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Volume 24, No.2 Pages 163 - 166

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

2019A期 採択長期利用課題の紹介
Brief Description of Long-term Proposals Approved for 2019A

(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 User Administration Division, JASRI

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SPring-8

 

 2019A期は8件の長期利用課題の応募があり、3件が採択されました。採択された課題の審査結果および実験責任者による研究概要を以下に示します。

 

 

- 採択課題1 -

課題名 高エネルギーX線2次元検出器を用いた高度物質構造科学研究
実験責任者名(所属) 西堀 英治(筑波大学)
採択時の課題番号 2019A0159
ビームライン BL02B1
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本課題は、高エネルギーX線とCdTe-PILATUS二次元検出器を利用して結晶の回折実験を行い、精密な構造解析を行うことが提案されている。研究内容としては、超精密電子密度解析、時分割測定、高圧下の構造解析、三次元PDFの4通りが提案されている。
 これまで利用されてきた大型湾曲イメージングプレートではなくCdTe-PILATUSを利用することで、読み取り時間の大幅な短縮とノイズレベルの減少によるダイナミックレンジの実質的な向上が期待できる。一方で、これまでの試験的な利用でいくつかの問題点も見出されており、それに対する対応策を含めた検出器の性能の検証から行うことが予定されている。この点は今後本検出器を利用するにあたって大変重要な問題であり、長期利用課題としてきちんと取り組む価値がある。ただし、同じビームラインで2019A期より開始が予定されているパートナーユーザー(PU)課題でも同様の課題に取り組むことが想定されている。したがって、両課題の間での実施項目の調整が必要である。
 研究内容としては、3次元PDF解析は新規性もあり、CdTe-PILATUS二次元検出器の高速読み取りとの相性も良いため、本長期利用課題で取り組んでいただくことが適当である。一方で、提案されている4種の測定方法については、それぞれが個別の研究課題のように思われ、すべてを本長期利用課題で行うべきかどうかについては大いに疑問である。高エネルギーX線とCdTe-PILATUS二次元検出器の特性が活かせる研究項目に絞るべきではないだろうか。
 なお、本グループは、これまでPU課題を通じて本ビームラインの運営に協力してきた。また、結晶構造解析分野での実績も十分に有する。したがって、本長期利用課題を遂行する能力は十分に認められる。
 結論として、本申請は、長期利用課題として選定すべきものと判断するが、実施にあたっては、上述した事項を十分に検討することが望ましい。

 

[実験責任者による研究概要]
 本研究では、これまでにPUとしてBL02B1で単結晶構造解析、時分割実験、高圧実験を進めてきた研究グループが、本年度から納入されたCdTe-PILATUS検出器と大型湾曲IPカメラの両者を効率的に利用し、構造研究の成果を上げつつ利用方法を各方面で高度化する。APS、PETRA-IIIでの当該検出器の利用経験を有するデンマークオーフス大学のグループから海外での利用状況の情報も取り入れつつ高度利用を行う。BL02B1での2次元検出器を利用した高エネルギー利用実験として、これまでPUで進めてきた、精密電子密度計測、時分割測定、高圧構造物性研究に加えて3次元PDF測定を行う。
 PILATUSを始めとしたピクセル検出器が放射光施設や実験室で広範に利用されるようになってきた。感度が高いこれらの検出器を利用し、単結晶、粉末、小角X線回折など幅広い研究が進められている。一方、精密電子密度計測など30 keV以上の高エネルギーX線が必要な研究には、これらの検出器はセンサーがSiであり検出効率が不十分なため、ほとんど用いられてこなかった。最近になってAPS、ESRF、PETRA-III、Diamondなど世界の高エネルギーX線放射光施設に相次いで納入されたCdTe-PILATUS検出器は、高エネルギーX線を用いた研究の高度化をもたらす2次元検出器として期待されている。この検出器の高エネルギーX線を利用した先端研究による性能評価と利用方法の開拓は、今後の世界の高エネルギー光科学の重要な課題であり、既存から未開拓領域にわたる幅広い領域への貢献を目指した包括的な研究は意義が高く重要である。
 本研究の特色は、CdTe-PILATUS検出器の利用研究をAPS、PETRA-IIIでも進めている海外グループをメンバーとし、他施設での知見も含めて国際的な視野で効果的な利用法を開拓しつつ先端研究を進める点にある。これまでのPU実験や、APS、PETRA-IIIでの実験により、CdTe-PILATUS検出器は、通常の原子配列を決定する構造解析への利用には問題のないこと、CCD検出器などと比較してノイズレベルが低いこと、100万カウントの大強度まで観測可能なことが判明している。
 一方、もとより懸念されていた不感ピクセルの問題や、長時間使用の安定性だけでなく、検出フレーム間に入射した際の線状の広がった強度領域の発生や、大強度が入射したピクセルの強度が減衰せずに次の測定でも検出され続けるなど複数の問題が判明している。しかも、現状、この2つの問題のうち、フレーム間への入射の問題は必ず起こるわけではないため発生の条件を抑えきれてはいない。また高エネルギー領域の利用範囲は30~70 keV以上と広いため、フラットフィールド補正もエネルギー毎に行うことが必須なこともPETRA-IIIでのメンバーのオーフス大グループの利用から判明している。こうした問題に複数の先端利用研究の知見集約によって立ち向かうところに本研究の特徴がある。

