Volume 15, No.3 Pages 176 -178
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
ISDSB2010 – 3rd International Symposium on Diffraction Structural Biology 報告
Report of ISDSB2010 – 3rd International Symposium on Diffraction Structural Biology
筆者は、去る5月25日〜28日の4日間にわたって、フランスパリ近郊のパリ南大学と放射光施設SOLEILにて開催された「ISDSB2010-3rd International Symposium on Diffraction Structural Biology」に出席した。本会議は、2003年に日本学術振興会産学協力研究委員会回折構造生物第169委員会(委員長:坂部知平先生)が初めて日本で開催した回折構造生物国際シンポジウム(ISDSB2003)から数えて今回で3度目となる。今回の会議において、2009年ノーベル化学賞を受賞したVenkatraman Ramakrishnan博士をはじめ、X線、中性子線、電子線の回折を利用している構造生物学者らが一堂に会した。フランスでの開催にも関わらず、約200名の出席者のうち日本人研究者は約4分の1も占めており、SPring-8、Photon Factory、J-PARCなどの日本の加速器施設から生まれた研究成果が多数報告されていた。
本会議でのオーラルならびにポスター発表では、X線結晶解析、X線トモグラフィー、電子線トモグラフィー、電子線回折、X線小角散乱、単分子電子顕微鏡などの回折手法を組み合わせたタンパク質の分子レベルでのイメージングに関する発表が行われていた。なかでも、X線結晶解析の発表が多くを占めており、今やX線結晶解析は分子生物学者にとって非常に身近な手法となっていることを知らされた。一方で、これまでX線結晶解析を行ってきた筆者は、それを補完するための技術(例えば、X線結晶解析以外の上述の技術)を習得する必要性を強く感じた。
以下、特に印象に残った発表を報告させて頂く。本会議の1日目、オーガナイザーであるRojer Fourme博士(SOLEIL)、ならびに、山根隆先生(名古屋大学)のご挨拶の後、Venkatraman Ramakrishnan博士(MRC LMB)の発表があった。Ramakrishnan博士は、Thomas A. Steitz博士(Yale大学)、Ada E. Yonath博士(Weizmann研究所)らとともにリボソームの構造研究でノーベル化学賞を受賞された研究者である。発表のはじめに、それぞれの受賞者が行ってきた研究の中で自らのチームの研究の位置づけを丁寧に解説され、その後、30S Ribosomeと抗生物質との複合体構造、Ribosomeの全体構造、ならびに、構造研究によって明らかとなったRibosomeの動きをわかりやすく説明された。また、余談としてRibosomeの構造研究を開始した当初、その研究がいかに困難であったか、そして、その研究を行う上でPhDの学生やポスドク研究者らへの説得がいかに重要であったかを切々と述べられ、その姿は大変印象的であった。
次に、電子顕微鏡、電子線/X線トモグラフィーとのセッションが続いた。Takashi Ishikawa博士(ETH)は、電子線トモグラフィーのコントラストを増幅するための新しい再構成法を紹介し、その技術を用いて鞭毛の複雑な動きを分子レベルで明確に説明された。続いて、Werner Külbrandt博士(MPI)は、電子顕微鏡を用いてATP synthaseのオルガネラに依存した多量体形成メカニズムとpH勾配のメカニズムに関する研究を発表された。さらに、Carolyn Larabell博士(UCSF)とLeann Tilley博士(La Trobe大学)は、キャピラリーを用いた新たなX線トモグラフィーによる解析手法を紹介され、それを利用してマラリア原虫の増殖過程を観察することに成功した経緯を発表された。これらの研究は、現状では主に実験室でのX線源を用いて行われているようであったが、近い将来、SPring-8やPhoton Factoryなどの大型放射光施設がこれらの回折手法に積極的に適用される可能性を感じることができた。
写真 会場の様子
2日目の創薬のセッションでは、まず、Tom Blundell博士(Cambridge大学)が、最新の創薬研究についてのレビューと研究事例を紹介された。大型放射光施設を用いたタンパク質の立体構造を基盤とした創薬手法(Structure-based drug designやFragment-based drug design)に加え、生物物理学的手法(表面プラズモン共鳴、等温滴定カロリメトリー、温度シフトアッセイ)、バイオインフォマティクスの活用により、創薬研究がハイスループット化している現状を説明された。その中でも興味深かったのは、博士が創薬研究における大学や研究所(academia)の位置づけに関して議論していた点であった。創薬開発には、タンパク質のアロステリック調節や協調的な機能制御の理解が重要であること、大学や研究所の研究者らがそれらを解明することが創薬研究への貢献に繋がると力説されていた。続いて、Michael Hennig博士(Hoffmann-La Roche)が、創薬ターゲットであるInsulin Degrading EnzymeやChymaseの阻害剤開発の例を発表されていた。これらの研究紹介のなかで、放射光施設Swiss Light Sourceでの超高速X線検出器(Pilatus detector)の有用性、ならびに、タンパク質生産の重要性を述べられていた。次に、Gehard Klebe博士(Marburg大学)によるX線結晶解析と分子間相互解析についての発表があった。等温滴定カロリメトリーを用いた相互作用解析によって、物理化学的パラメータ(自由エネルギー、エンタルピー、エントロピー)の変化を求め、それらの情報を加味した阻害剤開発について述べられていた。続くRaymond Stevens博士(Scripps研究所)は、G蛋白質共役型受容体(GPCR)の構造研究を講演されていた。GPCRは創薬において最も重要なターゲットであるが、GPCRのStructure-based drug designがもはや現実となっていることを実感した。セッション最後の裏出博士(大阪バイオサイエンス研究所)は、JAXAとの共同による宇宙空間でプロスタグランジン合成酵素の結晶化、高分解能構造解析、ならびに、その構造を利用した新薬開発について発表された。ビーグル犬を用いた筋ジストロフィー薬の研究成果に対して会場から大きな反響があった。
