Volume 25, No.2 Pages 138 - 142
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第18回APS-ESRF-SPring-8-DESY三極ワークショップ報告
Report on the 18th APS-ESRF-SPring-8-DESY Three-way Meeting
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室 Spectroscopy and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
APS-ESRF-SPring-8-DESY三極ワークショップは、1994年にESRFにおいて第1回目が開催されて以来、約18ヶ月の間隔でAPS、ESRF、SPring-8の3施設の持ち回りによって開催されてきた。本ワークショップは、高エネルギーの大型放射光施設としての各施設の現状を報告するとともに、共通して抱える技術的課題の解決に向けて、施設間の連携を強化する場となってきた。“三極”の名称は、アメリカ・アジア・ヨーロッパの3大陸を表し、2010年からはDESYが加わって、4施設にてワークショップが行われている。
ワークショップの開催から約四半世紀が経過し、18回目の開催となる今回は、2020年2月11~12日の日程で、ESRFにおいて開催された。本来、今回はSPring-8で開催される順番であったが、ちょうどESRF-EBS(ESRF-extremely brilliant source)のマシンのインストールが完了する2019年11月末が開催時期にあたることから、ESRFで開催することが決まった。さらに、ESRF-EBSのマシンコミッショニング時期を考慮して開催が翌年2月に延期され、結果的に上述の開催日となったとのことである。結果的に、この時期に開催されたことによってESRF-EBSのコミッショニングに関する情報を得ることができ、また実際に改修後の施設を見学することもできたため、非常に有意義な会議となった。
2. 開催前夜
筆者にとって、三極ワークショップへの参加は初めてであり、また、グルノーブル(ESRF)も初めての訪問であった。かつては冬季オリンピックが開催された地であり、寒さを覚悟しての渡航であったが、日本と同じくこちらも暖冬で、町中には雪など全く無く、初日は10°Cを超える陽気であった。現地の人と話をしても、この陽気は異常とのことであった。ただ、周囲を見渡すと、まわりには頂に雪化粧をしたアルプスの山々がそびえ、町中を移動する際にも、景観の良さが目についた。
会議に参加するにあたり、関係者が移動した2月9~10日にかけて、ドイツにSabine(サビーネ)と名前がついたハリケーンが接近した[1][1] 外務省渡航安全ページ:
https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=78565。そのため、ドイツ国内の鉄道が止まり、飛行機も欠航が相次ぎ、ドイツからの参加者や、ドイツ経由で移動した日本からの参加者の移動に大きな影響があった。ドイツからの参加者に聞いたところでは、今回ほど大規模に交通がマヒした経験は無いとのことであった。また、アメリカからのフライトにも影響があったようで、アメリカからは渡航できなかった参加者も多数あった。筆者はアムステルダム経由で渡航したが、デンマーク上空あたりからハリケーンの影響で揺れが激しくなり、飛行機の到着に遅れがでた。その結果、空港では、蓄積リング棟1周分ほどの距離を必死に走って乗り継ぐという一幕もあった。いろいろとトラブルはあったものの、(筆者の知る限りでは)日本からの参加者は皆無事に現地へ到着し、ワークショップに参加の運びとなった。
図1 会場となったESRF-EBSの外観。正面の建物は、フェーズIで増設された実験ホール。
3. 各施設からの報告_ESRF-EBS
初日は、“Status report by the DGs”、“Accelerator project report”、“Science report by the DoRs”、“Science Highlight from the facilities”と題した4つのセッションが、また2日目の午前には、“Facilities' instrumentation program”と題したセッションが設けられ、それぞれのセッションにおいて各施設からの報告が行われた。個々の発表については、会議のプログラムを末尾に示したのでそちらを参照していただき、ここでは特に印象に残った発表を中心に紹介したい。特に、ESRF-EBSの進捗とコミッショニングに関する見事な発表は、今回のワークショップを通したハイライトであった。そこで、最初に少し紙面を割いて、まずはESRF-EBSの現状について報告する。
ESRFのアップグレード計画はESRF-EBSと呼ばれ、フェーズI(2009~2015年)とフェーズII(2015~2022年)の2段階で進められている[2][2] CDRをはじめ、ESRF-EBSに関する情報は、以下のHPから入手可能である。
