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Volume 22, No.4 Pages 331 - 333

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第15回SPring-8先端利用技術ワークショップ
「生体システムを利用した新しい機能性材料とその起源」報告
The 15th Workshop on Advanced Techniques and Application at SPring-8 / Investigation and Utilization of Bio-Based Technology for New Functional Materials

関口 博史 SEKIGUCHI Hiroshi

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 2017年8月24日に京都キャンパスプラザにて、「第15回SPring-8先端利用技術ワークショップ ~生体システムを利用した新しい機能性材料とその起源~」が、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の主催、SPRUC高分子構造科学研究会の共催により開催された。本ワークショップは、生物の有している「潜在的な機能」を活用し、産業応用を試みている研究者の方々を招き、生体機能の評価、そして機能の起源を探索するために必要な放射光計測技術について議論を深めて行くことを目的に企画した。参加者数は35名で、本ワークショップのプログラムは以下の通りでした。
・生体内輸送タンパク質を利用した癌指向性ドラッグデリバリーシステム
 (大阪府立大学:乾 隆)
・不凍タンパク質の分子機能と技術応用
 (産業技術総合研究所:津田 栄)
・人工クモ繊維・開発と評価法
 (理化学研究所:矢澤 健二郎)
・iPS心臓細胞シートの実用化への試み
 (京都大学:升本 英利)
・SPring-8のバイオ・ソフトマテリアル計測の現状
 (JASRI:関口 博史)
・総合討論
 (JASRI:八木 直人)

 

図1 ワークショップ会場の様子

 

 

