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Volume 21, No.4 Pages 378 - 381

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

化学物質のリスクアセスメントについて
About Risk Assessment of Chemicals

(公財)高輝度光科学研究センター 安全管理室 Safety Office, JASRI

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SPring-8 SACLA

 

1. リスクアセスメントとは?
 リスクアセスメントとは、「対象(化学物質等)の危険性または有害性等の調査」のことであり、職場の潜在的な危険性または有害性を見つけ出し、これを除去、低減するための手法である(以下、化学物質のリスクアセスメントを単にリスクアセスメントと記載)。
 従来の労働災害防止対策は、発生した労働災害の原因を調査し、類似災害の再発防止対策を確立し、各職場に徹底していくという手法が基本であった。しかしながら、災害が発生していない職場であっても潜在的な危険性や有害性は存在しており、放置されると、いずれ労働災害が発生するという可能性を秘めている。また、技術の進展等により、多種多様な機械設備や化学物質等が生産現場で用いられるようになり、その危険性や有害性が多様化してきた。
 すでに、国内機械安全の分野では、KY(危険予知)、HH(ヒヤリハット)運動として活動がされているが、化学物質管理という観点ではあまりなされてこなかった。この点においては、諸外国からも遅れを取っていた状況である。
 日本では、2006年4月1日以降、リスクアセスメントの実施が労働安全衛生法第28条の2により努力義務化された。その後、2015年6月10日付で公布された労働安全衛生法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(平成27年政令第249号)に従って、2016年6月1日から施行された。

 

 

2. 法律改正の背景
 今回(平成27年政令第249号)の改正の趣旨は、人に対する一定の危険性または有害性が明らかになっている化学物質について、起こりうる労働災害を未然に防ぐため、事業者及び労働者がその危険性や有害性を認識し、事業者がリスクに基づく必要な措置を検討・実施する仕組みを創設するものである。労働安全衛生法施行令別表第9に掲げる640の化学物質等について、譲渡または提供する際の容器または包装へのラベル表示、安全データシート(SDS)の交付及び化学物質等を取り扱う際のリスクアセスメント、これら3つの対策を講じることが本法令の柱となっている。すなわち、これらの化学物質等を取り扱う事業者は以下が義務付けられる。

(1)譲渡・提供元から提供される安全データシート(SDS)の内容等から化学物質等の危険性または有害性を特定し、特定された危険性または有害性によるリスクの見積りを行う。

(2)その結果に基づきリスクを低減するための措置を検討するという一連の取り組みを行う。

(3)化学物質等を実際に取り扱う労働者が当該化学物質等の危険性または有害性を確実に認識できるよう、譲渡または提供する際には容器または包装に名称、標章その他の事項を表示する。

 この改正の背景には、2012年5月の報道で大阪市のオフセット印刷工場の元従業員ら17人が胆管がんを発症し、うち9人が死亡した問題に端を発している。

 

 

3. 労災の相談から原因物質の規制に至るまで
 胆管がんの事例に関する厚生労働省の発表を、主に労災の相談から原因物質の規制に至るまでを時系列にまとめたのが表1である。

 

表1 労災相談から原因物質の規制に至るまでの時系列

2011年3月 大阪で労働問題に取り組んでいるNGO「関西労働者安全センター」にほぼ同じ時期に同じ職場で働いていた印刷会社元従業員5人が胆管がんを発症し、そのうちの4人が死亡したという相談が持ち込まれる
2012年3月 労災請求を大阪中央労基署に提出
2012年5月17日 「同じ印刷会社で働いていた従業員たちが連続して胆管がんで死亡」という報道がされる
2012年5月21日 厚生労働省が胆管がんの調査に乗り出す(基安発0521)
2012年7月12日 全国の印刷会社で胆管がん発覚、労災時効*1凍結、弾力的に判断
2012年9月5日 胆管がん新たに37人、計61人
2012年11月1日 胆管がん新たに7人が労災申請、計52人
2013年3月27日 大阪の印刷会社従業員ら16人に対し厚生労働省は労災と認定
2013年9月26日 大阪の印刷会社を書類送検
2013年10月1日 1,2-ジクロロプロパン*2特別管理物質
2014年11月1日 ジクロロメタンが第2種有機溶剤から特定化学物質

 

 

 胆管がんの事例では、化学物質のばく露による労災の危険性が事業者及び労働者に認識されないまま症状が出るまでに時間が経過し、その間労働者がばく露され続ける結果となっている。さらに事例の発症から原因物質の規制に至るまでに3年半という長い時間を要する。またこういった化学物質のばく露による労災は中小規模の事業所において発生しやすく、他の会社で同様の事例が発生している状況等を把握しにくいために、事業者が有害性を疑わず長時間経過し発症してしまうことが多い。今回の印刷工場の事案でも入社して6年経過後、健康診断で異常値が見つかり体調を崩すに至っている。場合によっては、体調悪化を期に退職するケースもあり、労災の認定につながらなくなるケースもあると思われる。
 今後、国内へのリスクアセスメントの導入によって、労災発生件数の減少につながることを期待したいところである。

 

 

