Volume 19, No.3 Pages 230 - 233
2. SACLA通信/SACLA COMMUNICATIONS
SACLAのX線自由電子レーザーを利用したフェムト秒X線吸収分光法
Femtoseconds X-ray Absorption Spectroscopy Using X-ray Free Electron Lasers at SACLA
(公財)高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 XFEL Utilization Division, JASRI
- Abstract
- X線自由電子レーザーは、フェムト秒のパルス幅を持つX線領域の超高輝度レーザー光源である。X線自由電子レーザー施設SACLAは2012年の供用開始以来、物理、化学、生物の様々な分野で利用研究の開拓が進められている。本稿ではSACLAにおけるX線吸収分光法の現状について紹介し、X線自由電子レーザーの短パルス性を活かした超高速ダイナミクスの研究への応用について述べる。
1. はじめに
X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)は、X線領域でフェムト秒のパルス幅を持つ超高輝度光源である。2012年3月より、世界で2番目となるXFEL施設SACLAが供用を開始して以来、様々な分野において利用研究が行われている。
本稿では、フェムト秒の時間スケールで起こる超高速現象を観測する手法として、XFELを用いたX線吸収分光法(X-ray Absorption Spectroscopy, XAS)の開発と、フェムト秒同期レーザーと組み合わせた時間分解X線吸収分光について紹介する。従来のX線光源においては、XASは非占有電子状態と局所構造を元素選択的に観察する手法として広く用いられている。蓄積リングにおける実験では、Q−XAS[1][1] T. Uruga et al.: AIP Conf. Proc. 882 (2007) 914.やDispersive XAS[2][2] T. Matsushita and R. P. Phizackerley: J. J. Appl. Phys. 20 (1981) 2223.により時間分解計測も可能であるが、これまでピコ秒オーダー以下の高い時間分解能を達成するのは困難であった。XFELの短パルス性を利用した時間分解X線吸収分光によって、フェムト秒の時間分解能で物質のダイナミクスを観察することが可能になると期待されている。
現在のXFELは、放射光を誘導放出によって増幅する方式(自己増幅自発放射[3][3] E. L. Saldin et al.: New J. Phys. 12 (2010) 035010.:Self-Amplified Spontaneous Emission, SASE)であるため、パルス毎にその強度、スペクトル、プロファイル、ポインティングといった種々の光源パラメータがふらつくという特性を持っている。XFELを使って時間分解X線吸収分光を行う場合、これらの変動をどのように補正するかが課題であった。SACLAにおける、その問題への取組と、超高速ダイナミクスの研究について本稿で紹介する。このXFELを使った時間分解XASの要素技術開発は、京都大学の鈴木俊法教授、東京農工大学の三沢和彦教授と共同で進められてきた。
2. 分散型(直接)X線吸収分光[4][4] T. Katayama et al.: Appl. Phys. Lett. 103 (2013) 131105.
XFELのバンド幅は10 keVにおいて半値幅50 eV程度(ΔE/E ~ 5 × 10-3)であるため、効率良くXASを取得するには、広い波長範囲を一括で測定する分散型の手法が望ましい。しかし、XFELのスペクトルにはSASE方式によってランダムなスパイク構造があることが知られており(図1(a))、従来の分散型XASでは規格化ができない。そこで我々は、透過型回折格子を用いてXFELをスプリットし、片方をサンプル透過光、もう片方を参照光とすることで規格化する手法を考案した(図1(b))[4][4] T. Katayama et al.: Appl. Phys. Lett. 103 (2013) 131105.。ここでは、50 eVのバンド幅を持つXFELを透過型回折格子に導入し、回折によって生じる2本のスプリットビームを利用している。スプリットビームはまず、その発散角を1 ~ 2 µradから2.5 mradに広げるため、超高精度楕円ミラーに導入される。 サンプルは片方のスプリットビームの光路上に挿入できるようになっている。さらに下流にはSi分光結晶と、X線CCDカメラ(Multi-Port Charge-Coupled Device:MPCCD[5][5] T. Kameshima et al.: Rev. Sci. Instrum. 85 (2014) 033110.)が設置され、2つのスプリットビームのシングルショットスペクトルを同時に計測できるセットアップになっている。シングルショットでサンプル透過光と参照光の2種類のスペクトルを計測することにより、XASに必要な規格化が可能となる。
図1 (a) XFELのシングルショットスペクトル
(b) XFELを用いた分散型XASセットアップ
このシステムを使ってサンプル無しで計測した場合、理想的には全く同一のスペクトルを2つのスプリットビームから計測できると期待される。しかし、実際に測定してみると回折格子や楕円ミラーの不完全性から、2つのビームのスペクトルの一部分に、僅かな不一致が観察された(図2)。この差分は、サンプルを入れて測定した場合に、規格化しきれない領域があることを意味する。ただし、光学素子由来のこのずれは、XFELのショット毎のふらつきの影響を受けず常に一定のため、サンプル無しで測定した吸光度を補正関数として差し引くことにした。これにより、従来の蓄積リングで測定した参照用のX線吸収スペクトルとよく一致したスペクトルを取得することに成功した(図3)。
図2 サンプル無しで計測した2つのスプリットビームのスペクトル。(a) はシングルショットスペクトル。(b) は(a) 中の黒線を赤線で割ったもの。(c) は10ショット積算スペクトル。(d) の黒線は(c) 中の黒線を赤線で割ったもの。(d) の青線は100ショット積算の場合。黒矢印は、光学素子由来のスペクトルのずれにより、規格化しきれていない領域を示す。
図3 各サンプルを2つの光路の片方に設置して計測したX線吸収スペクトル。それぞれ試料としてZn薄膜(a:赤線)と鉄シュウ酸アンモニウム錯体水溶液(b) を用いた。(a) の黒線は従来の放射光で計測された参照用のX線吸収スペクトル
このセットアップで一度に測れるスペクトルの観測領域は、XFELのバンド幅と同程度である。より広域の波長領域でスペクトルを得るためには、XFELの中心波長を少しずつずらしながら実験をする必要がある。この点において、SACLAで採用されている真空封止型アンジュレータは非常に有用であった。アンジュレータギャップが可変で、数分でXFELの中心波長をチューニングできるためである。
3. 時間分解X線吸収分光[6][6] Y. Obara et al.: Opt. Express 22 (2014) 1105.
