ページトップへ戻る

Volume 23, No.1 Pages 14 - 17

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

(SPRUC 2017 Young Scientist Award受賞 研究報告)
放射光X線で探る地球深部:地球の核組成の制約に向けて
Study for Earth’s Interior using Synchrotron X-ray : Constraints on Earth’s Inner Core Composition

坂巻 竜也 SAKAMAKI Tatsuya

東北大学 大学院理学研究科 Graduate School of Science, Tohoku University

Abstract
 地球の最中心に位置する内核の化学組成を推定することは、地球の形成・進化を解明する上で極めて重要である。本研究では、X線非弾性散乱のビームライン内にレーザー加熱システムを構築し、ダイヤモンドアンビル高圧発生装置と組み合わせることで、地球内部を再現した高温高圧条件下での地球核の主成分である鉄の音速測定に成功した。本実験結果と地球物理的観測を比較、また地球化学的見地を踏まえることで、地球内核中には水素・珪素・硫黄が含まれている可能性が高いことを明らかにした。
Download PDF (3.06 MB)
SPring-8

 

1. 地球の内部構造
 地球内部の化学組成を明らかにすることは、地球の形成・進化過程を探ることに繋がる。つまり、地球がどうやって作られ、どのように変化していったのかを知ることができるため、人類にとっての大きな知的探求対象の1つと考えることができる。ただし、人類未開の地である地球の内部から直接試料を取ってくることは現状不可能であるため、様々な手法によって調べられている。特に有力な手段は地震を利用したものになる。地震によって発生する波は地下を通って、地表の地震計で観測される。地震の波は、通過した物質の情報を保持しているため、それを調べることによって、地球内部構造が明らかになりつつある[1][1] A. M. Dziewonski and D. L. Anderson: Physics of the Earth and Planetary Interiors 25 (1981) 297-356.
 地球の内部は大きく3つに分けることができる(図1)。人類が活動している地表は地殻と呼ばれており、極めて薄い層である。地殻の下から深さ約2,900 kmまでの領域をマントルと呼び、ここまでは岩石で構成されている。また、中心部は核と呼ばれており、主に金属(鉄)からできている。現在の地球内部の成層構造の正確な理解は地球の進化を紐解く鍵である。初期地球は集積エネルギーなどによって大規模な溶融を経験している。その中で相対的に重い金属融体が重力的な分化によって地球深部に集積し、現在の核を形成した。溶融金属が落下する中で周囲のマントルとの化学平衡に達していたと考えられるため、核の組成は初期地球のマントル環境を反映している。

 

図1 地球の内部構造
地表から岩石質の地殻、マントル、金属の核の三層を構成。さらに核は液体の外核と固体の内核に分類。地球内部の温度と圧力は地表よりも大きく、深くなるほど温度・圧力共に増加。

 

 

 図1に示すように核は2つに分けることができ、液体の外核(2,900 km~5,150 km)と固体の内核(5,150 km~6,400 km)から成る。液体である外核は対流しており、方位磁針が北を向くような磁場を現在形成している。磁場の役割は非常に重要で、人類を含む生命を太陽風から守るバリアの働きをしている。外核対流のトリガーの1つとして、内核結晶化の潜熱による外核底部の加熱が挙げられる。また、結晶化に伴う固液間の元素分配が起き、軽い元素の選択的な外核への配分が示唆されており、それによって外核底部で浮力が発生することも考えられている。このような現在の核の活動を理解する上で内核の組成を制約することは極めて重要である。地球の冷却に伴い、外核は深部から固化をしており、内核は少しずつ成長している。つまり、内核の組成を制約できると初期の地球から現在の地球までの進化過程などを知ることも可能となる。しかしながら、内核は地球の最深部に位置しており、直接物質を採取して調べることが不可能であるため、化学組成も未だ明らかになっていない。核の組成は初期の地球から現在の地球までの変遷を反映しているため、内核の化学組成を調べることは地球の歴史を読み解く上で極めて重要な研究であると言える。

