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Volume 24, No.3 Pages 257 - 262

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

専用ビームラインの研究から ~BL36XU(電気通信大学)~
オペランド大気圧硬X線光電子分光による固体高分子形燃料電池の劣化・被毒機構追跡
Investigations on Degradation and Poisoning Mechanisms in Polymer Electrolyte Fuel Cells Studied by Operando Ambient Pressure Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy

横山 利彦 YOKOYAMA Toshihiko[1]、高木 康多 TAKAGI Yasumasa[1]、中村 高大 NAKAMURA Takahiro[1]、唯 美津木 TADA Mizuki[2]、宇留賀 朋哉 URUGA Tomoya[3]、岩澤 康裕 IWASAWA Yasuhiro[3]

[1]大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所 Institute for Molecular Science, National Institutes of Natural Sciences、[2]名古屋大学 大学院理学研究科 Graduate School of Science, Nagoya University、[3]電気通信大学 燃料電池イノベーション研究センター Innovation Research Center for Fuel Cells, The University of Electro-Communications

Abstract
 固体高分子形燃料電池の劣化・被毒機構の解明を目的とした先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームラインBL36XUに設置した雰囲気制御硬X線光電子分光装置について、最近の成果概要を2件ほど紹介する。第一は、完全大気圧下での光電子分光測定に成功した成果である。完全大気圧下光電子分光測定の実現はSPring-8アンジュレータからの高輝度硬X線マイクロビームが利用できたことが成功の第一義的要因であるといえる。第二は、本装置を用いて、一般には不可能とされる電気化学セルの電解質電位が容易に計測できることを明示したことである。さらに、この各相電位計測法を通して、固体高分子形燃料電池中の硫黄不純物の挙動を追跡するために、観測された各硫黄含有化学種の電位を光電子分光で測定し、その化学種が正極・負極・電解質のいずれの相に存在するかを決定できるという新たな方法論を提唱できた。
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SPring-8

 

1. はじめに
 固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell, PEFC)は、クリーンでポータブルな特徴を有し、大規模な利用が期待されるエネルギー源であり、世界に先駆けてトヨタミライが量産燃料電池車として販売され、現在ではホンダからクラリティも生産・販売されている。今後の大量生産のためには電極触媒である貴金属Ptの飛躍的低減が必須の案件であり、PEFCの一層の高性能・高耐久性を目標とした、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発」プロジェクトが遂行中である。このプロジェクトにおいて、PEFCの長期劣化機構や被毒機構の解明を主たる研究目的に据えた研究開発テーマ「時空間分解X線吸収微細構造(XAFS)等による触媒構造反応解析」の一環として、先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームラインBL36XUが建設された。本ビームラインは、電気通信大・名大・分子研が中心となり、理研・JASRIの協力のもと構築された高時空間分解能をもつ専用XAFS計測ステーション[1][1] O. Sekizawa, T. Uruga, Y. Takagi, K. Nitta, K. Kato et al.: J. Phys.: Conf. Ser. 712 (2016) 012142.であり、ここに硬X線光電子分光測定装置[2][2] Y. Takagi, H. Wang, Y. Uemura, E. Ikenaga, O. Sekizawa et al.: Appl. Phys. Lett. 105 (2014) 131602.も設置され、現在まで安定に運用されている。
 本稿では、世界初の完全大気圧下での光電子分光測定が可能な硬X線光電子分光測定装置の開発[3][3] Y. Takagi, T. Nakamura, L. Yu, S. Chaveanghong, O. Sekizawa et al.: Appl. Phys. Express 10 (2017) 076603.と、これを用いたPEFC電極触媒の硫黄被毒追跡[4][4] L. Yu, Y. Takagi, T. Nakamura, T. Sakata, T. Uruga et al.: J. Phys. Chem. C 123 (2019) 603-611.に関する最新の研究成果を紹介する。燃料電池に限らず、一般に電池は正極・電解質・負極の3相からなり、動作下ではそれぞれの相の電位が異なる。光電子分光は、化学種の同定に加えて、その化学種を含む相の電位を計測できる点で、電池や電圧印加中の各種素子の動作下での解析に有効であることを強調したい。