 

 

- 採択課題2 -

課題名 テンダーX線タイコグラフィの基盤技術開発とその応用展開
実験責任者名(所属) 高橋 幸生(東北大学)
採択時の課題番号 2019A0164
ビームライン BL27SU
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本長期利用課題は、テンダーX線領域におけるX線タイコグラフィ技術を開発し、これによりナノイメージングに関する学術研究と応用研究を行う研究基盤を構築することを目的として行われる。応用研究としては、タイヤゴムにおいて物性に大きく影響するシリカ界面の構造および化学状態変化を観測することを提案している。
 本研究の目的は、テンダーX線領域におけるより高いX線散乱断面積と吸収断面積を活用し、物質・生命の機能発現に重要な硫黄やリンなどの化学状態をナノスケールで分析できる技術開発を行うことであり、テンダーX線領域のタイコグラフィ研究の世界的な先駆けとなりうる研究である。高い科学技術的妥当性が認められる。テンダー領域のコヒーレントX線を用いるという点でSPring-8の必要性も明快である。また、新しい研究基盤技術の開発という点で長期利用課題としての妥当性も認められる。X線タイコグラフィ–XAFS技術の第一人者がビームライン担当者とタイヤゴム研究者と共同で申請しており、これまで申請者が開発してきた硬X線タイコグラフィ–XAFS技術をテンダーX線領域に拡張するもので、実験技術としての実現性は極めて高いと考えられる。基盤技術開発のみならず成果創出も期待できる。タイヤゴムの研究については、試料の放射線ダメージの程度やその対処法についての検討がされていないなど十分に計画が練られていない印象を受けるものの、実験をしてみないとわからない面もあり、タイヤの経年劣化過程の端緒が得られれば成功といえよう。
 これらの理由により、本審査委員会は本課題が長期利用課題としてふさわしいと判断する。

 

[実験責任者による研究概要]
 実用機能性材料は、ナノメートルからサブミクロンスケールでのドメイン構造を有する不均質・複雑系であり、ナノ・メソスケールでの反応・劣化プロセスを理解することが、新しい材料を設計・開発する際に不可欠である。X線タイコグラフィは、バルク材料の構造をナノスケールの空間分解能で可視化可能であり、上述の課題を解決するツールとして有望である。そして、X線タイコグラフィを軽元素バルク材料のイメージング研究へと展開する際、高いX線散乱断面積と吸収断面積を活用できるテンダーX線領域での実験が最適である。また、テンダーX線領域には、硫黄やリンといった物質・生命の機能の発現に重要な役割を果たす元素のK吸収端があり、X線タイコグラフィとX線吸収分光法を組み合わせることでこれら元素のナノスケール化学状態可視化も可能である。
 本長期利用課題では、世界でも他に例のないテンダーX線を用いたコヒーレント散乱によるX線タイコグラフィ技術を産学施設連携で開発し、ゴム材料をはじめとする軽元素材料のイメージングに関する学術研究に加え応用研究(産業利用含む)を推進する基盤を構築し、SPring-8の軟X線ビームラインの基幹技術とすることが目的である。また、本研究は、次世代放射光施設におけるX線タイコグラフィの本格的なユーザー利用研究に向けたR&Dとしても位置付けることができ、放射光科学の発展に大きく貢献するものである。そして、本研究課題終了後も様々な分野のユーザー利用により、多くの成果創出を期待できる。

 

 

- 採択課題3 -

課題名 はやぶさ2サンプルのX線CTを用いた初期分析:技術開発、分析手法評価と分析
実験責任者名(所属) 𡈽山 明(立命館大学)
採択時の課題番号 2019A0165(BL20XU)、2019A0166(BL47XU)
ビームライン BL20XU、BL47XU(併用)
審査結果 採択する

 

[審査コメント]
 本課題は、はやぶさ2探査機が、小惑星リュウグウから持ち帰るサンプルに対し、放射光を用いた種々のX線CT手法を組み合わせた統合的な非破壊三次元分析を行い、その成分を特定することが最終目的である。成功すれば、太陽系の起源と進化、あるいは生命の原材料物質などの解明につながる、非常に重要な成果が期待される。この目的を達成するために、迅速で高精度な分析を実現する装置開発、及び本番に向けての基盤技術の確立が計画されている。具体的には、大きい粒子に対しては、BL20XUにおけるマルチモード/マルチスケールCT・XRDと計測ソフトの開発、小さい粒子に対しては、BL47XUにおける結像CT-DET・SIXM等の開発が計画されており、実現すれば、地球外物質の初期分析の今後のスタンダードになり得る画期的なものである。はやぶさ2が持ち帰るサンプルの解析結果は、一般社会にも強いインパクトを与えることが期待されるだけに、ぜひとも成功させてほしい課題である。また、はやぶさ2の帰還に合わせて、入念な準備をするとともに、迅速な初期分析のビームタイムを確保する目的から、本課題は長期利用課題に相応しいと判断する。本研究グループは、はやぶさの持ち帰ったサンプルの分析から、非常にインパクトの高い成果をあげた実績があり、その経験を活かすことで、本課題も大いなる成功が期待できる。
 しかし、2020年12月に予定されているはやぶさ2の帰還に不確定要素があることが懸念される。上述のような準備期間における装置開発は、単独で長期利用課題に相応しいかどうか、必ずしも明確ではない。さらに、課題後半で計画されているはやぶさ2の持ち帰り試料の測定が実現しなかった場合の本課題のインパクトの落差は非常に大きい。以上より、はやぶさ2試料が将来測定できないことが判明した場合には、その後のシフト数について大幅な見直しがあり得ることを含み置いたうえで、本課題を選定とする。