3日目、4日目にはポスター発表のセッションがあり、3日目は放射光施設SOLEILにて行われたが、そのなかでも特に日本の加速器施設(SPring-8、Photon Factory、J-PARC)から生まれた研究成果が多く、日本の回折構造生物学のレベルの高さを伺わせた。ポスターセッションの間に、SOLEILの見学会もあり、回折構造生物学がさらに発展する可能性を強く感じることができた。上述の発表以外にも、中性子線結晶解析、巨大生体分子の構造研究、膜タンパク質、X線結晶解析とNMRを組み合わせた研究、構造ゲノムプロジェクト、新規放射光技術に関する発表が行われ、筆者にとって本分野全体の現状と将来の方向性を知ることができる非常に意義深い経験となった。
本会議で催されたエクスカーションとしてセーヌ川クルーズがあり、船から見るパリの夜景、とりわけエッフェル塔は素晴らしく美しいものであった。また、本会議中のランチタイムの食事は非常に美味しく、パリ訪問が初めての私にとって楽しい時間となった。最後に、このような素晴らしい会議の運営に携われた方々に深く感謝申し上げたい。参考までに、本会議のプログラムを文末に記す。
ISDSB 2010 - 3rd International Symposium on Diffraction Structural Biology プログラム
Tuesday, May 25th | |
Opening lecture | |
Venki Ramakrishnan, MRC LMB Cambridge, UK | |
S1. Electron microscopy, X-ray imaging, tomography | |
Takashi Ishikawa, ETH Zurich, Switzerland | |
Werner Kühlbrandt, MPI, Frankfurt, Germany | |
Carolyn Larabell, UCSF, San Francisco, CA, USA | |
Leann Tilley, La Trobe U., Melbourne, Australia | |
Wednesday, May 26th | |
Plenary talk | |
Tom Blundell, Cambridge U., UK | |
S2. Drug and vaccine design | |
Phillip Dormitzer, Novartis, Cambridge, MA, USA | |
Michael Hennig, Hoffmann-La Roche, Basel, Switzerland | |
Gerhard Klebe, Marburg U., Germany | |
Raymond Stevens, Scripps Research Institute, La Jolla, CA, USA | |
Yoshihiro Urade, Osaka Bioscience Institute, Osaka, Japan | |
S3. Protonation States | |
Matthew Blakeley, ILL, Grenoble, France | |
Julian Chen, Institute of Biophysical Chemistry, Goethe University, Frankfurt, Germany | |
Yukio Morimoto, Research Reactor Inst., U. Kyoto, Kumatori, Osaka, Japan | |
S4. Large Bio Molecules | |
Dorit Hanein, Burnham Inst. for Medical Research, La Jolla, CA, USA | |
Felix Rey, Institut Pasteur, Paris, France | |
Holger Stark, MPI, Göttingen, Germany | |
Plenary talk | |
Gérard Bricogne, Global Phasing Ltd, Cambridge, UK | |
Thursday May 27th | |
Plenary talk | |
Dmitri Svergun, EMBL, Hamburg, Germany | |
S5. Membrane Proteins | |
Susan Buchanan, NIDDK, Bethesda, MD, USA | |
Nobuo Kamiya, Osaka City U., Osaka, Japan | |
Alex Cameron, MPL Diamond, Chilton, UK | |
S6. Protein Structure/Function | |
Dino Moras, IGBMC, CNRS-INSERM-ULP, Strasbourg, France | |
Thomas J. Smith, Danforth Plant Science Center, Saint Louis, MI, USA | |
Maria Vanoni, U. of Milano, Milano, Italy | |
Transfer to Synchrotron SOLEIL by bus | |
Poster session I and industrial exhibition | |
Friday May 28th | |
Plenary talk | |
Wayne Hendrickson, Columbia U., New York, USA | |
S7. Coupling NMR/XRD, X-ray technologies | |
Claudio Luchinat, CERM, U. of Florence, Italy | |
Robert Fischetti, APS, Argonne, USA | |
Eric Girard, IBS, Grenoble, France | |
Gebhard Schertler, Paul Scherrer Institute, Villigen, Switzerland | |
Plenary talk | |
Ichiro Tanaka, Ibaraki U., Japan | |
S8. Structural Genomics | |
Ian Wilson, JCSG, Scripps Research Inst., La Jolla, CA, USA | |
Wladek Minor, MCSG, CSGID, U. of Virginia, Charlottesville, VA, USA | |
Stefan Knapp, SGC, U. of Oxford, Oxford, UK | |
Plenary talk | |
Wolfgang Baumeister, MPI Martinsried, Germany | |
Closing Ceremony |
松村 浩由 MATSUMURA Hiroyoshi
大阪大学大学院 工学研究科 応用化学専攻
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