Volume 21, No.2 Pages 170 - 173
4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
SACLA BL2とマルチビームライン運転の概要
Commissioning of SACLA BL2 and Multi-Beamline Operation
国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター XFEL研究開発部門 XFEL Research and Development Division, RIKEN
1. はじめに
高輝度電子ビームを必要とするX-ray Free-Electron Laser(XFEL)は、加速器として低エミッタンスかつ短バンチが生成可能な線型加速器を用いることから、同時に1本のビームラインにしか電子ビームを供給できない。このためXFELは基本的にシングルユーザー施設であり、マルチユーザー施設である蓄積リングベースの放射光施設と比較すると、利用効率が劣る要因となっている。しかしながらXFELでも、線型加速器からの電子ビームをバンチ毎に複数ビームラインへ振り分けることで、複数の利用実験を平行して行うことは可能である。利用実験枠への要望が増加している今日、このマルチビームライン運転によるXFEL利用機会の拡大は、施設利用効率改善の面から重要な課題である。
SACLAアンジュレータホールには、5本のビームライン(BL1からBL5)が設置できるスペースがあり、最初のビームラインであるBL3は、線型加速器と同じ直線上にアンジュレータが設置されている(図1)[1][1] T. Ishikawa et al.: Nat. Photon. 6 (2012) 540-544.。SACLAは2012年3月のユーザー供用開始以来、このBL3を用いてXFEL利用実験を行ってきた。BL3の南隣にあるBL2は、2014年夏期停止期間にアンジュレータの設置を完了し、同年10月にSACLA 2本目のビームラインとしてレーザー発振を達成している。またBL1上流にはSACLAのプロトタイプであるSCSS線型加速器[2][2] T. Shintake et al.: Nat. Photon. 2 (2008) 555-559.を移設し、BL1はSACLAと独立した極端紫外FELとして用いる予定である。
図1 SACLAの概要
BL2とBL3の2本のXFELビームラインは、当初DC偏向電磁石を用いてビームタイムなどの時間毎に区切って切り替えていたが、2015年1月にDC偏向電磁石をキッカー電磁石とDCセプタム電磁石に置き換え、施設利用効率の向上に向け2本のビームラインへの電子バンチ振り分け運転試験を開始した[3][3] T. Hara et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 19 (2016) 020703.。キッカー電磁石とDCセプタム電磁石を用いた電子バンチ振り分け運転は、将来XSBT(XFEL to SPring-8 Beam Transport)を通してSACLAからSPring-8蓄積リングへのビーム入射にも使用する。
本稿では、世界初のXFELマルチビームライン運転に向けたSACLAの取り組みを紹介する。
2. SACLA BL2の概要
2本目のXFELビームラインであるBL2には、BL3と同じ5 m長真空封止アンジュレータ(周期長18 mm)がBL3と平行に置かれている(図2)。BL2のアンジュレータ台数は、上流にドッグレッグ部があるためBL3よりも少なく、BL3の21台に対しBL2は18台である。
図2 SACLAアンジュレータホールの写真、左側がBL2アンジュレータ、右側がBL3アンジュレータ。
線型加速器終端からBL3へは、電子ビームはそのまま直進してアンジュレータに入る。一方BL2へは、加速器終端で電子ビーム軌道を+3°曲げ、更にその約60 m下流で−3°曲げ戻すドッグレッグ部に電子ビームを通してアンジュレータまで導く(図1)。2本のビームラインの切り替えは、加速器終端で電子ビームを0°(BL3方向)または水平方向に+3°(BL2方向)偏向することにより行う。ちなみに−3°方向へビームを曲げると、SPring-8蓄積リングにつながるXSBTへ電子ビームを導くことができる(図1)。
BL2下流の実験棟には、BL3と同様、結晶分光器や1 µm集光系などの光学系が設置されている。BL2はXFEL利用研究の重要ターゲットの1つである生物科学分野の利用を主に想定しているが、XFELと現在整備中の500 TWレーザーを組み合わせた実験なども行えるようになる。
3. マルチビームライン運転
電子ビームをバンチ毎にBL2とBL3へ振り分けるためには、SACLAの電子ビーム最大繰り返しである60 Hzで電子ビーム軌道を切り替える必要がある。軌道の切り替えは、まず線型加速器終端に設置したキッカー電磁石を使って、0°(BL3方向)または±0.5°(BL2およびXSBT方向)の3方向へ電子バンチを60 Hzで偏向させる。その後±0.5°軌道が偏向された電子バンチは、キッカー電磁石の約5 m下流にあるDCセプタム電磁石で更に±2.5°曲げられる。一方キッカー電磁石を直進した電子バンチは、DCセプタム電磁石の間を抜けてそのままBL3方向へ直進する(図1)。後述するCoherent Synchrotron Radiation(CSR)の影響を抑えるには、キッカー電磁石とDCセプタム電磁石の電子ビーム偏向角を同じにしてビーム光学系の対称性を保つ必要があったが、キッカー電磁石パルス電源に対する安定性の要求緩和を優先し、キッカー電磁石の偏向角をできるだけ小さくしたため、非対称な光学系となっている。
