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Volume 20, No.1 Pages 17 - 25

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

平成21年度指定パワーユーザー活動報告(1)
単結晶高分解能電子密度分布解析による精密構造物性研究
Study of Precision Structural Material Physics by a High-resolution Electron Density Distribution Analysis using a Single Crystal

澤 博 SAWA Hiroshi

名古屋大学大学院 工学研究科 Graduate School of Engineering, Nagoya University

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SPring-8

 

(1)

指定時PU課題番号/ビームライン 2009A0083/BL02B1
PU氏名(所属) 澤 博(名古屋大学)
研究テーマ 単結晶高分解能電子密度分布解析による精密構造物性研究
装置整備 大型湾曲IPカメラの整備
利用研究支援 当該装置を用いた共同利用研究の支援
利用期 09A 09B 10A 10B 11A 11B 12A 12B 13A 13B 合計
PU課題実施シフト数 48 54 48 54 51 33 48 54 45 39 474
支援課題数 1 4 2 0 0 1 1 1 0 0 10

 

 

(2)PU活動概要
 本計画は、超伝導・巨大磁気抵抗・金属絶縁体転移などの興味深い物性を示す超伝導体・強相関系酸化物・分子性結晶・誘電体材料・熱電変換材料などの幅広い物質群を対象として、これらの物性の起源となる電荷秩序・軌道秩序などの電子系と、非調和熱振動に代表される格子系の情報を物性の起源を解明しうる精度をもって同時に観測することで、BL02B1の大型湾曲IPカメラでしか成し得ない新たな構造物性研究の分野の創生を目標として、必要な精度に到達するためのデータ測定・処理・解析法の高度化、試料の物性発現に必要な温度などの外場を制御するアクセサリの整備をBL担当者と協力して行ってきた。本計画の研究進展の状況と成果を、物理・化学・材料科学分野の国内・国外の多数の学会・研究会で発信し、科学研究費補助金の特定領域研究、新学術研究の計画班メンバーとして多くの共同研究を手がけ、SPring-8 BL02B1を利用した新たな構造物性研究を幅広く展開した。これらの成果について簡単に報告する。

① PU利用研究課題について
 本PU課題は、実施開始年度の直前に共用施設として設置された新しい回折計を立ち上げることから始まった。このビームラインは、SPring-8の最も初期から稼働が始まったため、光学コンポーネントなどの状態を確認するため、単色化されたX線の安定性、エネルギー分解能などを定期的に観測することから始めた。この結果、最初の2年間近くは多くの不具合が見つかり、JASRIによって光学コンポーネントの交換などの対処の結果、現状では安定した光を得ることができている。
 一方、同様にSPring-8仕様の特注のイメージングプレート(以下、IP)回折計にも多くの不具合が見つかった。特に、放射光ならではの広い強度ダイナミックレンジをカバーするための仕組みには、本質的な不具合が内在していることがわかり、JASRIの協力を経て最適な解析とするデータ処理のためにさらなる装置改造を施した。このデータを解析するためのソフトウェアの開発なども必要となった。後述するが、この装置改造およびソフトウェアの開発を独自に検証した結果、現状広く使われているメーカー提供の画像処理ソフトウェアには、いくつもの欠陥が存在していることが明らかとなった。このことが、長い期間にわたって超精密電子密度解析の再現性が取れなかった原因であり、今後のこの分野への重要な知見を得られるであろうことがわかった。
 本計画では無機・有機を問わず、様々な物質群を対象とした構造物性研究を展開し、超精密解析以外にも多岐にわたる成果が上がった。以下では、(1)3d軌道電子の観測に関わるもの、(2)分子性導体の精密構造解析に関わるもの、(3)Li@C60の分子構造決定に関するもの、(4)ヤンテラー歪みを生じない銅酸化物の発見に関するもの、(5)新しい蛍光体の開発に関するもの、(6)誘電性結晶の電場効果、(7)超伝導体に関わるもの、の7つに分けて説明を行う。

