ページトップへ戻る

Volume 19, No.4 Pages 318 - 321

2. ビームライン/BEAMLINES

BL05SSの法科学利用とマルチモード蛍光X線分析装置
Multi-mode X-ray Fluorescence Spectrometer and Forensic Science at BL05SS

早川 慎二郎 HAYAKAWA Shinjiro[1,2]、本多 定男 HONDA Sadao[2]、橋本 敬 HASHIMOTO Takashi[2]、西脇 芳典 NISHIWAKI Yoshinori[2,3]、高田 昌樹 TAKATA Masaki[2]

[1]広島大学大学院 工学研究院 Graduate School of Engineering, Hiroshima University、[2](公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[3]高知大学 教育学部 Faculty of Education, Kochi University

Abstract
 加速器診断ビームラインであるBL05SSの実験ハッチに蛍光X線分析装置を設置し、その立ち上げと法科学利用に向けた基礎的な検討を進めてきた。アンジュレータからの6 keVから36 keV程度までの放射光をSi(111)2結晶モノクロメーターで分光した励起光を用い、MgからIまでのK殻励起による蛍光X線分析を行うことができる。オートサンプラーを用いた自動測定や蛍光X線によるイメージング測定などに対応しており、非集光のビームを用いる測定については2014Bから共用を始めた。蛍光X線分析の非破壊性を生かして、微物の異同識別への利用を想定しており、ガラス微物、単繊維への応用に向けた基礎検討が進められている。
pdfDownload PDF (2 MB)

 

1. はじめに
 2011年12月にナノ・フォレンシック・サイエンスグループが創設された。本グループはナノビームを含むSPring-8の様々なリソースを活用し、鑑識・鑑定に最先端科学で貢献することを目的としている。ビームライン横断的な活動とあわせて、蛍光X線法による基礎検討および新規分析手法開発のために加速器診断ビームラインであるBL05SSの実験ハッチに専用の装置を設置し、開発を進めてきた[1][1] 二宮利男、早川慎二郎、森脇太郎:CSJ Current Review 14 放射光が拓く化学の現在と未来(化学同人、2014)130.。2014Bからその機能の一部を共用開始しており、緊急の鑑定にも対応できる体制を整備しつつある。本稿ではBL05SSに設置した、マルチモード蛍光X線分析装置を取り上げ、蛍光X線分析により科学捜査へどのような貢献ができるかを紹介したい。


2. BL05SSとマルチモード蛍光X線分析装置
 BL05SSは加速器診断のためのビームラインの1つであり、放射光ビーム観測を通じた電子ビーム軌道の安定度監視や電子ビームのエミッタンスの測定などに利用されている[2][2] S. Takano, M. Masaki, A. Mochihashi, H. Ohkuma, M. Shoji and K. Tamura: Proc. of IBIC2012 MOPB52 186.。光源は、Out-vacuum型のアンジュレータであり、磁場周期長λuは76 mm、周期数Nは51である。10 keVから30 keV程度のX線は3次から7次のアンジュレータ放射を利用する。30 keV以上の高エネルギーX線を発生させる場合は、K値が2以上のWigglerモードになる。光源サイズは水平方向について280~300 μm(rms)、垂直方向について5~10 μm(rms)であり、半値幅でのビームサイズとして水平方向658~705 μm、垂直方向12~24 μmに相当する。主要要素とそれらの光源からの距離はFEスリットX(24.2 m)、FEスリットY(26.5 m)、2結晶モノクロメーター(69.5 m)、実験ハッチ内最下流Be窓(91 m)、実験ハッチ内自動XYスリット(92.5 m)である[2][2] S. Takano, M. Masaki, A. Mochihashi, H. Ohkuma, M. Shoji and K. Tamura: Proc. of IBIC2012 MOPB52 186.。FEスリットを0.4 mm(V) × 0.5 mm(H)、実験ハッチ内自動XYスリットで200 μm角に制限した10 keVビームについて、3 × 1011 photons/s(浜松ホトニクス社製、S3590-09 SiPINで80 μA)のフォトンフラックスが得られた。
 ビームライン最下流の実験ハッチ内の一角にマルチモード蛍光X線分析装置を設置し、立ち上げを進めている。図1に実験ハッチ内の風景と、装置の試料周辺の写真を示す。装置はマイクロビーム生成用のKirkpatrick-Baez(KB)ミラー(立ち上げ中)、試料ステージ、ビームモニタなどから構成される。KBミラーによる1 μm径程度の集光ビームまたはスリットで成形された100 μmから数mm(水平方向)のビーム(非集光)を利用して蛍光X線分析およびXAFS測定を実施することができる。様々なモードでの測定が可能であるが、2014Bから非集光のビームを用いた36 keV程度までの蛍光X線分析について共用を始めた。MgからIについてのK線による蛍光X線分析を行うことができる。