BL2とBL3を使ったマルチビームライン運転試験は、2015年1月より開始した。SACLAは現在、パルス出力向上のため電子ビームのピーク電流が10 kA以上、バンチ長が20 fs(FWHM)以下と電子バンチを強く圧縮した状態で運転しており、ピーク電流に関しては設計値よりも3倍以上大きい。ここまで高いピーク電流でも加速器を安定に運転できているのは、加速器ハードウェアの安定化に向けた様々な努力の成果であり、またより短いレーザーパルス長は、特に時分割実験を行うユーザーに多大な恩恵をもたらしている。しかし一方、電子バンチを曲げた時に発生するCSRの影響という点で、電子ビーム輸送にとっては非常に厳しい条件となる。
マルチビームライン運転開始当初、通常のBL3シングルビームライン運転において500 µJ程度のパルス出力が得られているピーク電流10 kAの電子バンチをBL2へ通したところ、レーザー発振は得られたものの出力は30 µJ程度に留まり、パルス毎のレーザー出力も不安定であった。これはBL2上流にあるドッグレッグ部で電子バンチが3°曲げられる時に発生するCSRにより、電子バンチ自身の軌道やエネルギーがパルス毎に変化するためであることが判明した。
CSRによる影響を抑え、BL2のパルス出力を最大化するようにバンチ長やピーク電流などの最適化を行った結果、ピーク電流2 kA、バンチ長50 fs(FWHM)の時に、パルス出力100~200 µJの安定したレーザー発振を達成することができた。図3は繰り返し30 Hzで加速した電子バンチを、バンチ毎にBL2とBL3へ交互に振り分け、2本のビームラインで同時にレーザーを発振させた時のパルス出力をプロットしたものである。通常のBL3シングルビームライン運転と比べ、ピーク電流が小さいためパルス出力は約1/3になっているが、安定なレーザー発振が得られていることがわかる。BL2とBL3のレーザー波長は、アンジュレータを異なる磁場(K値)にセットすることにより、図3の場合、BL2では6.38 keV、BL3では10.07 keVのレーザーが得られている。
図3 マルチビームライン運転時のレーザー出力、(a) BL2、(b) BL3。赤点はパルス毎の出力、青線は15パルス平均をプロットしたもの。電子ビームエネルギーは7.8 GeV、アンジュレータK値はBL2が2.85、BL3が2.1。
発振波長が自由に選べる波長可変性は、従来のレーザーにはないFELの大きな長所である。アンジュレータ磁場による波長変更はその調整範囲が限られており、また磁場を小さくするとパルス出力が減少してしまう。このためXFELでは、大きく波長を変更する場合、電子ビームエネルギーを変えることで対応している。複数のユーザーが同時に利用するマルチビームライン運転においてもこの波長可変性を保つには、各ユーザー実験で使用するレーザー波長に合わせてビームライン毎に電子バンチのエネルギーを変えなければならない。SACLAでは電子線型加速器を用いて、電子ビームをバンチ毎に異なるビームエネルギーまで加速する手法をこれまで開発してきた[4][4] T. Hara et al.: Phys. Rev. ST Accel. Beams 16 (2013) 080701.。これをマルチビームライン運転に適用すれば、ビームライン毎に電子バンチのエネルギーを変え、より広い範囲で波長可変性を実現することが可能になる。図4は、線型加速器で30 Hzの電子バンチを交互に6.3 GeVと7.8 GeVまで加速した後、キッカー電磁石で低いビームエネルギーのバンチをBL2に、高いエネルギーのバンチをBL3へ振り分け、レーザー発振させた時のレーザー光のスペクトルである。BL2では電子ビームエネルギーを下げたことにより4.08 keVのレーザーが得られ、図3の場合よりもより広い範囲で2本のビームラインのレーザー波長が独立に調整可能であることがわかる。
図4 マルチビームライン運転時のレーザースペクトル、(a) BL2、(b) BL3。スペクトルは結晶分光器で測定、1測定点は100パルス平均。電子ビームエネルギーはBL2が6.3 GeV、BL3が7.8 GeV。アンジュレータK値はBL2が2.85、BL3が2.1。
4. 今後の展望と課題
SACLAで2本目のビームラインとなるBL2は、2015年4月より既にユーザー実験で利用されている。ただマルチビームライン運転については、現状ピーク電流を抑えて運転しなければならないため、ユーザー実験への適用はまだ開始していない。BL3で得られているSACLA通常運転時のレーザー性能を、マルチビームライン運転においても得られるよう、ドッグレッグ部の電子ビーム光学系の改造を2017年1月に行う。新しいビーム光学系は、キッカー電磁石とDCセプタム電磁石の偏向角を同じ1.5°にすることにより対称性を回復し、CSRの影響をキャンセルする。この改造により高ピーク電流時のレーザー安定性を回復し、より高いパルス出力でマルチビームライン運転を本格的に開始する予定である。
参考文献
[1] T. Ishikawa et al.: Nat. Photon. 6 (2012) 540-544.
[2] T. Shintake et al.: Nat. Photon. 2 (2008) 555-559.
[3] T. Hara et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 19 (2016) 020703.
[4] T. Hara et al.: Phys. Rev. ST Accel. Beams 16 (2013) 080701.
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