ページトップへ戻る

Volume 22, No.4 Pages 414 - 417

4. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM USERS

ヨーロッパの放射光タンパク質結晶解析ビームラインを視察して
Report on Visiting Protein Crystallography Beamlines at European Synchrotron Facilities

長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya

(公財)高輝度光科学研究センター タンパク質結晶解析推進室 Protein Crystal Analysis Division, JASRI

Download PDF (2.25 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 タンパク質結晶解析ビームライン(PXビームライン)の高性能化・運用などに関する情報収集を行うことを目的として、8月下旬から9月上旬にかけて5ヶ所のヨーロッパの放射光施設(Diamond Light Source、SOLEIL、Swiss Light Source(SLS)、MAX IV、PETRA III)のタンパク質結晶解析ビームラインの視察を行った。本稿では、今回見学した施設について報告する。

 

 

2. Diamond Light Source
 Diamondには7本(2本は建設中)のPXビームラインがある。今回はこのうち、I23、I24、VMXi、VMXmの4本のビームラインに加えて、付帯施設であるXChemを見学した。
 I23は、硫黄・リンなどの軽元素の異常分散を利用した構造決定を目的として建設され、4 Åまでの長波長が利用可能である。X線の吸収・散乱の影響を低減するため、PXビームラインでは世界で初めて真空中に試料を置いている。このため、試料の冷却方法、真空槽内での凍結試料のハンドリング方法などを独自開発していたが、大変な苦労があったようである。また、長波長X線を用いて高分解能領域まで測定するために、湾曲型のPILATUS検出器を真空槽内に設置している。現在、共同研究ベースでのユーザー利用を開始した状態であるが、既に硫黄の異常分散を利用した新規構造決定や、タンパク質に配位したカリウムイオン・カルシウムイオンなどの位置の決定などの成果が出ているとのことであった。
 VMXmは、新しく建設中のマイクロ/ナノフォーカスビームラインである。完成すれば最小500 nmのビームを用いた測定が可能になる(筆者の知る限りPXビームラインでは世界最小)。空気の散乱に由来するバックグラウンドを低減するため、このビームラインも試料を真空中において回折データ測定を行う。サブミクロンサイズの結晶をターゲットにするため、測定試料の観察のための走査型電子顕微鏡(SEM)を回折計に取り付けるということである。光学系の立ち上げは順調に進み現在コミッショニング中であったが、回折計については最終仕様決定に時間がかかっているということであった。
 VMXiも、新たに建設中のビームラインである。通常のデータ測定ではタンパク質の結晶を結晶化プレートから1つ1つ拾い上げて凍結状態で測定するが、VMXiでは全てのデータ測定を結晶化プレート(in situ)のまま非凍結で行う。これにより結晶を拾い上げるステップをなくし、回折実験の自動化を目指したビームラインである。最小ビームサイズが5 µmであり微小結晶の測定も可能である。通常のビームラインのようにいわゆる実験ハッチはなく、オペレーションを行う小部屋の中に放射線遮蔽用の囲いで覆われた回折計が設置されている(図1)。その近くには、結晶化プレートの長期保存と自動観察を行うロックイメージャーが置かれており、多軸ロボットがここからプレートを取り出し回折計まで運ぶ。回折計にはプレートホテル(短期保存場所)が備わっており、グリッパが順次プレートを取り出してゴニオメータに載せて測定を行うようになっていた。ロックイメージャーで観察した結晶の写真をもとに、あらかじめX線照射位置を指定することができるソフトウェアの開発も進めており、測定は完全に自動化されるということである。

 

図1 VMXiの回折計

 

 

 I24は、5~60 µmのビームが利用可能なマイクロフォーカスビームラインである。膜タンパク質の微小結晶のデータ測定によく使われているということである。通常のゴニオメータを用いた測定の他、結晶化プレートのまま測定するためのゴニオメータも置かれている。両セッティングの切り替えは自動化され、わずか2分で完了するとのことであった。さらに、これらの両方を退避したスペースに、試料を載せるシリコングリッドを備えた並進ステージやインジェクタを設置すると、Serial Synchrotron Crystallography(SSX)による測定ができるということである。現状ではこれらは共同研究ベースの利用とのことであった。
 XChem(X-ray structure-accelerated, synthesis-aligned fragment medicinal chemistry)は、Fragment-based screening(タンパク質に結合する小さな化合物(fragment)のスクリーニング)を行うための設備(システムといってもよいかもしれない)である。独自の化合物ライブラリDSPL(Diamond-SGC Poised Library)を所有し、acoustic liquid handler ECHO(Labcyte社)を用いて、結晶化プレート中の結晶にさまざまな化合物を効率よくソーキングする環境を整えている。確実に回折実験を行うために、結晶を凍結するための溶媒条件の検討や、結晶のDMSO(化合物を溶かしている有機溶媒)への耐性の確認など試料の準備を入念に行う。回折実験はビームラインI04-1で行うが、測定や解析は自動化されておりユーザーは何もすることはないということであった。なおXChemの利用は、他のDiamondのビームライン利用と同様にUser Administration System(UAS)を通じて行うようである。
 I23、VMXm、VMXiのように他の施設にないチャレンジングなビームラインを建設しているところがDiamondの特徴であった。