次のステップとして、考案した分散型X線吸収分光法と同期レーザーを組み合わせ、時間分解計測を行うことにした。サンプルには0.5 MLの鉄シュウ酸アンモニウム錯体水溶液を用いた。水溶液をφ 100 µmのジェット状に噴射することにより、ショット毎に新しいサンプルを供給した。これにより、同期レーザーやXFEL由来のダメージを回避できる。また、スプリットしたX線ビームの片方のみに溶液ジェットが照射されるよう、ノズルを少し傾けて使用した。励起光である同期レーザーにはチタンサファイアレーザーの2倍波(400 nm)を用い、~ 1 mJを400 × 100 µmに集光してサンプルに照射した。この実験では、同期レーザーのオンとオフを交互に繰り返し、差分吸収スペクトルを測定した。
実験中に最も苦労したのは、同期レーザーの空間オーバーラップを合わせることである。サンプルが溶液ジェットであるため、固体と異なり照射面を規定することが難しい。加えて、溶質がノズル先端付近で結晶化するためか、実験中に溶液ジェットの向きが変わることがあり、何度かノズルの交換を要した。最終的には複数のモニターカメラを用いて3次元的にX線、サンプル、同期レーザーの空間オーバーラップを確認することでこの問題を解決した。
同期レーザーとXFELのタイミングは高速応答のフォトダイオード(G4176:浜松ホトニクス社製)を用い、10 psの精度でラフに合わせた。これ以上のタイミング精度を出すにはX線の過飽和吸収を利用する必要があるが、X線強度が足りず断念した。代わりに同期レーザーのディレイステージを動かしながら、差分吸収スペクトルに変化が出るタイミングを探すことでタイミングゼロを確かめた。
差分吸収スペクトルには、7.12 keV付近と7.135 keV付近にそれぞれ吸光度の増加と低下があることがわかる(図4(a))。この変化は、励起光照射後、1 ps未満で急速に立ち上がり、100 ps経過しても減衰はほとんどない(図4(a, b))。この差分吸収スペクトルは、3価の鉄錯体が同期レーザーによって2価に励起され、その結果としてFeのK-edgeがレッドシフトしたことを示している。また、この実験で検出可能な吸光度の変化は10-3程度であることがわかった。現在、量子化学計算を行って実験結果の解析を進めているが、今回の結果はSACLAを用いたフェムト秒領域の時間分解X線吸収分光の有効性を明確に示した。
図4 時間分解X線吸収スペクトル
(a) 各ディレイにおける差分吸収スペクトル
(b) 7.12 keV付近の吸光度の時間依存性
4. まとめと今後の展望
これまでの要素技術の開発により、XFELの変動を補正して、測定を行えるようになった。時間分解XASの実験を行うための下地は整い、その利用成果が出つつある。今後は、
①XFELと同期レーザーのタイミングジッターによる時間分解能の低下を解消するためのアライバルタイミングモニター[7][7] M. Harmand et al.: Nat. Photon. 7 (2013) 215.の導入。
②感度の良い蛍光X線吸収分光法の開発。
③時間分解回折、散乱、発光実験を時間分解XASと同時に行うためのプラットフォームの開発。
④より利用しやすいソフトウェア、実験環境の構築。
といった更なる発展が求められる。
本稿で紹介した一連の研究は、科研費若手研究B(25790093)および、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「溶液化学のXFEL時間分解分光の開拓」の助成により実施された。
参考文献
[1] T. Uruga et al.: AIP Conf. Proc. 882 (2007) 914.
[2] T. Matsushita and R. P. Phizackerley: J. J. Appl. Phys. 20 (1981) 2223.
[3] E. L. Saldin et al.: New J. Phys. 12 (2010) 035010.
[4] T. Katayama et al.: Appl. Phys. Lett. 103 (2013) 131105.
[5] T. Kameshima et al.: Rev. Sci. Instrum. 85 (2014) 033110.
[6] Y. Obara et al.: Opt. Express 22 (2014) 1105.
[7] M. Harmand et al.: Nat. Photon. 7 (2013) 215.
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