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Volume 23, No.2 Pages 188 - 192

4. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM USERS

JASRI-NSRRC交換研修プログラム参加報告
Report on JASRI-NSRRC Staff Interchange Program

大河内 拓雄 OHKOCHI Takuo

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 2016年度より、(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)および台湾のNational Synchrotron Radiation Research Center(NSRRC)との間で、若手研究者間で交流や情報交換、実験などを行う交換研修プログラムが発足された。筆者はJASRIでは2人目の研修参加者として、2018年の2月末~3月の約1ヵ月間滞在する機会を頂いた。2016年に運用が開始されたTaiwan Photon Source(TPS)の軟X線分光ビームライン(BL)でのコミッショニングに参加しながら、いくつかのBLに関する情報収集やNSRRC施設のスタッフとの交流や議論を進めた。今後、NSRRCのスタッフがSPring-8に研修に訪れる機会も予定されている。3月の台湾は適度に温暖で、快適な時期に訪問できる幸運に恵まれた一方で、日本での年度末業務の遂行に一抹の不安を抱えながらの滞在であったが、これからの自身の業務・研究開発のあり方やSPring-8の将来像を考えていく上で非常に有意義な経験となった。体験したことや得られた情報などをこの場を借りて紹介したい。

 

 

2. Taiwan Photon Source(TPS)
 TPSは、NSRRCにて長年運用・利用されてきた放射光施設Taiwan Light Source(TLS)のアップグレード版の位置付けとなる3 GeVの中型放射光施設で、2016年に運用が開始され、現在は第1フェーズの計画に基づいて7本のBLが稼働している。うち、5本の硬X線BLが部分的にユーザー利用を開始しており、2本の軟X線BLがコミッショニングの最中である。第2フェーズ(~2020年)のビームラインの建設も一部、開始されており、第3フェーズ(~2023年)完了時には計25本のビームラインが稼働の計画となっている。現在の運用蓄積電流は昨年度の300 mAから400 mAまで上がっており、現在のペースで進めば約1年間のスタディーと漏洩検査を経て、最終運用値である500 mAの実現が見込まれている。1.5 GeVリングのTLSと比較すると、輝度はBMで102程度(@10 keV)、IDで103(@1 keV)~104(@10 keV)程度の向上が見込まれている。エミッタンスの設計値は1.6 nm・radで現在の他国中型リングと比較しても遜色ない。TPSとTLSはNSRRCキャンパス内に互いに隣接しており、現在は、利用実験のアクティビティーをTLSで維持しつつ、TPSのBL建設と運用化が鋭意進められている。
 TLS、TPSを擁するNSRRCキャンパスは、IT企業や研究所が密集する新竹市にある。台北桃園空港から1時間程度とアクセスが非常に良く、日本やアジア諸国からも気軽に利用しやすい立地である。徒歩圏内には国立清華大学や国立交通大学もあり、利用研究や共同研究も活発なようである。

 

図1 TPSの実験ホール。吹き抜けの1階がビームライン。2階に見えるのが中央制御室。

 

 

3. TPSサブミクロン軟X線分光ビームライン45A
 今回の研修では、主にTPS 45Aビームラインでのコミッショニングに参加した。本ビームラインは、TPSの第1フェーズの計画に基づいて建設されたサブミクロン軟X線分光ビームラインである。2つの実験ブランチを有しており、1つがMax Planck研究所(MPI)の所有する光電子分光装置のブランチ、もう1つが新北市にある淡江大学(TKU)の所有するブランチで、X線磁気円/線二色性(XMCD/XLD)やX線励起可視発光(XEOL)などの分光実験装置が立ち上げられている。XEOLでは時間分解計測も計画されている。TPS 45AはNSRRC内では珍しい他機関との共同設立ビームラインで、光学ハッチ内部もMPIが多額の投資をしており、運用時にはビームタイム配分はMPIが約45%、TKUが約25%、NSRRC所有の調整枠が約10%、残りの20%程度が共用と予定されている。NSRRC所属のスタッフはSpokesperson、現場マネージャーと研究員の計3名であるが、MPI、TKUからも相当数の研究者が派遣されており、このビームラインに限ると人員が充実していた。光学系部門のNSRRCスタッフも1名、コミッショニング期間の担当として常時ビームラインで作業を行っていた。

 

図2 TPS 45Aでのビームコミッショニングの様子。

 

 

