Volume 24, No.1 Pages 24 - 27
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第14回電子分光電子構造国際会議(ICESS-14)報告
Report on the 14th International Conference on Electronic Spectroscopy and Structure (ICESS-14)
1. はじめに
ICESS-14(The 14th International Conference on Electronic Spectroscopy and Structure)[1][1] http://www.icess2018.org/が2018年10月8日から12日の5日間の日程で中国の上海で開催された。ICESSは名前にあるように「電子構造」とそれを調べるための「電子分光」を中心の議題にした会議である。1971年に電子分光会議(ICES: International Conference on Electron Spectroscopy)として開催されたが、その後、電子構造の研究も会議内容に取り込まれるようになり、現在では吸収分光や発光分光、また走査トンネル顕微鏡など関連手法も広く取り上げられている。近年では2009年に奈良、2012年にフランスのサン・マロ、2015年にアメリカのニューヨークと開催され、今年(2018年)が中国の上海というように、3年ごとにアジア、欧州、北米と順番に開催されている。
今回の主催は上海科技大学(ShanghaiTech University)[2][2] http://www.shanghaitech.edu.cn/eng/main.htmであった。この大学は2013年に創立された新しい大学である。立地は上海の中心地の南東に位置する張江ハイテクパーク内であり、大学周囲にも多くの研究所が立ち並ぶ。また第3世代の放射光施設である上海光源(SSRF: Shanghai Synchrotron Radiation Facility)[3][3] http://e-ssrf.sinap.cas.cn/も大学から1 kmぐらいのところにある。大学までのアクセスは、上海浦東国際空港から地下鉄を使って30分程度で最寄り駅に到着し、そこから3 km程度の道のりをバスかタクシーでの移動になる。上海の中心地にも同程度の所要時間でアクセスできるので交通の便は非常に良い。
会場は大学敷地内にあるコンファレンスセンターで、建物も新しくきれいであった。講演はコンファレンスセンター内の数百名収容の講堂と100名程度収容の講義室の2ヵ所で行われた。なお、ここにはホテルとカフェテリアが併設される予定である。当初の情報では、このホテルは10月に開業する予定であり、今回の会議の参加者もそのホテルに宿泊できることになっていた。しかし、実際には工事が遅れて開業が12月に延期されることになり、参加者の多くがホテルの変更を余儀なくされることになった。しかし、主催者側が会場までの朝夕の移動用に十分な本数のバスを用意してくれたおかげでさほど不便は感じなかった。
会議のオープニングセッションの中で、本会議の参加者は22ヵ国、320名以上と報告された。開催地である中国が100名以上と多いのは当然として、アメリカ、ドイツからそれぞれ50名以上、その他日本以外にもフランスやスウェーデンなど放射光施設がある国からも多くの参加者がおり、北米、欧州、アジアと参加者の地域にあまり偏りがない印象であった。
図1 ICESS-14の会場である上海科技大学内のコンファレンスセンター。写真上が会議場全体写真。手前の低層の建物に講堂があり、奥の建物が開業予定のホテルになる。写真下がエントランス。大きなパネルが設置されていた。
2. 会議の概要
会議のスケジュールは初日から4日目までは朝8時30分(初日のみ8時)から基調講演として2件の講演があり、その後2つのセッションがパラレルで開かれた。最終日は基調講演がなく、シングルセッションのみであった。またポスター発表は初日と2日目に分けて設けられていた。各セッションのカテゴリーは以下のようになっている。
・Material & Surface Science-1, 2, 3
・Correlated System-1, 2, 3
・Dynamics-1, 2
・AMO
・Spin and Magnetism in Materials
・Hard X-ray Photoemission
・Spectromicroscopy/Microspectroscopy
・Ambient & In-situ Spectroscopy
・Theoretical
・RIXS
・FEL & Related Techniques
・STM & Related Techniques
図2 講演会場の様子。写真上が講堂。セッションがパラレルで開かれる場合には写真下の講義室も使用された。
基本的にセッションは測定対象ごとで分けられており、それぞれのセッション内で角度分解光電子分光、時間分解光電子分光などの手法で測定された結果が発表される。一方、硬X線光電子分光(HAXPES)やマイクロスコピーなどは独立したセッションになっていた。また光電子分光以外の測定手法でもRIXS(Resonant Inelastic X-ray Scattering)とSTM(Scanning Tunneling Microscope)がセッションとして設けられていた。どちらも光電子分光と関連が深く、講演でも光電子分光の測定と相補的に実験結果を取り上げていた。
