Volume 24, No.4 Pages 471 - 474
4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
利用系グループ活動報告
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 回折・散乱IIグループ
Activity Reports – Diffraction and Scattering Group II, Diffraction and Scattering Division
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
回折・散乱IIグループは、2018年4月より、旧利用研究促進部門 構造物性IIグループと構造物性Iグループのナノ構造物性チームが1つになる形で発足した。2019年4月からは、旧利用研究促進部門が分かれて新設された回折・散乱推進室のグループとして活動している。本グループは2つのチームで構成され、SPring-8の特徴である高輝度X線や高エネルギーX線を用いて、強い回折が得られない表面やナノ構造等の低次元構造や非晶質等の非周期構造の研究を推進する低次元・非周期構造チームと非弾性散乱により物質中の原子や電子のダイナミクスに関する研究を推進する量子状態解析チームで構成されている。なお、グループの人員構成についてはホームページを参照いただきたい[1][1] http://rud.spring8.or.jp/group/diff_scat2_g.html。
本報では、各チームが担当するビームラインで最近実施した高性能化を中心に紹介する。
2. 低次元・非周期構造チーム
低次元・非周期構造チームは、BL04B2(高エネルギーX線回折)、BL13XU(表面界面構造解析)、BL28B2(白色X線回折)の3本のビームラインを主に担当し、利用実験の支援、実験装置の高性能化、新しい実験手法の研究開発等を行っている。
BL04B2は、37.7、61.4、113.1 keVの高エネルギーX線を用いた全散乱測定、小角散乱測定、ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を利用した高圧下の粉末X線回折測定が可能なビームラインである。最も利用が多い全散乱測定は、これまで0次元半導体検出器を7連装した装置(図1左)で測定していたため、二体分布関数(pair distribution function; PDF)解析をするためのデータ測定に2~3時間を要していた。時分割測定のニーズに応えるにはこのシステムでは測定時間が長過ぎるので、2017年度に大面積2次元検出器であるPerkinElmer社製のフラットパネル検出器(flat panel detector; FPD)を使う測定システムを開発した(図1右)[2][2] K. Ohara et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1627-1633.。本FPDは、ピクセルサイズが0.2 mm角で面積は400 mm角である。検出器導入に伴い、高速データ処理プログラムの開発やダークノイズの削減を進め、秒オーダーでの時分割PDF解析が可能になっている[3][3] S. Tominaka et al.: ACS Omega 3 (2018) 8874-8881.。
図1 0次元半導体検出器を7連装した測定装置(左)と新規に開発した大面積2次元検出器を備えた測定装置(右)の模式図。
BL13XUは、表面、界面や薄膜等の低次元構造を回折・散乱を利用し原子スケールで明らかにすることを目的とする標準アンジュレータを備えたビームラインである。微小角入射X線回折、クリスタル・トランケーション・ロッド(crystal- truncation-rod; CTR)散乱、反射率測定、マイクロ/ナノビーム回折、逆空間マッピング等が主に行われている。
表面、界面や薄膜等の低次元構造からの回折や散乱は、散乱体の体積の小ささから弱いため、輝度の高いアンジュレータ光が威力を発揮している。しかし、実験によっては更なるフラックス増大が望まれている。そこで、非対称反射を使用し、バンド幅を拡げることによりフラックスを増大させる光学系を標準分光器に導入し、最大2.5倍のフラックスを得ることに成功した(図2)[4][4] H. Tajiri et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 750-755.。
図2 非対称反射を利用する分光結晶の模式図。奥から非対称角6°、0°、4°の順に成っている。
BL13XUの実験ハッチ4には、高分解能マイクロ/ナノビーム回折計が導入されている(図3)[5][5] K. Sumitani, Y. Imai and S. Kimura: Microscopy and Microanalysis 24 (2018) 302-303.。本装置にはこれまで検出器としてCCD型カメラを使用してきたが、読み取りノイズのため弱い回折信号を検出するのが困難であった。この問題を解決するため、ピクセルアレイ検出器(Amsterdam Scientific Instruments社製STPX-65k)を導入した[6][6] Y. Imai, K. Sumitani and S. Kimura: AIP Conf. Proc. 2054 (2019) 050004.。本検出器は低ノイズでフレームレートが高いことが特徴であり、これまで測定が難しかった微弱な回折信号の測定に威力を発揮している。
図3 BL13XU実験ハッチ4に設置されている高分解能マイクロ/ナノビーム回折計
BL28B2は、白色X線を利用することができる偏向電磁石ビームラインである。BL28B2は、X線回折、XAFS、イメージング等、さまざまな研究分野で利用されているが、本チームではX線回折を主に担当している。白色X線を利用して回折測定を実施する利点の1つは結晶を回転せずに回折測定が行えることである。その利点を活かし、マイクロラウエ測定によりその場圧縮試験下でグレイン変形を可視化する手法が開発されている[7][7] S. Kimura, K. Kajiwara and T. Shimura: Jpn J. Appl. Phys. 55 (2016) 038002.。
3. 量子状態解析チーム
量子状態解析チームは、BL08W(高エネルギー非弾性散乱)、BL09XU(核共鳴散乱)、BL35XU(高分解能非弾性散乱)の3本のビームラインを主に担当している。