 TPS 45Aでは2017年にコミッショニングが開始され、2018年の12月(著者の来所前)の時点で、入射スリットでのビームサイズ(縦)が2 µm弱、光電子アナライザーで取得したAuの価電子帯スペクトルから分解能E/ΔEが20,000以上(最高データで約34,000)と見積もられていた(X線エネルギーが850 eVの条件において)。KBミラー集光による試料上のビームサイズ目標はサブミクロンであり、イメージングというよりは狙った微小領域でのピンポイント分光を志向した汎用的なBLの位置付けである。著者の参加開始日にユーザービームタイムとなり、コミッショニングが再開された。本期の主な調整は分光器の最適化による分解能向上(目標50,000以上)とエネルギー変化に対応したIDの調整であった。採用している分光器は他施設の軟X線ビームラインでも珍しいActive Grating Monochrometer(AGM)である。TLSの共鳴非弾性散乱(RIXS)装置での運用成功の流れを継承したデザインと考えられる。収差補正効果による高分解能が狙える一方で、表面カーブ形状を制御するパラメーターが膨大で初期最適化に期間を要すること、過度なカービングによる破損のリスク、ベーキングのできないチャンバ構造など難しい点も多い。滞在期間中の進展として、400−500 eV領域の光を導入してN K-edge(N2ガス)やO K-edge(NiO)の吸収スペクトルによる分解能評価が新たに行われたこと、TKUブランチに初めて光が導入されたことが挙げられるが、集光サイズや分解能に関しては、AGMのパラメーター最適化(エネルギー依存性含む)、それに伴う光路やフォーカスの再調整が難航しており、現在も調整が続いている。
 一方、エンドステーションはMPIブランチの光電子分光装置および準備槽の分子線エピタキシー(薄膜成長)装置が並行して立ち上げが進められていた。光電子アナライザーはスウェーデンのMB Scientific(MBS)社製のもので、滞在最終日には当社スタッフが訪問し、オペレーショントレーニングに立ち会うことができた。このアナライザーは電子ディフレクターなど主要な特徴を持ちつつ、高スピードのエネルギースキャンや狭スリット条件での電子収率の高さ、LabViewベースのユーザーフレンドリーな操作環境なども備わった魅力の多い装置であった。

 

 

4. TLS、TPSの諸BLでのディスカッション
 NSRRC滞在中、著者の業務分野と関連の深いいくつかのTLS、TPSビームラインを訪問し、見学とディスカッションを行った。
 TPS 09AはX線回折・散乱をメインとした硬X線ビームラインで、パルス光を利用したポンプ−プローブ回折実験環境を整備している。実験ステーションのすぐ下流にTi: Sapphireレーザー用のハッチが設置されており、OPA機構も備わって波長が可変となっている。周波数同期にはSPring-8でも運用されているCANDOXが利用されていた。1 kHz程度の低プローブ頻度の実験を想定しているため、NSRF方式(トライアングル型)のチョッパーを導入予定であるが、SPring-8の高繰り返し型のチョッパーにも興味を持たれていた。現在、蓄積リングはTLS、TPSともにマルチバンチ運転が基本で、TPSではスタディー期間の数回だけ、シングルバンチモードとシングル+トレインモードのテストが行われたが(シングル電流:1.4~2 mA(最終目標:20~30 mA))、利用人口比率が低いため、実運用に向けた交渉を成功させるためにはユーザー層やニーズを広げる必要があるとコメントしていた。なお、このビームラインでは既に50%程度の時間がユーザー利用に供されており、コミッショニングの進捗を見ながら共用時間を拡大していく計画である。
 TPS 41AはRIXSおよびX線干渉型イメージングの実験ステーションを備えた軟X線ビームラインで、RIXS用の巨大な回折計が実験ホールを占めていた。RIXSでは分解能競争を特に意識しており、利用実験の促進とともに、世界最高の分解能データをマークするための独自の計画も立てられているようである。現在確認の分解能は16,000程度で(目標:30,000 → 60,000)、ビームフラックスが最適化できれば、TLS 05Aよりも1~2桁程度短い時間でデータ取得が可能と見込まれている。一方、干渉型イメージングの実験ステーションは、総フラックス1014 photons/sに対して1012の可干渉フラックスを利用できる見込みである。著者の滞在期間中は主にタイコグラフィー像の観察に向けたコミッショニングを進めており、滞在終盤には初イメージが観察できたと伺った。
 TLS 05B2は光電子顕微鏡(PEEM)の実験ステーションで、FOCUS社製の汎用PEEM装置を用いた利用研究が展開されている。メーカーが推奨するレンズと一体型の試料ステージを採用しており、振動による分解能低下防止には寄与するものの、多種の形状の試料が持ち込まれる共用装置としては対応力に限界を感じているそうである。SPring-8の新しいPEEM装置ではこの点を踏まえて特注の高剛性マニピュレーターを採用しているが、現地担当者はこれに大変な興味を示していた。TPS第2フェーズで建設される27Aビームラインは走査・透過型X線顕微鏡(STXM)、光電子分光イメージング(PRINS)、コヒーレントイメージングの3種の軟X線イメージング装置が揃うBLで、PRINSステーションにPEEMの後継機が導入される予定である。本年度中にデザインを決定、2019年より具体的に導入していく計画で、半球アナライザー付きのmomentum microscopeを最有力候補としている。具体的なデザインについて、現地担当者が視野に入れている利用分野と著者のPEEM運用経験を踏まえて議論した。
 TLSのいくつかの実験ステーションでは液体ヘリウムを利用することができる。TLSでは加速器RF用の大きな共通He回収ラインがあるものの、ビームライン用のものはなく、各装置で回収・再凝縮機構付きのデュワーを所有して運用している。TPSでも同様の運用となるようである。
 滞在中、セミナー形式で研究紹介をする機会も頂き、SPring-8の現状やPEEMの開発・利用研究に関する発表を行った。普段の学会や研究会のコミュニティーとは違った滋味のある討議ができたが、何よりも、この発表の機会が人脈を広げる上で大きな助けとなった。今後もこのような機会を積極的に作っていきたい。その他、滞在終盤には、実験責任者とBL担当者のご厚意によりTLS 05AステーションでのRIXSのビームタイムに参加することもできた。RIXS実験は著者にとって初めての体験であり、オペレーションレベルで原理や構成機器、測定プログラムの仕様などを詳しく学ぶことができた。また、ユーザーという立場からビームライン担当者の動き方を見ることは、SPring-8での利用支援体制を見直していく上で有意義であると実感した。

