Volume 19, No.4 Pages 329 - 333
4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第23回国際結晶学会議(IUCr2014)報告
IUCr2014 (23rd Congress and General Assembly of the International Union of Crystallography)
[1](公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[2](公財)高輝度光科学研究センター タンパク質結晶解析推進室 Protein Crystal Analysis Division, JASRI
3年ごとに開催されている国際結晶学会(IUCr2014:XXIII Congress and General Assembly, International Union of Crystallography)が、2014年8月5日~12日の8日間にわたり、カナダのモントリオールで開催された。会場は、モントリオールの中心部に位置するモントリオール国際会議場(the Palais des congrès de Montréal)で世界各国から参加した研究者により結晶学を中心とした議論が行われた。会議のプログラムは、基調講演で始まり、午前のマイクロシンポジア、午後のマイクロシンポジア、その後にポスター・セッション、そして1日の締めくくりの基調講演で構成されていた。会期全体を通して合計112のマイクロシンポジアが開かれ、8テーマのパラレル・セッション形式で進められた。また、2014年は、ユネスコと国際科学会議の支援のもと世界結晶年(IYCr2014)が制定された年でもあり、それにちなんだセッションも設けられた。本報告では、著者2名で全内容を網羅することは不可能なため、それぞれの専門(物質科学と構造生物学)に関連するテーマについて、以下に述べる。
受付
モントリオールの旧市街
“Pair Distribution Functions:Measurement and Interpretation(MS55)”のセッションでは、近年、盛んに研究されているPDF解析についての口頭発表があった。PDF解析では、回折データを原子数およびその散乱長で規格化した散乱関数をフーリエ変換することによって、ある原子から距離rだけ離れた位置に存在する原子の数、あるいは確率を示すことができる。つまり、これは実空間の関数であり、周期性に依存しないので、完全な結晶周期性をもたない物質についてもその構造を調べることが可能である。この構造解析手法を結晶性物質に適用すると、結晶性物質中に存在する「結晶周期性をもたない」構造の歪み(局所構造歪み)を観測することができる。バルクの結晶性物質の回折データにはシャープなブラッグピークが多数存在するために、局所構造歪みに由来するブロードな散乱はバックグラウンドとみなされて見落とされがちである。しかしながら、回折データから、試料からの寄与のみを取り出して、それをPDFに変換すれば、局所構造歪みを見落とすことはない。PDF解析を行うためには、統計精度が高く、q > 30 Å-1の高分解能データを精密に測定することが理想である。Advanced Photon Source(APS)のK. Chapmanは、APSのビームライン11-ID-Bで行われている、時間分解、in-situ、operando測定によるPDF解析について報告した。その一例として、operando測定によるPDF解析と固体Li-NMRスペクトルを組み合わせることにより、高容量、高電位を目指したFeOFを正極材料とする蓄電池の充放電過程の電気化学反応を明らかにした。彼らのグループは、充放電過程を直接観察するために、電極を組み込んだセルを作成し、operando測定によるPDF解析に成功した。その結果、蓄電池の充放電過程中に、鉄電極付近でFリッチ相とOリッチ相とが、連続的に反応を起こすことが明らかになった。また、PETRA IIIのビームラインP02.1では、non-ambient条件下での動的プロセスをPDF解析により解明するユーザーが主流となっており、X線エネルギーは、60 keVに固定して、大面積のフラットパネル検出器を用いることにより実験が行われている。また、PETRA IIIのA.-C. Dippelは、湿式化学合成によるZnO2ナノ粒子の生成過程について、時間分割実験のPDF解析を用いた合成過程の最適化に関する発表を行った。一方、産業技術総合研究所のH. Kimは、SPring-8のビームラインBL22XUおよびJ-PARCのビームラインNOVAの粉末回折データを複合的に用いた水素吸蔵物質やリチウムイオン電池のPDF解析を報告した。本発表では、放射光X線と中性子線を組み合わせて解析することにより、補完的な情報によって、より精密な局所構造の解析が行えるとの議論があった。今後、このような放射光X線と中性子線のデータを組み合わせた解析手法の発展が期待される。