 

19-4-2014_p318_pic1

 

図1 BL05SS実験ハッチ内の風景(上)、およびマルチモード蛍光X線分析装置に複数試料用ホルダーを取り付けた場合の試料周辺部(下)

 

 

 試料は多軸の自動ステージで走査することが可能であり、300 mm長の自動並進ステージをオートサンプラーとして利用する場合は、15 mm幅で40 mm長の試料板(1 mmまたは2 mm厚)20個について、15 mm径程度の領域に固定された試料を測定することができる。試料ホルダーとしては脱着再現性に優れたキネマチックマウントまたは、オートサンプラー用の複数試料用ホルダーのいずれかを用いる。高倍率および低倍率の試料観察用顕微鏡により目的とした試料部位を観察しながら測定を行うことができる。蛍光X線の検出にはシリコンドリフト検出器(SDD)(有効径25 mm2、0.5 mm厚)を用い、検出器先端に外部をPb箔で覆ったAl製のコリメータを採用することで、極めてバックグラウンドの低い測定を実現している。


3. BL05SSでの蛍光X線分析
 蛍光X線分析による異同識別を考えた場合、蛍光X線測定に不向きな軽元素を除き、すべての元素を測定対象とすることが望ましい。L線まで利用すれば20 keV励起でもほぼすべての元素が測定対象となるが、SbやBaをL線で分析する場合にはK、CaなどのK線との重なりが問題となる場合が多い。Baよりも重元素に対してはL線での分析が十分可能であり、42 keVまでのX線を利用して、Ba程度までをK殻、それよりも重元素についてはL殻励起で蛍光X線分析を行うこととした。
 ビームラインのSi(111)モノクロメーターの1次反射で分光できる範囲は36 keV程度までであり、36 keV超のX線については3次反射を利用した。
 1次反射光(14 keV)と3次反射光(42 keV)の寄与を同時に評価するために、試料位置に20 μm厚のAg箔を設置し、IDギャップを変化させながら、1次反射光および3次反射光をそれぞれイオンチェンバーおよびAg Kα線の信号強度でモニタした結果を図2に示す。

 

19-4-2014_p318_fig2

 

図2 14 keVおよび42 keV放射光のIDギャップ依存性

 

 

 42 keVのフラックスはIDギャップを狭めたWigglerモードで高い値を示すが、15次のアンジュレータ放射で42 keVを発生させる場合には5次光による14 keV放射を同時に利用することができる。また、1次反射光(14 keV)が不要な場合は、3の倍数ではない19次などのアンジュレータ放射を利用し、入射ビームに2から3 mm厚のアルミフィルターを挿入することで42 keVのX線を選択的に利用することができる。
 42 keVのX線を利用してNISTガラス標準試料片について得られたスペクトルを図3に示す。6 μm厚のポリプロピレン(PP)膜で封じたものを試料とした。ガラス試料の移動識別では116 keVなどの高エネルギーX線を励起に用いる蛍光X線分析が広く利用されている[3][3] Y. Nishiwaki, T. Nakanishi, Y. Terada, T. Ninomiya and I. Nakai: X-ray Spectrometry 35 (2006) 195.。116 keV励起では多重コンプトン散乱に由来するバックグラウンドが大きな影響を与えるが、42 keVの励起条件では目的元素の吸収端から数keV程度エネルギーの高い励起光を用いれば、十分にバックグラウンドの低い測定を行うことができる。

 

19-4-2014_p318_fig3

図3 42 keV励起で得られたNIST612ガラス片の蛍光X線スペクトル:ビームサイズ500 μm角、括弧内は認証値(ppm)

 

 

 さらに軽元素についての感度を改善するために、SDD用のコリメータ内部を排気可能なもの(真空空コリメータ)を開発した[4][4] 牧野泰希、吉岡剛志、百崎賢二郎、辻笑子、野口直樹、西脇芳典、橋本敬、本多定男、二宮利男、藤原明比古、高田昌樹、早川慎二郎:X線分析の進歩 45 (2014) 317.
 8 keV励起でMgO粉末およびAl箔について得られた蛍光X線スペクトルを図4に示す。SDDは試料から39 mmの位置に設置した。コリメータ内部の排気によりAl Kα線は76倍の強度増となった。Al Kα線の結果からMg Kα線についての強度増は1000倍程度と考えられ、大気中に設置したMgOについて、明瞭なピークを観測することができた。

 

19-4-2014_p318_fig4

図4 a)MgO粉末および、b)Al箔について真空コリメータを用いて得られた蛍光X線スペクトル[4][4] 牧野泰希、吉岡剛志、百崎賢二郎、辻笑子、野口直樹、西脇芳典、橋本敬、本多定男、二宮利男、藤原明比古、高田昌樹、早川慎二郎:X線分析の進歩 45 (2014) 317.