 

 

2. 大気圧硬X線光電子分光
 光電子分光法は、電子の運動エネルギーや運動量を精度よく測定する分光法であるから、通常は(超)高真空下での計測が求められる。しかしながら、たとえば触媒表面反応では反応気体存在下と真空下では触媒表面状態が明らかに異なっているはずであり、反応機構の詳細な理解のためには、実際に反応が起きているその場をそのまま観測したいという要望が強く、最近の飛躍的な装置的性能向上のおかげで、漸く気体中での計測も可能となってきた段階である[5,6][5] D. E. Starr, Z. Liu, M. Hävecker, A. Knop-Gericke and H. Bluhm: Chem. Soc. Rev. 42 (2013) 5833-5857.
[6] H. J. Ruppender, M. Grunze, C. W. Kong and M. Wilmers: Surf. Interface Anal. 15 (1990) 245-253.
。気体中での光電子分光計測で重要なことは、なんといっても光電子の平均自由行程を長くすることであり、そのためには光電子の運動エネルギーを大きくするのがよい。たとえば、60 µm長の空気中では、100 eVの光電子は圧力2,000 Pa(約0.02気圧)程度で強度5%まで減衰してしまうが、10,000 eVの光電子では強度5%まで減衰するときの圧力は100,000 Pa(約1気圧)である[6][6] H. J. Ruppender, M. Grunze, C. W. Kong and M. Wilmers: Surf. Interface Anal. 15 (1990) 245-253.。我々は、BL36XUでX線エネルギーを8,000 eV程度とし(通常の軟X線光電子分光は1,000 eV程度を用いる)、大気圧までの光電子分光測定を目指した。
 図1に用いた電子分光器Scienta-Omicron HiPP-2[7][7] Y. Takagi, T. Uruga, M. Tada, Y. Iwasawa and T. Yokoyama: Acc. Chem. Res. 51 (2018) 719-727.の概要図を示した。左端の試料から放出された光電子はプリレンズ・レンズを通して半球型の電子エネルギー分析器に入り、半円を描いて検出器に到達する。半球型部分は(超)高真空が必須となる。試料雰囲気圧105 Paから窓なしで6台のターボ分子ポンプを用いて差動排気して計測可能条件を満足させている。

 

図1 BL36XU設置の雰囲気制御電子分光器Scienta Omicron Hipp-2の概要図[7,8][7] Y. Takagi, T. Uruga, M. Tada, Y. Iwasawa and T. Yokoyama: Acc. Chem. Res. 51 (2018) 719-727.
[8] Scienta Omicron GmbH, Taunusstein. Electron Spectroscopy HAXPES-Lab.: http://www.scientaomicron.com/en/products/354/1179.

 

 

 図2は大気圧光電子分光計測のために作成したプリレンズ・電子分光器先端部の写真で、図2(d)における配置では、試料との距離を60 µmとしている。これを達成するため、BL36XUの光電子分光測定位置でX線ビームサイズを20 µmにまで集光し、また、試料位置調整機構もµmレベルの高精度のものとした。市販品電子分光器先端入口穴の最小直径は300 µmであったが、これでは電子分光器内の高真空が保てないため30 µmのものを自作した。先端円錐の頂点に30 µmの穴を開けることは意外と難しく、分子研のナノ加工技術(分子科学研究所・装置開発室と機器センター)が役に立った。試料との距離を60 µmより有意に短くすると、光電子強度は稼げるが、電子分光器が試料周りの気体を吸引し、表面圧力が低下してしまう。60 µmが流体力学的にも妥当な間隔であるといえる。

 

図2 (a) 電子分光器先端円錐。(b) 先端電子入口穴(直径30 µm)の走査電子顕微鏡像。(c) 先端の円錐部分断面模式図。(d) 試料と電子分光器先端の円錐部の写真[3,7][3] Y. Takagi, T. Nakamura, L. Yu, S. Chaveanghong, O. Sekizawa et al.: Appl. Phys. Express 10 (2017) 076603.
[7] Y. Takagi, T. Uruga, M. Tada, Y. Iwasawa and T. Yokoyama: Acc. Chem. Res. 51 (2018) 719-727.

