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Volume 25, No.2 Pages 88 - 95

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

最小の励起エネルギーをもつ原子核状態229mThの人工的生成
Artificial Production of the Lowest Energy Nuclear Excited State, 229mTh

平木 貴宏 HIRAKI Takahiro[1]、海野 弘行 KAINO Hiroyuki[1]、増田 孝彦 MASUDA Takahiko[1]、岡井 晃一 OKAI Kouichi[1]、笹尾 登 SASAO Noboru[1]、吉見 彰洋 YOSHIMI Akihiro[1]、吉村 浩司 YOSHIMURA Koji[1]、北尾 真司 KITAO Shinji[2]、瀬戸 誠 SETO Makoto[2]、玉作 賢治 TAMASAKU Kenji[3]、依田 芳卓 YODA Yoshitaka[4]

[1]岡山大学 異分野基礎科学研究所 Research Institute for Interdisciplinary Science, Okayama University、[2]京都大学 複合原子力科学研究所 Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science, Kyoto University、[3](国)理化学研究所 放射光科学研究センター RIKEN SPring-8 Center、[4](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

Abstract
 トリウムの同位体の1つである229Thの原子核はおよそ8 eVという、特異的に低いエネルギーの第一励起状態(229mTh)をもつ。229mThは真空紫外領域のレーザー光で励起が可能であるため、229Th原子核を用いた超高精度な“原子核時計”などの様々な応用の可能性があり、多くの研究者の興味を惹いている。しかしながら、229mThへの励起や、229mThの脱励起光の観測に成功した例はない。一方、我々のグループはSPring-8の高品質X線ビームを用いた独自の手法で229mThを生成し、世界初の脱励起光観測に向けて研究を進めている。本記事では、2018年の実験で成功した229mTh生成実験について主に紹介する。
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SPring-8

 

1. 特異な原子核トリウム229
 原子核には原子と同様に多数の励起状態が存在するが、原子核の励起エネルギースケールはkeVやMeVであり、原子のようにeV領域のレーザーを使って状態間を操作することはできない。しかし例外が存在し、トリウム(原子番号90)の同位体の1つであるトリウム229(229Th)原子核は、これまで実験的に存在が確認された3,000以上の同位体の中で最も、そして特異的に低い8 eV程度[1][1] B. Seiferle et al.: Nature 573 (2019) 243-246.のエネルギーの第一励起状態が存在する。また、229Th原子核の第一励起状態は229Th原子がイオンである時には脱励起寿命が数分から数時間程度と長い、アイソマー(核異性体)であると予想されている[2][2] E. V. Tkalya et al.: Phys. Rev. C 92 (2015) 054324.
 この229Th原子核の特異性を活かした応用例が、原子核のレーザー分光、特に原子核遷移を用いた超高精度な時計である。現在1秒の定義は133Cs原子の超微細分裂間の遷移を周波数標準として用いたもので、その精度は10-16程度である。また現在開発の進んでいるレーザーを用いた光原子時計の相対不確かさは10-18程度に達している[3,4][3] T. L. Nicholson et al.: Nat. Commun. 6 (2015) 6896.
[4] N. Huntemann et al.: Phys. Rev. Lett. 116 (2016) 063001.
。この原子時計の精度を決定している主な要因は原子と外場の相互作用による擾乱である。一方、原子核は周囲を電子に遮蔽されているために外場の影響を受けにくく、229Th原子核のレーザー遷移を時計遷移として用いることで更に1桁程度の精度改善が期待されている[5][5] C. J. Campbell et al.: Phys. Rev. Lett. 108 (2012) 120802.
 229Thの原子核のレーザー遷移を基礎物理に活用する研究も提案されている。微細構造定数αはその名の通り定数であるものとして通常取り扱っているが、宇宙論では微細構造定数が実はわずかに時間変化する可能性が議論されている[6][6] J. P. Uzan: Rev. Mod. Phys. 75 (2003) 403-455.229Thのレーザー分光が実現すればこれまでより数桁良い感度が得られる可能性がある[7,8][7] V. V. Flambaum: Phys. Rev. Lett. 97 (2006) 092502.
[8] J. Thielking et al.: Nature 556 (2018) 321-325.

