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Volume 23, No.2 Pages 100 - 104

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

専用ビームラインの研究から ~BL33LEP(大阪大学核物理研究センター)~
φ中間子光生成反応
φ Photoproduction at SPring-8/LEPS

水谷 圭吾 MIZUTANI Keigo[1]、平岩 聡彦 HIRAIWA Toshihiko[2]

[1]京都大学 大学院理学研究科 Graduate School of Science, Kyoto University、[2]大阪大学 核物理研究センター Research Center for Nuclear Physics, Osaka University

Abstract
 SPring-8/LEPSグループは、レーザー電子光ビーム(ガンマ線ビーム)を用いてφ中間子の光生成反応を系統的に研究している。φ中間子光生成機構を解明するためには高い偏極度を持つ直線偏光ガンマ線ビームを用いた崩壊角分布測定が有用であり、LEPSビームライン(BL33LEP)は高偏極測定が可能な世界的にユニークな研究施設である。本稿では最近解析が終了した入射ガンマ線エネルギーEγ = 1.5−2.9 GeVにおける陽子標的からのφ中間子光生成反応、およびEγ = 1.7−2.4 GeVにおけるヘリウム4標的からのコヒーレントφ中間子光生成反応を紹介する。
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SPring-8

 

1. ポメロン交換過程と中間子光生成
 ポメロンは、高エネルギーハドロン(注1)散乱断面積のエネルギー依存性を説明するために導入された仮想粒子である。ポメロン交換過程はハドロンの種類に依らない普遍的な過程で、多くのハドロン散乱断面積の高エネルギー( > 10 GeV。は重心系での全エネルギー。)での振る舞いをうまく説明してきた。一方、低エネルギー領域におけるポメロン交換過程の振る舞いは自明ではない。一般に低エネルギー領域においては、tチャンネル(注2)に中間子を交換する過程の寄与が大きくポメロン交換過程の寄与を隠してしまう(図1)。しかしストレンジクォーク・反ストレンジクォークのペアからなる中間子の光生成においては、図1(右)のπ0中間子およびη中間子交換過程が抑制される(OZI抑制則[1,2][1] S. Okubo: Phys. Lett. 5 (1963) 165-168.
[2] J. Iizuka: Prog. Theor. Phys. Suppl. 37-38 (1966) 21-34.
)。このため、中間子光生成反応は、低エネルギー領域におけるポメロン交換過程の振る舞いを調べるための強力なツールであると言える。

 

図1 陽子からの中間子光生成において、tチャンネルにポメロン(左)、およびπ0中間子、η中間子(右)を交換する過程。時間は右方向に流れる。

 

 

2. 断面積のピーク構造
 SPring-8/LEPSグループでは、中間子光生成を系統的に研究している。LEPS実験初期の、Eγ = 1.57−2.37 GeV(ただしEγは実験室系における入射ガンマ線のエネルギー。またEγ = 1.57 GeVは中間子生成閾値。)における陽子標的の測定で、0度微分断面積のエネルギー依存性に興味深いピーク構造を初観測した[3][3] T. Mibe et al.: Phys. Rev. Lett. 95 (2005) 182001.。このピーク構造は図1のポメロン、π0中間子、η中間子を交換する模型では説明できず、現在に至るまでその起源は解明されていない。
 ピーク構造の起源の解明にはより高いエネルギーまで拡張した測定、および異なる標的での測定が必要である。本稿では最近解析が終了した、1)入射エネルギーをEγ < 2.9 GeVに拡張した陽子標的からの中間子光生成[4][4] K. Mizutani et al.: Phys. Rev. C 96 (2017) 062201(R).、および、2)ヘリウム4標的からのEγ = 1.7−2.4 GeVにおけるコヒーレント中間子光生成[5][5] T. Hiraiwa et al.: arXiv:1711.01095v3 [nucl-ex] (2017).を紹介する。
 十分高いエネルギーでは、ポメロン、π0中間子、η中間子を交換する模型がうまく機能すると期待されているが、そのエネルギーの下限は分かっていない。1)の入射エネルギーを拡張した測定は、どこからポメロン、π0中間子、η中間子交換模型がうまく機能するかを知るうえで重要な情報を与える。一方、2)のヘリウム4標的からのコヒーレント中間子光生成を用いることで、別の視点からピーク構造の謎に迫ることができる。ここで「コヒーレント中間子光生成」とは、γ4He → 4Heのように終状態に標的粒子が壊れず残る反応を指す。一方、γ4He → ppnnのように中間子生成の際に標的原子核を壊してしまう反応をインコヒーレントな反応と呼ぶ。ヘリウム4はスピン・パリティが0+の粒子なので、コヒーレント反応においてtチャンネルに交換される粒子はスピン・パリティが0+の粒子に限られる(パリティ、および角運動量保存則)。言い換えれば図1(右)のπ0中間子、η中間子(ともにスピン・パリティ0)の交換過程が禁止されるので、ポメロンフィルターとして機能する。この意味で、ヘリウム4標的からのコヒーレント中間子光生成反応は低エネルギーでのポメロン交換過程の振る舞いを調べるための重要な反応である。

