、多価イオンと同時に計測された2電子の相関を調べた。図5(a)にXe2+イオンと同時計測された2つの電子の相関図を示す。Xe2+の生成で放出される電子は主に4d内殻イオン化による光電子(P1)および4d内殻空孔崩壊によるN4,5OOオージェ電子(A1、A1’)であるため、電子のエネルギーを軸にとった2次元図を作成すれば、これら2つの電子に対応するエネルギー位置に信号が現れることになる。図5(a)には異なる4d内殻スピン軌道準位からの光電子と、対応するN4,5OOオージェ電子間の相関が明瞭に観測されていることがわかる。このことは本実験条件下で、2つの電子と1つのイオンに関する3粒子コインシデンス計測が正しく行われており、複数のイオン化経路を区別して観測できていることを示している。
図5 (a) Xe2+および、(b) Xe4+と同時に計測された電子の2次元図。Pは光イオン化、Aはオージェ緩和による電子放出を表し、それぞれが観測されるエネルギー領域を色帯で示す。文献[13]より許可を得て転載。
次に、Xe4+イオンの生成経路を確認するため、Xe4+イオンと同時計測された2つの電子間の相関を調べた(図5(b))。Xe4+イオンがXe 4d−2 DCH状態を経由して生成する場合、Xe+(4d−1)の4d内殻イオン化Xe+(4d−1) + hν → Xe2+(4d−2) + e−における光電子(P2)とこれに引き続くXe 4d−2 DCH状態からのオージェ電子(A2、A2’、A3、A3’、A3”)とが同時に検出されるはずである。実際に図5(b)を見ると、この光電子の運動エネルギー分布(< 10 eV)およびオージェ電子の運動エネルギー分布(26−38 eV)の交わる領域に信号が現れている。さらに詳しく見ると、26−38 eVの領域では傾きが−1をもつ分布端(図5(b)右下の点線)が観測されており、4d−2 DCH状態の生成に伴う光電子とオージェ電子が余剰エネルギーを分配していることがわかる。
今回の実験により、極紫外強レーザー場におけるXe4+イオンの生成には、Xe+(4d−1)からの極めて高速なオージェ崩壊(寿命~6 fs)と競合して、4d−2 DCH状態を経由した経路からの寄与があることが明らかとなった。スペクトル(図4(d))を解析したところ、DCH状態を経由した経路はXe4+の生成に対して段階的な経路とほぼ同程度の寄与があることが見出された。EUV-FEL光のパルス幅が30 fsであることを考えると、この結果はDCH状態の生成が極めて効率よく起こっていることを示している。
この機構を理解するために、レート方程式に基づくシミュレーションを行った。ここでは、EUV-FEL光の2光子吸収によりXe4+イオンを生成する経路のみを考慮した(図3(b))。シミュレーションでは、価数に関わらずオージェ崩壊の寿命を6 fsとし、各イオン化過程における吸収断面積については先行研究[19-21][19] P. Andersen, T. Andersen, F. Folkmann, V. K. Ivanov, H. Kjeldsen et al.: Journal of Physics B: Atomic, Molecular and Optical Physics 34 (2001) 2009.
[20] U. Becker, D. Szostak, H. G. Kerkhoff, M. Kupsch, B. Langer et al.: Physical Review A 39 (1989) 3902-3911.