本会議の全講演件数は基調講演が8件、口頭発表が81件(うち招待講演40件)、ポスター発表が120件だった。口頭発表の約半分を招待講演が占めているのが特徴である。発表時間は質疑応答を入れて招待講演が30分、一般公演が20分となっていて、各セッションの最初に招待講演が2~3件あり、その後に一般公演が2~3件続く形式で、ひとつのセッションの時間は2時間程度になっていた。招待講演が多いということから、講演自体はどれも最先端かつ最新の結果を取り上げており、非常に聞きごたえがあった。もちろん光電子分光界隈のすべての話題をカバーしているわけではないが、近年の世界的な傾向を知るには非常に有意義であったと思われる。
3. 会議の内容の概略
基調講演では、初日に、東大のAtsushi Fujimori氏が、XMCDやXMLDを用いた強相関の遷移金属酸化物の研究について、続いてLawrence Berkeley National LaboratoryのWanli Yang氏が、マンガンを用いた蓄電池電極のXASやRIXSによる解析について報告された。2日目に、University of Duisburg-EssenのUwe Bovensiepen氏が、ToF(Time Of Flight)を用いたフェムト秒の時間分間XPSについてと、Lawrence Berkeley National LaboratoryのAaron Bostwick氏が、ALS(Advanced Light Source)のMAESTRO(the Microscopic And Electronic STRucture Observatory)ビームラインのnanoARPES装置について報告し、3日目に、Politecnico di MilanoのGiacomo Ghiringhelli氏が、ESRF(European Synchrotron Radiation Facility)のID32ビームラインのRIXS装置についてと、Stanford UniversityのTomas Devereaux氏が、強相関物質の非平衡状態に対する光電子分光や光電子散乱の理論について報告した。4日目には、Sorbonne UniversitéのMaria Novella Piancastelli氏が、SOLEILのGALAXIESビームラインでのTender X線によるHAXPESやIXSを用いた原子分子の解析について、またTsinghua UniversityのQi-Kun Xue氏が、トポロジカル絶縁体の量子異常ホール効果について報告された。それぞれがその日にあるセッションに関連した最先端で重要なテーマを取り上げており、その分野に詳しくなくても解りやすく解説されていた。
各セッションの講演については、セッションがパラレルで進んでいたこともあってすべてを網羅することはできないので、筆者が印象に残ったいくつかの講演について報告する。なお、筆者の興味は測定の技術開発が中心になっているので、ここで挙げるものが偏ったものになっているかもしれないがご了承いただきたい。
Material & Surface Scienceのセッションにおいて、Dalian Institute of Chemical PhysicsのQiang Fu氏から、準大気圧(NAP)のXPSとPEEM(Photoemission Electron Microscopy)および液滴下のSTMを総合的に使った2次元物質の解析についての報告があった。金属表面上のグラフェン内への原子のインターカレーションをPEEMで観察し、原子分解能の像はSTMで取得する。さらに電子状態はNAP-XPSやARPESで詳細に解析するなど、同じ試料を複数のoperando測定を用いて総合的に解析しており情報量が非常に多かった。個々の手法のデータも素晴らしいがそれらをまとめ多角的に分析する必要性と、それをひとつの機関の研究グループでできることの利点を改めて感じた。
Hard X-ray Photoemissionのセッションでは、University of California DavisのC. S. Fadley氏が急遽参加できなかったため代わりにTemple UniversityのA. X. Gray氏が、X線定在波法による深さ分解の光電子分光について紹介した。定在波法は結晶のブラッグ条件付近の入射角でX線を入射し、入射波と回折波の干渉による結晶内の定在波を利用する。その腹と節の位置に存在する原子からの光電子の強度が異なることから深さ分解した光電子分光測定が可能となる。従来の軟X線領域では波長が大きいため、超格子の元素分布が解析できる。今回はLaCrO3/SrTiO3の超格子の元素分布を計測し、STEM-EELSの結果と非常に良く一致することを報告していた。また価電子帯の深さ方向の変化も測定できることも示された。さらに超格子だけでなく、単結晶でも格子定数が大きい銅酸化物高温超電導体(Bi2Sr2CaCu2O8+δ)などであれば軟X線で可能であり、同様に各原子層の価電子帯の状態を示していた。加えて、定在波法のRIXSも同様に行っており、La1.85Sr0.15CuO4とLa0.67Sr0.33MnO3の超格子の深さ分解RIXSの結果が報告された。