https://www.esrf.eu/about/upgrade。フェーズIは、加速器に先だって戦略的にビームラインの再編を行う計画であり、実験ホールの拡張に加えて、長尺ビームラインの建設なども行われている。2015年にフェーズIは終了し、その後、加速器のアップグレードであるフェーズIIに計画が引き継がれている。フェーズIの終了後、数年間ではあるが古いリングのまま、再編されたビームラインを用いた利用研究が行われている。ESRFの調べによると、フェーズIにおけるビームラインアップグレードの結果、発表された論文数に大きな変化は無いが、インパクトファクターが37%程度増加したとの報告があった。ビームラインの集中的なアップグレードが、研究の質的向上に寄与しているという調査結果は興味深い。アップグレードの議論では、既存の測定環境が維持されるかどうかに意識が向きがちになるが、同じくビームラインのアップグレードを先行して進めているSPring-8においても、今後どのようなサイエンスを展開し、そのために測定環境をどのように向上させていくのか、という視点は、ESRF-EBSの例を見ても、今後の議論においてもっと意識されるべきであろう。
冒頭に紹介したとおり、アップグレード計画のフェーズIIも順調に進行している。2019年の11月にはマシンのインストールが終了し、12月2日からはコミッショニングが開始されている。ESRF-EBSは、ハイブリッド7 bend achromat(BA)のラティスを採用し、蓄積電流は200 mA、水平エミッタンスは133 pm∙radを目指した計画である[2][2] CDRをはじめ、ESRF-EBSに関する情報は、以下のHPから入手可能である。
https://www.esrf.eu/about/upgrade。ESRF-EBSからの報告によると、12月6日に、ESRF-EBSの蓄積リングに電子を蓄積し、その後、12月15日には世界最小となる水平エミッタンス308 pm∙radを達成している。この結果は、ESRF-EBSのホームページでも速報として紹介されていたので、ご覧になった方も多いと思う[3][3] 以下のHPに、これまでのコミッショニングに関する速報が報告されている。
https://www.esrf.eu/cms/live/live/en/sites/www/home/news/general.html。さらに2020年に入り、1月30日には100 mAの蓄積を達成し、同日、5 mA運転条件下でフロントエンドスリットをあけて、ビームラインへの光の導入に成功している。この時点で、27本中26本のビームラインでマシンの改造前とほぼ同じ位置で光を確認したとのことである。2月7日には蓄積電流は180 mAに達し、三極ワークショップに至っている。図2は、ワークショップ中に現地で撮影した運転モニタである。蓄積電流180 mAで、すでにトップアップ運転が行われていることが分かる。また、同日に制御室を見学したところ、当日の水平エミッタンスは200 pm∙rad程度まで向上していた。
図2 ESRF-EBSの運転状況表示モニタ。
2日目最後のサイトツアーでは制御室の見学も行われ、コミッショニング風景を見学することができた。そこでは、ピンホールカメラで観察したビームのプロファイルを観察しながら、調整が行われていた(図3)。理屈では分かっていたものの、実際に丸いビームが映された画面は、放射光光源が新しい時代に入ったことを実感させるのに十分なインパクトであった。
図3 制御室のコミッショニング風景。壁際に置かれた中央の3枚のモニタの両脇に置かれているのが、本文中で紹介した2本のワイン。
これまでに紹介した通り、ESRF-EBSのコミッショニングは順調に進んでおり、現在の蓄積電流は、リングの真空により制限されているとのことであった。まだ半年のコミッショニング期間が残っていることを考えると、順次真空が枯れて行くことでこの問題は解決されるものと予想される。余談になるが、制御室に2本のワインが飾ってあり、それらには“200”という数字が書き込まれていた(図3)。ESRF-EBSのスタッフに尋ねたところ、飾ってあるワインは200 mAの蓄積を達成したらお祝いに開けることになっているという意味だそうで、目標までもう少しだと楽しそうに話しておられた(この原稿を執筆している間に、ESRF-EBSのホームページ上では、はやくも2月29日に200 mAの蓄積に成功したとの発表があった[3][3] 以下のHPに、これまでのコミッショニングに関する速報が報告されている。
https://www.esrf.eu/cms/live/live/en/sites/www/home/news/general.html。未確認ではあるが、2本のワインボトルはすでに開けられたものと推察される)。
現在の入射効率は、90%程度とのことである。これまでのコミッショニング過程で、蓄積リング中に2箇所ゴミが入っていることが発見され(1箇所はワイヤで、もう1箇所はアルミくずとのこと)、その都度、リングの真空を破って対処したとのことであった。2ヶ月程度の期間に、何度も真空作業に対処されている作業経過からも、現地スタッフのESRF-EBSへの意気込みが感じられた。また、小数バンチ運転である16バンチ運転もすでにテストしており、25 mAの蓄積に成功しているとのことであった。
蓄積リングのコミッショニング開始当初は、放射線安全管理の問題上、実験ホールへの立ち入りは安全系のスタッフのみに制限されていたとのことであったが、ちょうど三極ワークショップの直前にこの制限が緩和されたとのことで、我々もサイトツアーで実験ホールや制御室などを見学することができた。ESRF-EBSの実験ホールでは、実際にX線を使用する光学ハッチや実験ハッチに加えて、試料準備室や制御環境などが全て区分けされた小屋に納められていた(図4)。また、フェーズIIの予算は2022年度まで継続するとのことで、フラッグシップビームラインと命名された4本の新規BLの整備が引き続き行われるとのことであった。
