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Volume 21, No.4 Pages 306 - 308

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第3回大型実験施設とスーパーコンピュータとの連携利用シンポジウム -最先端電池材料- 報告
Report on The Third JASRI-CROSS-RIST Joint Symposium for Advanced Battery

尾原 幸治 OHARA Koji、宇留賀 朋哉 URUGA Tomoya

(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 本シンポジウムは、大型実験施設SPring-8/SACLA、J-PARC/MLFとスーパーコンピュータ「京」の連携利用促進を目的として、(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)、(一財)総合科学研究機構(CROSS)及び(一財)高度情報科学技術研究機構(RIST)が主催実施しているものである。昨年に続き第3回目となる今回は、「最先端電池材料」をテーマとして、ポスト「京」重点課題5(エネルギーの効率的な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発)も主催に加わり、2016年9月1日(木)、秋葉原UDXにて開催された。シンポジウムでは、最先端電池材料分野における大型実験施設とスーパーコンピュータとの連携利用に関する講演のセッションと、「最先端電池材料の研究開発における計算科学と実験の連携」をテーマとしたパネルディスカッションが行われた。また副会場では、各施設の現状や研究事例紹介、利用方法の案内に関するポスター展示などが行われ、参加者は企業、大学、研究機関、上記登録機関の関係者など合計135名であった。

 

 

2. 講演セッション
 午前中には、SPring-8/SACLA、J-PARC/MLF、「京(ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ:HPCIを含む)」の施設現状に関するオーバービュー3件と、最先端電池材料研究に関する基調講演2件の講演が行われた。午後には連携利用の事例紹介について、4件の興味深い講演が行われた(写真1)。

 

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写真1 講演セッション

 

 

 1件目の基調講演「量子ビームを用いた蓄電池・燃料電池オペランド解析」(内本喜晴、京都大学)では、リチウムイオン電池の活物質粒子界面、燃料電池の触媒粒子表面の反応をとらえることと、様々なサイズの電池構成要素に対して、マルチスケール計測をすることが重要であり、放射光計測と電気化学計測を同時にリアルタイム計測することによってそれらの解明が可能であることが示された。研究事例として、リチウムイオン電池活物質粒子の反応現象を捉えるため、X線回折(XRD)とX線吸収微細構造スペクトル(XAFS)の高速時間分解測定を実施した結果、準安定相の存在(二相共存反応)が高速充放電の要因であると判明したことが紹介された。また、リチウムイオン電池内の反応分布が電池特性の発現において重要なファクターであり、新規電池材料の開発では、電極の厚みや空孔率などのパラメーター制御が必要不可欠であることも示された。さらに、測定で得られた膨大なデータから欲しい情報を抽出する、解析プラットフォームの構築が不可欠との見解が示された。
 2件目の基調講演「電気自動車高性能化への挑戦:放射光とスパコンが解き明かす電池の姿」(今井英人、日産アーク)では、大型実験施設利用のメリットとして、非破壊・リアルタイムで高精度分析が可能である点が挙げられた。研究事例としては、リチウムイオン充電時の電池正極からの電子放出量の元素選択定量評価がXAFS測定により可能であることや、硬X線光電子分光(HAXPES)測定と第一原理計算による検討を通じて明らかにされた、負極表面の構造に依存する異なる被膜形成例などが紹介された。また、簡単な計算はPCでも可能であるものの、欠陥などを考慮した複雑な計算を行うにはスーパーコンピュータの利用が必須であることが示された。大型実験施設とスーパーコンピュータの連携利用により、ラボの分析では見えない「現象の理解」と「定量性」についての情報を得て、それらを有効に活用してものづくりの設計を進めていくこと、その上で事業へフィードバックしていくことが重要であるとの見解が示された。
 午後の連携利用の1件目の事例紹介「燃料電池電解質膜の構造と物性に関する京とSPring-8の連携」(岡崎進、名古屋大学・分子科学研究所)では、エネルギーの高効率な創出、変換・貯蔵、利用の新規基盤技術の開発を課題とし、電解質膜のモルフォロジーをSPring-8の小角・広角散乱と分子動力学計算の連携から検証した事例が紹介された。第一原理MD計算と古典MD計算の双方から、大型実験施設のデータを総合的に理解することの重要性が示された。
 「ミュオンで視る電池材料内のイオン拡散」(杉山純、豊田中央研究所)では、J-PARCの世界最高ミュオン源が優れた軽元素識別能を持ち、Liイオンの拡散係数計測が可能であること、さらに中性子やX線を相補的に利用することにより、材料物質の骨格(構造)・内臓(ダイナミクス)情報を得ることができることが紹介された。
 「計算科学との連携による新規高濃度電解液の開発」(山田裕貴、東京大学)では、電池電解液の開発において、電気化学・分光法の実験計測と「京」による第一原理MD計算の連携が極めて有効であり、様々な特異性を持つ高濃度電解液の設計・開発に成功した事例が紹介された。またリチウムイオン電池の高電圧化、高速充電の実現、革新的なリチウムイオン水系電池の新規開発など、今後の開発などへ向けた期待が述べられた。
 「中性子・放射光の相補利用によるリチウムイオン電池材料の充放電過程における平均・局所構造および電子構造解析」(井手本康、東京理科大学)では、リチウムイオン電池材料、燃料電池材料、強誘電体酸化物の特性向上に向け、中性子・放射光X線回折による平均構造(Rietveld)・局所構造(Pair Distribution Function: PDF)解析と、熱力学測定、第一原理計算などを相補的に用いた研究事例が紹介された。また、最終的には得られた情報をデータベース化し、材料物質の化学組成の変更にともなう構造・機能変化が瞬時に推定できるようなシステムの構築が目標だと述べられた。
 これらの講演により、最先端電池の各構成材料やその材料間で起きている化学反応など素過程現象の解明には、SPring-8やJ-PARC/MLFを利用した実験計測と、「京」などのスーパーコンピュータを用いた大規模計算の連携が重要な役割を果たしていることが紹介された。特に、大型実験施設での高強度なビームを用いたオペランド測定と、「京」での第一原理MD計算を組み合わせて解析することが極めて効果的であることが明らかにされ、更なる連携の深化によって、先端(次世代)電池材料開発が今後一層進展することが期待されていた。また、電解液に比べて理解の進んでいない電極材の理論計算の進め方や、電池の劣化に関する実験・理論を含む総合的な理解、拡散係数の計算的予測、オペランドPDF解析の実現など、計算・実験双方から様々な要望が提示された。

