Volume 24, No.2 Pages 139 - 141
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告1 −生命科学分科会−
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chair – Life Science –
SPring-8利用研究課題審査委員会 生命科学分科会主査/横浜市立大学 大学院生命医科学研究科 Graduate School of Medical Life Science, Yokohama City University
1. はじめに
生命科学分科会は、3つの小分科(L1、L2、L3)に分かれ、それぞれ、L1:蛋白質結晶構造解析、L2:生物試料回折散乱、L3:バイオメディカルイメージング・医学研究一般の課題審査を担当している。
以下の報告は、平成29年4月から平成31年3月までの任期(2017B期-2019A期)において、佐藤がL1小分科を担当し、L2小分科とL3小分科はそれぞれ秋山修志先生(自然科学研究機構 分子科学研究所)と松本健志先生(徳島大学)に担当をお願いした。
2. L1小分科:蛋白質結晶構造解析
L1小分科は、蛋白質および蛋白質複合体のX線結晶構造解析に関する課題を審査する。しかしながら、近年になり、
・国内外の他の放射光施設において、蛋白質および蛋白質複合体のX線結晶構造解析の自動化が急速に進んだこと
・測定対象とする蛋白質の結晶化が困難になり、たとえ結晶が得られたとしてもそれが高分解能の構造解析に適した良質な結晶であるかを早急に評価する必要があること
などから、これまで半年毎に行われる課題審査を経てビームタイムが配分されてきた従来の方式を、2015A期から課題有効期間を1年とし、ビームタイムの配分を年に4~5回に分けて決定するという方式に変更した。具体的には、本小分科ではまずレフェリーによる評価点に基づいた配分の優先順位を決定し、その後で年4~5回の配分希望調査を行って5つの蛋白質結晶構造解析用のビームラインとそのシフト数を決定する。従って、課題申請のときはビームラインを指定しないで、希望ビームラインは「PX-BL」として行うことにしている。このように変更することで、結晶が得られたら直ちに回折強度データの収集ができ、従来の方式だと半年先に確保したビームタイムが直前にキャンセルされることも回避できるようになる。さらに、高速二次元検出器の利用および解析用計算機の充実、共通化された測定制御インターフェースの導入などによって測定の効率が著しく向上したことから、1シフト(8時間)でもBL41XUを使って回折強度データの収集を行いたいというユーザーの声も反映させることができる。このように申請および審査方式を変更することによって2015A期から2016B期にはビームタイムの効率的な運用が可能となり、申請課題数が増加してユーザー全体の研究成果の向上に大きく貢献した。
当該報告は、それを引き継ぐ期間(2017A期-2018B期)の報告になるが、この時期に来ると予想外にも申請課題数の増加傾向が一転して減少傾向になった。この傾向は一過性のものかもしれないが、運用ルール変更後のビームラインの使い方がある程度定まり、より多くのユーザーが共用アンジュレータとピクセルアレイ型検出器が利用できる機会が増え、データ収集の効率化と高速化が図れたことが影響しているかもしれない。また、クライオEM(低温電子顕微鏡)による蛋白質の構造解析に対して、2017年にノーベル化学賞が授与されたことも少なからず影響している可能性も指摘されている。この辺は今後継続的にその傾向をしっかりと把握して対応していく必要があるが、その底辺には現在の構造解析の対象となる蛋白質が高等生物由来(医薬品開発を目指すならばヒト由来)の蛋白質に代表されるように高分解能のX線結晶構造解析に必要な良質の結晶が得られないものに移行していることも影響していると思われる。同じ機能を有する蛋白質でも高等生物(ヒトなど)由来の蛋白質は下等生物(バクテリアなど)由来のものに比べて分子の運動性(柔軟性)が大きく、それが高等生物由来の蛋白質に非常に高度に制御された機能を与えているのであるが、この運動性は結晶化には不向きである。しかしながら、インパクトの高い研究成果を出すためにはヒト由来の蛋白質をターゲットにする必要があり、そのために結晶化の必要のないクライオEMによる構造解析に大きな期待が寄せられていると思われる。
医薬品開発を主眼としたものの多くはこのような運動性の大きいヒト由来の蛋白質であるが、それでも良質の結晶が得られるものについてはクライオEMによる構造解析は必要ないが、新たな問題点も浮上してきた。このような医薬品開発を主眼とした申請はわずかに構造の異なる低分子量リガンド(リード化合物)を系統的に合成し、それを蛋白質に結合させてルーチン的に構造解析を行うものであるが、このような申請は産業応用的には重要であっても学問的な評価はそれほど高くなく、評価点が低いケースが散見される。このような問題は他の放射光施設でも浮上しており、PFでは異なる課題カテゴリーで審査している。ただ、現状は日本医療研究開発機構(AMED)が5年を限度に2017年4月1日に「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」の一環として「創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)」を立ち上げ、医薬品開発のルーチン的な構造解析研究も支援しているため、このようなルーチン的な構造解析研究の申請課題はそれほど多くない。しかしながら、ポストBINDSに向けて検討していく必要があると思われる。