 

 

3. SOLEIL
 SOLEILには、PROXIMA-1、-2の2本のPXビームラインがある。2本は相補的な性能であり、PROXIMA-1が平行の高いビームでウイルスなど長い格子定数をもつ結晶を得意とする一方で、PROXIMA-2はマイクロフォーカスビームラインであり微小結晶の構造解析を得意としている。
 PROXIMA-1のビームラインの運用は、毎週月曜日はビームが停止、火曜日はインハウスプロジェクト、水曜は産業利用で、残りの木~日曜日にアカデミックユーザーが利用している。ユーザーは原則1日1組であるが、Block Allocation Group(BAG)といって複数のユーザーがビームタイムを共同で利用する仕組みがあるという。BAGでは知らないユーザー同士がビームタイムを共同で使うこともあり、また、BAGの中ではあるユーザーは来所せずに別のユーザーに測定を任せることもあるとのことである。ユーザー対応はスタッフ(4人ほど)が1日おきにLocal Contactとして順番に対応し、このうち1人は産業利用ユーザー専用のスタッフであった。ビームラインからの成果を確実に創出するために、スタッフは構造解析まで面倒をみているとのことである。産業利用ユーザーの場合では、希望があれば測定をスタッフが行うこともある他、構造解析までサポートをすることもあるようである。
 この他、マイクロ流路加工の設備もSOLEILには整っており、SSX用の試料ホルダの開発などに利用されていた。
 Diamondのような派手さはないものの手厚いユーザーサポートにより、成果をつくり出しているのがSOLEILの特徴であった。

 

 

4. Swiss Light Source
 SLSには3本のPXビームラインがあり、いずれもMacromolecular Crystallography Groupが面倒をみている。X06SA(通称PXI)、X10SA(通称PXII)は、アンジュレータを光源とし2段集光光学系を用いたマイクロビームが利用できるビームラインである。PXIが2段目の光学系としてWinLight社製(フランス)のbenderを利用したKBミラーを用いているのに対し、PXIIは、Paul Scherrer Institut(PSI)で開発されたキノフォームレンズを利用している。いずれも微小結晶に対応できるようにここ数年の間に光学系の改修をしたようである。
 もう1つのビームラインPX06DA(通称PXIII)は、偏光電磁石ビームラインである。ハッチの小窓から手を伸ばして試料の交換ができることと、結晶化プレートのまま(in situで)試料にX線を照射できることがこのビームラインの特徴である。ビームラインのすぐ近くにはタンパク質の結晶化ロボットや自動結晶観察装置があり、SLSに課題をもつユーザーが利用しているということである。毎週水曜日がin situ測定にあてられており、テクニシャンがオペレーションを行うということであった。今回訪れた多くのビームラインにin situ測定の設備は整っていたが、このように定期的に利用されているのはPXIIIだけであった。
 データ測定ソフトウェアや回折データの自動データ処理システムなどはソフトウェアエンジニアらが作り上げた独自のものを使用している。サンプルチェンジャーはCATS(Cryogenic Automated Transfer System)とよばれるヨーロッパのPXビームラインに多く導入されているロボットであったが、スピードと容量の改善を目的として現在新しいサンプルチェンジャーの開発を進めていた。この開発にはStaubli社(スイスにある産業用ロボットの会社)出身の技術者が担当していた。
 3つのビームラインのうちPXIIはもともと製薬会社2社(ノバルティス、エフ・ホフマン・ラ・ロシュ)とマックス・プランク研究所が出資して2005年に建設されたビームラインである。第1期が終了した後に新たに4社がパートナーに加わり、現在7つのグループがその出資比率に応じてビームタイムを分配しているということである。また、SLSでメールイン測定を行っていたスタッフがEXPOSEという会社をつくり、SLSを利用した依頼測定を請け負っていた。PXIIの出資企業の中には、この会社にデータ測定を任せているところもあるとのことであった。
 これらの3本のビームラインの運営は効率的である。各ビームラインに2人ずつの担当者が配置されているが、通常のユーザー対応はソフトウェアエンジニアやポスドクを含めたスタッフ全員でローテションを組み、日替わりでLocal Contactとよばれる当番になり1人で全てのビームラインのユーザー対応を行っていた。ユーザーからの質問やトラブルの連絡はLocal Contactにゆき、Local Contactだけで対処できない場合は、ビームライン担当者やエンジニアなどと一緒に問題解決を行っていた。
 SLSではさまざまな分野から専門知識をもったスタッフが集まり独自のハードやソフトを作り上げている。また、日々のビームラインの運用を効率的に行いうことで、研究者が新たな測定方法の開発などに取り組みやすい環境を築いているようであった。

