Volume 24, No.1 Pages 79 - 81
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
利用系グループ活動報告
タンパク質結晶解析推進室 タンパク質構造解析促進グループ
Activity Reports – Structure Analysis Promotion Group, Protein Crystal Analysis Division
1. はじめに
JASRIタンパク質結晶解析推進室では、アンジュレータを挿入光源とするビームライン(ID-BL)であるBL41XUと偏向電磁石光源のビームライン(BM-BL)であるBL38B1の2本の共同利用ビームラインについて維持管理とその利用者支援(理研BL26B1の共用枠を含む)を行うとともに、利用者のニーズに対応する高度化・高性能化研究として、(1)ビームラインでの実験の自動化も含めた構造決定の迅速化と、(2)従来では解析困難であった領域(微小結晶測定や超高分解能構造決定など)への解析可能範囲の拡大を行い、さらに高度化・高性能化研究に資する構造生物学研究も行っている。本稿では、当室が発足した2014年度以降を中心に活動状況を報告する。
2. これまでの活動概要
我々は当室発足からの3年間(2014~2016年度)をスタートアップ期間として捉え、以下の4つのミッションの下、活動を行った。
(1)(限られた資源で)効率よく最高水準の利用支援を行う。
(2)測定装置・技術を世界最高水準に保つ。アンジュレータビームライン(ID-BL):巨大分子結晶の高速データ測定システム(シャッターレス法による高速測定、高難度膜タンパク質結晶の構造解析)。偏向電磁石ビームライン(BM-BL):分光器と回折計の改修による高精度高効率測定系の確立(生理的条件下測定技術の開発、オンライン顕微分光測定)。
(3)潜在的利用者を掘り起こす(遠隔実験システム・メールインサービスの利用拡大。結晶化実験環境の整備と提供)。
(4)利用制度を分かりやすく利用しやすいものにする(生命科学1分科の課題選定方式の改定)。
さらに、利用制度改定が一段落した2017年度からの5年間では、外部資金(AMED-BINDS事業)における研究開発・利用支援と連動してミッションを若干更新した。ID-BLでは「SPring-8のビーム性能を生かす~微小試料・超高分解能」として高輝度微小ビームを活用した高難度試料測定および薬剤設計等に耐えうる高精度高分解能解析を、BM-BLでは「一般的な利用の迅速化・自動化&新規性の高い実験」として、創薬研究に応える迅速自動測定・解析および構造機能解明に対応した生理条件測定・構造多様性解析・同時計測をテーマに高性能化を進めている。利用促進については、改めて「初心者の利用掘り起こし」を掲げ、結晶化など測定試料調製環境のオープン化および学会展示・研修会・成果報告会での普及啓発と情報提供を進めている。このほか、それらを活用して、外部資金や共同研究のなかで、アカデミア創薬研究への参画や、生命システムの解明を目指した構造生物学研究を進めており、装置開発へのフィードバックが自らも行える態勢を整えている。
3. 活動による成果
ID-BLであるBL41XU(構造生物学Iビームライン)では、主に以下のような開発を進めてきた。(1)巨大分子微小結晶に対応した高強度微小ビーム系と高速測定システムの構築:2018A期より100 Hz以上で読出し可能なピクセル検出器EIGER X 16Mを導入、高速化したサンプルチェンジャーSPACE IIを開発し交換時間のさらなる短縮を進めた(図1)。また改造した光学系により高強度微小ビームが実現し、これらを組み合わせた高速高精度測定により超分子複合体結晶やLCP法で析出した膜タンパク質結晶などの高難度試料の構造決定に数多く利用されている[1-3][1] B. Qiu et al.: Cell Res. 28 (2018) 644-654.
[2] X. Yu et al.: Cell Res. 27 (2017) 1020-1033.
[3] K. Abe et al.: Nature 556 (2018) 214-218.。低角反射の高精度測定系も活用され脂質二重膜の動的性質の解明にも利用された[4][4] Y. Norimatsu et al.: Nature 545 (2017) 193-198.。(2)高エネルギーモードの高性能化:20~35 keVのX線を利用する高エネルギーモードの最適化を目的として新しい回折計の導入を行った。2018A期にX線を用いた調整を完了し、ユーザー利用を開始した。超高分解能回折測定の実現により、金属タンパク質の活性中心の電子状態解析にも利用されている[5][5] Y. Hirano et al.: Nature 534 (2016) 281-284.。(3)シンクロトロンシリアル測定法の開発:高輝度微小ビームを用いたシリアル測定を実現するとともに[6,7][6] K. Hasegawa et al.: J. Sync. Rad. 24 (2017) 29-41.
[7] M. Yamamoto et al.: IUCrJ 4 (2017) 529-539.、現在HAG法を利用した室温シリアル測定環境を構築中である。
図1 BL41XU実験ハッチ2内部
BM-BLのBL38B1(構造生物学IIIビームライン)では、主に以下のような開発を進めてきた。(1)ビームの高強度化と測定の高速化:JASRI光源基盤部門の協力の下で非対称カットしたX線分光結晶を導入し、波長1.0 Åで約2倍の強度が得られるようになった。2017A期から利用を開始し、従来よりも微小な結晶(50 µm以下)や回折能の低い結晶での測定が可能となった。また、2018A期より大面積ピクセル検出器PILATUS3 6Mと高速・高精度ゴニオメータを組み合わせ、高速データ収集システムを構築した。これにより、タンパク質のみならず、格子定数の大きな回折能の低い合成超分子結晶の構造解析にも使われている[8-10][8] D. Fujita et al.: Nature 540 (2016) 563-566.