 

 

4. マルチモード蛍光X線分析装置の応用分野
 放射光を用いる蛍光X線分析はその非破壊性から微物の異同識別に利用される。異同識別とは測定試料と比較対象物について2つの試料が同じであるかどうかを判断することであり、ガラス微物や単繊維について、放射光蛍光X線分析法により微量元素まで含めた元素組成の比較を行うことは、極めて有効である。
 微物の分析には電子顕微鏡を用いる場合が多いが、放射光を用いる場合には軽元素を除く広範囲の元素についてppmから100 ppb程度までの元素を対象とすることができる点で優れている。テープなどに採取された微物の高速位置決めを行うためにSweep scan法を開発した(図5)。まず横長ビーム(4 mm(H) × 100 μm(V))を用いて垂直方向に試料をスキャンし、蛍光X線信号が検出された場所についてポイントビーム(100 μm角)で水平方向にスキャンを行う。このSweep scanにより微物の座標を決定し、その後の精密分析に利用する。ポイントビームによる2次元スキャンと比べて、微物の頻度が低い場合に特に有効である。

 

19-4-2014_p318_fig5

 

図5 Sweep scanによる微物の高速検出

 

 

 微物の位置決めには散乱X線およびラベルとなる元素の蛍光X線信号を用いる。複数の元素を含む微物については微物を2重に計数することを防ぐため、ソフトウエアで重なりを除く処理を行っており、様々な条件を組み合わせて微物の位置情報を決定することができる。さらに、各測定点で全スペクトルデータを転送しており、測定後のデータ処理で適切な元素でラベルした微物の探索を行うことができる。
 検出された微物についての定量分析では、散乱X線強度を用いた微物の質量評価と蛍光X線強度による微量元素の存在量評価を組み合わせて、微物中の微量元素濃度の評価に取り組んでいる。ガラス微物、単繊維、自動車塗膜などについて、これまで議論することのできなかった微量元素まで利用する異同識別が実現しつつある。

 

 

謝辞
 BL05SSのフォレンシックサイエンスへの利用とマルチモード蛍光X線分析装置の設置は、二宮利男前グループリーダーの熱意、大熊春夫前加速器部門長のご配慮、理化学研究所放射光科学総合研究センター・石川哲也センター長および、後藤俊治光源光学系部門長・加速器部門長からのご指導、ご支援により実現したものである。また、BL05SSの利用実験および装置立ち上げでは、加速器部門の高野史郎様、正木満博様、田村和宏様、持箸晃様から、測定装置およびソフトの整備では利用研究促進部門の鈴木基寛様、河村直己様から、ご指導、ご支援をいただいた。現在立ち上げ中の集光ミラーについては大橋治彦様、湯本博勝様、小山貴久様から多大なご協力をいただいた。また、グループ全体としての研究計画から実験計画まで利用研究促進部門の八木直人前副部門長および藤原明比古副部門長から適切な助言と指導をいただいている。これらすべての方々に感謝の意を表します。

 

 

 

参考文献
[1] 二宮利男、早川慎二郎、森脇太郎:CSJ Current Review 14 放射光が拓く化学の現在と未来(化学同人、2014)130.
[2] S. Takano, M. Masaki, A. Mochihashi, H. Ohkuma, M. Shoji and K. Tamura: Proc. of IBIC2012 MOPB52 186.
[3] Y. Nishiwaki, T. Nakanishi, Y. Terada, T. Ninomiya and I. Nakai: X-ray Spectrometry 35 (2006) 195.
[4] 牧野泰希、吉岡剛志、百崎賢二郎、辻笑子、野口直樹、西脇芳典、橋本敬、本多定男、二宮利男、藤原明比古、高田昌樹、早川慎二郎:X線分析の進歩 45 (2014) 317.

 

 

 

早川 慎二郎 HAYAKAWA Shinjiro
広島大学大学院 工学研究院 応用化学専攻
〒739-8527 広島県東広島市鏡山1-4-1
TEL : 082-424-7609
e-mail : hayakawa@hiroshima-u.ac.jp

 

本多 定男 HONDA Sadao
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
ナノ・フォレンシック・サイエンスグループ
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0877
e-mail : honda.sadao@spring8.or.jp

 

橋本 敬 HASHIMOTO Takashi
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
ナノ・フォレンシック・サイエンスグループ
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0877
e-mail : thashimoto@spring8.or.jp

 

西脇 芳典 NISHIWAKI Yoshinori
高知大学 教育学部
〒780-8520 高知県高知市曙町2-5-1
TEL : 088-844-8462
e-mail : nishiwaki@kochi-u.ac.jp

 

高田 昌樹 TAKATA Masaki
(公財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2750
e-mail : takatama@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794