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Volume 15, No.1 Pages 47 - 49

4. 談話室・ユーザー便り/USER LOUNGE・LETTERS FROM SPring-8 USERS

行政刷新会議の事業仕分けと利用者懇談会
Budget Screening and SPring-8 Users Society

SPring-8 利用者懇談会 会長 佐々木 聡 SASAKI Satoshi

東京工業大学 応用セラミックス研究所 Materials and Structures Laboratory, Tokyo Institute of Technology

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1. はじめに

 行政刷新会議の事業仕分けが開始され2日ほど経った11月13日金曜日に、第3WGから大型放射光施設(SPring-8)の運営予算を3分の1から2分の1程度縮減という判定結果が出て、SPring-8は共同利用の優等生と考えていた関係者や放射光研究者に激震が走りました。SPring-8の主な経費は、光熱水費を除くと施設を運転・維持管理し、利用者を支援するための人件費や施設保守費などの固定的経費であり、経費の大幅削減が行われると施設維持が困難になり放射光研究が不可能になると危惧されました。当日のお昼には沼子庶務幹事から幹事会に、利用者懇談会として何らかのアクションをとる必要があるのではないかとの提案がありました。事業仕分けはまだ始まったばかりで全体像がつかめない段階でしたが、ユーザー共通の願いである実験環境やビームタイムを何としても確保したいという根幹部分については、色々な段階での結論が出される前に、素早く要望すべきだと感じました。

 

 

2. 利用者懇談会からの声明

 「SPring-8における放射光実験ビームタイムの確保に関する要望書」を作成し、11月17日に文部科学省の川端達夫大臣、中川正春副大臣と後藤斎政務官宛に提出するとともに、面会の可能性を模索しました。そのときの要望書の内容は以下の通りです。

 「11月13日の行政刷新会議の事業仕分におきまして、SPring-8の予算が大幅に縮減されるという結論が伝えられ、SPring-8利用者の間に大きな不安が広がっております。

 国家予算の収支バランスを均衡のとれたものに導くことが緊急の施策であることは十分に理解しておりますが、将来の人類社会の発展のためには、たとえどのような状況下であっても、わが国の科学技術の水準を維持発展させていくことが必要不可欠であると考えております。そして先端的大型研究基盤施設として国費で建設・運営されているSPring-8は、日本の科学技術の底辺を支える強力な基礎研究施設として、また、大学や各種研究所に散在する研究者が共同利用できる研究基盤として、日本になくてはならない確固たる研究拠点であると位置付けられます。実際に、学際領域を含む幅広い分野の研究を牽引する先導的な設備を有するとともに、わが国の大型研究施設での「共同利用研究」のモデルケースとなっています。

 SPring-8の使命は科学技術基本法の精神に基づく放射光科学の推進であり、その内容は、先端的科学・技術分野の促進、放射光利用技術の開発とその社会への還元、科学・技術水準の総体的向上などであると理解しております。いずれの使命も一朝一夕に達成できるものではなく、また放射光科学分野単独で出来るものでもありません。大学共同利用研究機関などと併せて、SPring-8の共用がわが国の研究基盤の強化に重要な役割を果たしていると日本学術会議も認めております(平成15年7月)。また、国際的な視点でみても、科学技術に係る知識の集積が人類共通の知的資産であるとの認識から、多数の研究者が利用する大型研究施設は、オープンアクセス、成果の公開および無償利用を原則としています。

 SPring-8利用者懇談会の構成会員は多岐の分野にわたりますが、多くは大学教員です。大学教員が研究を進めるにあたって、SPring-8を利用するのは不可欠な状況です。また、SPring-8は研究機関であると同時に、次世代の科学技術研究者育成のためのかけがえのない施設であり、SPring-8はその使命を充分に発揮しております。万一、放射光実験が行えないような事態になりますと、潜在的に独創的才能を有する若手研究者の多くが放射光利用の機会を奪われ、特に全国の大学院生が高度な教育訓練を受けられなくなるのではないかと危惧されます。

 今回SPring-8の運営について検討される際には、研究・教育活動が十分に推進でき、真に優れた研究成果を挙げられる施設として、ビームタイムを確保するための十分な経済的支援と適切な事業や制度を構築されますよう、強く要望いたします。」