この講演以外にも定在波法に関連した報告は、先程のA. X. Gray氏やALSのSlavomír Nemšák氏からも行われた。特に後者は2.7 keVの硬X線を使ってGaMnAsの測定を行っており、Ga+MnサイトとAsサイトによって分離したARPESのデータを示していた。定在波法は結晶の格子定数と波長がうまく一致するような条件が整っている場合には、深さ方向の情報を得るための非常に強力な手段になりうると考えられ、今後の進展が注目される。
Spectromicroscopy/Microspectroscopyのセッションでは、Johannes Gutenberg University of MainzのGerd Schönhense氏から、モーメンタムマイクロスコープについての報告があった。ToF型のアナライザーを用いており、15 eVから1.7 keVまでの入射光のエネルギーでMo(110)やRe(0001)を測定しており、フォトンの運動量が光電子の運動量に移動による光電子回折像のゆがみなどを議論していた。本手法について波数と束縛エネルギー(kx, ky, kz, EB)の4次元のマッピングによる情報量の多さと、それを詳細に議論できるところまで開発が進んでいることが強く印象に残った。またこの手法に関連した報告で、Peter Grünberg InstitutのChristian Tusche氏から、2次元のスピンディテクターを使ったスピン分解の話題や、DESY Photon ScienceのDmytro Kutnyakhov氏から、FEL(Free Electron Laser)を使った時間分解の話題もあった。また定在波法と組み合わせた手法も開発中であるとの報告もあった。このモーメンタムスコープは英国のdiamondや日本のUVSOR-IIIでも導入の動きがみられ、今後広く普及するとともに様々な応用を含めて発展していくと思われる。
STM & Related Techniquesのセッションでは、理化学研究所のTetsuo Hanaguri氏から、STMによるFeSe1-xSの準粒子干渉像による超電導ギャップの研究についての報告があった。準粒子干渉像はSTMの微分コンダクタンス像(dI/dV)から、それをフーリエ変換により運動量空間に変換することで得られる。さらに、それのバイアス電圧を変化させることで運動量空間のマッピングを行い、ARPESにより得られた結果と比較していた。ARPESと異なりフェルミ準位よりも上の領域もSTMのホール像から得られARPESとは異なる情報を引き出せていた。この実験は極低温高磁場下で行われており、その条件で安定して高品質なデータを取得できることは驚嘆に値する。
最終日のすべての講演が終わった最後に、この国際会議のChairであるShanghaiTech UniversityのZhi Liu氏から、SHINE(Shanghai HIgh repetition rate XFEL aNd Extreme light facility)プロジェクトについての紹介があった。このプロジェクトはSSRFに隣接して硬X線FEL施設を建設するプロジェクトである。XFELとしては8 GeVのライナックと3本のアンジュレータを持ち、0.4−25 keVのエネルギーをカバーして、10個のエンドステーションを建設する計画である。施設は全長が3.1 kmになり、地下30 mにトンネルを掘って建設する。2017年の11月に政府から承認され、2018年から2025年までの7年の計画であり、すでに工事が着工しているとのことである。中国の科学技術への投資の規模とその迅速さは、今後の中国が放射光の分野でもさらに強い存在感を示してくるであろうことを予感させていた。
4. おわりに
クロージングセッションで本会議のポスター講演の中から選ばれるポスター賞の表彰があった。120件のポスター講演の中から5名が選出された。日本からは東大物性研のKoichiro Yaji氏が受賞した。内容は東大で開発しているレーザーを励起光としたARPES装置についてであり、トポロジカル絶縁体やラシュバ効果などを対象とした研究である。内容は非常に精錬されており、ポスター発表でなく招待講演になってもおかしくない研究であった。
本会議は全体を通して非常に滞りなく運営されていたと思う。特にShanghaiTech Universityの学生を含めた運営のスタッフが要所要所で適切に仕事をこなしており、参加者が非常に助かっていた。
次回のICESS-15はフィンランドのOulu大学で2021年の8月23日から27日の日程で行われるとMarko Huttula氏からアナウンスがあった。同じ北欧スウェーデンにある放射光施設MAX-IVでのサテライトも計画しているとのことである。
参考文献
[1] http://www.icess2018.org/
[2] http://www.shanghaitech.edu.cn/eng/main.htm
[3] http://e-ssrf.sinap.cas.cn/
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
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