 

 

 図3は、これらの条件のもとで測定されたAu(111)単結晶を試料とした評価測定結果で、世界初の完全大気圧光電子スペクトルである。X線エネルギーは7.94 keVとした。(c)のスペクトルを得るのに30分程度要した。(b)は光電子強度の圧力依存性(片対数)で、これが直線であることは表示圧力が試料表面の圧力に一致することを示唆し、直線の傾きから求めた光電子の散乱断面積(3.5 ± 0.1) × 10-21 m2は文献値3.6 × 10-21 m2[9][9] A. Jain and K. L. Baluja: Phys. Rev. A 45 (1992) 202.とよく一致し、横軸の圧力が定量的に正しいことを証明している。このことが世界初の完全大気圧光電子スペクトルであることの根拠となっている。

 

図3 (a) Au(111)単結晶Au 4f光電子スペクトル(hν = 7.94 keV)の雰囲気空気圧依存性。下は縦軸拡大図。(b) 光電子強度の圧力依存性。(c) 大気圧(105 Pa)下でのAu 4f光電子スペクトル[3,7][3] Y. Takagi, T. Nakamura, L. Yu, S. Chaveanghong, O. Sekizawa et al.: Appl. Phys. Express 10 (2017) 076603.
[7] Y. Takagi, T. Uruga, M. Tada, Y. Iwasawa and T. Yokoyama: Acc. Chem. Res. 51 (2018) 719-727.

 

 

3. PEFC動作下での電解質電位測定と被毒硫黄吸着
 PEFCの詳細は文献[2,3,4,7,11]を参照していただくことにするが、図4にPEFCの概念図を示した。ここで用いたPEFCは、正負極とも2~3 nmのPtナノ粒子を導電性炭素担体電極上に分散担持させたもので、H+を輸送する正負極間の電解質はNafionと呼ばれるスルホン基(-SO3H)を大量に含有する固体高分子フィルムである。さらに、Pt/C電極と電解質の接触をよくするため、ionomerと呼ばれる糊状のNafionも添加している。H+輸送には十分な湿度が必須であり、発電時は、正極に湿った酸素、負極に湿った水素を導入する。電解質Nafionフィルムは正極酸素と負極水素が混ざらないように仕切り板の役割も有していて、光電子分光計測でも正負極の雰囲気の隔離に大変好都合である。

 

図4 (a) PEFC概念図。負極(anode)に燃料(水素)、正極(cathode)に酸素が導入され、生じる水の生成熱を電気エネルギーに変換する。(b) cathode概要図。電極はPtナノ粒子/C担体、H+を伝導する電解質は水を含む固体高分子Nafion。

 

 

 図5にPEFC動作下での正極Pt 3d5/2、4f光電子スペクトルの正負極間電圧依存性を示した。正極には4,000 Paの水蒸気のみを導入し酸素は導入せず、負極には十分湿った水素1気圧を導入した。したがって、電流は流れないが、正負極間電圧を外部ポテンショスタット電源により一定に制御することで、PEFCが発電時に正負極間電圧が0.4、1.4 Vになったときの電極状態を観測していることに相当する。0.4 Vでは、金属Pt[Pt(0)]が支配的で、表面吸着等によってやや酸化されたPt[形式的にPt(I)と記載]が存在するのみである。一方、1.4 Vになると、Pt(II)が現れ、その割合はナノ粒子表面のPtがほぼすべて2価まで酸化したとすると説明できる量である。

 

図5 PEFC動作下(試料温度~40°C)での正極Pt 3d5/2、4f光電子スペクトル(hν = 7.94 keV)の正負極間電圧依存性[10][10] Y. Takagi, H. Wang, Y. Uemura, T. Nakamura, L. Yu et al.: Phys. Chem. Chem. Phys. 19 (2017) 6013-6021.

