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Volume 23, No.2 Pages 193 - 196

4. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM USERS

Diamond Light Sourceにおける放射光実験を通じて
My Experiments in Diamond Light Source

稲葉 理美 INABA Satomi

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 2018年2月初旬から3月中旬まで、長期海外研修(Visiting Scientist)としてイギリス・ディドコットにあるダイヤモンド放射光施設(Diamond Light Source、以下、Diamond)[1][1] http://www.diamond.ac.uk/Home.htmlに滞在した。SPring-8のX線小角散乱(SAXS)のビームラインを担当されたご経験もある井上勝晶博士に受入れをお願いし、DiamondでのSAXSビームライン(B21)[2][2] http://www.diamond.ac.uk/Beamlines/Soft-Condensed-Matter/small-angle/B21.htmlを利用した研究、ならびに自動化設備やユーザー実験の見学を行い、最近の研究動向に関する情報収集も行った。既にDiamondの特徴などは、以前の談話室・ユーザー便りで詳細に書かれているため[3][3] 木下豊彦:SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 84-90.、本記事については、B21の実験設備の紹介とDiamondの放射光実験に従事したユーザー目線の体験談を記載することにした。

 

 

2. 放射光実験をはじめるにあたり
 日本の主要な放射光施設では、所属機関での放射光業務従事者登録を行い、法律で定められた講習と訓練を受講した上で、各施設が指定したビデオ講習(+テスト)を受講する必要がある。また、管理区域入室にあたっては、入域記録と所属機関および放射光施設から貸与される個人被ばく線量計を着用することが義務付けられている。Diamondでは、10分程度のビデオ講習後、テストを受けて合格すると(ボーダーはおよそ70%)、IDカードにて管理区域へアクセスが可能となる。講習の内容は、SPring-8やPFと比較的近く、特に実験ハッチからの退出手順はこのビデオで確認する。これが、筆者にとって最初の難関であったが、何とかギリギリでテストに合格し、Diamondの管理区域で実験を行えるようになった。

 

 

3. 管理区域と運転状況
 Diamondの蓄積リング棟は、12のゾーンに区切られており、1階にビームラインや実験室、2階にビームライン担当者などの居室やリフレッシュコーナーがある(図1)。正面玄関にあたるDiamond Houseからリングに繋がる渡り廊下の先には、制御室があり運転中は常時人が駐在している。全てのビームラインや実験室への入室は、IDカードでアクセスが制限されており、光学・実験ハッチの退出の際もIDカードが必要である。Diamondでは、蓄積リングの電子エネルギー3 GeV、蓄積電流300 mAでTop-up運転を行っており、毎火曜日はマシンスタディとなっている。ユーザータイムはSPring-8と同じく1シフト8時間として割り当てられ、朝のビームタイム開始は9時からである。滞在中の運転モードは等間隔フルバンチ(900 bunches)で行われており、この他に特殊モード(ハイブリットや蓄積電流を変えた方法)での運転も行っている。年間の運転スケジュールとしては、Run 1から5まであり、1サイクルあたり6−8週間連続運転、3週間休止となっている。年5回の運転休止期間があることで、装置などのアップグレードも定期的に行えるとのことであった。

 

図1 Diamond Light Sourceの蓄積リング2階。

 

 