図4 ESRF-EBSの実験ホール内の風景。
ESRF-EBSでは、この後も引き続きコミッショニングが行われ、3月2日からはビームラインを含めてコミッショニングを行い、8月25日からはユーザー運転を再開する予定とのことであった。現時点では、アップグレード計画においては、ESRF-EBSは他施設よりも一歩先を進んでいる。同業者としては悔しくもあるが、その一方で、低エミッタンスリングではどのように計測技術が進展するのか、また、どのような新しいサイエンスが展開されるのか、しばらくはESRF-EBSの動向に注目することになりそうである。
4. 各施設の現状とアップグレード計画の進捗
次に、ESRF-EBS以外の3施設の状況について報告する。
PETRA III、PETRA IV:PETRA IIIでは、拡充されたPaul P. Ewaldホール、Ada Yonathホールの整備状況と、Ewaldホールに新たに建設されたP61B(large volume press)、P62(Anomalous Small Angle Scattering)、ならびに建設中のP66(Time-resolved UV Luminescence)の紹介があり、最初に建設されたLaueホールを含めると、現在は合計で23本のビームラインが稼働中とのことであった。
PETRA IVへのアップグレード計画については、2019年12月にConceptual design report(CDR)を発表したとの報告があった[4][4] CDRをはじめ、PETRA IVに関する情報は、以下のHPから入手可能である。
https://photon-science.desy.de/facilities/petra_iv_project/index_eng.html。今後は設計を進めてTechnical design report(TDR)を取りまとめる作業を行い、2022年にTDRを発表の予定とのことである。その後、2025年から建設を行い、2027年に運転開始する計画とのことであったが、PETRA IVも予算の問題を抱えており、これまで提案されていた計画よりも少しずつ遅れている様である。
また、DESYのキャンパス内に、CXNS(Centre for X-ray and Nano Science)、CMWS(Centre for Molecular Water Science)、CSSB(Centre for Structural Systems Biology)など、多くの研究センターの建設が計画されているとの紹介があった。ハンブルグ大学を含め、この地区を科学地区として整備する計画とのことであった。
APS、APS-U:APSからは、新しい高速チョッパーの開発に関する発表が印象に残った。MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)で加工された薄いシリコン結晶を高速で振動させ、300 ps以下の時間幅で、入射X線を回折させて切り出すことに成功したとのことである[5][5] P. Chen et al.: Nature communications 10 (2019) 1158.。APSでは、将来の方向性の1つとして“resolution with speed”というテーマを掲げており、サイエンスハイライトにおいても、ビームライン7-BMにおけるスプレーのトモグラフィー計測の成果などが紹介されていた。次期光源においては光源輝度の向上が期待され、今後、時分割計測の活性化はさらに加速しそうな気配であった。
APS-U(APS-upgrade)計画においては、昨年末にAPS-U計画のCD-3が採択され、リングの改修に向けた準備が始まったとの報告があった[6][6] APSのアップグレードに関する情報は、以下のHPから入手可能である。
https://www.aps.anl.gov/APS-Upgrade。これからコンポーネントの準備を始め、2022年の冬にAPSをシャットダウンしてマシンをアップグレードし、2026年から利用再開を目指しているとのことである。
SPring-8、SPring-8-II:SPring-8からは少ないダウンタイムで安定して運転されている状況が報告された他、加速器の進捗として蓄積リングへのSACLA入射・キッカーシステムのfeedforwardシステム、吸引力相殺アンジュレータなどの状況が報告された。また、施設のアップグレード計画においては、日本では東北放射光計画が採択されたため、そちらと合わせて将来計画が検討されている状況が紹介された他、SPring-8ではビームラインアップグレードに着手した現状などが報告された。
その他、全体として、発光分光/非弾性散乱装置の整備と、その利用が進んでいることが印象に残った。ESRF-EBSからはよく知られたID20、ID26のビームラインの紹介があった他、PETRAからはテンダー領域(2840 eV)における利用と、サイエンスハイライトとして軌道イメージングの成果が報告された[7,8][7] B. Leedahl et al.: Nature communications 10 (2019) 5447.