 

 

 我々は、このような動作下での系中に含まれる硫黄の挙動を検討した。図6に図5と同様の条件で観測したS 1s光電子スペクトルを示した。本測定では正極を常に接地しており、横軸の結合エネルギーも接地基準で与えられている(電子分光器も常に接地されている)。図6でS1と記したピークはNafionスルホン基(6価S)であるが、この測定時に意図的には含硫黄物質を導入しておらず、S1以外のS2、S3、S4の存在はまったく自明ではなく、PEFC動作にとっておそらく好ましくない化学種の存在と思われる。

 

図6 PEFC動作中の正極S 1s光電子スペクトル。動作条件は図5とほぼ同じ。記載電圧は正負極間電位。(a)は正負間電圧上昇時、(b)は下降時[4][4] L. Yu, Y. Takagi, T. Nakamura, T. Sakata, T. Uruga et al.: J. Phys. Chem. C 123 (2019) 603-611.

 

 

 図6で、S1(電解質Nafion)の結合エネルギーは、正負極間電圧の増大とともに低エネルギー側にシフトしている。正極は接地されており常に電位0 Vである。また、接地されたNafionのS 1s光電子スペクトルは別途測定しているので、これらから正負間各電圧印加状態での電解質Nafionの電位を決定できる(詳細は図9にて後述する)。一般に正負間電圧0 Vでも、電解質と電極間には電気二重層が生じ得るので、電解質電位は0 Vにはならないことに留意する必要がある。一方、図6のS4の結合エネルギーは正負間電圧に依らず一定である。すなわち、S4は正極に位置し、結合エネルギーから硫化物的な硫黄であるといえ、結局、Pt電極表面に吸着したSと結論できる。
 図7には負極のS 1s光電子スペクトルを示した。負極の電位は、正極が接地されているので、正負間電圧だけ負電位であることは自明である。負極では正極とは逆に正負間電圧が大きくなるほどより還元雰囲気となるため、高電圧側でPt吸着Sが出現してきている。まとめとして、図8に各S含有化学種の結合エネルギーの正負間電圧依存性を示した。この図から、S3、S4は電極に吸着した硫黄成分といえ、その結合エネルギーからS4はPt吸着Sに相違なく、S3は不確定性が残るものの電極に吸着した0価程度の硫黄と推定される(詳細は文献[4]参照)。電極に吸着した0価程度の硫黄の起源としては、担体Cにもともと含有されていた不純物S(チオエーテル)か、何らかの副次的反応で動作中に生じた担体Cに吸着した硫黄が考えられる。

 

図7 PEFC動作中のS 1s光電子スペクトル。動作条件は図6とほぼ同じ。記載電圧は正負極間電圧[4][4] L. Yu, Y. Takagi, T. Nakamura, T. Sakata, T. Uruga et al.: J. Phys. Chem. C 123 (2019) 603-611.

 

図8 各S含有化学種の結合エネルギーの正負極間電位依存性[4][4] L. Yu, Y. Takagi, T. Nakamura, T. Sakata, T. Uruga et al.: J. Phys. Chem. C 123 (2019) 603-611.

 

 

