Volume 20, No.4 Pages 357 - 360
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第2回大型実験施設とスーパーコンピュータとの連携利用シンポジウム -ソフトマター科学を中心として- 報告
Report of The 2nd Symposium on Complementary Use of Large Experimental Facilities and Super Computers for Soft Matter Science
1. はじめに
(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)、(一財)総合科学研究機構(CROSS)及び(一財)高度情報科学技術研究機構(RIST)は、特定先端大型研究施設(SPring-8、SACLA、J-PARC/MLF、スーパーコンピュータ「京」)の登録施設利用促進機関(登録機関)として、当該特定先端大型研究施設の利用促進業務を実施している。上記3つの登録機関はそれぞれの施設における利用研究成果の更なる質的・量的向上を図るため、施設のより効果的・効率的利用の促進を目的に平成24年度に連携協力協定を締結した。今回開催されたシンポジウムは、本連携事業の一環として開催された、SPring-8及びJ-PARC/MLFなどの大型実験施設と「京」などのスパコンの連携利用の促進に向けた一連のシンポジウムの一つである。
登録機関の利用促進業務は利用者選定業務と利用支援業務に大別されるが、大型の実験施設であるSPring-8やJ-PARC/MLFにおける利用支援は、利用研究の実績のある物性・材料研究者やバイオ研究者などが利用支援を行う体制となっているため、このようなことを調べたいという利用者に対し有効な支援が可能である。一方、スパコン「京」における利用支援は、利用者のプログラムソフトをスパコンの効率的利用に適したように調整するなど、計算技術の側面の支援に限られており、また、大型実験施設の利用者の多くは、スパコン「京」などを使った大規模な計算科学にあまり馴染みがないため、大型実験施設とスパコンとの連携利用が大きく進まない要因となっていた。この様な状況を打開すべく、RISTでは、スパコン「京」を中核とするHPCI(革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ)における物質科学分野の利用研究者集団であるCMSI(計算物質科学イニシアティブ)と連携し、計算科学と計算技術についての支援ができる体制を整備した。その上で、昨年9月にRIST、CMSIの共催、JASRI、CROSSの協賛の形で「第1回「京」と大型実験施設との連携利用シンポジウム」が東京の秋葉原にて開催された。
また、大型実験施設とスパコンとの連携利用の推進には、大型実験施設の利用支援者が利用者に対し、その連携利用が利用者の研究開発における成果の質的・量的向上を図るためには、極めて重要であることを説明していくことが効果的である。このため、主に大型実験施設の利用支援者を対象とする計算科学勉強会が、今年2月に大阪の中之島にて開催された。これらの開催を踏まえ、平成27年9月2日にJASRI、CROSS、RIST、CMSIの共催の下、「第2回大型実験施設とスーパーコンピュータとの連携利用シンポジウム」がソフトマター科学に焦点を合わせ、東京の秋葉原UDX会議室で開催された。参加者は企業、大学、国立研究開発法人、上記登録機関、及びCMSIの関係者など合計126名であった。
本シンポジウムでは、大型実験施設とスーパーコンピュータとの連携利用に関する講演のセッションと「連携利用推進への課題」についてのパネルディスカッションが行われた。この他、副会場において、1)物質科学計算パッケージソフト“MateriApps LIVE!”の講習会、2)物質材料計算ソフトウェアの紹介展示、各施設利用方法の案内ポスター展示、などが行われた。
2. 講演のセッション
このセッションでは、ソフトマター科学などにおける連携利用の事例や連携利用を見据えた実験側/計算側からの研究について、6件の興味深い講演が行われた(写真1)。
写真1 講演セッション
連携利用の事例として、「大規模並列分子動力学(MD)シミュレーションによるフェノール樹脂の構造・物性相関の解明」(首藤靖幸、住友ベークライト)及び「大規模粗視化MDシミュレーションを用いた次世代高機能ポリマー材料の開発」(冨永哲雄、JSR)の講演が行われた。前者では、SPring-8による小角X線散乱実験より明らかにしたフェノール樹脂の構造不均一性を再現可能な、スパコンを用いる大規模MDシミュレーションによる大規模架橋構造構築法を検討し、得られた架橋構造の妥当性の検証と機械特性などの物性評価を実施した。また、中性子準弾性散乱法と全原子MDシミュレーションの相補利用によりフェノール樹脂の溶媒膨潤メカニズムの解析が可能であることを示した。一方、後者では、末端をフィラー(シリカ粒子)に結合したスチレンブタジエンゴム(SBR)と結合していないSBRについてSPring-8を用いる極小角散乱/小角散乱測定と逆モンテカルロ計算(RMC)解析によりシリカ配合ゴムモデルを構築し、これを用いたスパコン「京」の大規模粗視化シミュレーションによりゴムの機械特性(応力-歪曲線)を評価した。これにより、次世代高機能タイヤ用ゴム材料開発には大型実験施設による構造解析とスパコンによる物性解析が不可欠であるとの見解を示した。
