Volume 23, No.1 Pages 23 - 26
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告2
メガバール超高圧物質科学の展開
Frontier Study of Material Science at Mbar Pressure
大阪大学 基礎工学研究科附属極限科学センター 超高圧研究部門 Center for Science and Technology under Extreme Conditions, Graduate School of Engineering Science, Osaka University
- Abstract
- 本研究は、メガバール(= 1 Mbarは、106気圧 = 100 GPa)を超える高圧力の領域における物質科学を新展開させ、それによりこれまで為し得なかった物質創造に挑戦することを目指したものである。メガバールの超高圧力は、物質内の原子間隔を単純に縮めることによる効果にとどまらず、電子軌道を変化させ、その結果ネットワークを組み替え、物性を大きく変化させる。このような操作はいわば、「超高圧化学」=「メガバールケミストリー」とよべる圧力の領域といえる。本研究は、このような超高圧力下における物質科学を、科学研究費補助金(特別推進研究)「超高圧力下の新物質科学:メガバールケミストリーの開拓」(H26~30)の援助を得て、長期利用課題(課題番号:2014B0112~2017A0112)を通じて展開したものである。
1. はじめに
筆者のグループは超高圧下の物性測定法の開発を通じて、これまでに常圧力下では非金属である物質が高圧下で金属化する圧力誘起金属化や、非超伝導体が超伝導体化するなどの効果を様々な物質において明らかにしてきた。しかし、より高い圧力領域~メガバールの圧力領域では、新現象や新物質が次々と現れてきた。たとえば、典型的な金属と考えられてきたアルカリ金属のリチウムはメガバールの圧力で絶縁体化して[1][1] T. Matsuoka and K. Shimizu: Nature 458 (2009) 186-189.、その構造は対称性が低いものであった。そしてさらに加圧すると再度金属化した。このような電気的性質や構造変化はこれまでにほとんど観測されたことのないものであった。
このような背景のもと、特別推進研究を実施し、その実施計画にもとづき、長期利用課題として実施することにした。なお、課題における研究対象はシンプルなシステムにおける機能性物質として、3項目の具体的な目標をもとに行った。
・項目A「水素をはじめとしたシンプルなシステムの超高圧物性」
(1)液体水素の金属相の探索
(2)軽ハロゲンの超伝導探索
(3)超高圧下構造の理論的研究へのデータ供与
・項目B「超高圧合成による機能性物質のフロンティア」
(1)炭素の金属化探査
(2)ダイヤモンドフィルムの作成
(3)高温超伝導などの機能性材料の創製
・項目C「革新的な高圧実験技術および理論計算手法の開拓」
(1)4メガバールを超える超高圧技術開発
(2)高温高圧力下のX線、電気抵抗およびラマン分光の同時計測の開発
(3)第一原理電子状態計算を用いたコンピュータ・シミュレーションへのデータ供与
2. 主な研究成果
上述の3項目における3年間の成果からいくつかをピックアップして示す。
・項目A「水素をはじめとしたシンプルなシステムの超高圧物性」
(A−1)液体水素の金属相の探索
水素は宇宙に最も豊富に存在する元素とされ、太陽などの恒星や、木星をはじめ土星などのガス惑星の主成分である。このようなガス惑星の内部では水素は高密度に圧縮されて存在し、その状態は金属的であるとされる。これは木星や土星で強力な磁場が観測されたことから、惑星内部には高い電気伝導性を持つ高密度高温流体の存在が必要と考えられるからである。しかし、ガス惑星の表面から金属状態である内部に至るような広範な温度圧力状態において、水素の状態がどうなっているのかは、実験的には十分に解明されていない。それは、金属流体水素の安定圧力温度領域を実験室で再現することの難しさにある。たとえば、水素は拡散性・反応性が非常に高い元素であるため、高温高圧発生装置の内部に安定して保持し続けることが困難である。つまり圧力容器から漏れ出してしまう。ガスガンを用いた衝撃圧縮実験[2][2] S. Weir et al.: Phys. Rev. Lett. 76 (1996) 1860.の例があるが、実験室において静的に高温高圧水素を実現することが難しいことが、高温高圧水素の研究を阻む大きな要因となっていた。