(1)ペロブスカイト型RTiO3におけるTi3+:3d軌道電子の観測
 新しい回折実験手法を提唱するためには、まず標準的な物質について検証してその精度を議論する必要がある。そこで、遷移金属3d電子の軌道状態の直接観測を試みた。マンガン酸化物に代表される巨大磁気抵抗効果のように、伝導性・磁性の源である3d電子が生み出す物性が、その軌道状態に大きく依存することは周知の事実である。本研究では、単なる装置/手法の検証以上の成果が得られることが期待される。ここでは、多くの理論・実験的研究が行われており、3d軌道状態に関する多くの蓄積があるペロブスカイト型チタン酸化物RTiO3R:希土類)を対象として取り上げた。ペロブスカイト型チタン酸化物RTiO3は、Rの種類によって低温で強磁性もしくは反強磁性が現れるが、電子相関によって局在したTi3+の1つの3d電子の軌道状態が重要なパラメータであることが提唱されている。強磁性を示す物質と反強磁性を示す物質において、Ti 3d電子の微小な軌道状態の差を検出できる高い精度で実験と解析ができれば、この問題に対して直接的な結論を提示できると期待される。
 測定データの逆フーリエ変換による電子密度分布解析ではフーリエ打ち切りの効果のため、電子密度分布の正確な再現は不可能であり、また、原理的に全電子密度分布の再現しかできないことから、3d電子1個の空間分布に関する情報を引き出すのは困難である。一方、3d電子密度の空間分布を再現する手法として多極子展開法があるが、フィッティングパラメータが多いために偽の局所解に落ち込みやすく、正確な解析は極めて困難である。本研究ではマキシマムエントロピー法(以下、MEM)と多極子展開を組み合わせた新手法を提案した。MEMを用いて再現した全電子密度分布の情報から、多極子展開によるフィッティングパラメータの少ない閉殻電子の項のみを取り出し差し引くことにより、バイアスの少ない価電子密度分布を得ることができる。ただし、データ推定の手法であるMEMを用いていることから、高統計精度・高分解能のデータ収集と高度なデータ処理が必要となり、得られた電子密度分布を解析解と比較検討し、データの正当性を検証する必要がある。
 高統計な測定のために、消衰および吸収効果の小さい微小結晶を用いた。さらに、集光によって引き起こされるエネルギー分解能の悪化が高精度な電子密度分布解析を行う上で致命的な問題となることを明らかにし、光学素子の特性と調整方法を詳細に検討し、光学パラメータの最適化を行った。また超精密解析には高角領域までS/N比の高いBragg反射強度の観測が必須であることから、試行錯誤の結果、試料サイズは40 µm角程度が最適であり、d > 0.25 Å領域で十分な統計精度をもつデータの収集に成功した。
 得られたデータに対してIPのフェーディング効果や斜入射効果などの各種データ補正を行った後、3d電子の空間分布を可視化することに成功した(図1)。また、3d電子の分布を、t2g軌道の線形結合として表すことで、各軌道の寄与を表す量子パラメータの抽出にも成功した。一方、得られた高精度の結晶構造パラメータを基に、波動関数を解析的に導出した結果、実験解とほぼ同一の波動関数が得られた。以上の結果については、日本物理学会第65回年次大会(2010年3月:岡山市)をはじめとした多くの口頭発表を行っており、現在論文執筆中である。

 

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図1 YTiO3のTi 3d電子密度分布

 

 

(2)分子性導体の精密構造解析
 凝縮系の物質としても注目されているのは分子性結晶であり、様々な分野でその将来性が謳われているため、その電子状態を精密に解析する試みも行った。分子性結晶の無機系物質との大きな違いとして、フロンティア軌道の空間的な広がりがあげられる。このため、分子性結晶における電子相関は弱く、局所的な対称性が系の物性を大きく左右する。近年では、к-(ET)2Cu2(CN)3, EtMe3Sb[Pd(dmit)2]2など幾つかの系で量子スピン液体状態の発現が示唆されており、無機系結晶とは異なる格子条件・軌道状態が新奇電子物性の発現にどのような役割を果たしているかを明らかにすることは、量子スピン液体の物理の理解、機能性物質のデザインの方向性構築のために重要な知見を与える。本PU課題では、BEDT-TTFや[Pd(dmit)2]2系など、様々な格子条件をもつ複数の系を対象に精密構造解析を実施してきた。以下では特に顕著な成果が得られた電荷秩序を示す分子性導体について簡単に述べる。