次に、連携利用を見据えた実験側、計算側の研究として、実験側からは「量子ビームによるゴム状高分子のダイナミクス」(金谷利治、J-PARCセンター)の講演が、計算側からは「異なる構造をもつ熱可塑性エラストマー混合物のミクロ相分離構造と力学物性の関係」(本田隆、日本ゼオン)、「マルチスケール物質科学のソフトマターへの適用 -コロイド分散系をモデルとした実験・計算連携によるダイナミクスの理解-」(寺田弥生、東北大学)、「モンテカルロ探索による散乱関数からの逆問題的構造決定への挑戦」(萩田克美、防衛大学校)の計3件の講演が行われた。上記実験側からの講演では、ガラス形成高分子の中性子などを用いる実験研究から典型的な運動モードが明らかになってきており、これらの情報についての空間スケール依存性やその動的転移の意味を明らかにするためには計算科学との連携が重要であることが説明された。また、計算側からの講演では、1)複数種のスチレンとイソプレンのブロックポリマーの混合物は複雑な相分離構造を持つことが、SPring-8による実験と計算で確認され、粗視化MDシミュレーションによりその機械特性(応力-歪曲線)の情報が得られること、2)移流集積法によるコロイド一層膜の結晶化実験の数値実験モデルを構築し、実験で観測される結晶領域における初期不純物濃度からの低下を数値実験で再現できること、3)ソフトマテリアルへの逆モンテカルロ法(RMC)の適用における現状と問題点、SPring-8小角散乱データへのRMC適用例題における構造推定の現状、大型実験施設などにおける実験データのRMCによる構造推定の発展に向けた課題、スパコンは現象を説明する武器であるが、限界もあり、実験データを把握しつつ現象の説明や解析ができる人材育成が重要であることなどが示された。
3. パネルディスカッション -連携利用推進への課題-
本パネルディスカッションでは、増渕雄一名古屋大学教授による司会の下、パネラー(シンポジウムの講演者)があらかじめ設定された議論項目について、意見を述べ、討議するという形で行われた(写真2)。主な議論を以下に示す。
写真2 パネルディスカッション
(1)実験と計算の連携とは?
・材料特性の発現機構を実験的に検証困難な分子レベルで調べる。
・大型実験施設で得た構造をスパコンの計算に活かす。
・実験で見えない成分の分布や揺らぎを計算により補足する。
・実験で見えないダイナミクスを取り出す。
・複雑な実験に対し、計算により系の本質を取り出す。
・データレベルでの連携が必要である。
(2)実験と計算の連携のカギは?
・現状では計算の時間/空間スケールが実験に比べ小さく、近づける必要がある。
・計算に対して時間/空間スケールを限定し、計算できる量を明確にすることが初期の連携としては重要である。
・今後は巨大なデータの扱いが問題である。
・計算モデル設定に関して、計算側は実験の詳細を知るため、実験側とフランクな意見交換を行うことが有益である。
・連携の成熟には時間が必要であり、課題の難易度を把握し、適切なロードマップの下に研究を進めることが重要である。
・真の理解を目指す地道な努力が重要である。
(3)大型施設の利点・問題点は?
・大型実験施設は市販の実験室レベルの装置では得られない情報が得られ、整備状態も良く利用しやすい。スパコンは大規模計算に関する科学の基礎が構築できるが、実験研究者のための標準ソフトの整備などの利用環境整備が遅れている。
・スパコンではこれまで不可能であった大規模計算などが可能となったが、プログラムができる物質研究者などの育成が課題である。
・専門家の育成や大規模データの受け入れなどにコストがかかる。
(4)連携に向けた課題は?
・連携に必要な人材育成の機会創出、講演会による連携事例の紹介や事例のデータベース化、実験側/計算側の相互交流の機会設定などが必要である。
・スパコン施設における標準ソフトの整備、大型実験施設における簡単なモデリングや散乱関数の計算が可能な支援システム及びデータ解析支援体制の構築。
・実験科学研究者と計算科学研究者の相互理解が必要であり、目的や対象物を限定したワークショップの開催や個々の研究者が興味をもつテーマの研究を連携して行うことに加え、計算実験にかかわらず幅広い物質科学の素養をもつ人材育成も重要である。
・実験科学研究者が簡単な計算をやってみることや計算科学研究者には実験科学研究者に意味のある量を出す腕が必要である。
・地道な研究/取り組みを評価できる、他分野の若手研究者を引き付ける環境・雰囲気の醸成が必要である。
4. おわりに
世界最先端の大型放射光施設であるSPring-8と世界最高レベルの中性子線施設であるJ-PARC/MLFは、我が国を代表する物質・生命科学における構造や性質を解析する極めて強力かつ相補的なツールである。また、スパコン「京」は極めて高い計算能力を有する我が国の誇る世界有数の計算科学のツールであり、実験科学と計算科学との連携により実験できない条件下、極めて多様な条件下などでの性質・挙動などをシミュレーションできるなど、極めて有用な知見を得ることを可能とする。このため、大型実験施設とスパコン「京」との連携は学術・科学技術及び産業基盤技術の発展にとって極めて重要である。特に産業界では施設連携利用により、イノベーションにつながる製品開発に生かされる例も出てきており、今後の連携利用促進に注目したい。
大型実験施設とスーパーコンピュータとの連携利用シンポジウムは今回で2回目となったが、回を重ね参加する実験科学研究者と計算科学研究者との議論が深化してきている。このシリーズのシンポジウムは次年度も継続することとなっているが、一層幅広い実験科学研究者及び計算科学研究者の参加により、施設連携利用が活発となり、我が国における学術・科学技術研究及び産業基盤技術の飛躍的発展につながることを期待したい。
(公財)高輝度光科学研究センター 研究顧問
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