3. L2小分科:生物試料回折散乱
L2分科の審査対象は、非結晶状態にある生体関連物質からの小角散乱・回折・反射に関する研究課題である。2017B期から2019A期までの統計としては、申請課題総数が100課題、採択課題総数が79課題であり、申請・採択ともほぼ例年通りであった。
BL40XUでは、高輝度X線マイクロビームを用いた生物試料からのX線回折、X線1分子追跡法による標的1分子の動態観察、などを対象とした一定数の課題が申請されており、ビームラインと研究者コミュニティをまたぐ連携がうまくなされている印象を受けた。BL40B2およびBL45XUでは、タンパク質分子の溶液散乱、X線繊維回折、その他、ドラッグデリバリーシステム、脂質膜、皮膚などを対象とした質の高い研究課題が定常的に集まっている。ゲル濾過クロマトグラフィー連結型X線小角散乱に関する課題も増えつつあるようで、測定の高度化や解析・制御系の高効率化を通じて、更なるユーザー層の拡大が期待される。その他にも、BL09XUおよびBL19LXUでは金属酵素の核共鳴振動分光、BL39XUでは生物・有機・無機材料のX線回折による高速動態解析などが展開されつつある。
Ab initioでの溶液構造解析が簡便に実施できるようになったこともあり、タンパク質分子の溶液散乱に関する申請課題が一定数を占める傾向にあったが、近年はやや減少傾向にある。実験室測定系や他施設への移行、溶液散乱以外の計測手法(電子顕微鏡や液中高速AFMなど)への移行などが理由として挙げられるが、それらに加えて、研究対象が単分散状態にある一種類のタンパク質分子から、多数の分子が相互作用する複雑系へシフトしつつある点も影響している。新規ユーザー参入を促すためにも、変化し続ける分野動向や利用者コミュニティを意識しつつ、装置やユーザーサポート体制を更新・強化していくことが必要であるように思われる。
4. L3小分科:バイオメディカルイメージング・医学研究一般
L3小分科の審査対象は医学・生物学全般である。計測対象はヒトを含めた動物、植物と幅広く、分子、細胞から組織、個体スケールまで多岐にわたる。2017B-2019A期に申請された課題総数は112課題(2017B期28課題、2018A期30課題、2018B期27課題、2019A期27課題)、うち海外施設からの申請は17課題、大学院生提案型課題は9課題であった。利用希望の多かったビームラインは、BL20B2(52課題)、次いでBL28B2(17課題)、BL37XU(15課題)、BL20XU(14課題)であった。2015B-2017A期の課題申請は144課題で33課題の減少であったが、特にBL37XUの利用を希望する課題申請の減少(16課題↓)が目立った。
この2年間の申請課題のうち、イメージング/CTを手法とする課題(主にBL20B2/20XU/28B2)は8割近くに上る。その中でも生体の組織や器官の構造・機能解析を目的とする課題が半数以上を占め、これに分子・細胞イメージングをターゲットにした課題、手法の開発に関する課題が続いている。残りの2割程度は、蛍光X線/XAFS分析など、分光分析による生体中の微量元素や成分、タンパク質の検出、動態解析に関する課題(主にBL37XU)である。この傾向は先の2年間とほぼ同様であった。
イメージング/CTでは、位相(屈折)に基づく手法の利用が2割程度まで増加した。従来は重元素標識しなければコントラスト不足で検出が困難であった脳や軟骨、血管など、軟組織の構造解析への応用が広まりつつある。呼吸や心拍動、歩行などに起因する反復的な組織変動の計測では、位相差を利用した4次元CT(空間+時間)も散見する。一方、SPring-8放射光イメージングの特徴(広視野、高時間・高空間分解能)を生かした微小血管や肺気管などのダイナミック・in vivoイメージングの課題も着実に成果を残しているが、この2年間では全課題の1割ほどと低調であった。
近年はラボ用のX線・光イメージング機器が高度化され、解析・評価までもアウトプットする計測装置も出回るようになった。大学・研究機関では機関内部や相互間で高度計測機器の共同利用化が進み、また、民間より低価格な受託解析サービスの提供も始まっている。分光分析を得意とするBL37XUの利用減少にはこうした背景があるかもしれない。本分野の課題申請の減少に歯止めをかけ増加に転じるには、ラボでは到底困難な放射光ならではの尖った計測に加え、ユーザー目線の計測インフラが必要なのかもしれない。また、レフェリー評点に基づく課題選定は概ね上手く機能していると思うが、当然ながら一人のレフェリーの厳しい評点に課題の採択は大きく左右される。新規の申請者や大学院生の課題申請については、PRC委員による一本釣りなど、思い切った策を導入し、ユーザーの裾野を拡大するのも一計と考える。
横浜市立大学 大学院生命医科学研究科
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