Volume 15, No.3 Pages 179 - 183
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第1回世界加速器会議(IPAC’10)報告
The report of IPAC’10 (The 1st International Particle Accelerator Conterence)
[1](財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI、[2](独)理化学研究所 播磨研究所 X線自由電子レーザー計画推進本部 XFEL Project Head Office, RIKEN
1.はじめに
2010年5月23日(日)から28日(金)まで、国立京都国際会館(写真1)において、記念すべき第1回目の世界加速器会議(IPAC’10, The 1st International Particle Accelerator Conference, http://ipac10.org)が開催された。この会議は、あらゆる分野の加速器に関わる研究者、技術者を一同に集めて、最先端の加速器科学に関する研究発表を行うことを目的としている。この中には、もちろん近年発表件数が飛躍的に増えている放射光、XFEL(X-Ray Free Electron Laser)などSPring-8が直接関係する分野もあるが、高エネルギー物理、原子核物理、天文学、生物、医学、産業などに関連する電子、陽子、重イオンなどのあらゆる分野の加速器が網羅されている。加速器の種類、目的は違っても共通するテーマもあり、垣根を越えた議論ができるのもこの国際会議の目的の1つである。
これまで、このような加速器関連の大きな国際会議としては、1965年にアメリカで始まったPAC(Particle Accelerator Conference。11カ国からの参加があったが、日本人の参加は1名のみ)と、1988年に欧州で始まったEPAC(European Particle Accelerator Conference。第1回の開催はイタリア)が、1年毎にそれぞれ交互に開催されてきた。日本からは、いつも国別の参加者数で上位にランクされるほど、多くの研究者が参加してきた。例えば、2008年にイタリアのジェノヴァで開かれたEPAC’08では、欧州の国を除くとアメリカに続いて2位の103人が参加している(アメリカは全体でも1位の194人、日本は6位である)。1998年からは、増大するアジアからの参加者に対応し、APAC(Asian Particle Accelerator Conference、第1回の開催はつくば)が開催されるようになったが、こちらはPAC、EPACの隙間を縫うように、3年毎の開催となっていた。これらの会議でも、SPring-8から、招待講演、一般口頭発表、ポスター発表等、多くの発表を行ってきた。
写真1 京都国際会館
このような状況の下、2007年、アルバカーキーで開催された国際加速器会議連合において、これら3つの会議を世界加速器会議として1つにまとめ、3地域の持ち回りとして毎年開催するという、日本を中心とした提案が認められ、2010年に第1回目となるIPAC’10の開催が決定された。当初は2010年に京都大学が中心となってAPAC’10を開催する予定であったが、代わりにIPAC’10が全日本の協力体制で開かれることとなったのである。高エネルギー加速器研究機構(KEK)の黒川国際組織委員長(後に、黒川名誉国際組織委員長となり、国際組織委員長はKEKの生出氏となった)、京都大学の野田プログラム委員長、京都大学(後に放射線医学総合研究所に移籍)の白井国内組織委員長を中心に国外、国内の体制が組織された。SPring-8からも、筆者らを含めたメンバーが国際組織委員会、プログラム委員会、国内組織委員会などに参加した。今回は裏方の目線を交えた会議の報告を行うことにする。
2.会議の幕開けまで
2008年6月3日に日本国内の主だった加速器施設の加速器責任者(SPring-8からも理研XFELおよびJASRIからの2名が出席)が東京に集まり、今後の進め方について議論が行われた。ここで決まった方針に沿って、会議の準備は2008年の夏頃から始まった。各々の詳細には触れないが、一番悩んだのは全ての準備に関係する参加者数の見積もりである。第1回目ということもあり、始めは皆目検討がつかなかった。直近のPAC’07の参加者は1350名、EPAC’08は約1100名である。これに対し、APAC’07の参加者は340名と少ない。IPAC’10では少なくともAPACに比べて大幅に増えるだろうと予想されたが、PACやEPACのレベルまでは増えないかもしれない。そこで、当初は参加者を最低600名程度と考え、それに基づいて、会議全体の必要経費より参加費の算出を行った。2009年5月にバンクーバーで行われたPAC’09で、思ったよりもIPAC’10に参加を希望する人が多いとの情報を得て参加者の見積もりを上方修正したが、1000名を超えるか超えないかであろうと考えていた。