 

 

2. 229Th原子核アイソマー状態探索の現状
 以上のような応用があるため、229Th原子核のアイソマー状態について精力的に研究が進められてきた。第一励起状態への励起エネルギー(E1st)の値を理論的に精度良く計算することは難しく、実験的に決定する必要がある。以下、これまでの研究を簡単に紹介する。
 まず229Thの生成手法であるが、自然界に存在しない229Thは233Uのα崩壊でできたものを取り出して使用する。また233Uがα崩壊すると229Th原子核の様々な励起状態に遷移するが、それらの脱励起過程の中で一部が229mThに遷移する。従来の研究ではこれが229mThを生成する唯一の手法であった。
 次にE1stの測定について述べる。1970年代から行われてきた研究では、E1st233Uのα崩壊で生成した229Th原子核の様々な励起状態からの脱励起γ線の分光によって間接的に求めていた。この手法では0.5 eVの精度でE1stの値が得られている[9][9] B. R. Beck et al.: Phys. Rev. Lett. 98 (2007) 142501.。最近になって、ドイツのグループは、229mTh原子核イオンが中性化した際に放出される内部転換電子の観測に成功し[10][10] L. v. d. Wense et al.: Nature 533 (2016) 47-51.、その後内部転換電子の運動エネルギーの測定から現在最も良い精度であるE1st = 8.28 ± 0.17 eVが得られた[1][1] B. Seiferle et al.: Nature 573 (2019) 243-246.(余談だが以下説明する我々のグループの今回の成果は論文[1][1] B. Seiferle et al.: Nature 573 (2019) 243-246.と共にNature誌に特集号の形で記事になり、表紙には原子核時計のイラストが描かれている)。また内部転換過程による229mThの脱励起は光放出よりずっと速く起こり、半減期は7 ± 1 μsである[11][11] B. Seiferle et al.: Phys. Rev. Lett. 118 (2017) 042501.
 他にも、229mThへ直接光励起する試みも行われてきた。このタイプの過去の実験では真空紫外領域の放射光を、波長を変えながら229Th標的に照射し、229mThへ直接光励起した後の脱励起光を観測しようとしたが、直接観測には未だ至っていない[12,13][12] J. Jeet et al.: Phys. Rev. Lett. 114 (2015) 253001.
[13] A. Yamaguchi et al.: New J. Phys. 17 (2015) 053053.
。また、229mThは1価以上のイオンの状態ではイオン化エネルギーがE1stより大きくなるため内部転換が起きず、真空紫外光を放出して脱励起するが、その寿命も実験的には分かっていない。

 

 

3. SPring-8を用いた新たなアイソマー状態生成手法
 上に述べたように、これまでの研究では229mThの生成には233Uのα崩壊によって生成されたものを使用するしかなかった。一方、我々のグループは独自の手法で229mThを生成し、そこからの脱励起光を観測しようと研究を進めている。我々は直接229mThを光励起で生成する代わりに、図1のようにSPring-8の放射光を用いて1つ上の第二励起状態に励起させる手法を用いている。第二励起状態に励起された229Thの一部は第一励起状態に脱励起する、つまり229mThの生成が人工的に実現できる。さて、第二励起状態に励起されたことを確認するためには、核共鳴散乱(Nuclear Resonance Scattering, NRS)と呼ばれる物性物理で広く使われてきた手法を用いる。核共鳴散乱法では第二励起状態の寿命程度遅れて脱励起(主に内部転換過程)により発生するトリウムの特性X線を観測する。本記事は主にこの核共鳴散乱法による229mThの生成実験について説明するが、この観測は当初我々が予想していたより遥かに高難度であった。

 

図1 核共鳴散乱を用いた229mTh生成手法

 

 

 図2に核共鳴散乱の時間スペクトルの概念図を示す。SPring-8のX線バンチビームをトリウム標的に照射すると、トリウムや周囲の物質との散乱により、主要な背景事象である即発事象が大量に発生する。通常の核共鳴散乱の場合、核共鳴励起状態の寿命が十分長いため、遅れて発生する核共鳴散乱信号は即発事象と比較的容易に時間的に区別可能で、即発事象発生から遅れたタイミングのデータのみを取得することが可能であった(図2左)。一方、229Thの第二励起状態の寿命は短く、過去の実験データと理論計算から、半減期100−200 ps程度と予想していた(実際測定した半減期は更に短く、検出できるギリギリのところにあった)。ここまで短寿命であると、即発事象が出ている間データ取得を行わず核共鳴散乱信号のみのデータを取得する手法は利用できない。従って、大量の即発事象と核共鳴散乱を全て取得し、X線ビームのエネルギーを共鳴条件付近で変化させ、即発事象のテール部分のわずかな信号量の変化を観測する必要がある。言うまでもなく測定器の時間分解能が重要であるが、それだけでなく数100 ps程度遅れて検出される信号があるとテール部分と重なってしまうため、そのような事象が少ない測定器を組む必要がある。なお、SPring-8の電子ビームバンチは時間幅が半値全幅40 ps程度と検出器の時間分解能より短く、またバンチのテールも我々の実験でも問題にならないレベルである。この非常に品質の良いビームが利用できないと229Thの核共鳴散乱は観測できない。