 

 

3. 実験概要
 本研究はレーザー電子光ビームラインBL33LEPで行われた(課題番号:BL33LEP/6001)。陽子標的データの取得期間は約150日間(2007年、2015年)で、ヘリウム4標的データの取得期間は約60日間(2009年)である。レーザー電子光は蓄積リングを周回する8 GeV電子ビームにレーザー光を正面衝突させることによって得られる。陽子標的データ取得時には4.66 eVおよび4.82 eV(波長266 nmおよび257.2 nm)の深紫外レーザーを、ヘリウム4標的データ取得時には3.49 eV(波長355 nm)の紫外レーザーを使用し、それぞれ最高エネルギー2.9 GeV(最大強度2 × 105 Hz)および2.4 GeV(最大強度2 × 106 Hz)のレーザー電子光(ガンマ線)を得た。レーザー電子光のエネルギーは、反跳電子のエネルギーを測ることで求める。この測定のエネルギー分解能は14 MeVである。
 ガンマ線は実験ハッチまで導かれ、標的に照射される。標的中で生成された中間子は48.9%の分岐比で直ちにK+中間子とK中間子のペアに崩壊する。これらの荷電ハドロンは図2に示すLEPSスペクトロメータで検出する。LEPSスペクトロメータは双極電磁石、飛跡検出器(ドリフトチェンバー)、飛行時間(TOF)検出器などで構成されており、前方(水平方向±0.4 rad、垂直方向±0.2 rad)に散乱された荷電粒子の同定および1%以下の精度での運動量測定を行うことができる。

 

図2 LEPSスペクトロメータ。ガンマ線ビーム(赤)を標的に入射し、生成された中間子の崩壊で生じる荷電K中間子(緑)を前方の検出器群で捉える。

 

 

 運動量測定は荷電粒子を0.7 Tの双極電磁石で曲げ、粒子の飛跡を再構成して曲率半径を求めることで行う。粒子同定は運動量および飛行時間から質量を再構成することで行う(図3)。

 

図3 LEPSスペクトロメータで再構成された散乱粒子(運動量1.6 GeV/c以下)の質量分布。

 

 

 K中間子対の不変質量分布M(K+K)を図4に示す。質量1.01946 GeV/c2中間子に対応するピークがはっきりと確認できる。中間子由来でないK+K事象が背景事象となる。背景事象分布はモンテカルロシミュレーションにより評価を行った(斜線ヒストグラム)。

 

図4 K+K不変質量分布[4,5][4] K. Mizutani et al.: Phys. Rev. C 96 (2017) 062201(R).
[5] T. Hiraiwa et al.: arXiv:1711.01095v3 [nucl-ex] (2017).
。斜線ヒストグラムはモンテカルロシミュレーションで得た背景事象分布。

 

 

 K中間子対を検出した時の欠損質量分布MM(K+K)を図5に示す。上図が陽子標的測定での欠損質量分布で、γppK+K(p)反応事象に対応する陽子(質量0.938 GeV/c2)の鋭いピークが確認できる。ここで、(p)の括弧は終状態の陽子pを検出していないことを意味する。MM(K+K)~1.2 GeV/c2付近に確認できる事象は、γppπ0K+K(pπ0)反応などの余分に中間子を生成する事象である。本研究においては背景事象となるので、0.85 < MM(K+K) < 1.00 GeV/c2を満たす事象のみを選ぶことで取り除く。下図はヘリウム4標的測定での欠損質量分布である。黒丸が測定点を表す。コヒーレント反応に対応するヘリウム4(質量3.727 GeV/c2)のピークと、インコヒーレント反応に対応する事象(MM(K+K)~3.8 GeV/c2)が確認できる。赤ヒストグラムおよび緑ヒストグラムはそれぞれ、モンテカルロシミュレーションで評価したコヒーレント反応およびインコヒーレント反応の分布である。黒ヒストグラムはそれらの和を表す。