[21] J. M. Bizau, C. Blancard, D. Cubaynes, F. Folkmann, J. P. Champeaux et al.: Physical Review A 73 (2006) 022718.の値を参照した。得られた分岐比を実験値と比較することで、Xe+(4d−1) + hν → Xe2+(4d−2) + e−の断面積の上限値としてσDCH = 64 Mb、下限値としてσDCH = 27 Mbが得られた[13][13] M. Fushitani, Y. Sasaki, A. Matsuda, H. Fujise, Y. Kawabe et al.: Physical Review Letters 124 (2020) 193201.。
Xeの4d内殻準位のイオン化では90 eV付近に巨大共鳴があり、その断面積は約20 Mbである[20][20] U. Becker, D. Szostak, H. G. Kerkhoff, M. Kupsch, B. Langer et al.: Physical Review A 39 (1989) 3902-3911.。今回得られた断面積はこれよりも最大で3倍程度大きく、4d内殻イオン化における巨大共鳴の寄与だけでは説明することができない。この原因の一つとして、4d−2 DCH状態のエネルギー近傍に位置する4p内殻準位の影響が考えられる。4p内殻準位は4d−2 DCH状態と強く相互作用しており、そのスペクトルは30 eVの幅広い分布を示す[22][22] G. Wendin and M. Ohno: Physica Scripta 14 (1976) 148.。また、この4p内殻準位に空孔状態が生じると、超コスター・クローニッヒ遷移によりXe 4d−2 DCH状態が生成する[23][23] Y. Hikosaka, P. Lablanquie, F. Penent, T. Kaneyasu, E. Shigemasa et al.: Physical Review Letters 98 (2007) 183002.。今回の非線形イオン化過程では1光子目でXe+(4d−1)が生成し、2光子目でXe+(4p04d−1) + hν → Xe+(4p−14d0)の電子遷移が起き、4p内殻空孔および4d DCH状態が生成している可能性がある。Xe+(4p04d−1)からXe+(4p−14d0)への遷移は大きな遷移強度をもつ束縛準位間の双極子許容遷移であるため、この4d ← 4p内殻軌道間遷移がσDCHの増大に寄与していると示唆される。
4. まとめと展望
本稿では、磁気ボトル型電子・イオン分光装置を用いたXeの極紫外非線形イオン化過程の多電子−イオンコインシデンス計測について解説した。非線形過程で生じる電子とイオンを同時計測することで、これまで認識されていなかったXe 4d−2 DCH状態を経由する新たなイオン化経路を明瞭に見出すことができた。さらに、レート方程式に基づくシミュレーションを行った結果、このDCH状態を経由するイオン化経路がXe4+イオンの生成に大きく寄与していることが明らかとなった。以上のように、電子とともに同時計測した多価イオンを「標識」として用いることで、線形過程に由来する電子信号に埋もれた微弱な非線形成分を抽出することが可能になるため、本手法は多電子が放出される非線形イオン化過程の詳細を理解する上で強力な手法であることがわかる。
ここで紹介した計測手法は原子だけでなく、分子への応用も可能である。特に、分子の異なる原子サイトに生じたDCH状態の基礎的理解は分子内の原子配置に敏感な新たな非線形局所化学分析法を確立する上で極めて重要となっている[23-25][23] Y. Hikosaka, P. Lablanquie, F. Penent, T. Kaneyasu, E. Shigemasa et al.: Physical Review Letters 98 (2007) 183002.
[24] L. S. Cederbaum, F. Tarantelli, A. Sgamellotti and J. Schirmer: The Journal of Chemical Physics 85 (1986) 6513.
[25] M. Tashiro, M. Ehara, H. Fukuzawa, K. Ueda, C. Buth et al.: The Journal of Chemical Physics 132 (2010) 184302.。本計測手法はこのDCH状態に由来する電子信号を1光子過程で生じる大多数の光電子やオージェ電子信号から分離して観測できるため、非線形局所化学分析法を実現する優れた手段になると期待される。また、FEL同期レーザーを併用した多電子−イオンコインシデンス計測を行うことで、極紫外・X線域の非線形分子過程の動的機構を詳細に解明できるものと期待される。
本研究は、ビームライン研究開発グループの支援を受け、課題番号2016B8018、2017B8081、2018A8019、2018B8028、2019A8028、2019B8046で実施された。本研究の一部は科学研究費補助金、名古屋大学最先端国際研究ユニット反応インフォグラフィー(R-ing)、および分子科学研究奨励森野基金からの助成を受けて遂行された。
参考文献
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