我々はこれまでに、ダイヤモンドアンビルセル内部に、水素を高温高圧力下においても周囲の物質との化学反応なく安定に保持するための技術開発を行った。そして、100 GPaを超える高圧力下において2,000 K以上の高温を発生して水素の高温高圧実験を可能にしてきた。図1のようなセッティングによってこれまでに、レーザーによる加熱効率の測定から、高密度流体水素のプラズマ相転移を検出した。その境界は理論計算によって報告されているものと良い一致を示している[3][3] K. Ohta et al.: Nature 534 (2016) 95-98.。ここで、加熱前後において金などの水素の周辺の物質との反応(水素化物の形成)などがないことをSPring-8の放射光による構造解析およびビームラインに設置したラマン分光装置により確認した。このプラズマ相転移は水素の絶縁体−金属転移とも密接に関連していると考えられる。
図1 ダイヤモンドアンビル内における水素の高温高圧状態の生成の模式図。レーザー吸収体の金箔とともに水素をダイヤモンドアンビルセル内に封入し100 GPa程度まで加圧する。両ダイヤモンドアンビルを通してYAGレーザーを照射し金箔を両面から加熱する。金箔に接する水素は間接的に加熱され、その温度は輻射スペクトルから算出される。
図1のセッティングにさらに伝導度を計測するための電極を加え、加熱された金からの輻射光から温度を測定し、加えた金電極間の電気抵抗を同時測定した。図には示していないが、熱流出を抑制するために、ダイヤモンドアンビルの表面にアルミナ絶縁膜を作成している。レーザーパワーを増していくと、前述のプラズマ相転移を観測した温度圧力条件において、電気抵抗の急激な減少が観測された。またその時の電気抵抗率は、衝撃圧縮実験で示された流体金属のもの[2][2] S. Weir et al.: Phys. Rev. Lett. 76 (1996) 1860.とオーダーで一致した。水素を充填しない対照実験を行い、観測された電気抵抗の変化が水素由来であることを確認している。水素のプラズマ相転移に伴う流体金属水素の電気伝導性の変化を直接的に観測したと考えている。
このように流体水素の金属状態を光学的に観測するだけでなく、より直接的にその物性に迫ることが、SPring-8を用いて可能になった。さらに、この水素を対象としたメガバール実験のための技術的開発は、以下に述べる水素化物などの研究をはじめ、水素関連物質を扱う研究への技術的基盤を為すことになった。
(A−2)軽ハロゲンの超伝導探索
臭素は、同族のヨウ素と類似した圧力誘起構造相転移をすると考えられる。つまり、分子相(I相)から特徴的な非整合中間相(V相)を経て単原子相(II相)への相転移が期待されていた。変調構造を持つV相を含め、それぞれの単相の粉末X線回折像を得ることに成功した。これらの相転移圧力を、ヨウ素の実験結果および第一原理計算による予測など比較し、ほぼヨウ素と同じ相転移系列を示すことが分かったが、その一方で臭素特有の構造の出現も示唆する結果を得た。
・項目B「超高圧合成による機能性物質のフロンティア」
(B−3)高温超伝導などの機能性材料の創製
2015年にEremetsらが報告した200 Kを超える高温超伝導[4][4] A. Drozdov et al.: Nature 525 (2015) 73-76.は、高圧力下ではあるものの、20年間以上停滞していた超伝導転移温度の最高温度の記録を大幅に更新した。この硫化水素の加圧によって得られた超伝導の、①正体(化学組成や結晶構造)は何なのか、②そもそもこのデータが本物なのか、を明らかにすべく、再現実験が求められてきた。その一方で、理論計算による研究は発見の前後から非常に盛んになり、高圧力下の結晶構造や超伝導転移温度の精度の高い提案が多く出されてきた。実際に、硫化水素の実験結果を精度良く再現している[5-7][5] Y. Wang et al.: J. Chem. Phys. 140 (2014) 040901.
[6] I. Errea et al.: Phys. Rev. Lett. 114 (2015) 157004.