 

図5 K+K欠損質量分布[4,5][4] K. Mizutani et al.: Phys. Rev. C 96 (2017) 062201(R).
[5] T. Hiraiwa et al.: arXiv:1711.01095v3 [nucl-ex] (2017).
。詳細は本文参照。

 

 

4. 崩壊角分布測定
 直線偏極ガンマ線ビームを用いた崩壊角分布測定を行うことで、ポメロン交換過程(図1左)とπ0中間子、η中間子交換過程(図1右)を区別することができる(図6)。

 

図6 中間子が0度方向に生成された場合の入射ガンマ線偏極面(青)と中間子崩壊面の関係。ポメロン交換過程(図1左)では崩壊面が偏極面と平行になる確率が最も高い(上)。一方、π0中間子、η中間子交換過程(図1右)では崩壊面が偏極面と垂直になる確率が最も高い(下)。

 

 

 この測定を行うためには高偏極のガンマ線ビームが不可欠である。LEPSビームラインでは、入射レーザー光の偏極状態が散乱光であるレーザー電子光に移行され、極めて高い偏極度のガンマ線ビームを使用することができる(図7)。

 

図7 波長266 nmの深紫外レーザー(陽子標的測定で使用)、および波長355 nmの紫外レーザー(ヘリウム4標的測定で使用)でレーザー電子光を生成した時の直線偏極度とガンマ線エネルギーの関係。

 

 

 本研究ではこの特色を生かし、興味あるエネルギー領域で80%以上の偏極度を持つガンマ線ビームを使用して崩壊角分布測定を行った(図8)。陽子標的測定においてもヘリウム4標的測定においても入射ガンマ線偏極面と中間子崩壊面が平行(𝜑 − 𝛷~0,π)になる確率が最も高くなっており、ポメロン交換過程が支配的であることを示している。陽子標的測定とヘリウム4標的測定を比べると、ヘリウム4標的測定では崩壊角分布2πW(𝜑 − 𝛷)の振幅がより大きく、中間子光生成過程のほぼ100%がポメロン交換過程であることを支持している。一方、陽子からの中間子光生成では20%程度のπ0中間子、η中間子交換過程の寄与が見られる。

 

図8 崩壊角分布2πW(𝜑 − 𝛷)[4,5][4] K. Mizutani et al.: Phys. Rev. C 96 (2017) 062201(R).
[5] T. Hiraiwa et al.: arXiv:1711.01095v3 [nucl-ex] (2017).
。𝜑 − 𝛷は入射ガンマ線偏極ベクトルと中間子崩壊面とのなす角。

 

 

5. 0度微分断面積
 本研究で得られた0度微分断面積のエネルギー依存性を図9に示す。

 

図9 0度微分断面積のエネルギー依存性[4,5][4] K. Mizutani et al.: Phys. Rev. C 96 (2017) 062201(R).
[5] T. Hiraiwa et al.: arXiv:1711.01095v3 [nucl-ex] (2017).
。詳細は本文参照。

 

 

 上のグラフは陽子標的測定の結果である。白丸は2005年の測定結果[3][3] T. Mibe et al.: Phys. Rev. Lett. 95 (2005) 182001.を表し、黒丸は本測定結果を表す[4][4] K. Mizutani et al.: Phys. Rev. C 96 (2017) 062201(R).Eγ > 2.57 GeVにおける測定結果を用いてポメロン強度を決定した。緑線は得られたポメロン、π0中間子、η中間子交換模型での計算結果を表す。本研究により、Eγ > 2.37 GeV領域では0度微分断面積および崩壊角分布がポメロン、π0中間子、η中間子交換模型で良く記述できることが明らかになった。また、このポメロン、π0中間子、η中間子交換模型に対する20−30%程度の過剰成分をEγ = 2.27 GeV付近に観測した。
 下のグラフはヘリウム4標的測定の結果である。青線はポメロン交換模型の計算結果を、黄線は生成閾値付近に強度を持つ娘ポメロン(注3)を加味した計算結果を表す。ともに全体強度は測定結果を用いて決めている。単一ポメロン交換模型より、娘ポメロンを含む模型の方がより良く実験結果を再現する。これらの模型を識別し、娘ポメロンが本当に存在するかを確認するために、より高エネルギーまでの高統計測定が望まれる。