− 分子性導体(TMTTF)2PF6の精密電子密度分布解析 −
 擬一次元有機導体(TMTCF)2X(C = S, Se; X = PF6, AsF6, SbF6)は、1980年に有機物で初めて超伝導が観測された系を含む、低温高圧下で多彩な電子相が現れる低次元物性物理学の重要な対象物質として精力的に研究が行われてきた。一連の系の中で、構造的な研究が様々な角度から最も多く行われてきた(TMTTF)2PF6に着目して測定を行った。この系は、250 Kで二量化にともなう金属−絶縁体転移を起こし、18 Kでスピンパイエルス転移を起こす。近年の誘電率測定、NMR測定により65 K以下での電荷秩序状態が報告されているものの、その小さな電荷移動量の直接的な決定は困難であった。(TMTTF)2PF6の電荷秩序状態を直接観測することを目標として単結晶電子密度解析を行った。分子性結晶において難しいのは、分子に帰属する電子が空間的にどの範囲を占めているかを判断することである。我々は解析の結果得られた電子密度分布のトポロジカル解析によって各原子の空間帰属を決定し(Atomic Basin)、TMTTF分子の電荷量を見積もった。その結果、Mott絶縁相で全て等しかったTMTTF分子の電荷量は、電荷秩序相では二量体内に0.12eの電荷移動が生じていることを定量的に求めた。さらに、この電荷密度分布が量子化学計算によるTMTTF分子のHOMOの分布と定性的に一致していることも明らかとなり、確かに精密解析が分子性結晶中の分子軌道を直接観測できる可能性を示唆している。

(3)Li@C60の分子構造決定
 C60の金属内包フラーレンM@C60は、M = La, Y, Baなどで合成の報告があるものの、トルエンなど通常のフラーレン溶媒に難溶であり純度を上げることが極めて難しいために、単離されたものはEr@C60などごく少数に限られていた。(株)イデアルスターを中心としたグループは、プラズマイオン照射により生成したLi@C60のSbCl6との錯塩の結晶化に世界で初めて成功した。この結晶の結晶構造解析により、Li@C60の分子構造を決定するために、単結晶回折データの測定を行った。解析の結果、フラーレンケージの複雑なディスオーダー構造と内包されたLiの複数の占有位置を精密に決定することに成功した(図2)。Li@C60は結晶内で+1価の陽イオンのように振る舞っていることがわかった。このことはLi@C60が電気的に活性であることを示しており、外場に応答することが期待される。実際、PF6塩に電場をかけることで、Li+イオンがその位置が変化することを直接観測することに成功した。

 

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図2 Li@C60の電子密度

 

 

(4)低温までヤンテラー歪みを起こさない銅酸化物の発見
 溶液中の孤立遷移金属イオンのように、熱的な揺らぎが相互作用の異方性に打ち勝つ場合には電子軌道の自由度は縮退し球状を保つ。しかし、結晶中では強いCoulombエネルギーの異方性による自発的対称性の破れが縮退を解き結合を作るため、軌道の自由度は維持できない。一方、スピン系において反強磁性的相互作用に幾何学的自己矛盾がある場合には、エネルギー最少の秩序状態を妨げる液体状態が実現し、現在の物性物理学の大きな研究テーマとなっている。「結晶場」に応答する電子軌道の自由度は、ノイマンの原理に基づく物性の異方性と結晶点群の関係、外場応答の際の系の次元性を記述する重要な項目である。結晶中の軌道自由度が低温まで固化しない状態(軌道液体状態)は、90年代に理論的に予測された。いくつかの遷移金属酸化物において、実現の可能性が実験的に指摘はされたが、未だ確立していない。こうした状況の中で、我々は銅酸化物6H-Ba3CuSb2O9において、Cu2+の量子スピン液体の実現が短距離秩序をもつハニカム状格子で生じていることを明らかにした。さらに、ヤンテラー活性なCuによる軌道秩序をともなう格子歪みが最低温まで抑制された成分が含まれており、3つの異なる量子化軸をもつ軌道状態が量子的に絡み合って安定化する「軌道液体状態」が実現している可能性を指摘した[13][13] SPring-8 publication ID = 24534
S. Nakatsuji1 et al.: "Spin-Orbital Short-Range Order on a Honeycomb-Based Lattice" Science 336 (2012) 559-563.
(図3)。

 

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図3 ハニカム格子を示す散漫散乱(左)と、スピン-軌道液体を説明する模式図(右)

 

 