2. 会議報告詳細
 冒頭にJASRIの関口(筆者)から、ワークショップの趣旨説明を行った。生体システムに備わっている潜在的な能力、性質を引き出した機能材料の開発がされつつあるなか、本ワークショップでは、同分野の研究者を招いて開発の現状について講演していただき、放射光X線計測がその機能材料の開発にどのように関わっていけるか、いくべきかについて議論したい旨を述べた。
 最初の講演者として、大阪府立大学の乾隆氏から、「生体内輸送タンパク質を利用した癌指向性ドラッグデリバリーシステム」と題した講演があった。ゲノム創薬研究によって発見・開発された医薬品の多くは難溶性であり、これらを可溶化し、標的部位に的確に輸送することが一つの課題となっている。乾氏らは、生体内輸送タンパク質であるリポカリン型プロスタグランジンD合成酵素(L-PGDS)の分子内に存在する疎水ポケットに着目し、タンパク質分子を用いたドラッグデリバリーシステムを提案、実現可能評価を行っている。発表では、難溶性の抗癌剤を内包したL-PGDSについて、難溶性薬剤の取り込み能力、癌組織指向性を施す工夫、ターゲットの組織内に薬剤をリリースする試み、効果についての報告があった。薬剤を取り込んだL-PGDSの素性は、X線小角散乱法(SAXS)による評価を行い、溶液中で分散していること、また薬剤を取り込んで分子自身がコンパクトになることを確認した。次に腫瘍標的ペプチドを付加したL-PGDSが、癌腫瘍組織に蓄積することをin vivo蛍光イメージングで確認したが、実際の組織での抗腫瘍効果は改善の余地があるとのことだった。薬剤リリース能を向上させるとともに、実践的にはターゲット組織での滞留時間を上げる試みが行われている。これは50−100 nm程度の粒子が腫瘍組織で滞留時間が長くなるEPR効果(Enhanced permeation and retention effect)を利用する。乾氏らのグループでは複数のL-PGDSをbiotin-avidinシステムを用いて多量化することで滞留時間の向上に成功したとの報告があった。
 産業技術総合研究所の津田栄氏から、「不凍タンパク質の分子機能と技術応用」と題した講演があった。不凍タンパク質(Antifreeze Protein: AFP)は、魚類や昆虫、きのこなど様々な動植物内に存在する低温適応に関わる分子の一つである。AFPは、氷の核と特異的に結合し核成長を抑制することで結果的に多結晶水の形成を抑制する。講演の冒頭で、色水が凍る過程の動画を示しながら、AFPなしで凍る過程では溶質の凍結濃縮と氷の体積膨張があること、そして、これらのことが細胞の凍結保存時に問題になることを示された。その一方でAFPを添加させた色水では、AFPが氷核と結合するため多結晶化が抑制され、色水はその分散状態が保持し、体積膨張を抑えられた状態であった。このAFPの機能は、ゲルの凍結にも有効で、AFP存在下ではゲルの網目構造を保ったまま凍結できることから、うどんや豆腐などの食品分野への展開が大いに期待できる。AFPは氷核と結合するとともに、細胞膜とも結合能があることも知られているが、それぞれの結合様式がどのようになっているかについては、現在理解を進めている最中だとのことであった。食品にとどまらず、血液や細胞など医療分野への利用研究が期待される中で、AFP自身の氷核あるいは細胞膜との結合様式を探索することも重要である。
 理化学研究所の矢澤健二郎氏から、「人工クモ繊維・開発と評価法」と題した講演があった。クモやカイコに由来するシルクは、軽量で高タフネス、細胞毒性が低いことから構造材料として優れていると考えられるが、自動車材料や防弾ジャケットなどといった実用材料への応用に至っていない。矢澤氏のグループでは、シルク物性が水に大きく影響を受けること、また熱処理によって分解するために熱成形できないことが実用材料への応用に至っていない原因だと考え、水の影響を受けず熱成形可能な人工合成シルクの開発を進めている。人工合成シルクは化学酵素重合法を採用し、開発を進め、放射光を用いた広角散乱測定(WAXS)と示差走査熱量測定(DSC)や引張延伸機と組み合わせた実験系で評価を行っており、その結果について報告があった。まずは水分子の影響を評価するため、相対湿度が異なる条件における熱物性と結晶構造との相関結果について調べ、その結果、水分子がシルクの結晶化を誘起する機構はランダムコイルからヘリックスへの転移を経て、ヘリックス間相互作用によってβシートを形成することが新たに示唆された。また、ナイロンモノマーと天然シルクの共重合体・人工合成シルクの加熱過程におけるWAXS測定結果から、熱成形が可能になる知見を見出した。今後、世界中に存在する異なる種類のクモ糸の特性を調べ上げ、アミノ酸配列、遺伝子情報との相関から、オーダーメイド的に機能材料を作製する展望が述べられた。
 休憩の後、京都大学の升本英利氏から、「iPS心臓細胞シートの実用化への試み」と題した講演があった。日本における死亡原因の第二位は心疾患である(第一位は癌)。心疾患に対する治療法としては薬投与やカテーテル治療が挙げられているが、重症患者に対しては心臓移植が最も効果的であるとされている。しかし、心臓移植は、ドナー待機者600人以上に対して心臓移植例は30−40件/年に限られており、ドナー不足が最大の問題となっている。この問題を解決するために再生医療が期待されているが標準治療にまでに至っていない。升本氏らの所属するグループでは心筋細胞だけではなく心臓に関わる様々な種類の細胞をからめて組織の再構成が必要であると考え、iPS細胞と細胞シートを融合した治療法の開発を試みている。東京女子医科大学で開発された「温度応答性細胞培養基材」を用いた細胞シート技術や、京都大学で開発された移植医療用の三次元的な心臓の組織を模した「iPS心臓細胞シート」を作製する研究についての紹介があった。「iPS心臓細胞シート」は、ラット・ハムスター・ミニブタなどの心疾患モデルに移植し、その治療効果を示された。また、このような細胞シートを用いた治療効果の詳細を調べるために、心臓そのものの非破壊的で高解像三次元像が可視化できるX線位相差CTのSPring-8での測定結果が紹介された。X線位相差CTで用いた試料は切片スライス化し、免疫染色などで評価し、X線位相差CT結果と併せ、細胞シートの効果の詳細について述べられた。
 JASRIの関口(筆者)から、「SPring-8のバイオ・ソフトマテリアル計測の現状」と題して、JASRI利用研究促進部門のバイオ・ソフトマテリアルグループで管理するビームラインのうち、特にBL40XUとBL40B2における最新の利用状況、高性能化の現状について紹介した。BL40XUでは、ヘリカルアンジュレータを光源とし、分光器を使用せずに2枚の全反射ミラーでビームを集光することにより、準単色の高輝度X線ビームを使用できるビームラインである。このビーム特性を活かした測定として、サブミリ秒のタンパク質分子の構造変化を捉えた高時間分解SAXS測定やX線1分子追跡法の実例について紹介した。BL40B2は、偏向電磁石を光源とし、主にソフトマテリアルを対象としたX線小角散乱法(SAXS)が利用されている。研究事例として、赤外分光、広角測定の同時計測事例について紹介した。また、本年度の高性能化として導入する大面積型二次元フォトンカウンティング検出器(PILATUS3 S 2M)とサイズ排除クロマトグラフィー連結型SAXS測定などについて紹介した。これらの高性能化によって、測定の高効率・高精度化が図られるとともに、サンプルのX線損傷を軽減した測定などが期待される。
 最後に、総合討論として、JASRIの八木直人氏を中心に今後のバイオ・ソフトマテリアル研究について意見を出し合った。特に材料科学的な視点でタンパク質を扱う研究のあり方について意見が出された。研究者としては機能発現メカニズムを探る視点は重視し、生物としての面白さを語れる人材育成を学問として広げていきたいが、現実的には研究の出口を求められ、研究費獲得の要請で応用研究にシフトせざるを得ない状況である。この状況を良しとしない見方もあるが、むしろ積極的にタンパク質を材料的な視点で研究する学会やジャーナルを立ち上げて活躍の場をつくった方が良いという意見もあった。

 

 

3. おわりに
 本ワークショップでは、生体システムに備わっている潜在的な能力、性質を引き出した機能材料の開発を行っている研究者の方にご自身の研究を中心に講演いただいた。研究分野は医療、食品、材料と多岐に渡り、それぞれ様々な実験手法でその性質や安全性について分析、評価が行われており、その中の一つの手法として放射光を用いた実験手法が利用されている。SPring-8・施設側としては、他の手法で得られた実験条件との連続性を保ちつつ、放射光X線測定が行える環境を整備すべきであり、特にナマモノ特有の温度や湿度、時間に関して留意する必要がある。タンパク質の機能発現メカニズムを探る研究と並行して、この機能や構造を利用した応用研究は新しい潮流となりつつある。SPring-8が同分野の研究発展に関わっていくために、放射光X線測定で得られる情報、現状で行える測定、今後できうる測定についての情報発信が重要で、顔を突き合わせた議論とともに推進していきたい。

 

 

 

関口 博史 SEKIGUCHI Hiroshi
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : sekiguchi@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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