 

 

3.その後の経過

 次に行ったことは日本放射光学会への協力要請でした。11月17日のうちに尾嶋会長にお願いし、評議員間での議論の沸騰を受け学会としては冷静な対応を望むという雰囲気の中で、強い支援の約束をいただきました。翌日、利用者懇談会が文部科学大臣に要望書を持参する際には同行するとの快諾をいただくとともに、他の学会に先駆けて科学技術の立場での放射光学会としての要望書を文部科学省に持参されました。強いサポーターの存在に心強く思ったものです。科学雑誌Natureの対応が素早く、David Cyranoski氏のJapanese science faces deep cutsという論説が17日にonlineでNature Newsに掲載されました。

 同じく18日には、11日付で出されていた文部科学省からの事業仕分け対象事業でのパブリックコメントの募集に対し、懇談会会員の皆様に積極的な投稿をお願いしました。

 文部科学省の大臣や政務官に直接面会するのは無理かなと諦めかけた頃、そのような機会が与えられました。当時、12月初旬には省内の予算が確定すると考えられていましたが、まさにその直前の11月30日(月)に、後藤斎政務官と面会し、SPring-8を取り巻く環境の説明や要望をお伝えすることができました。この種の要望に関しては後藤政務官がすべて引き受けておられるとのことでした。面会したメンバーは、川上哲郎SPring-8利用推進協議会会長、尾嶋正治日本放射光学会会長とSPring-8利用者懇談会会長の私で(写真1)、それぞれ所属する団体の要望書を持参しました。その場では、SPring-8がもはや大学になくてはならない施設であること、特に共同利用は研究室予算の少ない地方大学の研究者にとって強力な研究手段であり、もはや切っても切れない不可欠なものになっていること、放射光研究が科学技術の底辺を支える分析技術として重要であることをお話しました。尾嶋会長からは30通以上の海外からの支援手紙の製本が手渡され、海外からも強い懸念が示されている状況が説明されました。政務官からは大臣ら政務3役の思いは事業仕分け前に提出した概算要求そのものであること、努力するが諸事情があり結果が不確かであることをぜひ理解して欲しいとの回答がありました。会談を通じて政務官の温かい雰囲気が伝わり好印象をもって帰ってきました。SPring-8についての説明で、1つ1つのコンテナで大学の研究室が行うようなマスコミにもあまり取り上げられないジミな研究をしていると話したときに、経済学専門の後藤政務官は、文科省に来て最初にSPring-8という言葉を聞いた時に、なぜ春が8回も来るのか戸惑われたという感想を話されました。まさに寝耳に水で、SPring-8関係者は一般の人によく知られていると早合点してしまっているようです。一般の方への説明不足に如何に気づいていないかを思い知らされました。カレー事件で有名なSPring-8でも、兵庫県、関西、関東、東北では離れるにつれて知名度が全然違っています。12月5日には科学技術系の20学会が合同記者発表を行い、予算縮減が相次いだ行政刷新会議の事業仕分けを憂慮する声明が発表されました。その中でSPring-8や放射光が色々な学会の会長により何度も取り上げられていましたので、少なくとも専門家の間にはある程度認められてきているようです。また、12月9日に開催された総合科学技術会議では、着実で効率的に運用されているSPring-8に対し、予算の確保に努めるべきという判断が示されました。

 

 

写真1 政務官との面会(尾嶋氏提供)

 

 

 12月25日には、事業仕分けの結果も含めて政府内で検討されていた平成22年度の政府予算案が閣議決定されました。SPring-8の運営予算案は、前年度から約1.7億円減の約84.9億円となりました。この削減額は当初心配したほど大きなものではなく、施設側からはホームページを通じ、効率的な運営や利用料金体系の再構築などの努力によって、できる限り従来と同程度の運転時間を確保するとのアナウンスがありました。

 また、行政刷新会議の事業仕分けの対象となった文部科学省事業についての意見募集(パブコメ)は、11月16日から12月15日の1ヶ月間で15万3,000件を超えたそうです。SPring-8も特に意見の多かった14項目の個別事項に入っており、文部科学省のホームページには、「事業仕分けの結果(1/3から1/2程度予算の縮減)に反対する意見が多く寄せられました。事業仕分けの結果や頂いた御意見を踏まえ、運営の一層の効率化に向け努力するとともに、利用料金体系の見直しなどにより自己収入の増額を図りつつ、施設運営のために不可欠な経費は確保して参ります。」との対応が掲載されています。多くの皆様の意見発信に対しまして深く感謝いたします。