 

 

2. 地球内部の物性
 地震学的に内核中の地震波伝播速度(縦波・横波速度)が観測されており、密度などの弾性的な性質も分かっている。そのため、主成分である鉄の弾性波速度や密度を測定して比較することが重要である。
 地表に比べて、地球内部では上に積み重なっている岩石などの重さにより、大きな圧力がかかっている。その圧力は深くなればなるほど大きくなり、地球の最深部である内核の中心だと360万気圧に達する。この圧力は地表の圧力の360万倍にもなる大きなものである。また、温度も中心ほど高くなっていき、地球の核では5,000 K~6,000 Kになると考えられており、その温度は太陽の表面温度に匹敵する高温である。そのような極限環境において、物質は当然地表とは異なる振る舞いをする。つまり、地球内部物質の物性を調べるためには、地球内部条件を再現した高温高圧実験が不可欠となる。
 弾性波の伝播速度は物質の性質を知る良い指標であり、物質の化学組成などの違いによってその速度も異なった値を示す。つまり、2つの物質間での弾性波の伝播速度の違いは、それらの化学組成の違いを反映している。本研究では、鉄と地球の内核の弾性波速度の違いを正確に把握することで地球最深部の化学組成を推定しようと試みた。つまり、地球内部と同じ環境下、すなわち超高圧高温状態を作り出した中に鉄を置き、実験的に弾性波速度と密度を同時に測定し、地震波観測によって提案されている内核の弾性波速度−密度関係と比較することで、手元に取り出せない地球の内核の化学組成の推定を行った。

 

 

3. 高温高圧下でのX線非弾性散乱実験
 地球内部のような高い圧力条件を再現するために、ダイヤモンドアンビル高圧発生装置が有用である(図2)。ダイヤモンドは地球上で最も硬い物質であり、宝石として有名な鉱物の1つである。高圧実験ではブリルアンカットされたダイヤモンドを2個1対で使用する。2個のダイヤモンドの先端に挟まれた非常に小さな空間(数十µmサイズ)に地球内部と同じ超高圧を発生させることが可能である。

 

図2 ダイヤモンドアンビル高圧発生装置
ダイヤモンドアンビル高圧発生装置と内部にセットされているダイヤモンド。2個1対で使用し、先端の平坦な部分で試料を挟むことで地球内部に相当する高圧条件を発生させる。

 

 

 鉄の音速を測定する上でX線非弾性散乱を利用し、鉄の分散関係を明らかにすることが有効である。これは音響フォノンが長波長極限で弾性波となるからである。つまり、X線非弾性散乱で得られる音響フォノンのエネルギーと運動量からフォノンの速度が得られるが、Γ点近傍で測定することで音速を決定することができる。ただし、Γ点に近いと弾性散乱のピークに埋もれてしまうため、実際の測定ではフォノンの分散をサイン関数で近似することにより原点付近での傾きを求めている。SPring-8のBL35XUではmeVのエネルギー分解能かつKBミラーを用いた集光ビーム(< 20 µm)で測定が可能である[2][2] A. Q. R. Baron et al.: Journal of Physics and Chemistry of Solids 61 (2000) 461-465.。また、アナライザ結晶が3行×4列で配置されており、異なる移行運動量でのスペクトルを同時に取得することが可能である。つまり、一度の測定で試料の分散曲線を描くことが可能であり、その曲線の原点付近の傾きから音速を決定できる。我々はダイヤモンドアンビル高圧発生装置を利用した高圧下での鉄のX線非弾性散乱実験に成功した[3][3] E. Ohtani et al.: Geophysical Research Letters 40 (2013) 5089-5094.。地球内部との比較のためには高温条件下での測定が不可欠であるため、世界に先駆けてレーザー加熱システムを構築して、ビームラインに導入することに成功した[4][4] H. Fukui et al.: Review of Scientific Instruments 84 (2013) 113902.。そして、超高圧下に置かれた鉄試料を導入したレーザー加熱システムで高温状態にして、163万気圧、3,000 Kの極限条件下でX線非弾性散乱実験をすることに成功した(図3、4)。また、同条件下で2次元検出器を用いたX線回折測定を行い、試料体積を決定することで密度も求めている。

