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Volume 19, No.3 Pages 251 - 254

4. SPring-8通信/SPring-8 COMMUNICATIONS

平成21年度指定パワーユーザー事後評価報告
Post-Project Review of Power Users Designated in FY2009

(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 User Administration Division, JASRI

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 パワーユーザー制度は平成15年度より導入され、公募・審査を経て指定(指定期間は最大5年間)されました。なお平成26年度からは、これまでの「パワーユーザー」の名称および一部運用を変更し、「パートナーユーザー」(以下「PU」という。)として運用しています。
 パワーユーザーの事後評価は、PU審査委員会において、あらかじめ提出されたパワーユーザー終了報告書に基づいたパワーユーザーによる発表と質疑応答により行われます。事後評価の着目点は、パワーユーザーとしての(1)目標達成度、(2)支援研究成果(科学技術的価値、科学技術的波及効果、ユーザー開拓および支援、測定技術開発、情報発信)です。今回は、平成21年度指定のパワーユーザー6名(指定期間:平成21年4月1日から平成26年3月31日まで)について、事後評価(平成26年5月27日開催)を行いました。
 以下にPU審査委員会がとりまとめた評価結果等を示します。


1. 澤 博(名古屋大学)
(1)実施内容

研究テーマ:単結晶高分解能電子密度分布解析による精密構造物性研究
装置整備:大型湾曲IPカメラの整備
利用研究支援:当該装置を用いた共同利用研究の支援

(2)ビームライン:BL02B1
(3)評価コメント
 本課題は、BL02B1に設置された大型湾曲IPカメラの計測基盤を整備することで、単結晶高分解能電子密度分布解析を実践し、物質科学分野に有用な精密構造物性研究を推進することを目標としている。課題期間を通して、データの再現性、信頼性、精密性の向上を実践し、Li内包フラーレン、鉄系超伝導体、スピンフラストレーション系物質、新規蛍光材料など、注目を集める物質・材料に対して、精密構造解析によってのみ実現可能となる成果を創出した。また、外場環境下測定、時分割測定による誘電材料の機能発現の解明もインパクトの高い成果創出につながっている。測定技術に関しては、再現性、信頼性の高いデータ取得のための課題解決に重点が置かれたため、新規性のあるものは見られなかった。また、ユーザーフレンドリーな装置・インターフェースの構築による利便性向上には一定の評価ができるが、直接的なユーザー支援、新分野開拓への貢献は限られており、このことは課題となった。総合的にみて、所期の目的である計測環境整備と精密構造物性研究の推進という点において、その目標は達成されている。2014A期開始のパートナーユーザー課題に様々な開発項目を提供した点も含め、その目的を十分に達成したと評価できる。

 

 

2. 久保田 佳基(大阪府立大学)

(1)実施内容

研究テーマ:構造物性研究の基盤としての粉末回折法の開発
装置整備:粉末結晶回折装置の整備および高度化
利用研究支援:粉末結晶回折装置を用いた共同利用研究の支援

(2)ビームライン:BL02B2

(3)評価コメント
 本課題は、BL02B2に設置された大型デバイシェラーカメラのユーザー開拓、利用支援、装置高度化を通して、SPring-8の優れた光源特性を活用することで初めて可能となる先端的粉末構造物性研究を推進し、成果の最大化を図ることを目的としている。さらに、次世代光源を視野に入れた粉末構造物性研究のグランドデザインの策定・推進を目指したものである。課題期間中の5年間で、海外からのユーザー3グループを含む13グループの新規ユーザー開拓に成功し、物質・材料科学の幅広い分野における成果創出に貢献した。成果は、高インパクトの論文6報を含む100報以上の論文として発表され、プレスリリース9件、国内外の招待講演30件以上、受賞10件以上につながっている。また、博士論文12報の論文作成にも寄与し、人材育成の面からも貢献した。技術開発・装置高度化に関しては、雰囲気下、外場下の測定環境の整備などニーズに応えた整備が推進された。一方、次世代を見据えた先端的粉末構造物性研究の推進という点では、戦略的機器開発は限定的であり、施設と連携した高度化が今後の課題となった。総合的にみて、SPring-8の成果創出、人材育成に大きく貢献しており、パワーユーザー課題としてのその所期の目的を十分に達成したと高く評価できる。

 