“High Resolution Charge Density using SR(MS89)”のセッションでは、放射光X線を用いた高分解能データによる電子密度解析についての発表があった。物質研究を行う上で、多くの場合、結晶内の原子・分子間距離や角度により、その物性との相関を議論されているが、さらに電子密度分布にまで踏み込むことにより、より詳細な化学構造の情報が得られる。電子密度解析では、原子核の位置ばかりでなく、核外電子の分布や原子の熱振動に至るまで、かなり詳細な情報を与えるので、化学結合の本質を明らかにする重要な研究手段の1つと言える。近年、コンピュータの発展に伴い、かつては現実的な計算時間ではなかった波動関数に基づいた電子軌道を分子モデルとして解析を行う波動関数モデル法によるヒルシュフェルトの密度解析が注目を集めている。西オーストラリア大学のS. Grabowskyは、水素結合を有する有機化合物の単結晶試料について、波動関数に基づいたヒルシュフェルト原子モデルによる構造精密化に関する発表を行った。本手法により得られた構造精密化の結果は、同試料の中性子線回折データからの構造解析の結果と矛盾しておらず、X線精密構造解析から水素原子に関する議論が可能であることを示した。また、オーフス大学のJ. Overgaardは、電子密度解析により明らかとなったFeS2の多形結晶中の化学結合の違いについて講演を行った。本解析では、電子密度マップ上でのFe−SおよびS−Sの共有結合の解釈の難しさがあるが、多形結晶中のFeの価電子およびd軌道の違いは、多極子展開法を用いたトポロジカル解析により直接的に解明した。
“Maximum Entropy in Crystallography(MS03)”のセッションでは、最大エントロピー法(MEM)を用いた結晶学に関する発表が行われた。情報エントロピーが最大である解が最も平坦な電子密度分布として解析を行うMEMによる電子密度解析は、フーリエ逆変換の式を使わないため、打ち切りに効果の影響が少ないという利点により幅広く使われるようになった。本セッションでは、MEMに基づき解析された電子密度分布を用いた新しい手法などの報告があった。筑波大学の西堀教授は、MEMを用いた精密構造解析に基づいた多孔性配位高分子内に存在する水素のオルト・パラ変換に関する発表を行った。本研究では、Ewald法による核密度分布とMEMに基づく電子密度分布から実験的に静電ポテンシャルを見積もった。さらに、その静電ポテンシャルマップから水素の電場ベクトルを定量的に見積もったところ、高電場状態で水素のオルト・パラ変換が生じていることを実験的に明らかにした。Dectris社のD. Š. Jungaは、未知粉末構造解析の結果に対するMEMによる評価法について報告を行った。本手法を用いることにより偽の解が得られやすい結晶構造であっても、一定の効果があると思われる。また、オーフス大学のS. Christensenは、熱電材料であるPbX(X = S, Se, Te)について、放射光X線および中性子線のデータを用いたNuclear Enhanced X-ray Maximum Entropy Method(NEXMEM)に関する報告を行った。本手法を用いることにより、PbX内のさらなるディスオーダー構造がNEXMEMにより明らかになり、PbXの熱電材料としての高効率物性を理解することができた。本セッションでも、放射光X線による電子密度分布と中性子線による核密度分布を組み合わせて解析することにより、より詳細な情報を得る手法の開発が行われていることがわかる。今後、放射光施設と中性子施設との連携が物質研究を行う上で重要な役割を果たすと考えられる。
“Improving Your Crystallography:Best Practices and New Methods(MS22)”のセッションは、微小結晶からのデータ測定、硫黄の異常分散を用いた位相決定、X線照射損傷など、タンパク質結晶構造解析分野に依然として横たわる諸問題の解決に向けた技術開発に関するセッションであった。Diamond Light Source(DLS)のG. Evansは、マイクロフォーカスビームラインI24における最新の“Multi crystal data collection”技術について講演を行った。これは、複数の結晶から測定した回折データを合わせて1つのデータにする測定手法であり、照射損傷の影響が大きい微小結晶のデータ測定にとって特に重要である。複数の微小結晶からの回折パターンが1枚の画像に記録されたときのデータ処理の方法の開発、また、同型結晶(格子定数が同じ結晶)からの回折データだけを合わせるための統計学的な手法の開発について発表があった。さらに、1個の結晶では照射損傷で完全なデータを得ることができない室温データ測定についても報告があった。また、コロンビア大学のW. Hendricksonは、硫黄の異常分散を用いた位相決定方法(S-SAD法)について講演した。Hendricksonは、異常分散を用いた構造解析方法(多波長異常分散法、MAD法)を開発した非常に著名な先生である。S-SAD法の難しいところは、タンパク質構造解析(MX)ビームラインで一般的に使用されている波長領域では硫黄の異常分散が小さいことである。そこで、複数の結晶から取得した回折データを合わせることで異常分散差のS/Nを向上させたところ、位相がつきやすいという結果が得られた。さらに6 keV程度の低エネルギー(長波長)X線を利用することで、なお一層効果的であるとの報告がなされた。彼の見積もりでは、現在データベース(PDB)に登録されている構造の9割以上は、S-SAD法で構造解析可能であるということである。これを踏まえ、NSLS IIに低エネルギーSADビームラインの建設計画を進めているということである。一方、ハンブルグ大学のL. Redeckeは、昆虫細胞中で結晶化した微小結晶の構造解析について報告した。