4. B21小角散乱ビームラインの概要
 現在のB21ビームライン専属スタッフは、リーダーのRobot P. Rambo博士(兼グループリーダー)、シニアビームラインサイエンティストの井上勝晶博士、ビームラインサイエンティストのNathan Cowieson博士、サポートサイエンティストのNikul Khunti氏の4人で運営している。ビームラインサイエンティストは、アメリカのALS、日本のSPring-8、オーストラリアのシンクロトロンから赴任して来たそうで、それぞれの施設での経験を生かしながら、ビームラインを作り上げているように感じた。B21は、タンパク質をはじめとするバイオ系の溶液小角散乱ビームラインとして欧州の大学・研究機関を中心に、各国のユーザーに利用されている。光源は偏向電磁石であり、多層膜モノクロメーター(DMM: Double Multi-layer Monochromator)により分光し、トロイダル(ロジウム)ミラーを用いて集光している。これにより、検出器位置でのフォトンフラックスは、> 1012 photon/secとなっている。B21では、エネルギー12.4 keV(波長:1 Å)、カメラ長4 m、二次元検出器PILUTUS 2M(夏頃にEiger 4Mへのアップグレードが計画されている)を固定レイアウトとしてユーザーに提供している(図2)。測定可能な範囲は、q値で0.0031から0.38 Å-1であった。ユーザーの多くは構造生物学が専門で、隣にあるMXビームラインと併せて利用している研究者も多いようである。実際、測定に来ていたユーザーの話では、MXやCryo-EM、分子シミュレーションと併用してSAXSを利用しているとのことで、このあたりは日本のBioSAXSのユーザーとも共通しているように思った。

 

図2 B21の実験ハッチ。手前側に検出器、奥側にHPLCやオートサンプラーがある。

 

 

5. BioSAXS Robot・SEC-SAXSを利用した測定
 B21には、EMBLデザインのBioSAXS Robot(Bruker社)が導入されており、オートサンプラーにより一連の測定を自動化することで効率良くデータを収集できるようになっていた(図3)。このロボットは、EMBL(PETRA III)のP12[4][4] https://www.embl-hamburg.de/biosaxs/sample.htmlやSOLEILのSWING[5][5] https://www.synchrotron-soleil.fr/fr/lignes-de-lumiere/swingなどでも導入されており、他のヨーロッパの放射光施設ユーザーにも使いやすいように考えられていると感じた。測定方法は従来通りで、4−5点ほど異なる濃度でタンパク質溶液を調整し、リファレンスBuffer溶液とあわせて96穴プレートにセットする。チャンバー内の温度は調節でき、不安定な試料でも4°Cで待機させることが可能である。あとは、全て実験ハッチの外で操作しながら、測定・解析へと進んでいく。測定データは、Diamondの全ビームラインで共通のフォーマットとして保存されるようになっており、各ビームラインの担当者が、それぞれのユーザーニーズに応じたフォーマットに変換するプログラムを同時に走らせることによって、SAXSの場合は1次元データとして取り出されるようになっていた。

 

図3 BioSAXS Robot。

 

 

 最近ではHPLC(ゲル濾過クロマトグラフィー:SEC)とSAXSを組み合せたSEC-SAXSが主流となりつつある[6][6] J. Perez and P. Vachette: Adv. Exp. Med. Biol. 1009 (2017) 183-199.。Diamondにもオートサンプラー付きAgilent社のHPLCとSAXSを連結した、SEC-SAXS装置が導入されている(図4)。カラムはSHODEXシリーズ(KW-402.5, 403, 404, 405)やSuperdex 200 Increase 3.2/300、Superose 6 Increase 3.2/300が利用でき、これら以外にもユーザー持ち込みのカラムも使用することが可能である。ポンプも2つあるため、カラムを2つ繋ぐことが可能で、片方のカラムで測定用分離をしながら、もう一方のカラムの平衡化を同時に行えるようになっており、時間の有効活用にも非常に良いと感じた。タンパク質や核酸などの検出には紫外吸収を利用しているが、今後は静的光散乱(MALS)も導入し、より正確な分子形状・分子量決定を行えるようにアップグレードする予定とのことであった(当時はオフラインでの使用は可)。SEC-MALS-SAXSシステムは、既に他の放射光施設でも導入されている。

 

図4 SEC-SAXSで利用されているHPLCポンプ。

 

 

 筆者は滞在中にインハウス課題として、何度かビームタイムをもらい、日本から持ち込んだタンパク質試料を用いて主にSEC-SAXS測定を行った。試料量は45 uL、SHODEXカラムを用いて、1測定あたり32分のプログラムであった。測定データは、R. P. Rambo博士により開発されたソフトウェア「ScAtter」[7][7] http://www.bioisis.net/によりモデル解析までできるようになっていた。測定のレイアウトが決まっていることもあって、ビームタイムの空き時間にすぐに測定を行うことができたのも、今回のような滞在期間が限られた筆者にとっては良かったと感じた。