蓋を開けてみると、講演申込は2009年12月の締切時点で2000件に迫る勢いであり、参加者人数も当初予想から大幅に増加すると思われた。会議の会場は当初から京都国際会館に決めていたので大きな問題は無かったが、予算調整、およびバンケット会場の手配、各種グッズ類の数量調整等に困難を極めた。予想を超える参加者数は、第1回目に対するご祝儀の面があるかもしれないが、加速器コミュニティへのアジアからの貢献度が高まってきている証拠と捕らえ、素直に歓迎したい。
実際の参加者は1244名にとどまり、講演申込件数から想定された人数よりも少なかったが、当初の見積もりを大幅に上回った。しかし、国内組織委員会の委員長でもある会計責任者の采配により、予算的には、ほぼ過不足なく運営することができた。参加者のアジア:欧州:アメリカの比率は2:2:1であり、アメリカでは、今後もIPACが自国で行われない年にはPACを開催することになっていることを考えると(実際に2011年はIPAC’11が9月にスペインで開かれるのとは別に、3月末にPAC’11がニューヨークで開催される)、国際会議としては理想的な割合になっている。最終的な発表件数は、招待講演が54、一般口頭発表が45、ポスターが1560であった。
写真2 口頭発表メインホール
3.口頭発表(放射光、XFEL、ERLなど)
SPring-8でも建設中の線型加速器ベースの次世代XFELについては、LCLSが昨年1.5 Åの発振に成功したことは記憶に新しい。これについては2009年に英国リバプールで開かれたFEL Conferenceで大きな話題となっており、今回は新たな話題にはならなかったが、SLACのJ. N. Galayda氏は、この発振についての概要を述べ、LCLSでは90 mで発振が飽和すると予想されていたものが実際には60 mで飽和したとの報告があった。DESYのFLASHは1.2 GeVへアップグレードして順調に実験中との報告があった。SPring-8のXFELについては、新竹氏から建設の概要、特にモジュレータの電源関係も含めて招待講演による詳細な報告があった。この他、シーディング方法について、SLACのG. Stupakov氏よりHGHG(High-Gain Harmonic Generation)、EEHG(Echo-Enabled Harmonic Generation)の原理の解説があり、また、HGHGをベースとしたElettraのFERMIのコミッショニングプランについて発表があった。
これらに対し、ERL(Energy Recovery Linac)については、コーネル大のF. Loehl氏から高輝度電子銃についてのレビューとコーネルERLの電子銃部の紹介があった。BudkerのN. A. Vinokurov氏からは、リサーキュレーションアークを複数もち、それぞれにFELを設置したNovosibirsk Free Electron Laserの紹介があった。また、Ben Zvi氏より超電導RF電子銃を用いたBNLのERLについての発表があった。これは、リサーキュレーションアークの片方を可動式にして位相の調整ができるようにした珍しい構造である。超電導RF空胴については、RF電子銃に限らず、欧州XFELを代表格として様々な発表があった。
放射光リングについては、DESYのK. Balewski氏よりPETRA IIIのコミッショニングにおいて、ほぼ予定通り、水平エミッタンス1 nm・radを達成できたとの報告があった。上海SSRFのZ. Zhao氏からは、光源性能の現状についての報告があった。台湾で建設が始まっているエネルギー3 GeV、エミッタンス1.6 nm・radのTaiwan Photon Sourceの加速器物理学、軌道解析の面からの検討について、C. C. Kuo氏からの報告があった。韓国PALのW. Namkung氏は、リング放射光源のレビュー講演を行った。SPring-8、ESRF、APSと同じ世界中の第3世代のマシンを、その規模で分類し、分かりやすく解説した。また、中東各国が参加して進められているヨルダンに建設中のSESAMEプロジェクトの報告も興味深かった。
SPring-8からの講演としては、JASRIの高野氏が放射光源加速器における放射光を用いたビーム診断のレビュー招待講演を、同じくJASRIの藤田氏がクラブ空洞を用いた短パルス放射光生成の講演を行った。ニュースバルの庄司氏は、JASRIの中村氏が中心になって行った、世界初となるリング加速器におけるクロマシティモジュレーションによるトランスバースインスタビリティ抑制実験成功の報告を行った。