この結晶化法はin vivo crystallizationといわれ、ある種のタンパク質では良質な微小結晶が得られる。彼のグループは、この結晶化法によってアフリカ睡眠病の病原体由来のタンパク質分解酵素Cathepsin Bの微小結晶を得た後、LCLSでSerial femtosecond crystallography(SFX)法を用いてデータ測定してその結晶構造を決定した。今回の発表では、同じ試料をPETRA IIIのマイクロフォーカスビームラインでデータ測定し構造解析を行った。SFXではインジェクターで結晶を飛ばす方法を用いるが、PETRA IIIでは、多数の結晶をループで母液ごとすくい上げ、そのループを動かしながらX線を照射する方法を用いて測定した。この手法を、SFXに対してSerial Synchrotron Crystallographyと名付けていた。両手法で得られた構造を比較したところ大きな違いがなかったことから、いずれの手法でも同等の生物学的な情報量を得ることができるということである。以上、3つの講演に共通することは複数の結晶からデータ測定を行う点である。微小な結晶しか得られない解析対象が増加する一方、MXビームライン高輝度化が進んでおり、今後この手法はますます重要になるであろう。このほか、オックスフォード大学のM. Gerstelは得られた構造中の照射損傷の指標Bdamageについて、LBNLのP. Afonineはノイズが小さくモデルのバイアスの少ない新しい電子密度Feature Enhanced Map(FEM)について、そして、ケンブリッジ大学のR. Readは、translational non-crystallographic symmetryが存在する場合の分子置換法について講演した。
“XFEL Macromolecular Crystallography(MS36)”のセッションでは、XFELを用いたタンパク質結晶構造解析について6件の発表があった。共通するのは、XFELのフェムト秒のパルスを利用し“Diffraction before destruction”のコンセプトに基づくデータ測定を行っていることである。まず、Van Andel Research InstituteのH. Xuは、SFXを用いたRhodopsinとArrestinの複合体の構造研究について講演した。これらは網膜において光受容に関わるタンパク質でありその複合体構造のインパクトは大きい。Max Planck Institute for medical researchのT. Barendsは、重金属の異常分散を利用してDe novo phasingについての構造解析について報告した。この分野の標準試料としてよく使用されるリゾチーム結晶のガドリニウム誘導体をSFXによりデータ測定を行い、ガドリニウムの異常分散を用いたSAD法により位相決定に成功したということである。これまで、SFXによる構造解析は、構造既知の類似タンパク質の構造を利用する分子置換法を使用していた。この解析は、SFXを用いても異常分散法による構造解析ができることを示した初めての例である。その一方で、位相決定のために6万枚もの回折画像を取得してデータの冗長性を上げており(言い換えると、平均化によるS/Nの向上)、必ずしも容易に成功したとはいえない。検出器や解析ソフトウェアの開発により、将来はもう少し利用しやすい手法になることが予想される。EMBLのA. Jakobiは、細胞小器官であるペルオキソーム内で形成されるアルコール/メタノール酸化酵素のナノ結晶の構造研究について報告した。SFX法により放射光ビームラインでの実験よりも分解能が改善したものの、まだ到達分解能が20 Å程度であった。構造解析のためには、試料準備の改善に加え、ヒットレート(XFELパルスが結晶にヒットする確率)の改善が必要であるとのことである。LBNLのN. Sauterは、SFX用データ処理ソフトウェアccbt.xfelについて講演した。解析方法を工夫することで、回折強度の抽出精度の向上を図っているということである。SLACのA. Cohenは、SFX法によるナノ結晶の構造研究のほか、メッシュ上に拾い上げた結晶にXFELパルスを照射する方法について発表した。この方法では、放射光MXビームラインのようにゴニオメーターに試料を載せて測定するため、SSRLのMXビームラインで開発したサンプルチェンジャーやデータ測定ソフトウェアを用いた自動化を流用してデータ測定を行っていた。また、ゴニオメーターを回転しながら1個の結晶から複数の回折画像を記録することができることから、SFX法よりも結晶方位をより高い精度で決定することが可能であり、測定精度の向上が期待できる。理研の吾郷は、SACLAを用いたチトクロムC酸化酵素の無損傷実験について報告した。SFX法ではなく、凍結した大きな結晶をゴニオメーターに載せる方法を採用し、結晶のボリュームを利用した測定を行うことで1.9 Åという高い分解能で構造解析を行っていた。これまでX線照射損傷のために高精度で決めることができなかったヘム(生体中に存在する鉄錯体)周辺の構造が明らかになったとのことである。この他、XFEL関連では、“Time Resolved Spectroscopic Studies with Synchrotron Radiation and Free Electron Laser Sources”、“Advances in X-ray FEL Coherent Scattering & Diffraction”があった。XFELが利用フェーズに入り多くの成果が出ていることを表している。