 

 

6. メールイン測定
 B21では、自動化システムを最大限に生かしたリモートやメールイン測定が運用されており、既に日本の大学に所属する研究者も利用している。アカデミック機関であれば測定費用のみならず、Diamondへの試料の輸送費もかからないとのことで、世界規模でのユーザー獲得戦略に踏み切っていることが伺えた。

 

 

7. ウエット実験室、その他
 ビームラインの近くには、簡単な試料調製ができるウエット実験室が併設されていた。予め、担当者に使用期間のアポを取ることで、実験ベンチを割り当ててもらうようになっており、非常にルールがしっかりと管理された実験室になっていた(図5)。また、B21ビームラインには、オフラインで利用できるHPLCとMALSがあり、SEC-SAXS測定条件の検討や、タンパク質の最終精製を行う設備も整っていた。

 

図5 ウエット実験室の一角。

 

 

8. ユーザーのDiamond滞在中
 日本の放射光施設同様に、ユーザー運転期間中はR22にある食堂が利用でき、メニューも日替わりで、比較的豊富に揃っていた。また、管理区域内には、ラウンジやキッチンコーナーがあり、冷たい飲料やスナックの自販機、冷蔵庫や電子レンジに加え、無料で紅茶とコーヒーを自由に飲めるサーバーのようなものがあった。イギリス内を含むヨーロッパの研究機関からの放射光利用ユーザーは、旅費・宿泊費・食費のサポートが受けられるとのことである。
 キャンパス内には、Ridgeway House(ゲストハウス・全123部屋)があり、Diamond、RALやISISのユーザーや関係者が利用している。建物内には客室の他に、イギリスのフルブレックファーストが提供されるダイニングルーム、平日の夜オープンするラウンジバー、宿泊者が使用できるランドリールームなどがあった。
 毎週木曜日のランチタイム(11:30~12:30)に、Diamondセミナーが開催され、物質科学と生命科学からそれぞれ1件ずつ発表がある。演者は、Diamondビームラインのユーザーやスタッフが中心であり、若手研究者(Ph.D. Candidate)による発表も行われていた。その他にも、他機関の研究者によるセミナーも盛んに開催されていた。
 また、Diamondに勤務するポスドクを対象としたコミッティー「Diamond Postdoc committee」があり、隔週でセミナーが開催されている。演者・座長は持ち回りで担当し、積極的にポスドク研究員の発表の機会を設ける取り組みが行われていたことが印象的であった。セミナーのない週は、coffee morningといって、朝30分ほど集まって、仕事や生活などの情報交換を行う場があった。筆者も実際に参加させてもらい、Diamond滞在目的やSPring-8の現状の情報交換を行った。このような場は、分野外の若手研究者と交流が持てる非常に良い機会であると感じた。

 

 

謝辞
 海外長期滞在にあたり、Visiting Scientistとしての受入れを快諾してくださり、研究・実験に関してのみならず、滞在中も様々サポートいただいた、Diamond Light Sourceの井上勝晶博士に心より感謝申し上げます。また、B21やB23ビームラインの方々には測定に関して、様々なご助言と協力をいただきました。最後に、海外研修の準備や渡航中、多くのJASRIスタッフ(事務職員・研究員)の方々に手厚いサポートをいただき、この場を借りて感謝の意を表したい。

 

 

 

参考文献
[1] http://www.diamond.ac.uk/Home.html
[2] http://www.diamond.ac.uk/Beamlines/Soft-Condensed-Matter/small-angle/B21.html
[3] 木下豊彦:SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 84-90.
[4] https://www.embl-hamburg.de/biosaxs/sample.html
[5] https://www.synchrotron-soleil.fr/fr/lignes-de-lumiere/swing
[6] J. Perez and P. Vachette: Adv. Exp. Med. Biol. 1009 (2017) 183-199.
[7] http://www.bioisis.net/

 

 

 

稲葉 理美 INABA Satomi
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : inaba@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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