Volume 24, No.2 Pages 239 - 243
4. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM USERS
北米放射光施設のビームラインを視察して
Report on Visiting Beamlines at North American Synchrotron Facilities
[1](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室 Spectroscopy and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[2](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター タンパク質結晶解析推進室 Protein Crystal Analysis Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
SPring-8ビームラインの高性能化・運用などに関する情報収集を行うことを目的として、2月20~25日にかけて3ヶ所の北米放射光施設(NSLS-II、APS、ALS)を訪問し、鈴木がX線吸収分光・X線非弾性散乱・コヒーレントイメージング・ナノプローブなどのビームラインを、長谷川はタンパク質結晶解析(以後、MX)ビームラインを中心に見学を行った。本稿では、今回見学した施設について報告する。
2. NSLS-II
NSLS-IIは2014年に稼働を開始した最新の放射光施設であり、世界で初めて1 nm.radを切るエミッタンスを実現した。高輝度、コヒーレンス特性を活かしたX線非弾性散乱、ナノプローブ、コヒーレントイメージングのビームラインは光源特性を活かすユニークな装置設計となっている。SIX(軟X線非弾性散乱)ビームラインでは15 mの検出器アームを持つ発光分光器が壮観であった(図1)。散乱X線を回折格子へ入射するための低収差光学系に関して、唯一仕様を満たせる技術を持つジェイテック製の非球面ミラーが採用されているが、目標性能を達成するためにミラーを作り直しているとのこと。超高真空チェンバー内の試料ステージや、連続的に検出器アームを動かすための機構も改良中であり、装置を利用しながら完成形を目指している印象であった。
図1 NSLS-II SIXビームラインの軟X線非弾性散乱装置。案内していただいたIgnace Jarrige博士とともに。
HXN(硬X線ナノプローブ)は、マルチレイヤーラウエレンズが実測定用に稼働している世界唯一のビームラインである。ちょうど走査型トモグラフィーのビームタイム中であったため、15 nmの空間分解能で投影像が得られる様子を生で目にすることができた。レーザー干渉計による位置フィードバックを採用しているが、回転ステージの偏心精度が一番の問題で、位置合わせのために試料内にマーカーとなる構造が必要とのことである。CSX(軟X線コヒーレントイメージング)では軟X線領域の共鳴コヒーレントブラッグ回折用の真空チェンバーが稼働している。フーリエ変換ホログラフィー測定専用のチェンバーを立ち上げ中であり、時分割コヒーレントイメージングによる磁気ダイナミクス測定を計画しているとのことであった。
高輝度放射光の利用を主眼とするNSLS-IIだが、実験ホールの床振動や温度安定性に関して無頓着とも言える建屋設計となっているのが意外であった。実験ホールの最外周には歩行者や3輪自転車のための通路があるが、ビームライン機器が設置されている床との間には振動防止のためのアイソレイトジョイント(溝)などはなく、直接床がつながっている。また壁には大きな窓があり、ガラス一枚を隔てて実験ホールが外気に面している。NSLS-IIを訪れた日の気温は-4°Cと寒く、窓から侵入する冷気が気になるほどの影響が感じられた。ただし、上述のSIXやHXNといった振動や温度安定性が重要となるビームラインは、蓄積リング建屋の外側にある専用の建屋に設置されている。その建屋では土台基礎から振動対策や恒温対策が注意深く行われている。メイン建屋のビームラインと比べて測定室のスペースも広く、快適な実験環境が整備されていた。