放射光構造生物学に関連する基調講演は、全部で4つあり、この分野における放射光の重要性を反映している。マンチェスター大学のJ. Helliwellは“Synchrotron radiation macromolecular crystallography:our science and spin offs”という題で講演した。Helliwellは1980年代初頭に英国のSRSにMXビームラインを建設した先生で、MXビームラインのパイオニアの1人である。また、“Macromolecular Crystallography with Synchrotron Radiation”という教科書も著している。講演では、1970年代にHodgsonらがSSRLで行った放射光を利用した最初のタンパク質結晶回折実験にはじまり、最新の低エミッタンスリングにいたるまでの歴史を、SRSやESRFでのMXビームライン建設、MAD法の開発、LAUE法による時分割構造解析などのトピックを交え振り返った。また、この間の技術開発が、放射光構造生物学のみならず、中性子構造生物学や放射光化学結晶学、 産業利用などへの波及効果があったことを述べた。Helliwelの講演がこの分野における放射光利用の歴史に重点を置いた発表であったのに対し、DESYのE. Weckertは、“The Potential of Future Light Sources to Explore the Structure and Function of Matter”というタイトルで回折限界リング、XFEL、ERLなど最先端の放射光光源について講演した。講演の最後を、“The future will become even brighter …”と、放射光のビーム性能の向上によりそれを用いたサイエンスの未来はますます明るいと結んでいた。XFELに関しては2件の基調講演があった。SLACの若槻教授は、“New Opportunities in Structural Biology with XFEL:From Sources to Structures”のタイトルでLCLSにおける構造生物学研究について講演した。インジェクターを用いたSFX法に加えゴニオメーターベースのデータ測定も行い、何れの方法でもAPSよりも高い分解能でデータ測定ができている試料もあるということであった。その一方で、ビームタイムが不足していることから2016年の利用開始を目標に、新しい実験ステーションMFXの建設計画を進めているということである。また、異常分散を用いて位相決定するためのTwo color MAD(2波長異常分散法)の実験方法についても最新のデータについて発表があった。これは、Two color self seeding技術を用いて発生させた2波長のX線パルスを結晶に同時に照射する方法で、得られた回折像には2波長からの回折パターンが記録される。Yb誘導体タンパク質結晶の回折データをこの方法で測定したところ、異常分散フーリエ図にYbのピークが現れたということである。また、講演の冒頭では、SLACでは、“Accelerator based bioscience hub”として、LCLS・SSLRのビームラインに加えて極低温電子顕微鏡や超高分解能光学顕微鏡と連携してさまざまな空間分解能・時間分解能で生命現象を研究する計画を進めているとの紹介があった。もう1件のXFELに関する基調講演は、Max Planck Institute for Medical ResearchのI. Schlichtingによる、“The Future is Bright-Structural Biology at FELs”という発表であった。SchlichtingはSFX法によりタンパク質の構造解析を精力的に行っている研究者である。LCLSではじめてSFX法が試されてから5年が経ち、そのreviewともいえる発表で、ナノ結晶のデータ測定、異常分散を用いた位相決定、Pump-probe法による時分割構造解析、パルス長と損傷との相関などこれまで得られた成果について発表した。この5年を振り返り、SFXは、微小結晶・照射損傷に敏感な結晶の構造解析や時分割測定において有望な技術であり、まだまだ克服すべき困難はあるけれどもその未来は明るいと結んだ。
基調講演
ポスター会場
前回のIUCr2011のXFELのセッションでは、研究計画に関する発表が多かったが、今回のIUCr2014では、3つのXFELに関するマイクロシンポジウムが設定され、1つはコヒーレント光を用いたイメージング、1つは時分割分光測定、もう1つはタンパク質結晶構造解析であった。いずれの分野においても、精力的に研究が行われており、今後、他の分野においてもXFELによる新しい展開が期待される。次回のIUCr2017の開催地は、インドのハイデラバードであるが、今回の会期中にIUCr2020の開催地は、チェコのプラハに決定した。その頃には、世界に先駆けて播磨サイトにあるSACLAとSPring-8を同時に用いた研究成果が報告されることを期待したい。
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
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