BL08Wは、SPring-8で唯一のウィグラーを光源とする100~300 keVの高エネルギーX線を使用することができるビームラインである。高エネルギー非弾性散乱(コンプトン散乱)測定による物性研究に主に利用されているが、その他に、蛍光X線実験、透過イメージング、高エネルギーX線回折等にも利用されている。また、近年では透過イメージングとコンプトン散乱を組み合わせることにより、重い筐体内に存在する軽元素の分布を測定する手法が開発され[8][8] M. Itou et al.: J. Synchrotron Rad. 22 (2015) 161-164.、実際のリチウムイオン電池の充放電に伴うリチウムの濃度変化の観察に成功している[9][9] K. Suzuki et al.: J. Synchrotron Rad. 24 (2017) 1006-1011.。現在、コンプトン散乱の検出器として、エネルギー分解能のある2次元検出器の導入を進めており、測定手法の更なる高機能化を目指している。
BL09XUは、標準アンジュレータを光源とするビームラインで、現在は核共鳴散乱と高X線光電子分光の相乗りビームラインとなっている。本チームは共通光学系と核共鳴散乱を担当している。
核共鳴散乱を利用する手法として、現在は、1)局所電子状態を調べる放射光メスバウアー分光、2)原子振動を観測する核共鳴非弾性散乱、3)ソフトマテリアルの運動を調べる準弾性散乱、4)核励起他、手法が実施されている。これらの実験を効率的に実施できるように、各種高分解能モノクロメータを開発するとともに、最近では屈折レンズによる集光光学系を整備している[10][10] Y. Yoda: Hyperfine Interactions 240 (2019) 72.。上述の手法はそれぞれ特色のある手法であるが、ここでは紙面の関係で最近整備を進めている3)の準弾性散乱分光器について紹介する。時間領域核共鳴散乱を利用する準弾性散乱は、ナノ秒~マイクロ秒の原子・分子スケールのダイナミクス測定が可能であるが、従来の準弾性散乱法は、高輝度放射光X線を用いても長い測定時間を必要とし、そのため本手法の応用範囲が制限されるという点に問題があった。この問題を解決する手法として多色のガンマ線を用いて、それらを時間領域で干渉させ、その複雑な干渉パターンから試料のダイナミクスに関する情報を得るという独創的な測定方法が京大の齋藤等により考案され、従来の方法と比較して、測定時間を1/10以下に短縮できることが実証された[11][11] M. Saito et al.: Sci. Rep. 7 (2017) 12558.。本手法の共用利用を推進すべく、最近、最適化された高分解能モノクロメータを開発し(図4)、試料用冷凍機とアバランシェフォトダイオード(avalanche photodiode; APD)検出器からなる測定装置を構築した。
図4 準弾性散乱測定用に開発した高分解能モノクロメータ。入れ子型のSi 444と10 6 4反射を採用している。
BL35XUは、短周期アンジュレータから得られる硬X線を利用したmeV分解能の高分解能非弾性X線散乱ビームラインである。本ビームラインでは、周期配列を持つ結晶や周期配列を持たない液体やガラス等の試料に対して、素励起観測を通じた原子ダイナミクスに関する研究が実施されている。X線が集光できる性質を利用することにより、中性子非弾性散乱実験では困難な極限条件(高温高圧下や極低温下)における微小試料(数十ミクロンからミリ以下)の原子ダイナミクス(弾性率やフォノン分散測定等を含む)測定も可能となっている。対象となる研究分野として、液体・固体物性から地球科学分野にわたる広汎な領域で研究が実施されている。一方で、近年フォノンエンジニアリングと呼ばれる研究分野が立ち上がり、ナノスケールでのフォノン輸送の物理的理解に基づいて、材料開発からデバイス応用までを進めようという機運が盛り上がっている。このような状況で、実デバイスに近い基板上薄膜のフォノン測定に対する要望が多く寄せられていたが、BL35XUでは、これまで基板上薄膜の測定はできていなかった。この状況を改善すべく、微小角入射配置でフォノン測定を行う測定法を開発した(図5)。この手法により、熱電材料への応用が期待される窒化スカンジウム(ScN)薄膜のフォノンを測定し、熱伝導・熱散逸の機構について詳細な情報を得ることに成功している[12][12] H. Uchiyama et al.: Phys. Rev. Lett. 120 (2018) 235901.。
図5 (a) 基板上の薄膜測定法の模式図、(b) 熱発生のメカニズム、フォノン散乱により熱が発生する。
4. おわりに
回折・散乱IIグループが担当するビームラインで、メンバーが最近実施した装置の高性能化や測定手法の開発を中心に紹介した。引き続き、利用者の皆さんの研究に役立つ開発を推進していく所存である。是非、ご意見、ご要望を回折・散乱IIグループメンバーにお聞かせ下さい。
参考文献
[1] http://rud.spring8.or.jp/group/diff_scat2_g.html
[2] K. Ohara et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1627-1633.
[3] S. Tominaka et al.: ACS Omega 3 (2018) 8874-8881.
[4] H. Tajiri et al.: J. Synchrotron Rad. 26 (2019) 750-755.
[5] K. Sumitani, Y. Imai and S. Kimura: Microscopy and Microanalysis 24 (2018) 302-303.
[6] Y. Imai, K. Sumitani and S. Kimura: AIP Conf. Proc. 2054 (2019) 050004.
[7] S. Kimura, K. Kajiwara and T. Shimura: Jpn J. Appl. Phys. 55 (2016) 038002.
[8] M. Itou et al.: J. Synchrotron Rad. 22 (2015) 161-164.
[9] K. Suzuki et al.: J. Synchrotron Rad. 24 (2017) 1006-1011.
[10] Y. Yoda: Hyperfine Interactions 240 (2019) 72.
[11] M. Saito et al.: Sci. Rep. 7 (2017) 12558.
[12] H. Uchiyama et al.: Phys. Rev. Lett. 120 (2018) 235901.
(公財)高輝度光科学研究センター
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