(5)発光ダイオード(LED)照明に使う新しい蛍光体CL_MSの開発
 企業との共同研究として、応用を見据えた基礎物性研究の例をあげる。現存の白色LEDは、青色チップと青色光を黄色光に変換する黄色蛍光体(YAG蛍光体)((Y,Gd)3(Al,Ga)5O12:Ce3+)との組み合わせにより実現している。しかし、(1)不快な眩しさを与えやすい、(2)各白色LEDの発光色がバラつく、(3)蛍光体の価格が高い、などの問題点があり、これらを改良した新しい蛍光体の開発が求められている。このような問題点に立脚して、小糸製作所および東工大の細野研究室と協力して紫色光を黄色光に変換可能な新しい蛍光体CL_MSの開発を行った。この系は、安価な原材料から合成可能であり、励起発光スペクトルの幅が広いため発色の再現性に優れていること、内部量子効率は90%以上と非常に高い値を示す、湿度の変化に強いなど多くの優れた特長を有している。中でも最大の特徴は青色蛍光体と混合したとき、青色蛍光の再変換による色ずれが起きない点であり、市販品では実現しない安定した発光色を実現できる。本課題で明らかになった構造情報を元に、密度汎関数を用いて発光サイトの解析を行った結果、CL_MS蛍光体の大きな層状結晶による歪みが重要な役割を果たしていることが明らかになった。

(6)誘電体結晶の電場印加下の静的・動的構造計測
 誘電体に外部から電場を印加するとマクロに伸縮・変形する。これは逆圧電効果と呼ばれており、センサーやアクチュエータなどの圧電素子に幅広く応用されている。これらの素子には主としてチタン酸鉛とジルコン酸鉛の固溶体であるPZT強誘電性セラミックスが用いられているが、鉛は有害であることから速やかな代替物質への置き替えが望まれている。最近では、強誘電性セラミックスだけでなく、強誘電性単結晶中に形成される分域構造を制御することにより高い圧電性を有する物質の開発も行われるようになってきた。しかし、電場が印加されたときに発生するマクロな歪みがどのようなミクロな歪みに起因するか、さらには歪みが電場印加の瞬間からどのようなタイムスケールで応答するかに関しては、実験的にはほとんど明らかにされておらず、新規材料開発の妨げとなっている。このような機構を明らかにするために、電場誘起の格子歪みが、10−3~10−5と極めて小さい構造変化について、電場を印加しながら静的・動的な構造計測をBL02B1で行った。具体的には、(a)静電場印加構造計測、および(b)高繰り返しシングルバンチ切り出しチョッパーを用いた電場を印加した強誘電体結晶の時分割構造計測に取り組み、これらを用いた研究および支援活動を行った。このような構造解析の手法が確立されれば、誘電・圧電材料に限らず、外場応答する物質の機能と結晶構造を一対一で対応するという実験研究分野が開拓できると期待している。さらに、動作している電子デバイス内部の材料の挙動を非破壊で構造評価できるようになるため、実用材料開発や故障解析の観点において、産業界への波及効果も高いと考えられる。
 以下、PU課題の中で実施した研究成果と支援課題の中で共同研究の形で実施した研究成果についてその内容を示す。

(a)強誘電体結晶の静電場印加構造計測
 近年、強誘電体材料の圧電性を向上する試みとして、自発分極とは異なる方向への分極処理による効果が盛んに研究されている。従来、外部電場による強誘電体の物性変化の研究は電気計測に頼るものが大きかった。しかし、どのような機構で優れた圧電特性が生じるかを明らかにし、圧電材料の設計指針を確立するには、①電場による自発分極の回転や分域壁の応答、②電場による本質的な格子歪み、電場誘起相転移による格子変形の有無などを明らかにし、これらが材料全体の圧電性に対してそれぞれどの程度の寄与をもつかを明らかにすることが必要である。そのため、電極を塗布した単結晶平板試料を用い、電場を印加しながら放射光X線回折スポットを観測し、分域や格子定数の電場依存を調べた。研究対象は、鉛系の材料であるPZN-PT単結晶(25880:SPring-8研究成果番号、以下同様)、鉛系の代替材料として期待される(Bi0.5Na0.5)TiO3単結晶(26173、23988、23986、23985)とそのBaTiO3との固溶体(25882、23989)などである。振動写真法によって数百個の回折スポット位置を大型イメージングプレート測定し、強誘電分域(結晶学的には双晶構造)の存在比や各分域の格子定数を決定することにより、マクロな歪みがどのようなミクロな歪みによって発生するかを決定することに成功した。特に、図4に示すような(Bi0.5Na0.5)TiO3の非180°分極回転について、放射光実験と第一原理計算に基づいて議論した論文(26173)は、Physical Review BのEditors' Suggestionに選定され、高い評価を受けた。