 

 

4.おわりに

 厳しい国家予算の状況に変わりはなく、今年度よりも厳しい状況が次年度以降も続くことは必須です。SPring-8のような大型共同利用施設の運営経費は本来国がもつべきで、収益事業ではないことは明らかですが、残念ながら、そう主張するだけでは解決の糸口は見えてこないようです。本当に必要な予算は何かが問われる中で、利用者懇談会には何ができるのでしょうか。そのヒントは、行政刷新会議の事業仕分け第3WGから、大型放射光施設(SPring-8)に付けられたコメントの中にあります。そのコメントの2番目に、高額高コストのインフラなら波及効果を含めたメリットを説明しきる努力が必要(メリットそのものではなく説明の問題)、とあります。この部分は施設の努力だけでなく、ユーザー組織にも深く関係してきます。SPring-8の良さは利用する実験者が一番よく知っていますが、問題なのは、知らない人に如何に説明するかです。しかもその説明相手が専門家ではなく一般の国民としたらどうでしょうか。これまでSPring-8が非常に力を入れてきたホームページを通じての広報活動は、専門の近い周辺の分野の人にはかなりよく浸透し、今回の文部科学省のパブコメや記者発表などでは効を奏したのだと思います。しかし、その広報活動だけでは限界があります。なぜなら、ホームページには相手が見てくれるという条件がつくからです。多分、一夜にして解決というような妙案はないのだと思います。できることは、千数百名の懇談会会員の一人一人が地道な広報活動を行うことです。より専門に近いところでは、授業・講習会や啓蒙セミナーなどを通してSPring-8の紹介や放射光科学の面白さを伝えることでしょうか。そして、市民講座や生活に密着した事柄でのアピールなど、できるだけ対象者の輪を拡げ、少しずつ社会に浸透させていく努力をすることでしょうか。

 また、私たちには波及効果を含めたメリットとは何を意味し、それにどう係れるのでしょうか。ユーザーとしてまずやることは、得られた成果の公表でしょうか。膨大な運用予算を使用していますから、公表への責任はSPring-8利用の重みが比較的小さい場合でも重くなってきます。一例を挙げますと、論文中での議論の内容からみてSPring-8の貢献度が比較的小さい場合でも、SPring-8の利用を文中に明記するようなことが、モラル(あるいは義務)として問われてくると思います。言い換えれば、そのような努力が回りまわって、SPring-8の良さを説明してくれるはずです。SPring-8で実験しているメインは優秀な若手研究者です。しかも共同利用ということで、日本や世界のあらゆる所からやって来ます。若手が育つことによる波及効果は、将来の社会にとって楽しみそのものでしょう。

 もう1つ事業仕分けで痛感したことですが、私たちは、SPring-8で実験したことのあるユーザー全員に呼びかける手段を持っていません。例えば、パブコメをお願いしようにも懇談会会員以外のアドレスはわかりません。ESRFやAPSを始め海外の主な放射光施設のように、SPring-8にもユーザー全員が加入したユーザー団体があった方がよくないでしょうか。実は、事業仕分け前に行われた昨年のSPring-8シンポジウム(合同コンファレンス)で提案し、先日開催の利用者懇談会総会でも説明したことですが、利用者懇談会から呼びかけて、全ユーザー加入の新組織を創ることは無理でしょうか。新組織には最初の実験時に会費無料で登録することになり、しばらくSPring-8を離れても情報を共有できるメリットが得られます。利用者懇談会、利用推進協議会とスタッフ・ユーザーの3者が幹事としてお世話をすることは可能だと思います。

 今後とも利用者懇談会にご協力をよろしくお願い致します。

 

 

 

佐々木 聡 SASAKI Satoshi

東京工業大学 応用セラミックス研究所

〒226-8503 横浜市緑区長津田町4259番R3-11

TEL:045-924-5308 FAX:045-924-5339

e-mail:sasaki@n.cc.titech.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794