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Volume 21, No.4 Page 266

理事長室から -研究論文のオープンアクセス化にむけて-
Message from President – Toward Open Access Publication of Research Articles –

土肥 義治 DOI Yoshiharu

(公財)高輝度光科学研究センター 理事長 President of JASRI

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 本誌の2015年11月号に、オープンサイエンス活動の国際的な拡がりについて紹介した。今回は、オープンアクセス論文が一般化しないわが国の学術的課題を指摘したい。オープンアクセスとは、言うまでもなく、無料で自由に論文にアクセスできる状況をいう。オープンサイエンス活動は、公的資金による基礎研究の成果を確実に広く社会に公開する活動であり、大学の発展を支える歴史的な変革の一断面でもある。
 中世ヨーロッパの大学は、教育が中心であり、知の継承に重点があった。17世紀の科学革命は、大学内部から生じたものではなく、当時の自然界の理解に疑問をもった個人の研究活動に起因した。研究者らの実験経費は自費あるいは貴族からの支援によったために、研究成果は私蔵されるか支援者へ報告されるかのいずれかであり、多くの成果は貴族の館に眠っていた。その典型が、イギリス貴族のヘンリー・キャベンディシュ(1731−1810)であり、豊富な資金を研究活動に使い、多くの画期的な成果を得ていたが、成果を世に発表することはなかった。キャベンディシュの遺稿は、1879年にマクスウェルによって纏められ公表された。
 教育と研究を結びつける新しい大学のモデルは、ベルリン・フンボルト大学(1810年創設)から始まり、19世紀に世界へと拡がった。さらに、19世紀後半にジョンズ・ホプキンス大学において大学院が創案され、その制度によって研究活動を強化する大学モデルがアメリカに拡がった。研究を大学活動に取り込むことによって、成果を論文として学術誌に発表することが一般化した。専門学術誌の数が限られていた1990年頃までは、発表論文は世界の関連研究者によって広く読まれていた。しかしながら、電子ジャーナルが一般化した21世紀の初頭から学術誌の数は著しく増加して、関連する論文総数も年々増え続けている。さらに、電子ジャーナル購読料の高騰によって、個々の大学や研究機関が契約できる学術誌の数は制限されており、研究者が必要論文を全て読むのは困難な状況にある。今日、オープンアクセスできない論文の読者数は、限定的と考えてよい。SPring-8やSACLAの利用者には論文発表の義務があるが、論文の多くは出版社のコンピュータに眠っているのではないかと心配している。
 私事になるが、1980年代の初頭に研究分野を石油化学から生物資源化学に変更することを決意して、大学図書館で夜遅くまで文献を調査していた。当時は、まずアメリカ化学会発行のケミカル・アブストラクツで文献探索を行い、参照すべき論文を書棚の学術誌から見つけ、必要論文は大学の図書館で読むことができた。現在では、Google Scholarを用いて文献調査を行い、必要な論文にアクセスしている。欧米あるいは中国の著名大学の研究者らは、発表論文の本文ファイルを出版社から購入(20万円程度)し、論文をオープンアクセス化している。したがって、Google Scholarから簡単に彼らの論文の全文を読むことができ、読者はそれらの論文を引用する。残念ながら、わが国においては論文ファイルの購入制度を利用している研究者が少ないために、論文の引用頻度が相対的に低いのではないかと思う。
 本年4月から第5期科学技術基本計画が始まり、目標の一つが論文の質・量の増強にある。総論文数に占める被引用回数トップ10%の論文数割合は、欧米の主要国で12−16%、中国で10%、そしてわが国が8%である。この原因は、わが国研究者のオープンアクセス制度への意識の低さであろう。わが国において論文作成までの経費は、1編あたり約3千万円であり、世界でも最も高い研究単価と言われている。1編あたり20万円程度のオープンアクセス経費は、決して高いものではない。研究者の義務は、オープンアクセス可能な論文の公表までと考える必要があろう。研究者の意識変革をお願いしたい。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794