NSLS-IIには、AMX、FMXとNYXの3本のMXビームラインが建設されている。AMXの名はHighly Automated Macromolecular Crystallographyに由来するが、その名の通りデータ測定・データ処理の自動化が進んでいる。一方、FMXの名前はFrontier Microfocusing Macromolecular Crystallographyに由来し、多数の微小結晶から微小ビームを用いて回折データ測定を行うシリアル測定など先端的な測定方法の開発が進んでいる。最先端の低エミッタンスリングの特性を活かし、FMXでは1 × 1 µm2(レンズで拡大して、10 × 10 µm2ビームを使用可能)、AMXでは7 × 5 µm2の高輝度微小ビームを提供しているが、大きな結晶の場合には逆に使い勝手が悪いのではないかと気になった。もう1本のNYXは、異常分散を用いた構造解析に最適化したビームラインを目指し、エネルギー分解能の高い分光器を導入しているということであったが、まだユーザー利用のフェーズになっていないようであった。
この他に構造生物学関連のビームラインとして溶液散乱ビームラインLiXを見学した。ここでは複数のピクセルアレイ検出器を組み合わせて小角散乱と中広角散乱を同時に計測する装置が備わっており、タンパク質の溶液散乱やscanning micro-diffraction法による生体組織のイメージングが行われていた。また、クライオ電子顕微鏡の整備も進み、蓄積リングと同じ建屋には既にスクリーニング用の装置が入っている上に、ハイエンドの電子顕微鏡を設置する新しい建屋の建設も進んでいる。構造生物学関連ビームライン(AMX、FMX、NYX、LiX)と電子顕微鏡、さらにスタッフの居室はすぐ近くにあり、様々な手法を組み合わせた構造生物学研究が進めやすい体制が整いつつあるように思われた。
見学を行った日はユーザータイム中であったが、ビームライン担当者が主役として活躍している印象を強く受けた。また、研究者、エンジニア、事務方の区別なくスタッフ同士がとてもフレンドリーであり、良い雰囲気であった。NSLS-IIの弱点を1つだけあげるとすれば、所内カフェテリアの料理が今どきびっくりするほど低水準なことである。NSLS-IIの周辺には飲食店がないのでカフェテリアを利用せざるを得ないのだが、多くのスタッフはそれに抵抗してお弁当を持参しているほどである。
3. APS
APSは1996年に運転を開始した第3世代の放射光施設である。SPring-8と同様に施設として成熟しているが、その裏返しとして、やや停滞した印象を受けた。MXビームラインでは検出器やデータ測定ソフトウェアは更新されているものの、それ以外はあまり改修された様子はなかった。分光やイメージングのビームラインでも、2010年頃の装置刷新から目立った改編は見られない。
その一方で、スタッフの仕事の比重はAPS-Uアップグレード計画へと移行しているようである。そのAPS-U計画は2018年末に(CD-2 = critical decision 2)と呼ばれるDOEの承認を受けた。これにより、技術開発要素、予算規模、行程が認められたことになる。予算総額は815 M$で、2022~23年に加速器のシャットダウンを予定している。蓄積リングのエネルギーは現状の7 GeVから6 GeVに変更となり、エミッタンス35 pm.radを目標としている。蓄積リングのアップグレードに加えて、ビームライン9本を新設し、既存ビームラインの改装(refurbish)も行う計画である。
新設ビームラインの1つであるPOLARビームラインは、テンダーから硬X線までの広い領域での偏光可変ビームラインであり、集光ビームによる極限環境下でのX線吸収分光や共鳴X線回折が主なアプリケーションとなる。ダイヤモンド移相子は用いず、偏光可変の超伝導アンジュレータによって3 keVから30 keVの波長域で高フラックスの円偏光を得る。左右円偏光を発生する2台のアンジュレータをタンデムに配置し、ギャップ開閉もしくは補助コイルによる磁場変化によってアンジュレータ放射のエネルギーをずらし、片方の偏光だけを分光器下流に導くことで、高速な(~10 Hz)偏光スイッチングを行う新方式を開発するとのことであった。低エネルギー領域でのSi 111モノクロ(3 keV付近ではブラッグ角が45°となり、直線偏光子として働く)による円偏光度の低下の問題については、格子定数がSiとは異なるSiC結晶を併用することで対応するとのことであった。硬X線領域での偏光制御では結晶移相子が確立された技術となっており、挿入光源を使う方法が復活するとは考えてもみなかったが、彼らは本気のようである。POLARビームラインでの偏光制御以外にも、APS-UではOn-axis入射や超伝導アンジュレータなどチャレンジングな技術が満載であり、技術開発のハードルは高い。実際に話を聞いて、彼らの熱意に感心しつつも成功するかどうか心配にもなった。今後の開発状況を注視していきたい。
