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Volume 22, No.3 Pages 246 - 248

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

SPring-8/SACLA成果審査委員会委員長より「放射光科学はBig Science!」
Comments from the Chair of SPring-8/SACLA Research Results Review Committee “Synchrotron Radiation Science is Big Science!”

坂田 誠 SAKATA Makoto

SPring-8/SACLA成果審査委員会 委員長 SPring-8/SACLA Research Results Review Committee, Chair

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SPring-8 SACLA

 

1. はじめに
 SPring-8/SACLA成果審査委員会(以下、「成果審査委員会」)委員長として、この記事を書くように依頼を受けました。その目的は、成果公開の再々延長は原則として認めずSPring-8/SACLA利用研究成果集に執筆をお願いするということで、制度の完成形を得ることが出来たので、それを期に、成果審査委員会の活動をユーザーの方々によりよく理解していただくためです。この記事は、成果審査委員会としての公式見解(制度の説明や延期制度の詳細については、別途寄稿されている野田委員(編集者)の記事をご覧ください。)を述べるというよりも、規則などでは表せない部分を個人的な考え方を含めて述べてみたいという気持ちでお引き受けしました。委員長が何を考えているのかを示し、それにより大方のご理解を得たいと思っています。
 最初に、成果審査委員会とは一見関係のないことから、この記事を始めさせていただくことにします。放射光科学は、「small science at big facility」とよく言われています。私自身はこのように思ったことはありません。放射光科学は、常に「big science」だと思っています。何故なら、そのように考えることにより、私としてはストレスを感じることが著しく減少するからです。「(僅かな)マシンタイムを確保するために、何故いちいち(面倒な)課題申請書を書かなければいけないのか?」、「何故、成果をいちいち施設に報告しなければならないのか?」、「何故、成果審査委員会の委員(長)を引き受けなければならないのか?」等々、ストレスの元になるようなことが、放射光科学の周辺には、数多く存在するように思います。このような状況下で、「small science」をしているのに、と思うと、何故、何故、何故、が増幅するように思います。「放射光は、big scienceだ!」と思うことにより、big scienceを支えるためなら仕方がないかと思えて、私の場合はストレス減少に貢献してきたように思います。
 SPring-8/SACLAのような巨大施設では、数多くの人が関わって種々の活動を行っています。課題審査委員会のように、ユーザーから見えやすい委員会もありますが、この記事では、あまりユーザーからは見えにくい、成果審査委員会についてユーザーに伝えたい事柄について述べてみます。

 

 

2. 成果審査委員会とは?
 成果審査委員会の役割について、出来るだけ簡潔に書いてみることにします。皆様ご存知のように平成22年10月27日に、「成果公開の促進に関する選定委員会からの提言」がとりまとめられたことにより、SPring-8における成果公開の在り方が大幅に変わりました。また、課題採択された全ての成果非専有課題が何らかの成果に繋がっていることが求められるようになりました。これは、SPring-8始まって以来の、極めて大きな変革でありましたが、その是非については、ここでは論じないことにします。この大変革に伴い、それを具現化する一環として、「SPring-8レポート」(仮称)をJASRIとして新たに発刊することになりました。現在は、e-journal「SPring8/SACLA利用研究成果集」(以下、「成果集」)として定期的に発行が続いています。全ての成果非専有課題を成果に繋げるという大きな目標を達成するためには、施設として独自のジャーナルを刊行することが必要不可欠との判断からのことと理解しています。成果審査委員会は、この成果集に関わる事柄の最終的な責任を負う委員会として設けられました(もちろん、最終責任は理事長にあるという前提の上ですが)。当初の成果審査委員会は、提言はあるものの具体的には何もない状態から始めました。正に走りながら必要に迫られて諸々のことを進め、成果集の発行を続けてきました。先ずは、ジャーナルの体裁をどうするのか、成果集とするためのレフェリー、編集をどうするのか、成果公開の延期申請をどうするのか、再延期申請は必要なのか、必要ならばそれをどうするのか、等々、その時々に必要なことを片付けて制度を整えていくという感じでありました。現在は、再延期をして論文の公表まで至っていない課題に対しては、再々延期は認めず成果集に書いていただくことで、成果公開の制度としては、一応の完成形となりました。再延期まですると、課題を実施してから7年が経過することになり、それまでの研究活動を何らかの形にまとめていただくことは、研究者の常識としても受け入れてもらえるだろう、と考えています。
 さて、成果審査委員会で最も頭を悩ませていることは、連絡不能者の存在です。今回の成果公開制度では、採択された課題の成果が公開されていないと、その課題の実験責任者による新たな課題申請は、受け付けないことになっています。例えば、課題を実施した期が終了してから、3年が過ぎて延期申請もなく何も連絡がない場合には、その課題の実験責任者が新たな課題を申請しても、受け付けることは出来ません。もちろん、3年過ぎた課題に対して成果公開の延期申請がなされるか、その課題の成果が公開、登録がなされれば、その時点で新たな申請課題は正常に受理されます。新たな申請課題を受理出来ない場合を、便宜的にブロック課題と呼んでいますが、委員会としては非常に頭の痛い問題となっています。もちろん、ブロック課題の実験責任者に対しては、事務局を通して、何度も、何度も、何度も、連絡を試みています。しかし、一部では何のレスポンスも得られないことが続いているのが現状です。実験を実施する時には、きちんと課題申請をし、実際に実験を実施したのに、です。私には、到底理解が出来なかったことで、定期的に施設利用する多くのユーザーにも、想像が出来ないことなのではないかと思います。経験的に分かってきたことは、このような場合は、多くの場合は人事などの異動が関係しているようです。SPring-8で実験はしたが、その後、放射光とは関係のない仕事をしている、というようなことのようです。委員会としては、このような課題でもフォローしているのですが、連絡が取れないので事実上お手上げ状態と言ってもよいと思います。
 その他、細かいことを含めればいろいろなことがありますが、制度の主要部分は、オンラインのシステムが完成し、成果集のDOIも獲得し、この制度が始まってから成果が出るまでの期間が短縮され、その数も増加している、など、大方のユーザーの協力により順調に推移しているように思います。