[7] D. Duan et al.: Sci. Reports 4 (2014) 6968.。室温にせまる、または超えるような高温超伝導は水素を高密度に圧縮した固体金属水素において理論予測されてきたが、実験的にはその生成に必要な超高圧力は達成されていない。その一方で水素を多く含有する、いわゆる水素リッチな物質である水素吸蔵合金や炭化水素などを高密度に圧縮すれば、内在する水素由来の超伝導性が期待できるのではと考えられてきた。この硫化水素はまさに水素リッチシステムの一つと考えることもできる。
我々は、これまでに3つの実験を行った。(1)Eremetsらがセットした試料の入った高圧装置を、阪大の冷凍機および電気抵抗測定装置を用いて電気抵抗の温度依存性を測定して、文献[4]と同様な結果を得た。これにより、②の問いにはYESと答えることができた。(2)このEremetsらの試料を用いて、BL10XUにおいて室温および低温で結晶構造を測定した結果を図3に示す。結晶構造は、Cuiらの理論計算から予測された結晶構造[6][6] I. Errea et al.: Phys. Rev. Lett. 114 (2015) 157004.を再現しており、硫黄原子が体心立方で配置する構造であることが分かった[8][8] M. Einaga et al.: Nature Physics 12 (2016) 835-838.。これにより、①に対して、200 K級の超伝導を示す物質はH2Sが高圧下で相転移して生成したH3Sであることが明らかになった。(3)我々が独自にセットした試料においてもややブロードながら約180 Kのオンセットを持つ超伝導転移と同じX線回折パターンが得られた。以上の実験により①②に対して答えを得た。
図2 左:超伝導転移温度の推移。オレンジ色の線は最高温の物質をつないだもの。硫化水素(H2S)を150 GPaまで加圧して得られた転移温度を赤丸で示す。
右:200 Kを越す高温超伝導相(立方晶構造のH3S)の結晶構造。
図3 左:150 GPaに加圧した硫化水素からの2次元回折像とその強度を一次元化したもの。図2右のように硫黄がbcc(体心立方)位置に配置した場合のピーク位置(赤)と単体硫黄の高圧相(β-Po相)のピーク位置(緑)の重ね合わせで説明できる。
右:X線回折実験を行った試料をそのまま冷却して得られた硫化水素の超伝導転移。150 GPaから111 GPaまで減圧して測定した。
・項目C「革新的な高圧実験技術および理論計算手法の開拓」
(C−1)4メガバールを超える超高圧技術開発
トロイダル形状のアンビルをFIB(Focused Ion Beam)によって加工し、加圧試験を行った。加圧時の圧力分布およびアンビルの形状変化をガスケットのReのX線回折および透過強度によりそれぞれ測定した。数種類の形状を試験したが、最高圧力は280 GPaにとどまった。ガスケットの初期厚みが薄いことが原因の一つである可能性が高い。同時にアンビル面上の圧力分布およびアンビルの変形の情報を提供して有限要素法を用いた解析を行ったところ、先端部ではなく、アンビル周辺への応力配分に改善の余地があることが分かった。
2段式マイクロアンビルによる超高圧力発生を試みた。およそ270 GPaまで発生したが、1段目の圧力の制御をさらに調整する必要が明らかになった。
4. 残された課題
項目A「水素をはじめとしたシンプルなシステムの超高圧物性」においては、高圧流体金属相を他の研究グループでは行われていない電気抵抗測定によって検出した。しかし、その公表には未だ温度の確定と圧力値やそれらの追加実験が必要である。項目B「超高圧合成による機能性物質のフロンティア」においては、200 Kの高温超伝導を示す物質が、硫化水素(H2S)が分子解離して生じた立方晶H3Sであることを発見した。世界的に実験および理論研究において水素化物の高温超伝導探索を加速させた。しかし、ドーピングによる超伝導温度の向上、分子解離過程の詳細な構造解析が必要である。項目C「革新的な高圧実験技術および理論計算手法の開拓」においては、固体水素の金属化を目指して400 GPa超の発生圧力を目標値として、ダイヤモンドアンビルセルによる2種類の新たなアンビル形状による加圧方法の開発に挑戦した。しかし目標値には未だ届いていない。圧力形状の最適化が必要である。
謝辞
本研究は科学研究費補助金 特別推進研究(26000006)の助成を受け、SPring-8/BL10XUにおいて長期利用課題(2014B0112、2015A0112、2015B0112、2016A0112、2016B0112、2017A0112)により行ったものである。
参考文献
[1] T. Matsuoka and K. Shimizu: Nature 458 (2009) 186-189.
[2] S. Weir et al.: Phys. Rev. Lett. 76 (1996) 1860.
[3] K. Ohta et al.: Nature 534 (2016) 95-98.
[4] A. Drozdov et al.: Nature 525 (2015) 73-76.
[5] Y. Wang et al.: J. Chem. Phys. 140 (2014) 040901.
[6] I. Errea et al.: Phys. Rev. Lett. 114 (2015) 157004.
[7] D. Duan et al.: Sci. Reports 4 (2014) 6968.
[8] M. Einaga et al.: Nature Physics 12 (2016) 835-838.
大阪大学 基礎工学研究科附属極限科学センター 超高圧研究部門
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