 

3. 瀬戸 誠(京都大学)

(1)実施内容

研究テーマ:放射光核共鳴散乱分光法の確立およびその物質科学研究への展開
装置整備:核共鳴吸収・散乱分光器の開発ならびに整備

利用研究支援:当該分光器を用いた共同利用研究の支援、測定スペクトル解析ソフトの充実および解析サポート

(2)ビームライン:BL09XU
(3)評価コメント
 本課題は、1)従来困難であった30 keV以上の高エネルギー領域における核共鳴散乱・吸収分光測定を可能にする技術の確立、2)neVオーダーの分解能を有する超高分解能準弾性散乱法の高効率測定の実現を目的としている。
 高エネルギー領域の測定技術開発については、試料を正確にドップラー運動しつつ冷却する装置を開発し、大面積電子検出APD検出器を試料近くに配置することで大きな信号強度が得られる電子検出を実現することにより、メスバウアースペクトルの高効率測定技術を確立した。この技術の確立により174Ybや125Te等の高エネルギー域の核種を筆頭にNMRでの測定が難しい40Kも含めて12の核種でのメスバウアースペクトルの測定に成功し、当初の目的を十分達成している。
 超高分解能準弾性散乱法は多素子APD検出器を使用した複数の散乱角度での同時測定とマルチライン準位の利用による測定効率の向上を実現した。磁気分裂により複数準位となった共鳴散乱体を利用するマルチライン準位においては、エネルギー変調のためのドップラー運動が不要となることからドップラー運動の速度誤差に由来する精度劣化の問題を回避でき、短時間での精度の高い測定が可能になった。更に、この技術を典型的な分子性ガラス材料のOrtho-terphenylや両親媒性液晶に適用して、ガラス転移や液晶分子のダイナミクスについての新たな知見を与えていることから、目的を十分に達成したと認められる。
 実施期間中に支援を行った課題は27課題で、それらの研究対象も重い電子系などの物質科学ばかりでなくヘム鉄酵素やリチウムイオン電池正極材料など多岐にわたっていることは、新規分野・利用者開拓活動を積極的に行ったことの成果と考える。また、データ解析のソフトウエアの充実への努力は高く評価できる。
 以上のように、本課題は当初の技術開発目標を達成し、新規分野・利用者の実施も行われていることからパワーユーザー課題として成功裏に実施されたものと認められる。今回の課題実施を通じて確立した競争力のある高度な技術を活用し、更なる成果創出に向けて、今後とも新分野開拓に尽力されることを期待する。


4. 廣瀬 敬(東京工業大学)
(1)実施内容

研究テーマ:超高圧高温下における地球惑星深部物質の構造決定と複合同時測定による物性研究
装置整備:レーザー加熱超高圧高温(LHDAC)回折実験に向けた装置開発
利用研究支援:当該装置を用いた共同利用研究の支援

(2)ビームライン:BL10XU
(3)評価コメント
 本課題は、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いて、地球中心の高圧・高温の状態を実現することを目標とし、内核におけるFeやFe-Ni合金の状態図を明らかにすること等を目的としている。加熱用レーザーを2本に増設することで、温度の均質性を高め、最大出力を増加する技術開発を行ったことで、目標とする377万気圧、5700 Kという地球中心の圧力・温度に世界に先駆けて到達したことは、素晴らしい成果である。そして、超高圧・超高温下で、試料の粉末X線回折パターンを測定することで、目的としたFeやFe-Niの状態図を作製することに成功した。これにより、地球中心部の物質像についての理解が格段に深まったと言える。同様にして、FeOの状態図や、マントルの融解温度、コアに大量の水素があることなども解明し、さらに超高圧・高温下での電気伝導度、音速測定などの物性測定も可能にした。これらの成果をインパクトファクターの高い雑誌に5報発表しており、情報発信も十分である。
 測定技術開発によるビームラインの高度化として、超高温実験技術の開発と、X線集光光学系の高度化を行い、2 μmにX線を集光することに成功した。本課題で開発された、超高温・超高圧技術は、広くユーザーに開放されていることから、科学技術的波及効果も大きい。ユーザー支援も、スタッフの協力のもと、十分に行われていることから、今後ユーザーが拡大していくことが期待される。本課題は、SPring-8の放射光とパワーユーザー制度の特長を十分に生かして研究が進められ、総合的に見て、非常に高いレベルの多くの成果が得られており、高く評価できる。