 図6、7からPt吸着S(S4)がかなり大量に存在することが明らかになった。粗い見積で、S4の寄与が大きいときは表面第1層Ptの1/3~1/4程度もSが吸着していることになる。S被毒によるPEFCの性能低下が起きていると推察できる。また、特に注目したい硫黄化学種はS2である。S2は結合エネルギーから4価のSに帰属でき、図8の正負間電圧依存性から電解質に位置することがわかる。すなわち、電解質の水に溶解した亜硫酸イオンSO32-と推定できる。SO32-はPt吸着Sの減少と連動して出現しているので、正負間電圧が高くなることで、正極Pt電極に吸着したSが酸化されSO32-として脱離していると結論できる。以上のように、光電子分光により各化学種の電位を測定することで、その化学種がどの相に存在しているかを明確に決定でき、このことは(準)大気圧光電子分光法の新しい有効な手法的特徴を提言するものである。
 電解質の電位はテスター等の電極を接触させても測定できるものではない。なぜなら、動作可能な電池・電気化学セルの電解質に新たなテスター電極を挿入・接触させると、テスター電極と電解質の界面にも電気二重層が形成され、電解質とテスター電極間に電位差が生じるためである。したがって、テスター電極を接触させることなく電解質の電位が計測できる点も(準)大気圧光電子分光法の有用な特徴といえる。
 本計測で得られた電位ダイヤグラムを図9に示した。まず注目したいのは、負極(図右側)であり、負極自体の電位が0 Vから-1 Vまで大きく変わっても電気二重層の電圧(電解質と負極間の電位の飛び)がほとんど変化していないことである。PEFCの負極は電極がPt(ナノ粒子)|H+(Nafion)/H2(gas)で形成され、標準水素電極に近い。標準電極には、正負間電圧が変化しても標準電極−電解質間電圧が変化しないことが期待される。正極電気化学反応を検討する場合、テスターで測定可能な正極−標準電極間電圧の関数として正しく理解できるようにするためである。図9の結果は、本系がその理想に近い状態であることを示しており、参照極を導入せず負極のみでPEFC性能評価が行える根拠になっている。

 

図9 S 1s光電子分光測定により決定されたPEFC正極・電解質・負極電位[4][4] L. Yu, Y. Takagi, T. Nakamura, T. Sakata, T. Uruga et al.: J. Phys. Chem. C 123 (2019) 603-611.

 

 

 本節のまとめとして、図10にSの関わる電極反応模式図を示した。Pt吸着SやC吸着S(あるいはC中のチオエーテル)は、正負間電圧の上昇とともに酸化され、一旦SO32-として電解質に溶け出す。その後に安定なSO42-まで酸化される。この研究で未解決の点は、そもそもの硫黄の起源である。PEFCには大量のスルホン基を有するNafionが電解質として存在するので、まず、これが還元雰囲気下でPtと接触することで還元される可能性が考えられる。また、電極担体Cにもともと含まれるチオエーテル系の含有硫黄が溶出する可能性もあり得る。前者は安定な6価の硫黄が果たして-2価まで還元され得るのか(4価の硫黄が比較的容易に-2価まで還元されることはよく知られている)、後者はもともと硫黄含有量が低いC担体を用いているにも関わらずこれほど大量の硫黄が溶け出せるのかという疑問が残り、解決すべき今後の課題である。

 

図10 正極におけるS含有化学種の吸着と反応性脱離モデル[4][4] L. Yu, Y. Takagi, T. Nakamura, T. Sakata, T. Uruga et al.: J. Phys. Chem. C 123 (2019) 603-611.

 

 

4. まとめ
 固体高分子形燃料電池の劣化・被毒機構解明のためのXAFS測定を主目的として建設された先端触媒構造反応リアルタイム計測ビームラインBL36XUに設置した雰囲気制御硬X線光電子分光装置について、その成果概要を紹介した。一つ目は、世界初の完全大気圧下での光電子分光測定に成功したことである。もう一つは、本雰囲気制御硬X線光電子分光装置を用いることで、一般には不可能とされる電気化学セルの電解質電位が計測可能であることを明示できた。さらに、PEFC中の硫黄不純物の挙動を追跡するために、各化学種の電位を光電子分光で測定することにより、その化学種がどの相に存在するかを決定できる新たな方法論を提唱することに成功した。
 本稿では、大気圧あるいは気体存在下の光電子分光法の燃料電池への応用について述べたが、本手法は極めて多岐にわたる分野への応用が可能である。特に固液界面等、相ごとに異なる電位を有するシステムの状態解析における有効性を強調したい。触媒等の表面反応追跡、動作中の蓄電池・太陽電池、濡れた状態の生体試料などへの活用が期待される。

 

 