 

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図4 静電場印加実験により明らかになった(Ba0.5Na0.5)TiO3の分極回転機構(26173より引用)。

 

 

(b)電場を印加した強誘電体結晶の時分割構造計測
 SPring-8から発生する放射光のパルス性を利用すれば、原理的には数10 psecオーダーの時間分解能の測定が可能である。これにチョッパーを組み合わせ、周期的な外場を与えられた結晶のある瞬間の現象を繰り返し露光することにより、ベンディングマグネットビームラインであるBL02B1であっても十分な回折強度の時間分解計測が可能であると考え、まずリングのパルスと非同期でX線チョッパーを稼働し、マイクロ秒オーダーの時間分解測定に取り組んだ。
 4 µsecの時間分解能で測定できるよう上流にX線チョッパーを設置した。強誘電体BaTiO3単結晶(正方晶系)の分極方向であるc軸に平行に600 Hzで交番する矩形電場を印加した。この電場により、BaTiO3中の自発分極は600 Hzで180°反転を繰り返すので、その半周期(約1,600 µsec)中に起こる現象を調べた。その結果、図5に示すように、分極反転の後、結晶格子は電場の無機に大きく引き伸ばされるように歪み、さらにその後、圧電振動が起こり、バネのように伸縮を繰り返しながら一定のサイズに収束することがわかった。このような瞬間的な結晶格子の10−4 Åオーダーの変形を、マイクロ秒の時間分解能で観測することに成功した。本研究の成果は、Japanese Journal Applied Physicsに掲載され、JJAPの10月期・11月期の2ヶ月連続でTop 20 Most Downloaded Articlesになるとともに、JJAP編集委員会が推薦する2011年の注目論文 “Spotlights” に選出された。2012年には、第34回(2012年度)応用物理学会優秀論文賞が、2011年にJJAPに投稿された論文の内で唯一授与された。

 

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図5 時分割構造計測により明らかになったBaTiO3の圧電振動時の格子歪み。

 

 

 これまで、このような時分割構造計測は、薄膜やセラミックス試料を用いたものが主流で、試料中の基板や粒界の影響を含む現象を観測していた。単結晶試料を用いたマイクロ秒レベルでの時分割回折実験の手法を確立したことによって、基板などの影響を受けない圧電体本来の性質を測定できるようになった。この研究の後、SPring-8の能力を最大限に生かした数10 psecオーダーの時間分解能の計測にも取り組んでいる。

(7)新奇鉄系超伝導の探索・構造解析
 本申請課題の開始とほぼ時を同じくして、東工大の細野氏らによって鉄をベースとした最高転移温度56 Kの超伝導体が発見され、物性物理分野に大きな衝撃を与えた。鉄系超伝導体には、BaFe2As2に代表される122型や、LaFeAsOに代表される1111型など多彩な構造が存在する。共通してFe2As2層間には、BaイオンやLaOなどの絶縁層がスペーサーとして挿入されているという特徴があり、新たなスペーサーの開発から超伝導転移温度TCを向上させようという取り組みが行われている。本研究では、ヒ素が4p3電子状態に由来した多彩なネットワーク構造を形成することに着目し、ヒ素のネットワーク構造を利用した新超伝導体の探索・構造物性研究に着手した。以下の成果は岡山大学の野原研究室との共同研究である。
 まず、Ca-Fe-Pt-As四元系超伝導体の構造解析を行った。この超伝導体は、Ptのドープ量の違いによって転移温度が13 Kから最高で38 Kに達する。本研究では、Pt量に依存してTCが大きく変動する超伝導体の構造を明らかにするため、SPring-8での単結晶および粉末X線回折実験を行った。TCが異なる2つの試料について、構造同定を行った。この結果、この系には、TCが38 Kの試料(α相)、13 Kの試料(β相)の二つの相が存在することが明らかとなり、いずれもFe2As2層の間に2枚のCa層とPtnAs8層が挿入された構造をもつことを明らかにした(図6)。α相,β相ともに結晶系はTriclinic、空間群はP1だった。α相の化学組成は、Ca10(Pt4As8)(Fe2-xPtxAs2)5(x~0.36)で、β相では1/4のPtが周期的に欠損しており(n = 3)、化学組成は、Ca10(Pt3As8)(Fe2-xPtxAs2)5(x~0.16)となる。共有結合性の強いPtnAs8層は高い電気伝導性を示すことが考えられ、これは従来の鉄系超伝導体のスペーサーにはなかった特徴である。この研究成果は、J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 093704に掲載され、Editors' Choiceに選出された[7][7] SPring-8 publication ID = 20216
S. Kakiya et al.: "Superconductivity at 38 K in the iron-based compound with platinum-arsenide layers Ca10(Pt4As8)(Fe2-xPtxAs2)5" Journal of the Physical Society of Japan 80 (2011) 093704.