5. 國枝 秀世(名古屋大学)
(1)実施内容

研究テーマ:X線天文学新展開のための次世代X線望遠鏡システム評価技術の開発
装置整備:X線天体観測装置の評価技術の高度化
利用研究支援:当該装置を用いた利用実験の支援

(2)ビームライン:BL20B2
(3)評価コメント
 本課題は、X線天文衛星Astro-Hに搭載予定のX線望遠鏡の反射レンズ系の性能評価を中心に、海外のグループも含めたX線天文学に利用される装置評価のために、放射光利用拠点を形成しようとするものである。この望遠鏡は天体からのX線を集光するので、BL20B2のような長尺ビームラインにおいて数mm~10 mmのビームを切り出してほぼ平行なビームにより性能評価することの必要性とその妥当性は、極めて高い。実際、この5年間でAstro-H搭載予定の集光システムの調整は予定通り行われ、ほぼ設計通りの性能が実現されるに至っている。またこの作業の中で、将来CFRPを用いた反射鏡の調整の準備など、調整系・検出系を含めた技術開発も行ってきている。
 学術的波及効果という点に関しては、本課題はやや特殊であり、この望遠鏡が打ち上げられて以降、当該X線天文学プロジェクトがX線天文学においてどのような成果を上げるかにかかっている。特に可視光望遠鏡と対比したとき、ブラックホール近傍での放射や数千万度~1億度の高温天体の観測などの、X線が中心となる観測結果でどのような成果が出るかは、まだ未知数の部分も大きいであろう。その意味で、当該プロジェクト全体が成功裏に進展することを大いに期待したい。
 今後のユーザーの拡大の展望に関しては、本課題の特殊性により、イタリアなど一部のグループを除いてやや限定的と予想される。
 以上、全体としての研究目標や情報発信において、所期の目標を十分に達成している。
 なお、今後の展開を考慮したとき、本課題のように、数年に一度のX線天文衛星打ち上げスケジュールに合わせて系統的かつ継続的に装置評価を行う必要のある研究課題は、長期利用課題という枠組みの中で行うことも考慮に値する、との意見があったことを付記する。


6. 岡村 英一(神戸大学)
(1)実施内容

研究テーマ:赤外放射光の次世代利用研究推進:高圧・低温での強相関電子構造研究および赤外近接場イメージング分光法の開発

装置整備:BL43IRの高圧赤外分光装置の整備・高度化、近接場分光装置の開発・整備
利用研究支援:当該装置を用いた共同利用研究の支援

(2)ビームライン:BL43IR
(3)評価コメント
 本課題は赤外ビームラインBL43IRを使用するもので、2つのテーマからなる。ひとつは強相関f電子系およびd電子系のフェルミ準位付近の電子状態に関する研究である。これはダイヤモンドアンビルセル(DAC)による20 GPaの高圧・低温下で、遠赤外から中赤外の広い波数領域において赤外分光測定を行うもので、他の分光法では得られない情報が得られる。再現性の良いデータを得るための実験技術の改良や、DACを用いて測定したスペクトルの解析法など、本課題で多くの開発研究がなされた。その結果として、YbS、CeRu4Sb12、SrFe2As2などの興味深い物性を持つ物質に関する研究成果が得られており、当初の目的を十分に達成したと判断できる。
 もうひとつのテーマは、近接場光学技術を用いた回折限界を上回る空間分解能を持つ顕微赤外分光法の開発で、ビームラインスタッフと共同で行われている。微弱な近接場光の検出が困難で、非対称FTIRの導入などの工夫が行われたが、装置の振動等によるノイズが大きく、未だに十分な結果が得られていない。しかし、現状の問題点の解析と対策の検討が行われ、継続的に装置の改良が行われていることは評価できる。多くの波及効果が期待される装置であるため、今後の進展に期待したい。
 本ビームラインは、一時期は利用者が少なく、ユーザー拡大が課題となっていたが、ここ1年ほど申請課題数の増加が顕著である。パワーユーザー自身の研究のために開発された実験技術を活用するユーザーはさほど増加していなくとも、他分野における新しい研究テーマを持つ利用者層の開拓に務めた努力は高く評価したい。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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