尚、会議の初日の午前中にはメインホールのみを使って今回の会議のプレナリー講演が行われた。先に紹介したSLAC-LCLSのJ. Galayda氏の講演の他、DESYのA. Wagner氏による、加速器における国際協力、特にその中でICFA(International Committee for Future Accelerators)が果たしてきた役割についての講演が冒頭にあった。それにつづいて、現時点での世界最大の高エネルギー加速器LHCのコミッショニングと運転の状況についてCERNのS. Myers氏からの講演、また理研の上垣外氏からは世界のRIビームファクトリーの概観と稀少放射線同位元素の生成についての講演が行われた。続いてLBLNのW. Chu氏によるイオンビームによるガン治療のレビュー講演が行われた。
最終日は、小林誠氏のCP対称性の破れに関する講演の後、増澤氏がKEKの次世代Bファクトリー計画についての解説を行った。その後、UCLAのC. Joshi氏による夢のあるプラズマ加速の話。最後は、CERNのO. S. Brüing氏による、宇宙に存在する高エネルギーに加速された粒子の話で締めくくられた。
4.ポスター発表、その他の催し、見学会
ポスターは、口頭発表の会場とは別棟で、モーターショーを行うような大変広い空間で行われた。事前準備の際には、実際にポスターを貼って多くの人が入ってきたとしても、間が抜けた感じがするのではないかとも思っていたが、ポスター間の通路が狭く感じるほど盛況であった。この会場では、コーヒーサービスと共に企業展示も行われた。企業展示への出展企業も、会議参加者と同様に想像以上に増加し、最終的には87ブースが埋った。このため、この会場以外にも口頭発表会場の近くに小さな企業展示会場を設けた。アクセスが良いために、こちらの会場の方に多くの人が集まるだろうと思っていたが、実際にはほとんど人が集まらなかった。これは、京都国際会館が大変凝った作りになっていて、この会場が距離的には口頭発表会場に近いものの、中2階の非常に分かりにくい場所であったためである。急遽、この会場では、京都で有名な信三郎帆布で作った本会議の「高級」バッグ等を売ることなどをして、人集めに成功した。
バンケットは、平安神宮の近くにある「都メッセ」で行われた。発表件数増大を受け、テーブルの配置等を工夫して最大1800名程度が可能となるように調整を行っていたが、最終的には1200名程度となり、少しゆったりした配置とすることができた。会場は京都国際会館から少し離れた場所にあり、地下鉄を途中で乗り換えて移動しなければならない。このため、スムーズに移動できるか心配していたが、大きな問題は起きなかった。始めは、日本を演出して京都伏見、月桂冠の酒樽を用い、鏡割りを行ってスタートした。鏡割りの後は、200ほど用意したIPAC’10の枡で、希望者に酒が振舞われたが、珍しかったのかあっという間になくなってしまった。京大の学生による太鼓の演奏等もバンケットを盛り上げ、非常に規模が大きいながらも華やかなバンケットとなった。
この他、いくつかの特別講演が行われた。一つは外国人参加者を対象とした裏千家第15代家元、千玄室氏による講演「Spirit of tea」である。玄室氏の講演は日本語で行われたが、専属の通訳者による大変流暢な英語で、茶道の精神が良く伝わったのではないだろうか。玄室氏が「さどう」ではなくて「ちゃどう」と発音されていたことが意外であった。家元がおっしゃるのだから「ちゃどう」が正しいのだろう。日本文化の紹介はこの他にも、主に同伴者向けに、茶道教室や、扇子の作成体験等も行われた。
もう一つは、市民向け講座である。これは、最終日、28日の会議終了後に、放射線医学総合研究所の平尾泰男氏とノーベル賞受賞者の益川敏英氏をお迎えして行われた。平尾氏はガン治療に果たす加速器の役割を、スライドを交えながら分かりやすく解説された。益川氏は、CP対称性の破れに特化することなく、20世紀の物理学の歴史を、順序を追って解説された。実は、この市民講座は準備段階が大変であった。口頭発表と同じ大会議場で行うことにしていたのであるが、1ヶ月前の4月下旬時点で聴講申込者が数十人しかいなかった。このため、急遽、京大の組織委員が京都駅周辺でビラ配りを行ったり、各学校を訪ねて案内する破目になった。SPring-8においても微力ながら協力し、4月29日の一般公開のときにビラ配りを行った。結果、約400名の一般市民の方が国際会館に来られた。1800名収容の大会議場に対して少なすぎるかとも思われたが、これでも前半分はほぼ埋っている状態になり、ほっとした。姫路周辺からの参加者はさすがに少なかったが、チラホラ見受けられ、ビラ配りの効果が少しはあったのかもしれないと思っている。