 

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図6 Ca-Pt-Fe-As系超伝導体の結晶構造

 

 

 同様の構造をもつCa-Fe-Ir-As四元系超伝導体の構造についても2013A期に明らかにすることに成功した。Pt系との最大の違いはIrが5d7の電子状態に由来した自由度を有している点である。第一原理計算からは層間のスペーサー層が電気伝導に寄与する新しいタイプの鉄系超伝導が実現していることが明らかになった。また、層間には平面四配位のIrAs4面が存在し、これは無機系における初めての報告である。構造解析結果を含めた新超伝導の報告は、Scientific Reports 3 (2013) 3101-1-5に掲載された。
 上記二物質は層間に2価をもつヒ素のダイマーを有している。ヒ素の価数を1価にすることができれば、ダイマーによる一次元鎖を形成した新しいスペーサーを用いた物質設計指針に基づき、112型鉄系超伝導体Ca1-xLaxFeAs2を発見した。FeAs層の層間では確かに1価のAsによるジグザグ鎖が存在する新鉄系超伝導体の実現を見出した(図7)。MEM電子密度解析を行い、Asダイマーの結合電子の可視化によりその電子状態を確認した。鉄系超伝導体の転移温度記録をもつLaFeAsO系とよく似たフェルミ面を持ち、実際に高い超伝導転移温度を有すること、さらにLa量が抑えられたことにより実用的な面でも重要な物質である[14][14] SPring-8 publication ID = 25322
N. Katayama et al.: "Superconductivity in Ca1-xLaxFeAs2: A Novel 112-Type Iron Pnictide with Arsenic Zigzag Bonds" Journal of the Physical Society of Japan 82 (2013) 123702.

 以上のように、しばらく停滞気味であった鉄系超伝導体の新物質が続々と発見され、BL02B1において構造同定が行われている。

 

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図7 Ca1-xLaxFeAs2の結晶構造

 

 

② 実験ステーション設備の開発および高度化について
 先に述べたように本課題を進めるにあたって、毎回のビームタイムにわたって放射光X線の評価のための測定を行い、同条件でのデータの蓄積を続けてきた。その方法として、①X線の強度と空間分布はピンホールスキャンによる入射光のプロファイルチェック、②実質的な強度は標準試料としてルビーとダイヤモンド単結晶の回折測定、③エネルギー分解能はCeO2粉末による測定である。この結果、毎回の測定データがどの程度の解析に耐えられるかといった指標となり、また装置、光学系の不具合、安定性などについて多くの知見を得ることができた。

Si(311)二結晶分光器のスタディ
 強度の強いX線を取り出すため、Si(111)分光結晶をサジタル集光して実験を行ってきたが、光結晶のアンチクラスティックベンドによるエネルギー分解能の悪化が精密構造解析を行う上で問題となっていた。集光に必要な分光結晶の曲率半径は分光結晶の傾斜角におよそ比例する。Si(311)の方がSi(111)に比べて分光結晶の曲率半径を2倍程度大きくできることから、Si(311)二結晶分光器をJASRIによって導入してもらい、このスタディを行った。その結果、エネルギー分解能が上がっただけでなく光学調整の再現性が大きく改善され、Si(111)で不可能な35 keV以上の高エネルギー光を利用できるようになった。

低温装置の完備
 電子物性を議論するためには試料を低温に保つ必要がある。このBLでは最初にヘリウムガス吹付装置を導入し室温以下20 Kまでの温度域の測定を可能とした。精密解析のためには、微弱ピークを高い統計精度で測定する上で空気散乱が障害となる。試料周りをHe置換するHeガスパージユニットをJASRIと共同開発してこの問題を解決した。現状では、低角領域で1/3以下の空気散乱の改善が観測されている。微弱な超格子反射や散漫散乱などの測定に威力を発揮すると期待される。次に、20 K以下での測定について多くの要望があることから、2011Aには極低温冷凍機をJASRI/理研とともに共同開発した。この結果、真空封止の窓材からの散乱を抑えながら最低到達温度7 Kまでの測定が可能となった。