4. ユーザーへの展開
 今回の法令改正により、全ての事業者がリスクアセスメントを実施するように義務付けられ、JASRIは国内ユーザーにおいて課題で使用される化学物質のリスクアセスメントが行われることを前提として2016B期より国内及び海外ユーザーにリスクアセスメント結果の提出を実験責任者に求め安全審査の参考にしている。
 提出された申請書にリスクレベルの記載がない場合は、安全管理室は課題安全審査において実験保留とし、実験責任者にリスクレベルの提示を通知しており、保留が続くと実験中止の恐れがあるためくれぐれも注意していただきたい。
 課題申請時にリスクアセスメントを導入して以来、申請者から質問が殺到するといった混乱もなく、幸いスムーズに推移している。使用予定の試料が同一物質同量にもかかわらず、リスクレベルに違いが生じている例があるが、これは評価方法が異なるためと理解している。課題を申請する皆さんにはリスクアセスメントの方法(厚労省推奨の方法以外)を備考欄に記入していただくようくれぐれもお願いしたい。この場を借りてご協力いただいたユーザーの皆様に感謝申し上げたい。

 

 

5. JASRI職員への展開
 JASRIでは、2016年(平成28年)4月1日よりリスクアセスメントを導入することとした。全職員に対して3月中に数回に分けて説明会を開催した。参加者は合計121人であった。説明会では、化学薬品の購入時に担当者がリスクアセスメントした結果を伝票に添付するということを説明した。
 説明会を行った3月より提出があり、3月6件、4月7件、5月4件、6月5件、7月2件、8月1件と8月までの合計で25件の提出があったが、半年ほど経過した9月では、月に数件程度の提出である。購入件数自体が少ないことも要因ではあるが、同じ作業の場合には1度提出すればよいとしたためであると推察している。
 また、25件の提出された内容については、87物質があり、そのほとんどが、インジウム化合物、エタノール、アセトンで半数以上を占めている。いずれも取扱量は少量(g、mL単位)~中量(kg、L単位)で大量(トン、kL単位)に扱うものはなかった。とはいえリスクアセスメントの結果は、4または4Sとなっており、リスク低減措置を講じる必要があるという評価であった。もちろん対応を検討するが、今回使用した厚生労働省の「コントロールバンディング」で行った場合、「取扱量の単位」が少量はmLが最小なので、μL等でも999 mLでも同じ評価結果となる、ばく露時間が入力できない等改善の余地はあるように思われる。ユーザーの課題申請時も含め評価方法を変えることも今後の検討課題である。

 

 

6. 最後に
 JASRI創立より今日に至るまで化学物質による労働災害は発生していない。今後も発生のないようにリスクアセスメントを継続していけるようにしていきたい。JASRIでもリスクアセスメントを導入して4ヶ月を経過して、提出件数は落ち着いてきている。今後は、提出された内容の評価方法や安全対策の検討をしていく等の課題があると考えている。

 

 

<参考>課題申請時のリスクアセスメントの手順(UIページより)

  1)リスクアセスメントは、課題申請書毎に行ってください。

  2)法令で定める640物質については、リスクアセスメントが必要です。その他の化学物質についても、できるだけリスクアセスメントをお願いいたします。

  3)リスクアセスメントは、持ち込む測定試料だけでなく、SPring-8/SACLAにすでに準備されている物質も含めて、実験で使用する全ての化学物質について行ってください。

  4)使用する化学物質が密封されており(例えばキャピラリー、ガラス瓶、あるいはジッパー袋に密封)、SPring-8/SACLAサイトに滞在中は密封試料を開封することなく実験及び作業を終了する場合は、人体へのばく露がありませんので、リスクアセスメントの対象外とします。

  5)各実験責任者の所属機関において行われたリスクアセスメントの結果を、課題申請書(Web)に記入してください。「安全に対する記述、対策」に記載場所があります。

  6)所属機関でリスクアセスメントが行われていない場合は、簡単に評価できる方法として、職場の安全サイト(厚生労働省)リスクアセスメント実施支援システム(図1)を推奨します。

 

21-4-2016_p378_fig1

図1 リスクアセスメント実施支援システム

 

 

  7)コントロールバンディング法では、固体・液体の場合しか評価できません。気体については、評価しなくても結構です。

  8)リスクアセスメントの評価結果をリスクレベル欄のプルダウンメニュー(5段階または4段階の数字)から一つ選択してください。値の大きい方がリスクは高いとします。評価結果の意味は、紹介した厚生労働省のリスクアセスメント実施支援システムの場合は次の通りです。
5:とても大きくて耐えられないリスク
4:大きなリスク
3:中程度のリスク
2:許容可能なリスク
1:些細なリスク

  9)プルダウンメニューに適切なものがない場合は、「その他」を選択し、備考欄に評価結果(例:7段階でレベルが3の場合は、“3/7”)をご入力ください。この場合も、値の大きい方が高リスクとします。評価対象外の場合は、「対象外」を選択してください(図2)。

 

21-4-2016_p378_fig2

図2 課題申請:リスクレベルの入力画面

 

 

10)厚生労働省推奨のコントロールバンディング法以外で評価をした場合は、備考欄に評価方法の名称とその評価結果の内容(危険性や示された対策等)を記載してください(図3)。

 

21-4-2016_p378_fig3

図3 記入例

 

 

11)リスクアセスメントの結果、安全対策が必要な場合は、安全対策欄に対策を記載してください。

12)化学物質の使用量が非常に少ない、あるいは作業時間が短い等、評価結果が高くても実際には低リスクが想定される場合は、その旨備考欄に記載してください。

 

<用語解説>

*1 労働者災害補償保険法では、労災申請の請求期間は死後5年までと規定。

*2 1,2-ジクロロプロパンとはオゾン層破壊物質の代替品として、主に1990年代中頃から2012年頃までに販売されたインク洗浄剤に含まれている。
用途の例:金属用洗浄剤、印刷用洗浄剤、他の製剤の原料・中間体及び中間体含有物

 

<引用>
厚生労働省「リスクアセスメント実施支援システム」
安全衛生情報センター「写真で見る労働災害ニュース及び安全衛生行政発表資料」

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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