APSのMXビームラインは7つのグループにより運営され、X-ray Science Division(XSD)が運営しているGMCA以外は大学などがメンバーとなったCollaborative Access Team(CAT)が運営母体である。例えばNE-CATではコロンビア大、コーネル大、ハーバード大などがメンバーになっている。各グループは1~3本のビームラインを運用し、研究者・エンジニア・ソフトウェアエンジニアを抱え、実験装置の整備やソフトウェアの開発を行っている。APS訪問にあたりホストをしていただいたVenugopalan博士の所属するGMCAでは、タンパク質結晶学者が4名、エンジニアが4名、ソフトウェアエンジニアが4名の体制で2本のIDビームラインを運営していた。しかし開発にあたってはグループ間での連携はほとんどなく、似たような機能を持つ装置やソフトウェアをそれぞれ独自開発しており、Venugopalan博士曰くAPS全体で見ると非効率な点もあるとのことであった。
ユーザー対応もそれぞれであり、GMCAではビームライン対応は当番制であった。訪れた当日はVenugopalan博士が当番であり、朝の2時間をビームタイムを使用してビーム位置やエネルギー較正を行っていた(これら調整は一部を除き自動化されている)。一方で、隣接するNE-CATでも同様に朝の1~2時間を調整に使っていたが、こちらはスタッフ総出で作業を行っている感があり賑やかであった。いずれも遠隔実験が主流であり、ビームラインの調整が完了した後に試料の入ったカセットをサンプルチェンジャーにセットし、ユーザーに電話などで連絡を取った後に実験が始まる。実験が早めに終了した場合は、ビームタイムを有効に使うために、既に試料の届いている別のユーザーが実験を始めることもあるとのことである。
産業利用については、Merk、Pfizer、NovartisがメンバーとなっているIMCA-CAT、Eli Lillyが単独で運用しているLRL-CATが使われており、それ以外のビームラインでは製薬会社による利用が少ないということである。
APSのビームライン担当者に話を聞いて興味深かったのは、ユーザーの成果もスタッフの業績評価の対象であり、キャリアアップにも考慮されるということであった。極端にいえば、利用支援によって成果の輩出を促す代わりに、担当者自身に主体的な論文成果を求めないともとれる。研究活動に対する考え方やスタンスは様々だと思うが、ユーザー支援の重要性をそのような形で共有することで、担当者のモチベーションは向上するだろう。
4. ALS
ALSは、今回視察した中で最も小型の施設であり、電子ビームのエネルギーは1.9 GeVである。軟X線の利用が中心であるが、superbend光源からの硬X線を利用したMXやSAXSのビームラインも数多く整備されている。
軟X線領域のイメージングに力を入れており、軟X線走査顕微鏡(STXM)のビームラインが4本、結像型の軟X線透過顕微鏡(TXM)のビームラインが2本、そして軟X線光電子顕微鏡(PEEM)のビームラインが1本ある。STXMのビームラインではそれぞれ無機材料、磁性材料、環境試料、生体試料など異なるアプリケーションを展開している。高周波や外場の印加、ヘリウムガス雰囲気での大気圧環境下の測定などで差別化することでニッチな利用の開拓に成功している。また、透過電子顕微鏡と互換性のある試料ホルダー(図2)を採用しており相補的な観察が行える。
図2 ALSビームライン7.0.1のSTXM装置。中央下の青い台に乗っているのは透過電子顕微鏡と共用できる試料ホルダー。
BL7.0.1 Coherent Scattering and Microscopyでは、STXM測定とともにタイコグラフィーイメージングが可能であり、最新の結果である空間分解能30 nmでの磁気イメージングがポスターで掲示されていた。
BL11.0.1.1は、長い歴史を持つ光電子顕微鏡(PEEM)のビームラインである。継続的に装置のアップグレードや改良が行われており、最新のPEEM3顕微鏡では収差補正による10 nm空間分解能が達成されている。全自動の試料交換システムが整備されており、超高真空中マニュピレーターによる3段階の搬送を経て試料が正しくマウントされることに感銘を受けた。
ALSでは7本のMXビームラインがある。今回訪問した他の2つの施設と比べコンパクトな施設であること、また1つの光源を分けて複数のビームラインで使用していることから隣接するビームラインの間が狭い。そのため実験ハッチの外から試料のセットを行うミニハッチを採用しているビームラインが複数あった(図3)。
図3 ALSビームライン8.2.2のミニハッチ。