会議終了後の翌土曜日には、施設見学会を行った。見学ルートは3コースを設定した。AコースはSPring-8、Bコースは京大宇治と阪大RCNP、Cコースは阪大RCNPと京大熊取という関西圏の加速器施設の見学会である。バスで京都からSPring-8まで往復すると、見学時間等々を含めて12時間くらいかかる。このような長時間の移動を含めた見学会は、今までのPAC、EPACでは経験したことがない。当初は如何なものかとも思ったが、XFELのお披露目も兼ねて決行することとした。
SPring-8のコースは、当初250名程度を予想しており、大型バス6台を確保していたが、思ったほどは参加者が増えず、最終的には144名となった。SPring-8見学以外に姫路城にも立ち寄ることにしたので、時間的には非常にタイトで、国際会館出発は8時である。往路では予想通り吹田付近で渋滞にあったが、運良く30分程度の遅れで済んだ。各バスには2名のSPring-8スタッフが添乗員として乗車しており、渋滞は日本名物であることを事前にアナウンスしておくなど各バススタッフそれぞれの尽力により、参加者の皆さんには楽しんでもらえたようである。SPring-8では、加速器の機器が既にほとんど設置されているXFEL棟をメインに、ニュースバルと、蓄積リング棟の中央制御室、および実験ホールを回った。それぞれの位置に待機している説明員に質問したり、参加者同士で談笑する人も多く見受けられ、グループの後ろから追い立てるのが大変であったが、それでも設定どおりの時間で見学を終えることができた。姫路城ではボランティアグループに英語ガイドをお願いすることができ、皆さん満足されたようである。帰路も若干の渋滞があったものの、予定より少し遅く20時30分くらいには無事に京都に着いた。
5.最後に
さて、今回のIPAC’10に参加した世界各国の研究者が会議の前後にSPring-8を訪れた。MAX-LABのS. Leemann氏は建設が始まったMAX-IVの複合型電磁石を用いたマルチベンディングラティスによる低エミッタンスリング設計に関するセミナーを、BNLで建設が進行中のNSLS-IIについて、S. Kramer氏はダンピングウィグラーを導入した低エミッタンスリングの設計についてのセミナーを行ってくれた。また、Soleilの長岡氏は、現在稼働中の3 GeVクラスの放射光源加速器の現状と課題についての示唆のあるセミナーを行ってくれた。他にも、APS、LNLS(Brazil)などからも訪問者があり、同様にセミナーや、個別の議論が行われた。
SPring-8のアップグレードなどの将来計画のためには、上記のような同じ放射光源加速器の世界の動向はもちろん重要であるが、究極の電子円型加速器を目指すという意味では共通の課題を持っている、リニアコライダー前段加速器であるダンピングリングなどについての研究進展も忘れてはならない。また、XFELにおいても各国の競争が熾烈になる中で、優れた利用研究成果を支えるためには加速器の安定化、性能向上が不可欠である。このような思いを新たにすることができた国際会議であった。
今回の世界加速器会議は、それなりに参加者を集めることができ、大きなトラブルも無く第1回目として成功できた。SPring-8関係者にも大変お世話になり、この場を借りてお礼申し上げたい。次回の加速器関係の国際会議としては、2012年にFEL Conferenceが日本で開催されることになっている。SPring-8も中心となって準備しなければならないが、今回の経験を活かしながら無事開催できるものと思っている。
尚、IPAC’11はスペインのサンセバスチャン、IPAC’12はアメリカのニューオリンズ、IPAC’13は再びアジアの上海、IPAC’14は欧州(場所未定)、IPAC’15はアメリカのリッチモンドと、かなり先までの予定が決まっている。再び日本に来るのはいつだろうか。
水野 明彦 MIZUNO Akihiko
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 加速器第1グループ
TEL:0791-58-0893 FAX:0791-58-0850
e-mail : mizuno@spring8.or.jp
大熊 春夫 OHKUMA Haruo
(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
TEL:0791-58-0858 FAX:0791-58-0850
e-mail : ohkuma@spring8.or.jp
稲垣 隆宏 INAGAKI Takahiro
(独)理化学研究所 X線自由電子レーザー計画推進本部
TEL:0791-58-2929 FAX:0791-58-2862
e-mail : inagaki@spring8.or.jp