 

図2 核共鳴散乱の時間スペクトル。(左)通常の核共鳴散乱実験の場合、(右)229Th核共鳴散乱実験の場合。

 

 

 229Thの核共鳴散乱実験を難しくする2つ目の要因はトリウムが放射性元素であることに由来する。229Thは半減期約7800年の放射性同位体[14][14] R. M. Essex et al.: J. Radioanal. Nucl. Chem. 318 (2018) 515-525.で、ネプツニウム系列の1つである。そのため、229Thやその娘核の崩壊に伴って発生するX線やγ線がバンチビームと非同期の背景事象として存在することになる(図2右)。229Th試料は貴重で大量に用意できるわけではないが、大量に用意したとしても核共鳴散乱信号がこの背景事象に埋もれてしまうのである。より細かい話をすると、229Thの試料を入手するには、233Uが崩壊して生成されたものを分離して取り出して使用するが、実際には233U中に232Uが微量に混入しているため、分離する際その娘核の228Thも混入してしまう[15][15] 三頭聰明、結城秀行:核データニュース 72 (2002) 50-59.。この228Thの半減期は1.9年で、例えば分離後すぐに核共鳴散乱実験に使用するとトリウム系列の崩壊による背景事象が大量に存在するため信号の観測が難しい。我々の核共鳴散乱実験では、分離後長期間経てトリウム系列がほぼ崩壊しきった229Th試料を用いている。
 229Thの核共鳴散乱実験が難しかった更なる理由は229Th原子核の第二励起状態の励起エネルギー(E2nd)の値が(我々が核共鳴散乱信号を発見するまでは)精度良く分かっていなかったことにある。E2ndの値は過去の脱励起γ線の測定から29190 eV付近である[16][16] V. Barci et al.: Phys. Rev. C 68 (2003) 034329.ことは分かっていたが、数eVの不定性があった。数eVであれば十分小さいと思われるかもしれないが、229Thの核共鳴散乱の場合は即発事象を削減するため、シリコン結晶を用いたモノクロメータでX線ビームのエネルギー幅を狭くして核共鳴散乱を探索する必要があった。この点は次節の後半で更に詳しく説明する。

 

 

4. 229Th核共鳴散乱実験セットアップ
 229Thの核共鳴散乱探索実験は2014~2017年度まではSPring-8のBL09XUで、2018年度はBL19LXUで行った。図3にビームラインのセットアップを示す。アンジュレータで生成されたX線ビームはまずSi(111)結晶を用いて単色化した後、更に別のSi(440)結晶を用いてエネルギー幅0.26 eV(半値全幅)まで狭めた。X線のエネルギーはこのモノクロメータの角度を調整することで変化させた。その後前節で述べた放射能バックグラウンドを低減するため、小径トリウム標的に複合屈折レンズを用いてX線ビームを集光して照射した。標的位置でのビームサイズはおよそ0.15 mm(水平方向)、0.065 mm(鉛直方向)である。

 

図3 ビームライン上流部セットアップ。はじめにSi(440)モノクロメータを用いて核共鳴散乱信号の探索を行い、信号の兆候を発見した後、よりエネルギー幅の狭いSi(660)モノクロメータに変えて詳細なスキャンを行った。

 

 

 トリウム標的はより小径に製作できる手法をいくつか試し、最終的に硝酸トリウム溶液をノズル(Ø 0.15 mm)から加熱したグラファイト板(Ø 0.4 mm、深さ0.2 mm)の溝に少量ずつ垂らしながら乾固させたものを使用した。図4に作成途中の標的写真を載せた。その後トリウムの飛散を防ぐため、2枚のトリウム標的を張り合わせ、更にベリリウムカバーで外側を覆い密封した。また実験中は標的をアクリルボックスの中に配置し(X線ビームはベリリウム窓を通過)、核燃料物質であるトリウムが万一にも外部に流出しないようにした。

 

図4 作成したØ 0.4 mmのトリウム標的

 

 