これら7本のMXビームラインのうち5本をBerkeley Center for Structural Biology(BCSB)が運営し、その他の2本はそれぞれカリフォルニア大とMolecular Biology Consortium(MBC)が運営している。装置や測定ソフトウェアは組織ごとにそれぞれ独自のものを使用しているが、ホストのAllaire博士によるとAPSと異なり組織を超えた連携はあるということであった。実際ユーザーのデータのアーカイブ化や測定方法の教育などで連携があるようである。また、ALSで2018年3月までに構造決定された6,974個のタンパク質のリボンモデルのポスターがホール内に貼り出されていることからも横のつながりを感じた。
ユニークなのはBCSBの5本のビームラインの運用の仕方である。4名のエンジニアのうち1名が朝5時に、2名が朝9時、残りの1名が夕方5時に出勤し、朝5時から深夜12時まで5本のビームラインのユーザーをサポートしている。深夜12時から朝5時まではユーザー対応(緊急時を含む)を行わないとのことであったが、もしこの間に問題があった場合は翌日の空きスロットに入れるなどで柔軟に対応するということであった。また、研究者およびエンジニアの間でユーザー情報を共有するためのwebサイトも設け、スタッフが連携しながら効率の良い運用を行っていると感じられた。
また、小角散乱(SAXS)ビームラインSIBYLSの運用も独特であった。ユーザー利用は全てメールインで行っており、それを利用するにあたってはproposalを書きscientific reviewを受ける必要はなく、随時受け付けているということである。その測定は自動化されており、オペレーションは全てテクニシャンが行っている。ビームライン担当者のHammel博士によるとメールインシステムは、成果の増大に貢献しているだけではなく、そのお陰でご自身の研究を行う時間も取れるようになったということであった。
ALSでも2025年の改修を目処にアップグレード計画が進行中である。蓄積リングは現在の3BAから9BAに置き換えられ、電子ビームエネルギーも1.9 GeVから2.0 GeVへとアップする。カップリングを調整し、水平50 × 垂直50 pmという極小エミッタンスのラウンドビームを目標としている。ビームラインに関しては
新設2本、アップグレード2本の予定であり、蓄積リングの改修に伴い全てのビームラインを再アライメントする必要があるとのことである。ALSのあるサンフランシスコは地震の多い土地であるためその対策にも力を入れており、1.5 Gの揺れに耐えられる装置マウント法のR&Dが進行中であった。ビームラインのスクラップアンドビルドに関しては、今回視察したAPS、ALSのような成熟した施設でも数本のBLが改装中であり、ビームラインの新陳代謝を常に意識しているという印象を持った。
5. おわりに
約1週間の間に3ヶ所の北米放射光ビームラインを見学したことで、北米における動向を感じることができた。NSLS-IIはまだ運用が始まってから数年しか経っておらず建設フェーズの名残がまだ残っているためか、いずれのビームラインにも活気が感じられた。一方でAPSでは実験装置などがやや古い印象であったことは否めなかったが、施設全体がAPS-U計画を念頭に動いているようであり、加速器の改修に合わせて大きく変わるように思われる。ALSは他と比べて光の性能はやや劣るものの、運用方法や利用制度に工夫を凝らし成果を出しているように感じた。
また本視察にあたり、オープンデータに関する各施設の取り組みについて情報を集めよとのミッションが与えられたが、我々が訪れた北米3施設ではオープンデータに関してあまり積極的ではなく、施設としてもまた個々のビームラインとしても組織的に動いている様子はなかった。帰国後にヨーロッパの施設を視察したグループと議論を行ったが、オープンデータの体制が整いつつある欧州施設との違いに驚かされた。
最後になりますが、視察にあたってホストとして私たちを出迎えていただいた、Martin Fuchs博士(NSLS-II)、Ignace Jarrige博士(NSLS-II)、Nagarajan Venugopalan博士(APS)、Daniel Haskel博士(APS)、Marc Allaire博士(ALS)、Hendrik Ohldag博士(ALS)、およびビームラインの見学にご対応いただいた多くの方々に感謝いたします。また、本視察はJASRIの「研究活動強化・事業推進経費」によって実施されました。
(公財)高輝度光科学研究センター
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