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Volume 23, No.3 Page 201

理事長室から −科学技術の実践指針 “Think globally, act locally”−
Message from President – A Guideline on Social Applications of Advanced Technology “Think globally, act locally” –

土肥 義治 DOI Yoshiharu

(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

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 今回は、先進技術の社会受容における課題を論じたいと思う。科学技術の社会受容性を検討する概念として、テクノロジーアセスメントがある。テクノロジーアセスメントとは、現行の法制度に準拠することが困難な先進技術に対して、その技術発展の早い段階で将来の社会的影響を予期することで、技術と社会とのあり方について問題提起する活動である。先進技術は、社会に大きな便益をもたらす一方でリスクを伴うことも多い。先進技術が社会に受け入れられるためには、安全性や倫理面の懸念を取り除くことが必要不可欠である。
 技術のリスク管理は、遺伝子組換え技術、医療技術、ナノ技術、情報技術、原子力技術などの分野において社会的に強く求められている。諸々のリスクの中で未知リスクと恐怖リスクが人々を心理学的に最も不安にさせる。したがって、先進技術におけるリスクを誠実に認知し、そのリスクを定量化し、科学的な評価に基づいて管理することが重要である。さらに、技術の社会的な信頼を得るために、リスク意識の分析とリスクコミュニケーションを通して地域の人々の安心を形成する必要がある。人々に十分な情報を提供して問題に対する理解を深めてもらうリスクコミュニケーションは、医療分野におけるインフォームドコンセントの考え方に近い。
 技術の社会受容のためには、自然科学と人文社会科学、とくに倫理学との連携が必要である。20世紀後半に米国で進展した生命倫理学は、自己決定という単純かつ明快な考え方を基礎としており、その論理は自由主義、個人主義の社会哲学と親和性が高い。米国の国家研究法によって政府助成を受けた医療研究は、施設内倫理審査委員会(IRB)の承認を受けることと、患者へのインフォームドコンセントが義務付けられている。米国では、医療技術におけるリスク管理をIRBが責任実行する体制にあり、争いがあれば裁判所の判断に委ねられている。一方で日本や欧州では、生命倫理に公序や連帯という概念が付け加えられ、医療技術のリスク管理を法制化する道を選んだ。
 環境倫理学は、様々な地球環境問題が発生した20世紀後半に米国を中心に研究され、生物種に生存する権利、未来世代に生存する権利、地球全体主義などの主張を掲げている。環境倫理は一種の全体主義であり、個人主義の生命倫理と対照的である。環境倫理学に基づき国連気候変動枠組条約が締結され、パリ協定によってわが国では2050年までに二酸化炭素排出量を80%削減することを決めた。世界各国は倫理的に地球環境の保全を選択し、その数値目標を実現するために技術開発を進めている。さらに、生物多様性条約が締結され、カルタヘナ議定書の批准によって遺伝子組換え生物の安全性審査を行う国内法が成立した。この法律によって、わが国では遺伝子組換え作物の100種以上が一般使用(栽培、流通、加工など)の承認を受けているが、国内で商業栽培されているのは「青いバラ」のみである。食料や飼料となる遺伝子組換え作物の栽培は、わが国において未だ社会的に受容されていない。
 “Think globally, act locally”(地球規模で考えて、地域で行動しよう)は、1970年代に環境問題を解決しようとする市民運動のなか米国で使用され始めた標語である。普遍性、客観性、合理性を旨とする科学に基づく技術は、地球規模で考えて進展させる必要がある。しかしながら、実践は場所的、時間的であり、ある限定された場所と時間において行われるものである。先進技術を実践する地域の文化、歴史を考慮しながらリスクコミュニケーションを行い、社会から確かな信頼を得ることが社会実装のための前提である。このように、科学技術と哲学、倫理学との連携は極めて重要である。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794