 

 

5. MAX IV
 昨年より稼働を始めたMAX IVにはBioMAXとよばれるPXビームラインが1本ある。光学系は、横置きの2結晶分光器が特徴的で、集光にはWinLight社製のbenderを用いたKBミラーを使用していた。実験ハッチ内の回折計などの機器は、ビームラインの立ち上げを迅速に行うために他の施設で開発されものを導入したということである(図2)。既にユーザーは入っているものの本格的なユーザー利用フェーズはこれからということであった。最新の低エミッタンスリングのPXビームラインであり今後が楽しみである。

 

図2 BioMAXの実験ハッチ

 

 

 また新しいマイクロフォーカスビームラインMicroMAXの計画も進んでいる。計画ではビームサイズ1~10 µm、強度が1013 (monochro beam)~1015 (wide band path beam) photons/sと野心的な性能を目指している。BioMAXが通常の回折データ測定を行うビームラインであるのに対して、BioMAXはSSX法による室温データ測定や時分割データ測定をターゲットに据え、インジェクタやマイクロ流路などを利用した様々な測定方法を切り替えて使用できるようにするとのことであった。
 通常測定を行うビームラインとSSXのような先端的な測定を行うビームラインの組み合わせは将来のSPring-8-II計画においても参考になるように思う。

 

 

6. PETRA III
 PETRA IIIでは、欧州分子生物学研究所(EMBL)が管理する2本のPXビームラインP13、P14とDESYが管理するビームラインP11の見学を行った。
 P14は、微小結晶などの難しい試料をターゲットとし、KBミラーを用いたマイクロビームが利用できる。また、PXビームラインとしては珍しく屈折レンズを用いた集光ビームも利用でき、大きな結晶の場合は屈折レンズを用いて得られる矩形プロファイルの大きなビームを用いて測定を行っているということであった。ミラーを用いたときと屈折レンズを用いたときで光軸が変わるため、ビームサイズの変更にともない回折計や検出器が光軸に追従して動くようになっているということであった。また、見学した際には通常の回折計の前にシリコン製の試料ホルダを用いたSSX用のセットアップが設置されていた。現在の実験ハッチの下流側にSSX専用の実験ハッチを新たに設け時分割構造解析を行う計画も進んでいるようである。
 P13は、広範な試料をターゲットとしたシンプルなセッティングのビームラインである。特徴の1つは硫黄の異常分散を用いた構造解析を行うために4 keVまでの長い波長も利用できることである。DiamondのI23のように長波長に特化したビームラインではないので、長波長を利用する際には、(1)試料と検出器の間にHeパスを設置、(2)検出器(PILATUS)に乾燥空気(窒素)の代わりにHeガスを供給用、(3)吹付低温装置の気流をヘリウムガスに交換という3つの対応で吸収・散乱を低減している。このセッティングに要する時間はわずか10分ということであった。一度6 keVで測定を行い、構造解析が上手くいかない場合に4 keVを利用して測定しているということである。
 P11は、Imagingとの兼用のビームラインであるが実質的にはPX専用に近いようである。10 mもあろうかと思われる長い石定盤の最下流にタンパク用の回折計が設置されていた。Serial Femtosecond Crystallography(SFX)法で著名なHenry Chapman先生と共同でSSXに取り組んでおり、PXの回折計の直前に、インジェクタやテープドライブを利用したSSX用の新しい実験装置を置く計画があるということであった。
 SSX法による微小結晶解析や時分割測定に精力的に取り組んでいるのがPETRA IIIの印象であった。

 

 

7. おわりに
 約2週間の間に5ヶ所の放射光PXビームラインを見学したことで、ヨーロッパにおける動向を感じることができた。DiamondのI23、VMXmのように独自の方向性を追求するビームラインもあるものの、全体の流れとして、(1)膜タンパク質などの高難度試料のデータ測定や、創薬のためのリガンドスクリーニングの自動化・迅速化が進んでいること、(2)高強度微小ビームを用いたSSX法による室温での構造決定方法や時分割構造解析方法の開発に向かっていることを改めて認識した。

 

 

謝辞
 今回の視察にあたっては、Diamond Light SourceのRamona Duman博士、SOLEILのChavas Leonard博士、Swiss Light Sourceの富崎孝司博士、MAX IVのThomas Ursby博士、PETRA IIIのThomas R. Schneider博士に各施設の見学をアレンジしていただきました。この場を借りて改めて感謝申し上げます。

 

 

 

長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya
(公財)高輝度光科学研究センター タンパク質結晶解析推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : kazuya@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794