 

 

6. まとめ
 レーザー電子光ビームラインBL33LEPにおいて、Eγ = 1.5−2.9 GeVにおける陽子標的からの中間子光生成反応、およびEγ = 1.7−2.4 GeVにおけるヘリウム4標的からのコヒーレント中間子光生成反応の研究を行った。
 陽子標的測定により、Eγ > 2.37 GeVの高エネルギー領域ではポメロン、π0中間子、η中間子交換模型がうまく機能することが明らかになった。また生成閾値からEγ = 2.27 GeVまでの低エネルギー領域では、0度微分断面積にポメロン、π0中間子、η中間子交換模型では説明できない過剰成分があることを定量的に評価した。今後この低エネルギー領域のより注意深い研究が望まれる。
 ヘリウム4標的測定においては、コヒーレント中間子光生成がポメロンフィルターとして機能することを崩壊角分布測定により明らかにした。また0度微分断面積測定により、ポメロン交換過程以外の寄与の存在の示唆を得た。
 陽子標的測定の結果は学術雑誌に出版した[4][4] K. Mizutani et al.: Phys. Rev. C 96 (2017) 062201(R).。またヘリウム4標的測定の結果も現在投稿中である[5][5] T. Hiraiwa et al.: arXiv:1711.01095v3 [nucl-ex] (2017).。低エネルギー領域でのポメロン交換過程の振る舞い、および過剰成分の起源の解明のため、重水素標的を用いた中間子光生成の研究などを今後予定している。

 

 

 

参考文献
[1] S. Okubo: Phys. Lett. 5 (1963) 165-168.
[2] J. Iizuka: Prog. Theor. Phys. Suppl. 37-38 (1966) 21-34.
[3] T. Mibe et al.: Phys. Rev. Lett. 95 (2005) 182001.
[4] K. Mizutani et al.: Phys. Rev. C 96 (2017) 062201(R).
[5] T. Hiraiwa et al.: arXiv:1711.01095v3 [nucl-ex] (2017).

 

 

※用語解説
(注1)ハドロン
 強い相互作用を行う粒子の総称。単独では存在できない素粒子であるクォークが、強い相互作用を媒介する素粒子であるグルーオンによって結びついた複合粒子。クォーク・反クォーク対からなる中間子と、陽子のように3つのクォークからなるバリオンに大別される。

(注2)tチャンネル
 図1のように入射粒子(ガンマ線)が交換粒子(ポメロン、π0中間子、η中間子)を放出して散乱粒子(中間子)に転換する反応過程をtチャンネル反応過程と呼ぶ。

(注3)娘ポメロン
 理論的に存在が予言されている新しいポメロン。その存在は未だ確立していない。

 

 

 

水谷 圭吾 MIZUTANI Keigo
京都大学 大学院理学研究科
〒606-8502 京都市左京区北白川追分町
TEL : 075-753-3832
e-mail : miztani@rcnp.osaka-u.ac.jp

 

平岩 聡彦 HIRAIWA Toshihiko
大阪大学 核物理研究センター
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TEL : 0791-58-1801
e-mail : hiraiwa@rcnp.osaka-u.ac.jp

 

 

レーザー電子光ビームライン(BL31LEP/BL33LEP)では高エネルギーのガンマ線または電子・陽電子ビームを用いた検出器試験等の課題を随時受け付けています。
装置の概要や利用手続きについては、大阪大学核物理研究センターの下記ウェブサイトをご覧ください。
http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/Divisions/np1-b/
また、各ビームラインの利用に関してご相談のある方は、bl31lep@rcnp.osaka-u.ac.jp、bl33lep@rcnp.osaka-u.ac.jpまでご連絡ください。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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