電場印加下の静的・動的構造計測システムの整備
 BL02B1の汎用性を拡大するために、温度以外の実験条件、特に電場を印加しながらの静的・動的構造計測のための整備を行った。イメージングプレート固有の角度分解能は0.03°程度であるが、広い角度範囲の単結晶回折スポットを用いて最小自乗法を行うことにより、10−4~10−5程度の格子歪みの検出が可能であることがわかった。このような検討の結果、静電場を印加しながらの構造計測については通常の単結晶測定と同様に測定が可能となった。さらに、電場による微小な角度変化を検出するため、CCD検出器へのロングアームの取り付けを提案し、約0.01°の角度分解能の測定が可能となった。さらに、このような静電場下の構造計測を発展させ、JASRIと協力して回折計の上流にX線チョッパーを設置し、外部電場と同期した時分割構造計測システムの構築に取り組んだ。蓄積リングと非同期の計測では、マイクロ秒で強誘電体の格子歪みの時間変化の計測を行うことに成功し、挿入光源を用いないビームラインであっても十分に時分割構造計測が可能であることを示すことができた。今後BL02B1では、本格的な時間分解測定を行うだけでなく、さらに高輝度放射光を用いた測定準備のための測定も行うとよいと思われる。なお、バンチと同期した単結晶構造解析についても徐々に成果が得られつつあることを付け加えておく。

測定条件最適化シミュレーションの作成
 単結晶回折では反射強度を個別に測定することから、測定時間が大幅に必要となる。大型のIPを用いることで、1枚の2次元画像上に数百~数千の反射を記録することが可能であるが、画像処理によって各反射の強度を正確に見積もるためには、放射光の光の質に応じた処理が必要となり、実験室系と同様な測定では十分ではないことがわかった。そこで我々は、測定時間と観測強度数が最適になるシミュレーションを行って、精密解析に耐えるデータセットを得られるようなソフトウェアを開発した。まだまだ改良の余地はあるものの、当初より3~4割程度の時間短縮が可能となっている。

画像処理ソフトウェアの問題点および解決策
 本装置で得られたIP上の回折パターンは、広いダイナミックレンジに対応するために2本の光電子倍増管を用いて回折強度が読み出され、ローレンツ−偏光因子、斜入射補正、フェーディング補正などを経て2次元の強度データとする。本回折計はリガク製のRapid用のソフトウェアで処理が可能であり、現在も一般ユーザーはこれを用いている。回折X線強度は原子散乱因子の二乗から計算されるが、この原子散乱因子は原子の持つ電子数に比例すると考えてよい。従って、例えば原子の価数の変化は原子番号Zに対して1/Z2の強度の差を観測できればよい。我々は、広いダイナミックレンジ(106 カウント以上)の回折データを用いることで、ユニットセル内の総電子数に対して1/1000の精度で電子密度(e/Å3)を解析することを試行してきた。このような測定・解析は実験室系の装置で行うことが困難であり、放射光X線を扱う特殊事情である。我々は何度も精密解析のための測定を行ってきたが、つい最近まで解析の再現性がなかった。すなわち、測定時期、試料依存性、測定条件、波長などによって、電子密度の空間分布形状およびその値などが異なるという困難に遭遇した。本回折計では、2本の光電子倍増管から得られる生データを全てデジタル化し出力するように改造を行ってあるため、その解析データについて詳細に検討が可能となっている。現状で市販の画像処理ソフトウェアに不具合が見つかり、このために解析結果の再現性が得られないことがわかった。先に述べた、Tiの3d電子の可視化、分子性結晶の分子軌道分布の定量化などの解析は、現在全て新しいソフトウェアで解析を行いつつ、これらの再現性について検証している。

 以上のように、現状でもいくつかの問題点が残っているが、装置立上の観点からは十分な整備がなされて、多くの成果が排出可能なビームラインとなったのではないであろうか?今後、多くの共同利用研究が進むことを期待したい。


(3)成果リスト(査読有り論文)
 SPring-8利用研究成果登録データベースに登録済みで、PU課題番号が関連づけられた査読付き論文のみを掲載します。(その他、PUとして支援した一般課題の発表論文やポスター発表、受賞歴など多数の成果がありますが、掲載スペースの都合上割愛しています。)

 

[1]   SPring-8 publication ID = 19214
K. Sugimoto et al.: "Extremely High Resolution Single Crystal Diffractometory for Orbital Resolution using High Energy Synchrotron Radiation at SPring-8" AIP Conference Proceedings 1234 (2010) 887-890.