[8] H. Yavaş et al.: Nature Physics 15 (2019) 559-562.。APSからも、多層膜コートされたモンテルミラーとquarts結晶を用いたRIXS装置により、10 meV以下の高分解能を達成した話題が紹介された[9][9] J. Kim et al.: Scientific Reports 8 (2018) 1958.。SPring-8も発光分光器は整備を進めてきており、この先の利用をしっかりと考えることの重要性を改めて認識した。
2日目の午後は、2月10日にパラレルで行われた2つのサテライトワークショップ(Optics WorkshopとData Management Workshop)のまとめが報告された。特に、Data Management workshopの報告では、次期光源で予想される大量データについて、ストレージ・解析・データポリシーなど多方面から話題が寄せられた状況が報告されたが、当然ながら、1日のワークショップでは議論しきれず、次回の会議でも引き続き議論が行われることが確認された。Data Managementは、いずれの施設でも喫緊の課題として、その対策に追われている状況が伺えた。
5. おわりに
最後に、ESRF-EBS関係者への謝辞を込めて、今回のワークショップをお世話していただいた、Anne-Françoise Maydewさんの話題を紹介したい。
今回のワークショップでは、会議を通して非常に行き届いた運営が行われていた。その陣頭指揮を執られていたAnnaさんとバンケットで同席し、いろいろとお話をお伺いすることができた。Annaさんは、10年程前に学会に参加するために来日された経験をお持ちとのことで、その際、会議に加えて日本で訪れた観光地や商店において、日本人スタッフの親切で丁寧な応対に感銘を受けられたと熱心に話しておられた。フランスに帰国後は、次は会議などでグルノーブルを訪れる人に満足してもらおうと、所属するチームのメンバーに日本での経験を伝え、発破かけて頑張ってこられたとのことであった。昨年のラグビーワールドカップでも話題となったが、いわゆる日本の「おもてなし」に感銘を受けられたわけで、スポーツのみならず、学術交流も日本の文化を伝えることに一役買っていることを実感することとなった。
さて、次回のワークショップは、SPring-8において2021年の2~3月の期間に開催されることが決まった。ビームラインアップグレードを含め、主催者としてSPring-8はどのような進捗報告ができるのか、はたまた「おもてなし」の本家として海外からの関係者をどのように迎えるのか。ESRF-EBSでの開催が変則であったため、本来の開催周期に戻すために次回のワークショップは1年後である。
表1 初日(2月11日)のプログラム
表2 2日目(2月12日)のプログラム
参考文献
[1] 外務省渡航安全ページ:
https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=78565
[2] CDRをはじめ、ESRF-EBSに関する情報は、以下のHPから入手可能である。
https://www.esrf.eu/about/upgrade
[3] 以下のHPに、これまでのコミッショニングに関する速報が報告されている。
https://www.esrf.eu/cms/live/live/en/sites/www/home/news/general.html
[4] CDRをはじめ、PETRA IVに関する情報は、以下のHPから入手可能である。
https://photon-science.desy.de/facilities/petra_iv_project/index_eng.html
[5] P. Chen et al.: Nature communications 10 (2019) 1158.
[6] APSのアップグレードに関する情報は、以下のHPから入手可能である。
https://www.aps.anl.gov/APS-Upgrade
[7] B. Leedahl et al.: Nature communications 10 (2019) 5447.
[8] H. Yavaş et al.: Nature Physics 15 (2019) 559-562.
[9] J. Kim et al.: Scientific Reports 8 (2018) 1958.
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : tamenori@spring8.or.jp