謝辞
 本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の固体高分子形燃料電池利用高度化技術開発事業において実施され、使用したビームラインはすべてBL36XUである。課題番号は、2014A7810、2014A7811、2014B7810、2014B7811、2015A7810、2015B7810、2016A7810、2016A7811、2016B7810、2016B7811、2017A7810、2017B7811、2018A7810、2018A7811である。また、高木は、日本学術振興会(JSPS)から科学研究費補助金若手研究(A)(15H05489)の支援を受けた。最後に、一連の本研究における共同研究者の方々[Yu Liwei、Heng Wang、Suwilai Chaveanghong、上村洋平、正岡重行(分子研)、池永英司、大橋治彦、仙波泰徳、湯本博勝、山崎裕史、後藤俊治(JASRI)、関澤央輝、坂田智裕、Gabor Samjeské(電通大)(所属はいずれも原著論文発表時)]に感謝を表する。

 

 

 

参考文献
[1] O. Sekizawa, T. Uruga, Y. Takagi, K. Nitta, K. Kato et al.: J. Phys.: Conf. Ser. 712 (2016) 012142.
[2] Y. Takagi, H. Wang, Y. Uemura, E. Ikenaga, O. Sekizawa et al.: Appl. Phys. Lett. 105 (2014) 131602.
[3] Y. Takagi, T. Nakamura, L. Yu, S. Chaveanghong, O. Sekizawa et al.: Appl. Phys. Express 10 (2017) 076603.
[4] L. Yu, Y. Takagi, T. Nakamura, T. Sakata, T. Uruga et al.: J. Phys. Chem. C 123 (2019) 603-611.
[5] D. E. Starr, Z. Liu, M. Hävecker, A. Knop-Gericke and H. Bluhm: Chem. Soc. Rev. 42 (2013) 5833-5857.
[6] H. J. Ruppender, M. Grunze, C. W. Kong and M. Wilmers: Surf. Interface Anal. 15 (1990) 245-253.
[7] Y. Takagi, T. Uruga, M. Tada, Y. Iwasawa and T. Yokoyama: Acc. Chem. Res. 51 (2018) 719-727.
[8] Scienta Omicron GmbH, Taunusstein. Electron Spectroscopy HAXPES-Lab.: http://www.scientaomicron.com/en/products/354/1179.
[9] A. Jain and K. L. Baluja: Phys. Rev. A 45 (1992) 202.
[10] Y. Takagi, H. Wang, Y. Uemura, T. Nakamura, L. Yu et al.: Phys. Chem. Chem. Phys. 19 (2017) 6013-6021.
[11] L. Yu, Y. Takagi, T. Nakamura, O. Sekizawa, T. Sakata et al.: Phys. Chem. Chem. Phys. 19 (2017) 30798-30803.

 

 

 

横山 利彦 YOKOYAMA Toshihiko
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
TEL : 0564-55-7345
e-mail : yokoyama@ims.ac.jp

 

高木 康多 TAKAGI Yasumasa
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所
(現所属)
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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e-mail : ytakagi@spring8.or.jp

 

中村 高大 NAKAMURA Takahiro
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
TEL : 0564-55-7345
e-mail : t-nakamura@ims.ac.jp

 

唯 美津木 TADA Mizuki
名古屋大学 大学院理学研究科
〒464-8602 名古屋市千種区不老町
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e-mail : mtada@chem.nagoya-u.ac.jp

 

宇留賀 朋哉 URUGA Tomoya
電気通信大学 燃料電池イノベーション研究センター
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1丁目1-1
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e-mail : urugat@spring8.or.jp

 

岩澤 康裕 IWASAWA Yasuhiro
電気通信大学 燃料電池イノベーション研究センター
〒182-8585 東京都調布市調布ケ丘1丁目5-1
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e-mail : iwasawa@pc.uec.ac.jp

 

BL36XU(電通大ビームライン)のホームページ。
http://www.spring8.or.jp/wkg/BL36XU/instrument/lang/INS-0000001554
http://www.icfc.uec.ac.jp/

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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