 

[実験責任者による研究概要]
 「はやぶさ2」計画は、S型小惑星イトカワのサンプルを持ち帰った「はやぶさ」計画に次ぐJAXAの小惑星探査計画で、C型小惑星リュウグウからのサンプルリターンを目指している。探査機は2018年6月にリュウグウに到着し、小惑星が独楽のような形状をもち岩だらけの表面からなるという、予想していなかった興味深いリュウグウの姿を明らかした。2019年2月に表面からのサンプリングに成功し、2020年12月には地球帰還予定である。リュウグウ表面の反射スペクトルから、サンプルは炭素質コンドライト隕石あるいはそれに類似した物質であると考えられている。このような物質は、鉱物に加えて水(含水鉱物中のOH基あるいはH2O分子として)や有機物から成り、それぞれ固体地球、海洋、生命の原材料とみなすことができる。サンプルは、大学コンソーシアムによる初期分析チームとフェーズ2と呼ばれるSPring-8など国内研究所の合同チームに配分される。
 本研究では、このようなはやぶさ2サンプルについて、放射光を用いた種々のX線CT手法を組み合わせた統合的な非破壊3次元分析のための準備を行うとともに、期間内に配分が始まれば、はやぶさ2サンプルの分析を行う。サンプルとしては数10 µm~10 mmサイズの粒子が想定されており、大きな粒子(数100 µm~10 mm)と小さな粒子(数10 µm~数100 µm)について、それぞれBL20XUおよびBL47XUにおいて分析を行う。
 BL20XUにおいては、高エネルギー(20~30 keV)で異なる視野と空間分解能を持つ投影型吸収CT(画素サイズ:3 µm、250 nm)とX線回折(XRD)-CTを組み合わせた統合CTシステムが整備されている。さらに同ビームラインでは、近年高エネルギーでの高分解能結像CT法が開発され(画素サイズ:50 nm)、これらにより関心領域での詳細な3次元構造(局所CT、結像CT)および構成鉱物の空間分布(XRD-CT)が得られる。
 BL47XUにおいては、低エネルギー(7~15 keV)で高空間分解能(画素サイズ:40~100 nm)を有する結像型吸収CTおよび走査-結像X線CT(Scanning-Imaging X-ray Microscopy:SIXM)装置が整備されている。結像型吸収CTでは、FeのK吸収端(7.11 keV)を挟んだ2つのエネルギーでの撮影により、多くの鉱物の識別が可能となる(Dual-Energy Tomography:DET)。一方、SIXMにより位相・吸収CT像が同時に取得可能であり、位相コントラストからは軽元素からなる物質(水や有機物)の識別も可能で、DET法とSIXMを組み合わせることにより、様々な鉱物や有機物(あるいは水)が区別できる。また、比較的大型粒子(数100 µm)のための広視野SIXM装置の開発を行い、BL20XUとBL47XUの間のサンプルサイズのギャップを埋める。
 サンプル分析の準備として、サンプルハンドリング(特に大気非暴露容器)の技術開発、サンプル(特に有機物)の汚染やX線照射ダメージの評価、X線CT手法統合に必要なソフトウェア開発を行う。これらの手法により、はやぶさ2サンプルの候補である炭素質コンドライト隕石粒子を用いて、リハーサルを行う。さらに期間内に配分が始まれば、はやぶさ2サンプルの分析を行う。これにより、サンプル粒子の3次元構造(構成物質とその3次元組織)を求め、既知の隕石(様々な種類の炭素質コンドライト)との比較により、持ち帰られたサンプルがどのような物質であるかを特定する。さらに、明らかにされた鉱物や有機物の3次元分布より、後の破壊分析(鉱物や有機物の元素・同位体分析や有機物の官能基分析など)を効率良く行うための分析デザインを策定し、実施する。この時、水質変成により生成されたと考えられる鉱物粒子から、46億年前に水質変成をもたらした始原的な液体としての水の探索を行う。また、サンプル粒子の3次元外形や表面構造を明らかにし、小天体衝突や宇宙線照射による宇宙風化など、大気を持たない小天体表面での進化プロセスの解明を目指す。
 これにより、サンプルと既知の隕石(炭素質コンドライト)との関係を明らかにするともに、サンプルの成因と進化、さらに小惑星表面の進化プロセスの理解を最終的に目指す。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794