[9] Z. Sun et al.: Science 363 (2019) 151-155.
[10] T. Matsuno et al.: Nat. Comm. 9 (2018) 3779.。(2)室温測定環境の整備:これまでの開発で、膜タンパク質結晶の質の改善や[11][11] A. Kaneko et al.: J. Biol. Chem. 292 (2017) 15681-15690.、タンパク質の構造多形の誘導[12][12] S. Matsumoto et al.: Sci. Rep. 6 (2016) 25931.に成功してきたが、この手法をさらに拡張するために湿度調整装置を改良し、制御可能な温度範囲を4~20°Cまで拡大した[13][13] S. Baba et al.: submitted.。この結果、低温で結晶化された試料でも実験が可能となり、SACLAでの時分割構造解析にも応用されたほか[14][14] A. Shimada et al.: Sci. Adv. 3 (2017) e1603042.、温度依存的な構造変化を捉えることにも成功した[15][15] T. Murakawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 116 (2019) 135-140.。従来の装置は理研のBL26B1に移設、運用している。(3)結晶化プレート回折測定システムの整備:結晶化プレートのままX線回折測定ができるシステム(専用ステージ、多関節ロボット、試料保管供給装置)の試験運用をBL26B1にて開始した。EIGER 4Mとの組み合わせで効率的な結晶評価とデータ測定が行える。また、結晶試料調製環境(結晶化ロボット+観察装置)のユーザー利用を開始し、本システムとの連携を進めている。(4)X線トポグラフィー測定環境の整備:結晶の品質評価を行う環境を整備し、動的回折の観測により測定系の評価を行った[16][16] R. Suzuki et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 115 (2018) 3634-3639.。公開に向け検討を進めている。
ビームラインの運用については、2015A期から実施しているビームタイム配分の新ルールは定着し、年4~5回の希望調査に沿ってきめ細かい配分を行っている。2019年春に共用PX-BLとしてBL45XUが運用を開始するとともに、BL38B1は理研ビームラインとなりPX-BLとしての運用からは外れるのに合わせ、同様の運用ルールを成果専有利用にも拡張することも決まり、一体的な運用を行う。
4. 現状の課題と将来の方策
静的ながら高精度で構造が得られるX線結晶解析法は、タンパク質の立体構造決定法として中心的な役割を担ってきた。しかし、動的構造解析や結晶化などの障壁を乗り越えるのは本法のみでは容易ではなく、CryoEMやNMRなどの他手法を複合的に利用して課題を解決する「統合的構造生物学」「相関構造解析」が大きく進展している。関連技術として、当室として独自開発のHAG法をベースにX線の長所である室温測定技術の開発を進めている。また、生命研究におけるアカデミア創薬の拡がりにも対応し、構造決定を迅速に行える結晶解析の利点をさらに伸ばした迅速自動測定の開発を進め、研究支援体制の強化を図る。さらに本手法の弱点である結晶化については、タンパク質工学的な技術開発で克服を目指したい。
このため、SPring-8次期計画を見据えた具体的な動きとして、2019年度よりBL38B1を理研のID-BLであるBL45XUと役割を入れ替え、共用のタンパク質結晶解析用ビームラインをID-BL2本体制に移行する。新しいBL45XUでは創薬研究などに最適化した迅速自動測定システムの開発をさらに進め、利用に供していく。一方のBL41XUでは、特色ある超高分解能回折ステーションのさらなる活用を進めつつ、室温測定やピンクビームによるシリアル測定の効率化、ナノ結晶からの回折や散漫散乱情報の活用など発展的な技術もキャッチアップしていく計画である。BM-BLについては、これまで開発してきた室温測定・自動測定の技術を段階的にID-BLに移行する一方、結晶化環境と連動した結晶解析システムに育てていくことを考えている。これらは従来どおり理研RSC利用システム開発研究部門と連携しながら進めていく計画である。
参考文献
[1] B. Qiu et al.: Cell Res. 28 (2018) 644-654.
[2] X. Yu et al.: Cell Res. 27 (2017) 1020-1033.
[3] K. Abe et al.: Nature 556 (2018) 214-218.
[4] Y. Norimatsu et al.: Nature 545 (2017) 193-198.
[5] Y. Hirano et al.: Nature 534 (2016) 281-284.
[6] K. Hasegawa et al.: J. Sync. Rad. 24 (2017) 29-41.
[7] M. Yamamoto et al.: IUCrJ 4 (2017) 529-539.
[8] D. Fujita et al.: Nature 540 (2016) 563-566.
[9] Z. Sun et al.: Science 363 (2019) 151-155.
[10] T. Matsuno et al.: Nat. Comm. 9 (2018) 3779.
[11] A. Kaneko et al.: J. Biol. Chem. 292 (2017) 15681-15690.
[12] S. Matsumoto et al.: Sci. Rep. 6 (2016) 25931.
[13] S. Baba et al.: submitted.
[14] A. Shimada et al.: Sci. Adv. 3 (2017) e1603042.
[15] T. Murakawa et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 116 (2019) 135-140.
[16] R. Suzuki et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 115 (2018) 3634-3639.
(公財)高輝度光科学研究センター タンパク質結晶解析推進室
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