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Volume 24, No.2 Pages 123 - 125

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第36回SPring-8先端利用技術ワークショップ
「強磁場中顕微赤外分光と高輝度放射光施設における赤外ビームラインの展望」報告
The 36th Workshop on Advanced Techniques and Applications at SPring-8 / Infrared Microspectroscopy under High Magnetic Field and the Prospect of Infrared Beamline at High Brilliance Synchrotron Facility

池本 夕佳 IKEMOTO Yuka[1]、岡村 英一 OKAMURA Hidekazu[2]

[1](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室 Spectroscopy and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[2]徳島大学 大学院社会産業理工学研究部 Graduate School of Technology, Industrial and Social Sciences, Tokushima University

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SPring-8

 

1. はじめに
 平成31年1月12日、博多バスターミナルビルにおいて、第36回SPring-8先端利用技術ワークショップ「強磁場中の顕微赤外分光と高輝度放射光施設における赤外ビームラインの展望」が開催された。会議は、公益財団法人高輝度光科学研究センターとSPring-8ユーザー協同体(SPRUC)放射光赤外研究会の主催で開催された。参加者は、大学・研究機関・企業から計34名であった。図1に会議の様子を撮影した写真を示す。ワークショップは2部構成で、SPring-8赤外物性ビームラインBL43IRにおける強磁場中顕微赤外分光に関する議論をセッション1で行い、高輝度放射光施設における赤外ビームラインの展望に関する議論をセッション2で行った。それぞれのセッションについて、以下に詳述する。

 

図1 会場の様子

 

 

2. セッション1 強磁場中の顕微赤外分光
 SPring-8の赤外ビームラインBL43IRでは、赤外放射光の高輝度性を活かした顕微分光を行うため、以下の3つの実験ステーションが稼働している。

・長作動距離赤外顕微鏡ステーション
・高空間分解赤外顕微鏡ステーション
・磁気光学顕微鏡ステーション

 これらのうち、磁気光学ステーションは最高14 Tの強磁場の下で赤外顕微分光を行うために設置されたが、2016-2017年度にかけて、パートナーユーザーである佐々木孝彦氏(東北大学)とJASRIによって新たに装置開発が行われた。その結果、測定領域が従来よりも低波数領域へ拡張されると共に、ユーザーにとってより使いやすい実験ステーションになった。本ワークショップでは、この機会に強磁場中での赤外物性研究に関して現状と今後の可能性を議論することで、磁気光学ステーションの新たな利用研究の展開や、新たなユーザー開拓へとつなげることを意図して企画された。
 セッション1では、以下の5件の講演が行われた。
 まず、佐々木孝彦氏の講演では、磁気光学ステーションの再装置開発の内容が具体的に説明された。特に以下の改善があったことが説明された。

・測定領域が従来の中赤外までから、より低波数の遠赤外まで(150 cm-1まで)拡張された。

・光学系の改造により光軸調整が以前より容易になり、実験準備に必要な時間が短縮され、半日程度の準備で実験開始できるようになった。

・低温実験の際に使用するクライオスタットの液体ヘリウム消費が、改造前に比べて大幅に少なくなった。

 また、佐々木氏自身が磁気光学ステーションで行った実験例の中から、分子導体におけるπ-d電子結合系での結果が紹介された。
 続いて、徳島大学の岡村英一氏の講演では、過去に行われた強磁場での赤外分光研究について、巨大磁気抵抗物質やビスマスに対する結果が紹介された。また磁気光学ステーションで最近得られた、黒リンにおけるランダウ準位形成をバンド間遷移スペクトルで観測したデータを示し、赤外分光によるバンド間遷移の実験は、ランダウ準位を観測するための有力な手段でありサイクロトロン共鳴と相補的情報を与えること、他の様々な半導体、半金属にも応用できること、特にビスマスは有望な対象であり、BL43IRでの実験が適していることが紹介された。また光磁気カー効果(MOKE)など、磁場下の円偏光利用実験の可能性が議論された。現状ではBL43IRの円偏光度は高くないため、1/4波長板やPEM(光弾性変調器)などの光学素子を追加する必要があることが説明された。
 東京大学の徳永将史氏の講演では、磁場下のビスマスに対する研究結果が報告された。すなわちパルス磁場下において電気抵抗、磁化率、磁歪、超音波吸収などで観測された量子振動の解析から、ビスマスの特異な電子状態、特にディラック電子系としての電子状態や、磁場による完全バレー分極の結果が報告された。またビスマスに関する過去の磁場中赤外分光実験の結果が紹介され、最新の装置や試料で赤外領域のバンド間遷移の観測を行い、量子振動のデータと比較することにより、ビスマスの電子状態に関する理解が一層進展するはずであるとの提案がなされた。
 東京大学の松田康弘氏の講演では、パルス強磁場を用いた様々な物質の研究結果が紹介された。まず量子スピン系、固体酸素、強相関d電子系、近藤絶縁体に対する磁化測定の結果や、価数転移を示すf電子系に対するX線吸収分光の結果が紹介された。また希釈磁性半導体に対するサイクロトロン共鳴の研究結果が紹介された。そしてBL43IRにおける定常磁場下のブロードバンド赤外分光実験は、パルス磁場下で単色レーザー光を用いて行われた実験と相補的な情報を与えるはずとの指摘があった。また磁場と圧力を加えることによる研究拡大の可能性が提案された。
 セッション1最後の講演で、東北大学の大串研也氏からは、まず鉄イオンの梯子形ネットワークを持つ物質BaFe2S3の物性、特に高圧力下で観測される超伝導などに関する結果が紹介された。また最近BL43IRで測定された、高圧下における赤外反射分光の結果が報告され、圧力印加と共に電子状態の次元性がクロスオーバーすること、そしてこのクロスオーバーが高圧下の超伝導と関連している可能性が説明された。その後、磁場中での赤外分光で興味深い結果が期待される系として、磁性体における磁気励起や量子スピン液体における新奇な準粒子励起に伴う赤外吸収などが提案された。
 第1部の討論においては、磁気光学ステーションの測定配置について、現在は反射配置に限定されているが、透過配置での測定の必要性が指摘された。また、利用者開拓の方法として、強磁場研究のコミュニティである「強磁場フォーラム」に参加してビームラインの情報発信を強化する方策などが提案された。