 

図3 X非弾性散乱で得られるスペクトル例
圧力163万気圧、温度3,000 Kの条件下で得られた鉄のスペクトル(赤)の一例である。弾性散乱(緑)と高圧発生装置で使われているダイヤモンド(青)のピークも確認できる。

 

図4 高温高圧下での鉄の分散曲線
運動量−エネルギーの関係をサイン関数で近似し、原点付近の傾きを算出することで、音速を決定する。

 

 

4. 地球の内核組成の制約
 本研究で得られた結果を地震波的モデルと直接比較することで、地球内核条件での鉄の弾性波速度と密度が、実際の地球内核より高い値を示すことを明らかにした。つまり、内核中に含まれている鉄以外の元素は、鉄の弾性波速度と密度を共に減少させる効果を持つことになる。これは地球内核の組成に制約を与える上で極めて重要な研究成果である。さらに地球化学的な知見と組み合わせることで、地球内核に含まれる軽元素としては、水素・珪素・硫黄である可能性が高いことを突き止めた(図5)。本研究によって、地球の内核を構成する化学組成の推定に必要な構成元素の候補を絞り込むことができ、現在の地球の内核構造の描像へ繋がった(図6)。地球深部の内核の構成元素が分かると、外核まで含めた核全体の組成の見積もりや昔の地球内部環境の予測も可能となるため、本研究成果は、地球の形成や進化を解き明かすための重要な1歩であると言える[5][5] T. Sakamaki et al.: Science Advances 2 (2016) e1500802.

 

図5 純鉄と地球の内核との物性比較
横軸は密度、縦軸は地震波が伝わる速さ。純鉄の密度と地震波が伝わる速さ(赤線)は共に地球の内核(黒線)より大きい。つまり、内核の組成は純鉄ではなく、他の成分が入っていることが示唆される。赤線の純鉄を黒線の内核に重ねることを探れば、密度と地震波速度を減少させる効果(左下方向の矢印)を示す元素、水素・硫黄・珪素が含まれることが有力である。

 

図6 地球の内核の構造と組成
地球の内核の温度・圧力条件では、鉄結晶は六方最密充填構造をとる。その中に水素・硫黄・珪素が入っているものが地球の内核であると考えられる。

 

 

謝辞
 兵庫県立大学福井宏之博士、理化学研究所バロン・アルフレッド博士、東北大学大谷栄治名誉教授をはじめとする共同研究者に深く感謝します。本研究は、SPring-8内のBL35XUにて実施した(課題番号2012A1255、2012B1439、2013A1377、2013A1492、2013B1078、2013B1094、2014A1100、2014B1269、2014B1465)。また本研究は、JSPS科研費JP22000002、JP15H05748、JP24840004、JP25800292の助成を受けたものです。

 

 

 

参考文献
[1] A. M. Dziewonski and D. L. Anderson: Physics of the Earth and Planetary Interiors 25 (1981) 297-356.
[2] A. Q. R. Baron et al.: Journal of Physics and Chemistry of Solids 61 (2000) 461-465.
[3] E. Ohtani et al.: Geophysical Research Letters 40 (2013) 5089-5094.
[4] H. Fukui et al.: Review of Scientific Instruments 84 (2013) 113902.
[5] T. Sakamaki et al.: Science Advances 2 (2016) e1500802.

 

 

 

坂巻 竜也 SAKAMAKI Tatsuya
東北大学 大学院理学研究科
〒980-8578 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-3
TEL : 022-795-6666
e-mail : sakamaki@m.tohoku.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794