 前節で述べたように、229Thの核共鳴散乱探索には高時間分解能、高レート耐性の検出器を用いる。それに加え背景事象の削減のため、各事象のX線エネルギー情報も得られるセットアップを構築した。検出器系のセットアップを図5に示す。トリウム標的からのX線信号はまず浜松ホトニクス社製のSi avalanche photodiode(APD)で検出する。このAPD(S12053-05)は小型(Ø 0.5 mm)で空乏層が薄く時間分解能が良いがアクセプタンスが小さいため、我々は図6のように浜松ホトニクス社と共同で3 × 3チャンネルのアレイ状にAPDを並べた検出器を製作した。各APD検出器からの出力信号は高速プリアンプにより増幅された後、constant-fraction discriminator(CFD)に入力され、デジタル信号を出力する。amplitude-to-time converter(ATC)は波高(X線エネルギー)情報を遅延時間のデジタル情報として変換出力する回路で、1 MHzの高計数率の下でも動作可能である。またATCではAPD波形のパルス時間幅の情報も出力している。この情報を用いることで信号のパイルアップのような即発事象のテール部分になりうる事象を解析で除くことに成功している。最後に、加速器側から送られるバンチタイミング信号、CFDおよびATCのデジタル出力は100 psサンプリングのマルチヒットtime-to-digital convertor(TDC)であるMCS6(FAST Comtec)で計測される。検出器の時間分解能は120 ps(半値全幅)を達成し、また同時に約20%(半値全幅)のエネルギー分解能をもっている。これらの検出器系の詳細については文献[17-19][17] T. Masuda et al.: Rev. Sci. Instrum. 88 (2017) 063105.
[18] T. Masuda et al.: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 913 (2019) 72-77.
[19] T. Masuda et al.: JPS Conf. Proc. 27 (2019) 012020.
を参照されたい。

 

図5 核共鳴散乱実験検出器系セットアップ

 

図6 9チャンネルAPD検出器

 

 

 229Thの核共鳴散乱探索実験ではモノクロメータの角度を調節し、回折するX線のエネルギー(波長)を変化させる。この時、X線のエネルギーはモノクロメータの角度から決定するのであるが、現実には実験環境の変化などで設定値からわずかにずれる。今回のような狭いエネルギー幅のX線ビームで観測の難しい信号を探索する場合にはビームエネルギーが設定値と異なってしまうと再現性に欠け、核共鳴散乱ピークの発見が困難になる。
 そこで産業技術総合研究所の協力の下、2018年度の実験から検出器の下流側にBond法と呼ばれる手法を利用した[20][20] W. L. Bond: Acta Crystallographica 13 (1960) 814-818.X線の絶対エネルギーモニターを設置し、X線エネルギーの値に信頼がおける状況で核共鳴散乱探索実験を行った。図7にX線エネルギー測定システムの概略図を示す。原理は単純で、シリコンの単結晶にX線ビームを照射し、そのラウエ回折角と結晶の格子面間隔からX線エネルギーを求める。実際には、シリコン結晶を回転させながら入射ビームの両側に現れるラウエ回折ピークを観測し、各ピークに対応する結晶の角度の差からX線エネルギーを求める(図7上)。

 

図7 X線エネルギー測定システム。(上)セットアップ、θはブラッグ角。(左下)シリコン結晶写真。(右下)結晶カバー、回転テーブル写真。

 

 

 ここで用いるシリコン単結晶は格子定数を正確に求めた結晶から切り出したものである(図7左下)[21][21] H. Fujimoto et al.: Metrologia 48 (2011) S55-S61.が、格子定数は温度依存性をもつため、結晶の周りをケースと発泡スチロールのカバーで覆い(図7右下)、温度を常時モニターしている。またX線エネルギーを高精度で求めるためには回転テーブルの測定精度が重要になってくる。このX線エネルギーモニターでは産業技術総合研究所が開発したSelfAと呼ばれる自己校正機能が搭載されているロータリーエンコーダーを回転テーブルに用いている[22][22] T. Watanabe et al.: Meas. Sci. Technol. 25 (2014) 065002.。このX線エネルギー測定システムによってX線エネルギーを0.1 eV以下の精度でモニターできるようになった。

 

 