 

図3 小セミナーでの発表の様子。

 

 

5. NSRRCにおけるスタッフ業務の現状
 TPSの各ビームラインのスタッフは、Spokespersonが1名に加え現場スタッフが1~3名程度の構成で、適宜、PDや研究生などが加わった人員体制となっている。対応するTLSビームラインの旧スタッフの移動・兼任が主で、TPS新設に伴うまとまった増員は行われなかったそうである。そのため、今も利用が活発なTLSとの人員の振り分けに苦慮しているようだが、最終的にはTLSは廃止される予定で、今はその過渡期にあると考えられる。研究系スタッフの労働環境は概ねSPring-8と似通っており、平日日中の支援を基本としつつも、必要に応じて時間外や休日の対応も行っている。台湾の一般企業では労働時間は厳しく管理されている一方で研究者は裁量労働的なスタイルを余儀なくされているそうである。ただし、労働時間や仕事の優先順位については研究者が自己管理をしっかり行うべしという考えが日本よりも定着しており、効率良く代休などを取得しやすい環境だと考えられる。また、2週間に1回のペースで土日のシャットダウン期間を設けるなどの配慮もなされている。
 著者がSPring-8で携わっているPEEM装置をはじめ、顕微鏡装置はやはりスタッフによる大幅な支援が必要で、各ビームタイムのはじめの1日程度をインストラクションに費やしてから本テーマの実験に移ってもらうスタイルをとっているそうである。この方法だと一定のビームタイムロスがあるものの、自立操作ができるユーザーが増えることは長期的には利益となるはずで、SPring-8での運用形態を考える上でも参考にしたい。

 

 

6. おわりに
 TPSは台湾の放射光コミュニティーとして悲願の施設であり、軟X線から硬X線の広い領域においてTLSと比較して光源性能が大幅に向上するため、どのスタッフも前向きにビームラインやエンドステーションの構築に勤しんでいる様子が伺えた。一方、成熟期にあるSPring-8は世界一の光源特性の座を維持していくためコンセプトの転換が求められており、次世代光源によって受ける恩恵の度合いがビームラインや装置によって異なってくるため単純な比較は難しい。特に、軟X線は光源性能の向上が見込まれるものの、世界の中型リングに比べると見劣りする点も多いという微妙な位置に立つ可能性がある。しかしこれは「光源」の議論であることに注意したい。そこから最終工程である「研究成果の拡大」を目指すプロセスで独自の工夫を凝らすことが、筆者を含む利用促進分野の研究者に課せられた課題である。その一つとして低エミッタンス化・高コヒーレンス化に合致した装置デザインを組む選択肢は重要である。その他にも、ハイスループットな装置、光源性能に左右されにくい手法の強化、オリジナリティーの高いプロジェクトの推進や利用コミュニティーの構築など、「光では勝てないが、研究成果は高いビームライン」という図式を作り上げるのも一つの立派な選択肢になり得る。実際、NSRRCの利用系スタッフはユーザー支援に取り組みながら、独自の研究テーマをしっかりと持ち、それを装置の高性能化に還元しようとする姿勢がJASRIの研究系スタッフ以上に見受けられた。
 本研修プログラムをはじめとした国際交流が今後も筆者のような現場の研究者にとって、世界の放射光コミュニティーの文化や哲学を吸収し、将来計画について広い視点で検討できる機会となることを祈っている。

 

図4 TPS 45Aのスタッフ。光電子分光装置の調整のために訪れていたMBS社スタッフとともに。

 

 

謝辞
 本研修はJASRIの平成29年度研究活動強化・研究事業推進費による支援の下、参加の機会を頂きました。現地での受け入れと様々なアレンジを下さったNSRRC副所長のDi-Jing Huang博士、TPS 45AのHuang-Ming Tsai博士、Ashish Chainani博士をはじめビームラインの皆様、来所・見学・議論に対応して下さったNSRRCのスタッフの皆様、そして、事務手続きや研修期間中の所内業務のサポートを下さったSPring-8の関係の皆様に深く感謝申し上げます。

 

 

 

参考URL
[1] NSRRCホームページ:http://www.nsrrc.org.tw/
[2] TLSビームライン:http://efd.nsrrc.org.tw/EFD.php?num=227
[3] TPSビームライン:http://tpsbl.nsrrc.org.tw/

 

 

大河内 拓雄 OHKOCHI Takuo
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext 3924
e-mail : o-taku@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794