 

 

3. パネルディスカッション -最先端電池材料の研究開発における計算科学実験の連携-
 パネルディスカッションは、内本喜晴京都大学教授と岡崎進名古屋大学教授による進行の下、パネラー(シンポジウム講演者)がキーワードに沿って意見を述べ、討議する形で進められた(写真2)。主な議論を以下に示す。

 

(1)連携利用研究により解明を求めるものは?
【計算サイドへの期待】

•大規模系・不均一系・オペランド系に対する計算

•電池の反応・劣化のシミュレーション、さらに進んで全電池シミュレーター

•リチウムイオンの拡散係数の予測

•固体界面での空間電荷量の計算

【実験サイドへの期待】

•デバイス開発で必要な空間・時間スケールによるオペランド測定

•電極界面に生成する物質の特定

•モデル試料ではなく実試料(汚い系、複雑系、劣化系)に対するオペランド測定

 

(2)連携利用研究を始めたきっかけは?

•データを解析するにあたり解決したい課題があり、日頃お付き合いのある計算の先生に相談した。

•大型プロジェクトの会議で、計算の先生から声をかけられた。

•計算家は、実験家から話を持ちこまれ、提案されて連携研究を始めることがほとんどである。

 

(3)連携利用研究を開始するにはどうすればよいか?

•開発の現場に携わる人同士が、研究会など顔を突き合わせて議論できる場を設け、濃密なつながり・関係を構築する必要がある。

 

(4)今後の連携利用研究のあり方は?

•電池分野には様々な研究開発プロジェクトや各施設での研究があり、それらが連携して進められることが重要。

•特に、国家プロジェクトで取り組んでいるテーマに関しては連携を積極的に推進すべき。

•国家プロジェクトで得られた公共性のあるデータや試料(劣化情報・試料など)を共有して、大型研究施設と産官学で連携して問題解決に取り組むべき。

•「産学」だけでなく、「産学官」の連携を進めることが重要。

•連携研究を推進できるような仕組みづくりを、利用促進に係る登録機関、JASRI、CROSS、RISTの3者が中心となり検討することが重要。

•大型実験施設・計算施設は、多額の公的予算を費やしている点からも、社会的に意義のある課題を解決することが重要。

 

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写真2 パネルディスカッション

 

 

4. おわりに
 本シンポジウムを通して、大型実験施設とスーパーコンピュータを組み合わせた連携利用研究は、次世代電池の開発、特に新規材料設計を進める上で極めて有用であることが示された。更なる連携研究を通じて、より合理的な開発設計指針が提示されるよう期待される。本シンポジウムを契機として連携利用研究の有用性が広く認識され、特定先端大型研究3施設、SPring-8/SACLA、J-PARC/MLF、「京」の連携利用研究が、今後より一層活発になることが望まれる。

 

 

 

尾原 幸治  OHARA Koji
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2750
e-mail : ohara@spring8.or.jp

 

宇留賀 朋哉  URUGA Tomoya
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : urugat@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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