5. 229Th核共鳴散乱信号の発見
 以下では2018年に行った実験について報告する[23][23] T. Masuda et al.: Nature 573 (2019) 238-242.。加速器の運転モードはバンチ間隔が均等である(23.6 ns)Aモードで実験を行った。核共鳴散乱信号のピークサーチでは1点30分のデータ取得をX線ビームの入射エネルギーを約0.1 eVずつ変化させながら行った。X線エネルギースキャンの3日目に核共鳴散乱信号の兆候を確認し、その後Si(440)モノクロメータをよりエネルギー幅の狭いSi(660)に変えて詳細なスキャンを行った。図8に、ある30分のデータ取得で得られた全APDチャンネル、全バンチビームのデータを重ね書きした信号タイミング、エネルギー分布を示す。時間0付近の強いピークが即発事象によるものでそのピーク中心を時間の原点にとった。今回の解析では、0.4 nsから0.9 nsの時間領域と12−18 keVのエネルギー領域を核共鳴散乱の信号領域として設定した。
 図9はSi(660)モノクロメータを用い、エネルギースキャンした時の信号数を縦軸にプロットしたものである。核共鳴散乱信号によるピークが明瞭に観測され、世界初の229Thアイソマー状態の人工的生成に成功した。

 

図8 検出事象のタイミング、エネルギー分布。

 

図9 核共鳴散乱信号の共鳴曲線。中心の誤差の小さい点は6時間、他の点は1時間のデータ。

 

 

6. 解析
 この実験では229Th原子核第二励起状態に関する様々な情報も得られた[20][20] W. L. Bond: Acta Crystallographica 13 (1960) 814-818.。第二励起状態の励起エネルギー(E2nd)は図9の核共鳴散乱ピークから29189.93 ± 0.07 eVが得られた。この誤差はX線エネルギーモニターの安定性に由来する。第二励起状態の半減期はX線エネルギーを核共鳴エネルギー付近(共鳴条件)と、ずらした場合(非共鳴条件)の時間スペクトルの差分から82.2 ± 4.0 psと得られた(図10)。この値は現在までに核共鳴散乱実験で測定された半減期の中で最短である(2番目は201Hgの約630 ps[24][24] A. Yoshimi et al.: Phys. Rev. C 97 (2018) 024607.)。もし半減期が50 ps程度であれば観測はほぼ不可能で、その点では幸運であった。

 

図10 (上)共鳴条件、非共鳴条件の時間スペクトル、(下)差分の時間スペクトル。

 

 

 図11のように第二励起状態は基底状態と第一励起状態の両方に脱励起し、また脱励起の際に光子(γ)を放出する場合と内部転換(IC)を起こす場合が存在する。229mThの生成レートを求めるには第二励起状態から第一励起状態への崩壊分岐比を知る必要があるが、これは以下のように求めた。まず全崩壊幅は第二励起状態の寿命の逆数である。第一励起状態への崩壊幅()は過去のγ線分光の実験データ[16][16] V. Barci et al.: Phys. Rev. C 68 (2003) 034329.と理論計算から得られ、基底状態に光子を放出する場合の崩壊幅()は即発事象と核共鳴散乱信号の生成レートの比から得られる。これらを用いて第一励起状態への崩壊分岐比は0.58 ± 0.07と見積もられた。核共鳴散乱実験で使用したトリウム標的の場合、229mThの生成レートは2.5 × 104 /s程度である。

 

図11 229Th原子核第二励起状態の崩壊モード

 

 

7. アイソマー状態からの真空紫外光観測に向けて
 以上のようにSPring-8の高品質ビーム、低線量小径トリウム標的、高時間分解能高レート耐性でエネルギー分解能をもつ測定器、高精度X線エネルギーモニターを全て活用し、ようやく核共鳴散乱法による229Thアイソマー状態(229mTh)生成に成功した。しかし本番はこれからで、2019年からは生成された229mThからの真空紫外光観測を目標にBL19LXUで実験を続けている。真空紫外光の観測に成功すれば、229mThの光放出寿命の測定、分光器を用いた脱励起真空紫外光の波長の精密測定を行い、229Thのレーザー分光に大きく近づくことができる。
 真空紫外光観測実験では150 nm付近の波長で標的の透過率が高く、内部転換を防ぐためイオン化した状態の229mThを使用しなければならない。つまり、核共鳴散乱実験で使用したトリウム標的は使用できない。そのためウィーン工科大学のグループが作成した229ThをドープしたCaF2結晶を標的として用いている。この結晶中ではトリウムは4価の状態でドープされていると考えられている[25][25] S. Stellmer et al.: Sci. Rep. 5 (2015) 15580.
 図12に簡略化した真空紫外光探索実験セットアップを示す。真空紫外光の透過のため、セットアップ一式は真空チェンバー内に配置している。229mThから崩壊して発生した真空紫外光はアクセプタンスを稼ぐためミラーで集光し、真空紫外領域でのみ感度のある光電子増倍管で検出される。X線ビーム照射中は背景事象が非常に多いため、一定時間ビーム照射後ビームを切って結晶をミラー正面に移動させデータ取得を行う。照射後でもCaF2結晶から様々な波長の光が放出される。そこで特定の波長の光のみを通過させるバンドパスフィルターを用い背景事象を削減する。更にX線エネルギーを共鳴条件とずらしたデータを用意し差分をとる。これまでに行った実験では主に統計量の不足から真空紫外光の観測に至っていないが、より高濃度の229Thをドープした結晶を使用することにより真空紫外光の観測を目指す。