 

 

3. 成果集について
 成果集は、2章で説明したような経緯により発刊が始まりました。この成果集に関しては、僅かに通常のジャーナルとは異なることがあるように思います。その違いを説明するために、論文にすることが困難な例を考えてみます。簡単に述べると、採択された課題は、延期、再延期を含めると、7年の間に論文などで公表してもらうことになっています。もちろん、論文化に際しては、いくつかの課題実施が必要なことも当然あると思うので、1つの論文の出版によって複数の課題の成果が公開されたとみなしてよい、としています。もし、7年を過ぎても成果公開に至らない場合には、再々延期は原則認めないので、何らかの形で論文にするか、成果集に執筆していただくことになります。このように書くと、多くの方は論理的矛盾を指摘されるかも知れません。「論文化出来ないということは、成果が得られず成果公開まで至っていないのだから、成果を成果集に書けるわけがない!これは、論理的に矛盾しているのではないか?」ということになるかと思います。私の理解では、成果集の成果の考え方が、内容的に違うことが矛盾の原因になっていると思うので、その事情を以下に書くことにします。
 上述の場合には、どのようなアイデアで、どのような実験をして、どのような実験結果が得られたのか、得られなかったのか、どのように現時点で考えられるのか、などをその時点で纏めて、成果集に出して欲しいということになります。このような形で纏められた論文を、成果集では成果とみなすということが、上述した僅かな違いであり、それにより矛盾は生じていないと考えています。何故、そのように考えることが出来るのかといえば、これは委員長としての個人的見解でありますが、成果集は、SPring-8/SACLAでの研究活動を対象にデザインされたジャーナルですので、そこでの実験に関する、アイデア、実施計画、実施状況、また、その顛末を纏めたものは、SPring-8/SACLAコミュニティとしては、充分に成果に値すると考えるからです。「7年経って論文に出来なかったら、その課題の顛末を成果集に書いてください。」ということになります。
 今回の成果公開の制度では、挑戦的な研究が減る、というご批判があるようなので、そのようなことはないという、私の主張を書いてみたいと思います。挑戦的な研究では、必ずしも思ったような結果が得られないことは充分に理解しています。ですから、成果公開制度が、何らかのポジティブな結果だけを求めているのなら、ご批判は、正にその通りだと思います。成果審査委員会が、挑戦的な研究をする方々に求めているものは、ポジティブな結果が得られない場合、延期、再延期をすれば、成果を上げるまで7年間あるので、その間の奮闘の顛末を形にして成果集に書いてください、ということのみであります。これが、今回の成果公開制度が、採択された全ての成果非専有課題に求めていることであります。7年間の挑戦の結果が、ポジティブでもネガティブでも、あるいは、そのどちらになるかが不明でも、その時点で論理的に現況を書いた論文は、SPring-8/SACLAの成果として成果集に発表します。何故なら、それはSPring8/SACLAのコミュニティにとって有益な成果と考えているからであります。もちろん、それにより、成果公開の義務を果たしたことになります。今回の制度は、挑戦した時の義務を明確化したという意味では、挑戦的な研究の課題申請が増えることはあっても減ることはない、と委員長としては思うのですが、いかがでしょうか。

 

 

4. おわりに
 成果審査委員会は、現在の成果公開制度を支えている重要な委員会であります。ユーザーには、成果公開が大きな負担と取れられているのか、当然のことと捉えられているのか、よく分かりません。委員長としては、研究者の感覚と出来るだけずれないようにしたいと思っています。私としては、7年の間に何回か実験をして、論文を書いた時にいくつかの課題の成果とし、もし論文を書くところまでいかなければ、その時点でのまとめを成果集に書くのなら、成果の求め方としては常識的かなと思っています。それとは違った観点から、成果を求め過ぎているとか、挑戦的課題に取り組みにくい、というご批判に対しては、放射光を「small science」と捉えての立場からのご意見のように感じてしまいます。何故なら、「small science」の立場からは、100%の研究の自由を求めることは、研究者として自然なことに思われるからです。この立場が異なると、議論がかみ合わなくなるように思います。放射光科学を正確に定義することを離れて、成果審査委員会あるいは公開制度に対する批判、要望を議論する場合には、一度は、「放射光科学は、big science」という立場で論じてくださるようにお願いしたいと思います。私としては、SPring-8に課題申請する実験責任者が、全て「small science」をしているという意識なのか、「big science」をしているという意識なのかで、コミュニティの将来は、全く違ったものになるように感じるのを禁じえません。
 依頼された原稿ではありますが、書いてみるといろいろな思いが巡りました。SPring-8/SACLAというBig facilityの成果審査委員会の委員長として、ユーザーの理解を得ることが、円滑な運営に役立つとの考えから書いた記事であります。少しでも、理解が広がれば、嬉しく思う次第です。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794