 

 

3. セッション2 高輝度光源における赤外ビームラインの可能性
 近年新たな建設や計画が進んでいる次世代放射光施設は、電子ビームのエミッタンスを現行施設よりも一桁程度下げた低エミッタンスリングで、更に高輝度な放射光光源を目指している。しかし、この次世代放射光施設では、赤外線領域の光の利用は極めて深刻な状況であると指摘されている。低エミッタンスリングでは、真空ダクト直径が小さく、またMBA(multi bend achromat)ラティス構造をとるために磁石等のコンポーネントが狭い間隔で多数設置される。赤外線領域の放射光は、鉛直方向の発散角が大きく、取り出しミラーの立体角は大きくなければならないが、低エミッタンスリングでは困難で、光強度の減少が予想されている。この問題は深刻で、世界各地の赤外ビームラインを有する放射光施設において、次世代施設でいかに赤外ビームラインを維持するかが問題になり、議論されている。SPring-8の将来計画である「SPring-8-II」でもこの問題が予想されており、今回の研究会では、次世代の高輝度放射光源における赤外ビームラインの可能性を定量性も含めて議論された。
 講演は2件で、最初は、SOLEILのPaul Dumas氏が講演を行った。従来赤外光を取り出している偏向電磁石放射ではなく、磁石の端で生じる「エッジ放射」を積極的に活用する事、また放射光取り出し部の真空チャンバーを改造して空間を大きくする事が主要な提案である。ブラジルのSIRIUSなど海外の放射光施設やSPring-8-IIの実際のリング・デザイン案に基づいた計算結果も示された。SPring-8-IIを仮定した計算結果では、現状のBL43IRと比べて、光強度が大きく減少しない設計も可能である事が示された。
 次は理化学研究所の田中隆次氏の講演で、まず磁石の偏向部やエッジから生じる赤外放射光の基本特性が解説された。その中で、2つの隣り合う偏向電磁石からのエッジ放射は、逆位相で重なり合うため、単独のエッジ放射よりも強度が弱まるという計算結果が示された。また、講演では様々な加速エネルギーを持つ放射光施設の電流値などを比較検討して、1~2 GeVの加速エネルギーのリングが赤外利用に最も適している事が示された。また、レーザーを蓄積リングの挿入光源に入射し、レーザーの電場によって電子を変調して赤外光を放射させる、新たな赤外放射光源の可能性が提案された。放射される赤外光は、エネルギー幅が0.1%、フラックスは偏向電磁石放射よりも2~3桁高く、レーザーの波長によって中赤外領域を広くカバーする新たな光源の提案で、非常に興味深く感じた。
 第2部の討論では、放射光以外の様々な赤外光源がカバーするスペクトル領域が示され、特に最近性能の向上が著しいブロードバンド赤外レーザー(「Super Continuum」)などと比較して、赤外放射光の立ち位置に関する意見交換があった。現状では、中赤外領域と遠赤外領域の間にレーザーがカバーしないギャップ領域があり、赤外放射光の優位性が指摘された。ただし、レーザーの技術的進展のスピードは早く、動向を注視する必要がある。
 次世代放射光光源の計画が進む中で、赤外線領域の放射光を利用するグループが選択できる道は、エッジ放射の活用やチャンバー改造などの方策を施して新たな放射光施設にも赤外ビームラインを建設するか、あるいは、既存の低エネルギーリングを活用するかの2つである。国内の赤外放射光利用をほとんどSPring-8のBL43IRが担っている現状を考えると、たとえ低エネルギーリングを活用するとしても、ビームラインを新たに整備あるいは建設することとなり、まとまった費用が必要である。Paul Dumas氏は施設の責任者との対話が最も重要であると指摘した。この点は同意するが、並行して、多くの利用者との密接なコミュニケーションも重要であると考える。

 

 

 

池本 夕佳 IKEMOTO Yuka
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光・イメージング推進室
旧:(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : ikemoto@spring8.or.jp

 

岡村 英一 OKAMURA Hidekazu
徳島大学 大学院社会産業理工学研究部
〒770-8506 徳島県徳島市南常三島町2-1
TEL : 088-656-9444
e-mail : ho@tokushima-u.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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