 

図12 真空紫外光探索実験セットアップ

 

 

謝辞
 本研究の成果は多くの方々の協力があって初めて達成された。実験はSPring-8のBL09XU(課題番号:2014A1334、2014B1524、2015B1380、2016A1420、2016B1232、2017B1335)およびBL19LXU(課題番号:2018A1326、2018B1436、2019B1619)で行った。SPring-8での実験では理化学研究所の山口敦史氏にご協力頂いた。核共鳴散乱実験で使用した229Th試料は東北⼤学の小無健司氏、渡部信氏の協力の下調達した。トリウム標的は大阪大学の笠松良崇氏、理化学研究所の羽場宏光氏、重河優大氏、横北卓也氏の協力の下作成した。高精度X線エネルギーモニターは産業技術総合研究所の藤本弘之氏、渡部司氏の協力の下導入した。また核共鳴散乱観測実験の検出器スタディのため岸本俊二氏の協力の下、KEKのPF BL14Aでテスト実験を行った。この場を借りて関係者に深く御礼申し上げる。

 

 

 

参考文献
[1] B. Seiferle et al.: Nature 573 (2019) 243-246.
[2] E. V. Tkalya et al.: Phys. Rev. C 92 (2015) 054324.
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[11] B. Seiferle et al.: Phys. Rev. Lett. 118 (2017) 042501.
[12] J. Jeet et al.: Phys. Rev. Lett. 114 (2015) 253001.
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[24] A. Yoshimi et al.: Phys. Rev. C 97 (2018) 024607.
[25] S. Stellmer et al.: Sci. Rep. 5 (2015) 15580.

 

 

 

平木 貴宏 HIRAKI Takahiro
岡山大学 異分野基礎科学研究所
〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
TEL : 086-251-8489
e-mail : thiraki@okayama-u.ac.jp

 

海野 弘行 KAINO Hiroyuki
岡山大学 異分野基礎科学研究所
〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
TEL : 086-251-8489
e-mail : pamw1hq8@s.okayama-u.ac.jp

 

増田 孝彦 MASUDA Takahiko
岡山大学 異分野基礎科学研究所
〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
TEL : 086-251-8489
e-mail : masuda@okayama-u.ac.jp

 

岡井 晃一 OKAI Kouichi
岡山大学 異分野基礎科学研究所
〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
TEL : 086-251-8489
e-mail : k_okai@s.okayama-u.ac.jp

 

笹尾 登 SASAO Noboru
岡山大学 異分野基礎科学研究所
〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
TEL : 086-251-7768
e-mail : sasao@okayama-u.ac.jp

 

吉見 彰洋 YOSHIMI Akihiro
岡山大学 異分野基礎科学研究所
〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
TEL : 086-251-8499
e-mail : yoshimi@okayama-u.ac.jp

 

吉村 浩司 YOSHIMURA Koji
岡山大学 異分野基礎科学研究所
〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
TEL : 086-251-8499
e-mail : yosimura@okayama-u.ac.jp

 

北尾 真司 KITAO Shinji
京都大学 複合原子力科学研究所
〒590-0494 大阪府泉南郡熊取町朝代西2丁目
TEL : 072-451-2471
e-mail : kitao@rri.kyoto-u.ac.jp

 

瀬戸 誠 SETO Makoto
京都大学 複合原子力科学研究所
〒590-0494 大阪府泉南郡熊取町朝代西2丁目
TEL : 072-451-2445
e-mail : seto@rri.kyoto-u.ac.jp

 

玉作 賢治 TAMASAKU Kenji
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : tamasaku@spring8.or.jp

 

依田 芳卓 YODA Yoshitaka
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : yoda@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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