[2]   SPring-8 publication ID = 19466
S. Aoyagi et al.: "A layered ionic crystal of polar Li@C60 superatoms" Nature Chemistry 2 (2010) 678-683.

[3]   SPring-8 publication ID = 19467
S. Maki et al.: "Experimental charge density study of (DBr-DCNQI)2Cu for metallic phase by synchrotron X-ray diffraction" Physica B 405 (2010) S321-S323.

[4]   SPring-8 publication ID = 19468
G. Eguchi et al.: "Crystallographic and Superconducting Properties of the Fully Gapped Noncentrosymmetric 5d-electron Superconductors CaMSi3 (M = Ir, Pt)" Physical Review B 83 (2011) 024512.

[5]   SPring-8 publication ID = 19903
C. Moriyoshi et al.: "Synchrotron Radiation Study on Time-Resolved Tetragonal Lattice Strain of BaTiO3 under Electric Field" Japanese Journal of Applied Physics 50 (2011) 09NE05.

[6]   SPring-8 publication ID = 20215
G. Eguchi et al.: "Superconducting properties of noncentrosymmetric CaIrSi3" Physica C 470 (2010) S762-S763.

[7]   SPring-8 publication ID = 20216
S. Kakiya et al.: "Superconductivity at 38 K in the iron-based compound with platinum-arsenide layers Ca10(Pt4As8)(Fe2-xPtxAs2)5" Journal of the Physical Society of Japan 80 (2011) 093704.

[8]   SPring-8 publication ID = 21236
S. Aoyagi et al.: "Rock-Salt-Type Crystal of Thermally Contracted C60 with Encapsulated Lithium Cation" Angewandte Chemie International Edition 51 (2012) 3377-3381.

[9]   SPring-8 publication ID = 24529
K. Kimura et al.: "Quantum fluctuations in spin-ice-like Pr2Zr2O7" Nature Communications 4 (2013) 1934.

[10] SPring-8 publication ID = 24530
Y. Sado et al.: "Structure of Tm@C82(I) Metallofullerene by Single-Crystal X-ray Diffraction Using the 1:2 Co-Crystal with Octaethylporphyrin Nickel (Ni(OEP))" The Journal of Physical Chemistry C 117 (2013) 6437-6442.

[11] SPring-8 publication ID = 24531
M. Moriya et al.: "Molecular Ionics in Supramolecular Assemblies with Channel Structures Containing Lithium Ions" Chemistry - A European Journal 18 (2012) 15305-15309.

[12] SPring-8 publication ID = 24532
H. Daicho et al.: "A novel phosphor for glareless white light-emitting diodes" Nature Communications 3 (2012) 1132.

[13] SPring-8 publication ID = 24534
S. Nakatsuji1 et al.: "Spin-Orbital Short-Range Order on a Honeycomb-Based Lattice" Science 336 (2012) 559-563.

[14] SPring-8 publication ID = 25322
N. Katayama et al.: "Superconductivity in Ca1-xLaxFeAs2: A Novel 112-Type Iron Pnictide with Arsenic Zigzag Bonds" Journal of the Physical Society of Japan 82 (2013) 123702.

[15] SPring-8 publication ID = 25323
K. Kudo et al.: "Superconductivity in Ca10(Ir4As8)(Fe2As2)5 with Square-Planar Coordination of Iridium" Scientific Reports 3 (2013) 3101.

[16] SPring-8 publication ID = 27962
N. Katayama et al.: "Synchrotron X-ray Diffraction Study of Structural Phase Transition in Ca10(Ir4As8)(Fe2-xIrxAs2)5" Journal of the Physical Society of Japan 83 (2014) 113707.

[17] SPring-8 publication ID = 27963
T. Usui et al.: "Observation of quadrupole helix chirality and its domain structure in DyFe3(BO3)4" Nature Materials 13 (2014) 611-618.

 

 

 

澤 博 SAWA Hiroshi
名古屋大学大学院 工学研究科
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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